12.シエラ、怒られる
「ねえ、シエラさんって魔物とかと戦ったりしてたの?」
「うん、まあ戦ってた」
「どんなやつ?」
「大きなのから小さいのまで色々と」
本日最後の授業は移動教室で、移動中――もとい、休み時間は編入したばかりのシエラに質問が集中した。
シエラが編入したのは学園でいうところの一年――クラスメート同士は仲のいい者同士集まるような時期だった。
傭兵だったことは言わないようにと、エインズから言われている。
シエラはある程度はぐらかすような言い方をしていたが、
「次の授業ってマグニス先生が担当じゃないっけ?」
「あー、シエラさんが倒したって噂の……本当に倒したの?」
不意にクラスメートがそんなことを口にする。
シエラは特に迷うことなく頷いた。
「マグニス……?」
「ホウス・マグニス先生! 試験官だったって噂だよ」
「うん、倒したら合格だって言われたから」
「うへぇ、あの人言いそう……」
「……というか、講師の人倒しちゃうなんてレベル違い過ぎない?」
そういうものなのか、とシエラはクラスメートの話を聞いて理解する。
思えば、『凡人ノート』にも手加減するようにと書いてあった。
(加減が足りなかったのかな……?)
そんなことまで考え始めるシエラ。
練武場に到着すると、そこではすでに準備を終えたホウスが待ち構えていた。
ホウスの担当は魔法の準備を中心としているが、やってきた生徒達に向かって開口一番、ホウスが宣言する。
「今日は実戦も考えた対人形式での授業にする」
「た、対人形式って……私まだ魔法もそんなに――」
「使える魔法だけでやれ。魔法の使い方ってのは戦いでの勝敗を分ける重要な要素だ」
生徒の一人の言葉を、そうピシャリとはねのけるホウス。
「戦いでって……」
「別に私達戦うために魔導学園に入ったわけじゃないんだけど……」
魔導学園に入学する理由は人それぞれだ。
だが、何かしらの目的を持って皆入学する。
シエラはただ、父の言葉に従ってきただけだが。
「……シエラさん」
唐突に話しかけてきたのは、アルナだった。
何やら神妙な面持ちで、シエラと向き合う。
「……? どうしたの?」
「その、この授業では対人形式ということだから、私と――」
「そいつは特別枠だ。俺とやる」
「え……?」
シエラとアルナの話に割り込んできたのは、講師のホウスだった。
ホウスは睨み付けるようにシエラを見る――その目には、わずかながらも殺意が見てとれた。
ここが戦場であれば、ホウスのことを切り捨てるシエラだが、そういうわけにもいかないらしい。
シエラはこくりと頷くと、
「いいよ、どうすればいいの?」
「これを使え」
渡されたのは鉄製の剣――だが、刃がない。
人を斬る目的ではなく、あくまで訓練用であることが分かるものだった。
シエラも幼い頃はよく、エインズと木造の剣で斬り合ったものだ。
大きくなってからは常に本気であったが。
「これで戦うってこと?」
「いや、お前の実力はよく分かってるからな……守りの練習、とでも言おうか」
「守り……?」
「ああ、あの剣に頼ったような守り方だけじゃないってことを、教えてやろうと思ってな」
明らかに含みのある言い方だったが、シエラはこくりと頷いてそれを了承する。
授業だと言うのに、気付けば向き合った二人を生徒達が静観していた。
「……マグニス先生って剣も使えるの?」
「さあ……? というか、魔法の練習なの、これ」
「お前はとにかく俺の攻撃を防ぐことだ。反撃はするな」
「分かった」
ホウスの言葉に頷くシエラだったが、明らかに違和感のある条件だ。
それに、鉄製の剣も持った時点で違和感があった。
「いくぞッ!」
考える間もなく、ホウスが駆け出す。
魔導師であるはずのホウスの繰り出す剣撃は――シエラなら問題なく捌けるものだった。
金属のぶつかり合う音と、擦れる音。
ただぶつけるのではなく、シエラはホウスの剣を受け流しもしていた。
端から見れば、ホウスが剣で遊んでもらっているようにしか見えない。
「シ、シエラさん……すごい」
「マグニス先生、遊ばれてるように見えるな」
そんなクラスメート達の声は、シエラの耳にも届く。
(これだとまだ加減が足りないのかな……?)
「オオオッ!」
そんな一瞬の隙をついてか、マグニスはシエラの頭部に向かって――渾身の一撃を叩き込む。
シエラもまた、それを模擬剣で防ごうとするが、鈍い金属音が周囲に響き渡る。
「シエラさんッ!」
叫んだのはアルナだった。
渾身の一撃によってシエラの持っていた模擬剣はへし折られ、鉄製の塊とも言えるものが直接シエラの頭に振り下ろされる。
ゴッ、という鈍い音が周囲に響いた。
ピタリと、二人の動きが止まる。
にやりと笑みを浮かべながら、ホウスは口を開いた。
「……悪いな、まさかへし折れるとは思ってなかったんで、加減ができなかった」
まともに一撃を受けたシエラの頭部からは出血している。
それも、滴り落ちるほどの量だった。
銀色の長い髪が少しずつ赤く染まっていく中――
「……ううん、こっちも油断してた。壊れた武器での戦いを想定しろ、っていうことだよね?」
「ッ!」
垂れてきた血を舌で舐めとり、笑みを浮かべるシエラ。
滅多に笑うことのないシエラは、久方ぶりに笑みを浮かべていた。
その表情に思わず一歩後退りをするホウス。
「マグニス先生、すぐにシエラさんを保健室に連れていきます。構いませんね?」
「あ、ああ」
そう言って、シエラの手を引いたのはアルナだった。
懐からハンカチを取り出して、シエラに手渡す。
「それで止血して。すぐに保健室で手当てしてもらわないと」
「でも、まだ授業の――」
「その怪我でそんなこと言っている場合!?」
ビクッとシエラの身体が少し震える。
アルナも思わず、足を止めた。
「ご、ごめんなさい。とにかく、保健室に行きましょう」
「……うん」
(――なんか、こうやって怒られるの、初めてかも)
シエラにとっては、それがとても新鮮なことであった。





