最強の傭兵少女の学園生活

第四章

125.迷いはない

　アルナとローリィはシエラと別れてから、博物館の奥の方へと向かっていた。

「それにしても、こんな古い物まで残っているなんて、すごいわね」

「普通なら壊れているか、紛失しているだろうね。どうあれ、逸話があってそれを残していこう、という考えがあったからだと思う」

「そうね。でも、入口にあった大きな剣なんて、本当に誰かが使っていたのかしら……？」

　シエラが特に興味を持っていたようで、まだアルナ達に追いついて来ない。彼女が楽しんでくれているなら、それでいいのだが。

「どうする？　あまり奥に行くと、あいつが迷子になるかもしれない」

「シエラはたぶん迷子にならないわよ」

「あ、そうか。犬みたいな奴だもんな……」

「……ふふっ」

「？　何かおかしいことでも？」

「いえ、ローリィもシエラのこと、気にかけてくれるようになってくれて嬉しいわ」

　ローリィのシエラに対する態度はやや辛辣に思えるものが多いが、彼女なりの照れ隠しみたいなものだ。

　元々、ローリィは社交的な対応を得意としているが、性格はどちらかと言えば内向的だった。

　今でこそ、人と話すのは苦手としてないが、以前まではよく泣く子だったし、アルナとしてはそちらのイメージが強い。

　アルナの言葉を受けて、少し頬を赤くしながら首を横に振る。

「べ、別に僕はあいつのことは何とも思ってない。ただ、アルナちゃんが心配するかと思っただけで」

「ええ、ありがとう。もう少ししたら来ると思うし、このまま先に――！」

　アルナが前を歩こうとした時、前方にいる女性の姿を見て、思わず足を止めた。

　すぐにアルナの前に、ローリィが立つ。

「お前は……！」

「『お前』はないんじゃないか？　あたしはこれでも、あんたの主と同じ『王位継承者』なんだけどね？」

　黒髪の女性――メルベル・ロックフィールズであった。顔を合わせるのは《イゼルの塔》以来か。

　アルナとローリィが特に警戒するのには理由がある。彼女が聖騎士のオーゼフ・ガインヴェイルと繋がっている可能性があるからだ。

　もしもそうなら、マーヤという幼い少女を追い詰めたのはメルベルということになる。

「……あなたが、何故ここに？」

「理由なんてないさ――とは言わない。あんたらがここにいて、あたしがここにいるのは偶然じゃないしね。あたしは、あんたに話があって来たのさ」

　メルベルはそう言って、アルナのことを指差した。

「私と話、ですって？」

「そうさ。ま、ここは人目もあることだし、あっちに個別で休める休憩室がある。そこで話をしようじゃないか」

　メルベルは踵を返して、さっさと一人で休憩室のある方へと向かう。

　アルナも、それに続いた。

「ちょ、アルナちゃん！　まさか、ついていくつもり？」

「私と話があるって言うんだから、行くしかないじゃない」

「だって、あいつは――」

「ローリィが言いたいことは分かるわ。それを確かめるためにも、行きましょう」

　拳を握り締め、アルナは歩を進める。怖くないと言えば嘘になる。

　けれど、アルナには確認しなければならないことがあるのだ。

「だったら、シエラも連れて行った方がいい」

「シエラは大丈夫。あなたも知っているでしょう？　メルベルさんが戦う気なら、たぶんシエラはもうここに来ているから」

　それは、アルナのシエラに対する信頼だ。

　シエラはアルナに身の危険が迫れば、必ず来てくれる。

　だから、アルナは迷わずに進めるのだ。

「それに、ローリィもいるじゃない」

「っ！　うん、分かった。何かあれば、すぐに対処するよ」

「お願いね」

　お互いに顔を合わせて頷き、メルベルの下へと向かった。

　彼女はすでに休憩室にあるソファに腰掛けていて、アルナとローリィに対面に座るように促す。

　アルナはそれに応じて腰掛けるが、ローリィは立ったままだ。

