119.暖かい季節になって
――季節はすっかり暖かくなり、《ロウスタ魔導学園》の生徒達の制服姿にも変化があった。
季節に合わせて薄着になった者が目立つようになり、シエラもまた、季節に合わせて薄着の制服を身に纏う。
これから暑くなる季節だが、シエラは経験上、天候の変化が激しい場所にも慣れていた。
ただし、シエラにとって慣れているのは激しい気温の変化であり、日々の生活の中でだんだんと変わっていく状況になるのは初めての経験である。
故に、一限目の授業から眠そうな表情で黒板を見つめていた。
少し前までは、アルナのために早起きをして《防御魔法》である《結界》構築の修行をしていた。
その点についてはアルナに感謝されたが、同時に無理をしないように、と止められてしまう。
実際、すでにシエラは結界をある程度は上手く扱える。
アルナと共に放課後に修行をする程度でも、問題はないだろう。
だから、早起きはしてない――のだが、暖かでしばらく続く平穏な日々は、確実にシエラの眠気を誘った。
根は真面目で素直なシエラだからこそ、眠くても授業は起きている。
それでも、時折こくり――と頭が動いてしまう。
すると、隣に座るアルナの視線がシエラに向けられたのが分かった。
ちらりと、特に話しかけてくることはないが、シエラが眠くなっているのが分かるのだろう。
シエラは、アルナの視線に気付いてそちらを見る。
アルナもまた、季節に合わせて薄着の制服となっていた。
相変わらず、真面目な性格である彼女はしっかりと学園指定の通りの着方をしている。
他の生徒を見れば、少しは着崩したりするものだが、彼女はあまりそういうことはしないのだろう。
対するシエラは、アルナに整えてもらわないと、やはりスカートからシャツがはみ出したりしてしまう。
激しい動きをしているわけではないが、そもそも着方がだらしない、というべきだ。
そうして、アルナに視線を送っていると、
「シエラさん、授業中ですよ。どこを見ているのですか?」
シエラは講師からそんな注意を受けた。すぐに講師の方を向いて、答える。
「アルナの方」
「ちょ……普通に答えないでっ」
講師の言葉に、シエラは迷うことなく答え、その答えに一番慌てたのはアルナだった。
クスクスと、生徒達が笑う声が教室内に響く。
「?」
何を笑われているのか分からないが、アルナは少しだけ赤面して、恥ずかしそうにしていた。
「こほん……授業に集中するように」
「わかった」
講師に言われ、シエラは前を向く。今のやり取りで、少しだけ目が覚めた。
シエラは覚えが悪いのではなく、興味があるかないかで全てが決まってくる。
授業をしっかり聞いて、覚えられたらアルナが褒めてくれる――その結果、シエラの授業における成績は上がっていた。
元々、魔物学や魔法学では学年どころか学園でもトップクラスの成績であったが、他の授業においても成績を上げ始めている。
もちろん、まだ『高い』とは言えないが、それでも以前に比べたら十分な成績アップと言えた。
これも、放課後にアルナやローリィがシエラに教えている賜物でもあるだろう。しばらくすると、一限目の授業が終わり――
「シエラ、授業中にこっちに顔を向けるのはダメよ」
すぐに、アルナからそんな注意を受けた。先ほどの授業でのやり取りのことだろう。
怒っているというわけではないが、少しだけ表情は険しい。
シエラのことを注意している、というのはすぐに分かった。
「アルナがこっちを見てきたから」
シエラは素直にそう答えた。
先に見てきたのはアルナの方だ。それが気になって、シエラはアルナの方を見たのだから。
すると、アルナは少しだけ困った表情を見せる。
「それは……あなたが眠そうにしていたから。少し気になったの。私の知らないところで、また早起きして稽古とか、していない?」
「してないよ」
「……本当に?」
「うん。アルナと放課後にするって約束してるから」
「そう。ならいいけど――って、よくないわ。それじゃあ、夜更かしをしている、とか?」
「夜更かし?」
「夜遅くまで起きていない? シエラがあまり遅くまで起きているイメージはないけれど……」
「普通の時間に寝てるよ」
「普通の時間ってどれくらいなのかしら?」
「わからない」
シエラの答えに、小さくため息を吐くアルナ。
時間を見て、シエラは眠ったりはしない。眠くなれば寝るし、眠くならなければそのまま起きていることだってある。
最近は眠くならないことなど滅多にないことであったが。
「普通の時間に寝ているなら、一限目からそんなに眠くならないだろう」
そんな風に会話に入ってきたのは、ローリィであった。
彼女もまた、季節に合わせて薄着の制服に身を包んで――いなかった。
ローリィはまだブレザーに身を包んでいて、他の生徒に比べると少し暑そうに見える。
汗はかいていないが、それでも少し目立っていた。
元々『執事服』で通っていたのに、突然女子生徒の服に身を包んで、多くの生徒を驚かせたのだ。その上、ローリィは片目を失って眼帯の状態にある。
ただ、悪い噂はなく、むしろ最近では『格好よくて可愛くなった』と言われるようになっていた。その話をすると、ローリィは物凄く嫌がるが。
「ローリィ、あなたそのままで暑くはないの?」
「僕は鍛えているから、これくらいの暑さはどうってことないよ」
「少し我慢してる」
しかし、すぐにローリィの言葉をシエラが否定した。
ローリィは少し慌てた様子を見せる。
「なっ、が、我慢なんてしてないっ」
「シエラが言うのだから、否定したって無駄よ。暑いのなら脱いだらいいじゃない」
「そ、それは……あまり、薄着にはなれてなくて」
「! そういうこと……。でも、これから暑くなるんだから、少しは慣れていかないと」
ローリィはそもそも、女子生徒の服にもまだ慣れていないようであった。
スカートすら、シエラと同じように履いたことがないレベルである。
その恥ずかしがる姿が可愛い、と言われているようなのだが――本人はそのことについては知らない。
「無理はよくないよ、ローリィ」
「だから、別に無理はしてな――や、やめろっ!」
「まだ何もしてないよ」
「立ち上がった時点で怪しいんだよ! 脱がせるつもりだろっ」
バッと自らの身体を抱くようにして、ローリィがシエラとの距離を取った。
シエラは少しだけムッとした表情を見せる。
「別に脱がせようとなんてしてない」
「シエラの行動は僕だって分かるようになっているんだ。……とにかく、無理なんてしていないから気にするな。それよりも、授業中に居眠りをしそうになる方が問題だろう」
「寝てないよ」
「寝そうになっているから言っているんだ。アルナちゃんを困らせるなよ」
「アルナは困るの?」
「私が困るというか、シエラが困るというか……でも、夜更かしをしているわけでもないのなら、どうしてそんなに眠くなるのかしら? やっぱり、授業に興味がない?」
「そんなことないよ」
「……謎ね」
真剣な表情で考え込むアルナ。
平穏な日々のおかげであり、そのせいでもあるということに気付く者は、シエラも含めていないのであった。
実はちょくちょく書き溜めてます。





