127.手ごたえ
ウイの行動は実に単純であった。真っ直ぐシエラに向かってきて、フレイルを振るうだけ。
当然、シエラにそんな攻撃が当たるはずがない。
むしろ、今度は避けることすらしない。フレイルから伸びる鋭利な針を手でしっかり掴み、受け止めた。
「え、ええ……!? な、何してるんですか……!?」
「何って、掴んだだけ」
「そ、そうですけど……いや、掴まれると困るっていうか……」
「そうなの?」
「は、はい。当たってほしい、です」
あくまでウイの願望だろうが、何もせずに当たれ、というのはさすがのシエラでも無理な話だ。
シエラがフレイルから手を離すと、ゴトンッと鈍い音が周囲に響き渡る。
すでに間合いに捉えているが、シエラはもう動こうとはしなかった。
――ウイは明らかに、弱い。シエラと戦うレベルにはなく、このまま戦えば、加減をしていても彼女を殺してしまう。
以前のシエラであれば、挑んでくる相手を殺すことに躊躇いなどなかった。
実際、今も躊躇っているわけではない。ただ、分からないだけだ。
ウイからほとんど殺意は感じられないのに、勝機もない戦いを挑んでくる。
「あなた、何がしたいの?」
「え、何って……あ、あなたを倒したい、ですっ」
「それは無理。弱いから」
「うっ、そ、そんなはっきり言わなくても……」
物凄く悲しそうな声をウイは漏らす。
シエラは基本的にはっきりと物を言うタイプだ。強みのある人間のことはしっかりと『強い』と判断するが、ウイにはそれがない。
ただ、少しだけ引っかかる点はある。
シエラの一撃を受けたのに、彼女は全くと言っていいほど、堪えていないのだ。息は多少上がっているが、それでも吹き飛んだばかりとは思えない。
そこに関してだけは、シエラも多少興味がある。
大の男でも、一発食らえば下手すれば動けなくなるはずだ。
それなのに、ウイはどちらかと言えば何も攻撃を受けなかったかのよう。
すでに周囲にいた者達の姿はなく、逃げ出している。今なら、加減はなくてもいいだろう。
「もう一回、殴っていい?」
「え、いいですけど……順番なんですか?」
「何もしてこないからいいかなって」
「そ、それは防がれたからで……ま、まあいいですけ――どっ!?」
言うが早いか、シエラは渾身の一撃をウイに叩きこんだ。
身体は勢いよく吹き飛んで、一度床で跳ねてから、壁を破壊する勢いで衝突する。数秒ほど、ウイの身体が壁に張り付いたままであった。
――確かな手ごたえがあった。下手をすれば、死んでいてもおかしくないレベルの破壊力。シエラの本気の一撃を受けて、ウイは咳き込みながら血を吐き出し、
「えほっ、う、ぐぅ……さ、さっきより、すごいですね」
何事もなかったかのように、真っ直ぐ立ち上がった。口元から鮮血を垂らしながら、ウイはしっかりとした足取りで、再びシエラの前に立つ。
「で、では、次はわたしの番でいいですか?」
「ダメ」
「え、何で……!?」
「あなたの攻撃、当たらないから」
「そ、そうかもしれないですけど……」
ウイは困惑した様子を見せた。――シエラもまた、表情には出さないが少し動揺していた。
今度の一撃は、昏倒したまま立てないと判断した。
それだけ、シエラは確実なダメージを与えたからだ。なのに、ウイはシエラの前に立っている。
シエラの警戒心が上がり、どう対処したものか、考えを少しずつ変え始める。その時、
「あ、あの……でも、あなたも殺す気じゃないと、この勝負は終わらないと、思いますよ?」
ウイはまるでシエラを挑発するかのように言い放った。――今のままでは、シエラではウイを殺せないと言っているのだ。