　それを見てメルベルは肩を竦めるが、すぐに視線をアルナへと戻す。

「さて、早速本題だが――まずはおめでとう、と言っておこうか」

「……おめでとう？　何か祝われることをしたかしら」

「ハンッ、そりゃもちろん、一つしかないだろ？　継承者としては、あんたが一歩リードした状態だ」

「リードって、残りは四人いるのよ？」

「いや、違うね。他のは行動に出てないが、あんたは同じ継承者であるリーゼ・クロイレンに認められてる。そして、リーゼは王国の騎士団長の娘――ま、殺人容疑のかかった団長は、罪が晴れたとはいえ一度は疑われた身。しばらくは肩身が狭いかもしれないけどね」

「……そのことで、一つ確認しておきたいのだけれど」

「ん？　なんだい？」

「あなたが、聖騎士のオーゼフ・ガインヴェイルと繋がっていたんじゃないの？」

　アルナは核心を突く問いかけをした。

　これにはローリィも驚いたのか、少し動揺した仕草を見せる。対するメルベルは表情を変えることなく、

「オーゼフのことは知ってる。あんたらを襲ったこともね。けど、あいつとあたしは繋がってない。ただ、それを証明する術はないから、あたしの言葉を信じてもらうしかないね」

　一切の動揺もなく、はっきりとした物言いだ。

　シエラならば、彼女が嘘を吐いているかどうか分かるのだろうが、さすがにアルナにはわずかな表情の機微などは見極められない。

　さらに、メルベルは言葉を続ける。

「それに、あたしがやるならそんな回りくどいことなんてしないさ。あんたらの前に出て、決着をつけるって話よ。現に、こうやって姿を現したろう？」

「私とここで、継承についての話をしようってこと？」

「もちろん、そのつもりで来たのさ。あたしは正直、あんたがそこまで王位の継承に乗り気じゃないと思ってたし、相手にするならクロイレンのお嬢様かと思ってたんだが――ま、あんたが残ったのなら、お嬢様と同じ話はもう一度しておいた方がいいと思ってね」

「……同じ話？」

「簡単な話さ。王位継承権を放棄しろ。そうすれば、同じ継承者からの過半数の支持を得て、あたしの継承が確定になる」

「！　何を馬鹿なことを……！　アルナちゃん――アルナ様が現状、継承者として有利ならば、わざわざ放棄する理由などないはず」

　メルベルの言葉を、ローリィが否定した。彼女の言う通りであり、メルベルに対して譲歩する理由などない。

「だから、言ったじゃないか。あんたは乗り気には見えない。あの時は啖呵を切っていたけどね、どう見ても弱気だったからさ。どうせなら、争わずに決めた方がいいだろ」

「なら、あなたが譲歩すべきことでは」

「あたしはしないよ。だから、この話が受け入れられないなら、あたし達は敵同士だねっていう話をしにきたのさ」

　アルナは、メルベルの意図を理解した。これは一つの確認だ。

　ここでアルナが身を引くのならば、メルベルはアルナに対して手を出さない、ということだろう。

　だが、引かないのであれば――同じ継承者として争うことになる。

　そこに、血が流れることになる、という警告なのだ。

　全てを理解した上で、アルナは答える。

「私は引かないわ」

「へえ、意外に迷いがないね」

「……もう、迷っているような立場にないもの。話はこれで終わり？」

「ああ、終わりさ。時間を取らせたね」

　メルベルが立ち上がると、ローリィが構えを取る。

　その姿を見て、メルベルは笑みを浮かべた。

「ハッ、血の気の多い護衛だね。こんなところであたしが暴れるわけないだろ？」

「……警戒することに越したことはない」

「ま、そうだろうね。どちらかと言えば、もう一人の子を心配した方がいいんじゃないか？」

「……もう一人の子？」

「あんたの護衛――もう一人いたろ？　今、あたしの相棒のウイが腕試しに行ったよ」

　そう、言い放ったのだった。

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