126.戦いたいなら
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………あの」
「ん?」
長い静寂の後、ようやくウイが口を開いた。
シエラは首を傾げて、彼女の方を見る。
「なに?」
「い、いえ、えっと……」
だが、声を掛けてきたというのに、ウイは何か切り出しにくそうな表情をしている。
目は前髪で隠れているが、視線があちこちに向けられているのが分かる。彼女は何やら怯えているような、シエラでも珍しく『分かりにくい』相手であった。
何が言いたいのか、何のためにシエラに話しかけているのか、それが分からない。
シエラはウイとの距離を詰めようとすると、ウイは一歩後ろへと下がる。拒絶の態度を見せられると、シエラは興味を失くしたように、博物館の見学に戻る。
そうして、二人は出会ってから随分とそれなりに時間が経っていた。
普通の人間ならば、あるいはウイに何が言いたいのか、問い詰めるのかもしれない。
しかし、シエラはそんなことはしなかった。よく分からない相手、という時点で、シエラにとっては少し警戒心があったのだ。
しばしの沈黙の後、シエラは次のフロアへ向かおうとした時のことだ。
「あ、あの……!」
少しだけ大きな声で、ウイがシエラを呼び止めた。
「……なに?」
シエラは先ほどと同じように、ウイの方を振り返る。
次の瞬間――シエラの目の前にあったのは、大きな針が生えた鉄球であった。
シエラはその場にしゃがんで、迫り来る鉄球を回避する。
「わ、あ……!」
大きく空振りをしたウイは、そのままふらふらとした動きで鉄球を振り回し――ガシャンッ。展示品のガラスケースを砕いたのだった。
「え、あれ……? 普通に、避けられちゃった……」
きょとんとした表情で、ウイは言う。
ガラスの割れる音で、周囲の人々がざわつき始める。
「なんだ?」
「おい、あの子……変な物持ってるぞ」
シエラは真っ直ぐ、ウイを見据えたまま――けれど、まだ《デュアル・スカーレット》は取り出さない。
何故なら、彼女からは殺意が感じられず、シエラから見て圧倒的に『弱い』相手だったからだ。
シエラが即座に臨戦態勢に入るには、一定の条件がある。
一つは、間違いなくシエラに対する強い殺意があること。当たり前だが、命を狙ってくる相手には応戦をする。
二つは、アルナを狙ってくる相手であること。これは間違いなく、相手を仕留めるレベルの行動をする。
だが、彼女はシエラに攻撃を仕掛けておきながら、ほとんど殺意のようなものはなかったのだ。
故に、声を掛けられなかったら反応できない可能性もあった。
「……あなた、何してるの?」
ますますウイのことが分からず、シエラは端的に問いかける。すると、ウイは恥ずかしそうにしながら、
「あ、その……すみません。あんまり隙がなかったので、頑張って攻撃を仕掛けてみたんですが……!」
「それって、わたしと戦いたいってこと?」
「! は、はい! そうです! えっと、軽くわたしと、戦ってほしくて……」
「そうなんだ。じゃあ、行くよ?」
「……へ?」
言うが早いか、シエラはすぐにウイの間合いに入った。
当たり前のことで、すでにウイはシエラに一度攻撃を仕掛けている。
なら、次はこちらの番だ。
拳を握り締めて、ウイの腹部に叩きこんだ。
「くっ、あ……!」
華奢な身体が浮かび上がり、吹き飛んでいく。
ちょうど、人気のない場所に落ちるように殴った。
「うわあああ、なんだ!?」
人が吹き飛んだのが見えて、いよいよ博物館にいた人々が逃げ出していく。
シエラはウイの様子をうかがった。
――やはり、弱い。シエラが相手をするレベルにはなく、殴っただけで動かなくなった。
さすがに死んではおらず、咳き込みながら、ウイはゆっくりと立ち上がる。
「えほっ、げほ……っ、すごい、一撃です」
「これで終わり?」
「……いえ、もう少しだけ……」
ウイの持つ武器はフレイルだ。
ガリガリと、床を削るようにして引きずりながら、ゆっくりとした動きで近づいてくる。再び、ウイが間合いに入る。
「で、では、いきますね」
そう言って、ウイはフレイルを大きく振った。





