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116.王位継承戦

 ――《森林施設》での戦いから二週間が過ぎた。

 この戦いでまた怪我をしたシエラは、もはやかかりつけと言ってもいい医師にしかめっ面をされながらも、ようやく入院を終えるところだった。

 全身の骨という骨にひびが入り、内臓にも損傷があった――それだけの怪我でありながら、《聖騎士》の一人と戦闘し、勝利を収めたのだ。

 オーゼフ・ガインウェイルが、騎士の家柄であるクロイレン家にクーデターの罪を擦り付けたという事実は、マーヤの『記憶』によって証明されることになる。……幼い少女が見た記憶を読み取ることで、その事実が明らかになった。

 無実であることが立証されたクロイレン家の者達と、フィリス・ネイジーという聖騎士。これで晴れて、リーゼとフィリスは《王位継承者》として再びシエラとアルナの敵となることになる。そして、決着の時もすぐそこに迫っていた。

 退院して間もなく、同じ病院に入院していたフィリスもまた、シエラと同じ日に退院した。お互いにまだ包帯で怪我をした箇所を隠すようにしているが、それでも《剣》を持って相対する。

 シエラとフィリス――互いの後方に控えるのは、《王位継承者》であるアルナとリーゼだ。


「呼び出しに応じてくれたこと、感謝致しますわ」


 赤いドレス姿で、リーゼはそんなことを口にする。


「マーヤちゃんの様子は?」


 アルナが気にかけたのは、今回の件で命を狙われた少女――マーヤのこと。

 記憶を読み取る魔法は、少なからず本人に負担をかける。……聞いたところによれば、その魔法によってマーヤは両親を失ったという事実を認識してしまったらしい。その負担は、計り知れないものだろう。


「……まだ、両親を失ったという事実を受け止め切れていないところもあるけれど、その点については時間をかけるしかありませんわね」

「そう、ね。私としては、こんなに早く戦う必要なんて、ないと思うの」


 アルナがそう切り出した。――彼女も理解しているのだろう。

 この場に呼び出されて、相対することの意味を。リーゼ・クロイレンという少女が望んだことだ。

 ……カルトール家とクロイレン家。二人の少女による、《王位継承戦》。お互いに代理人を立てた決闘での完全な決着。

 この戦いに勝利した者が支持され、敗北した者は王位継承者としての資格を破棄する、と。まさか、リーゼがそんな勝負を仕掛けてくるとは、アルナにとっては予想もしないことであった。

 それでも戦いを挑まれたという事実は、シエラにも伝わっている。シエラにとっては、この戦いに戦って勝てばいいという、非常に単純な話であった。

 だから、アルナの言葉にシエラは首を横に振る。


「アルナ、わたしは勝つから」

「! シエラ……」


 シエラの言葉を聞くと、アルナはそこで押し黙る。どのみち、シエラが戦う決意をした以上――もう止めることはできないだろう。リーゼとフィリスも、戦う意思を示している。


「準備はいいかしら。フィリス、それにシエラさん」

「私はいつでも」

「わたしも」

「ふふっ、それじゃあ――決着を付けるとしましょう」


 リーゼのそんな言葉を皮切りに、フィリスが動き出す。

 彼女の構える《装魔術》で構成された剣もまた、《女神》の名を冠するものだ。

 聖騎士を名乗る以上、シエラが戦ったオーゼフと同等かそれ以上の実力を要することは分かっている。


「《守護の盾》――最大顕現」

「っ!」


 フィリスの言葉と共に、現れたのは魔力で構成された《盾》。

 目に見えて分かる大きな壁が、シエラの前に立ちふさがった。――戦いの場を、王都から離れた森に選んだ理由が分かる。

 その魔力の盾は周囲の大気を震わし、威圧感だけで気分を害するほどのものであった。およそ、《守護の盾》と名を冠するような代物には感じられないほどに。


「私の装魔術は《守護の女神》の名を冠する剣――あなたが倒したオーゼフも、私が盾を展開している限りは倒すことはできなかった」

「うん。すごい魔力の塊だね。でも、関係ないよ」


 シエラにとって、その壁が如何に優れたもので、強固なものだろうと関係ない。

 自らの両手に持つ《デュアル・スカーレット》に魔力を込める。赤い剣はそれぞれに渦巻くような強力な魔力を帯びていく――今までに見せた中で、もっとも大きな魔力のうねりだ。

 ほぼ万全の状態で、シエラに本気の一撃を打たせる……シエラの実力を知っている者であれば、まずそんなことはさせないだろう。

 だが、フィリスはあえて受ける構えを示した。否、その場で剣を構えた彼女は、地面を蹴って駆け出す。真っ向から、シエラの一撃とぶつかり合うつもりだ。シエラもまた、駆け出した。

 シエラとフィリス――お互いに背後に『大切な人』がいる状態で、本気の一撃をぶつけ合う。

 ぶつかると同時に、衝撃が周囲に走った。シエラの放つ赤い斬撃は二つ――フィリスの盾に直撃し、轟音を立てる。

 魔力の盾が大きく揺れて、シエラの斬撃もまた呼応するように震える。

 やがて斬撃のうち一つ目が、フィリスの盾によって消滅させられた。続く二撃目が、盾とぶつかり合う。

 フィリスは一歩、大きく踏み出した。シエラの斬撃を消しきるための、覚悟の一歩だ。

 ――シエラの放った二撃の刃は、フィリスの作り出した魔力の壁によって完全に消滅させられる。それと同時に、フィリスの作り出した《守護の盾》も、音を立てて崩れ去った。

 刹那、シエラとフィリスが距離を詰めて剣を振るう。

 フィリスの剣を片方の剣で弾くと、もう片方の剣をフィリスの喉元に突き立てる――だが、そのまま突き刺すことはしなかった。


「……もう、戦う気ないの?」

「! ど、どういうこと?」


 シエラの言葉に驚いたのは、アルナの方だった。

 フィリスに敵意があるのならば、シエラもこのまま戦いを継続したかもしれない。

 だが、彼女から感じられた敵意は――作り出した《守護の盾》があった時までだ。

 たった今、剣を振るった彼女からは、そんな敵意は感じられなかった。

 わずかに視線を逸らしたフィリスは、小さくため息をつきながら言う。


「……私は確かに、リーゼ様の『剣』であり、『盾』なのです。その事実は変わらない――けれど、マーヤを助けられたのは、あなた達のおかげです。だから、私はリーゼ様とこの勝負の決着について話し合いました」

「……決着?」

「フィリスが本気で作り出した《守護の盾》――それが破壊されたのなら、わたくしを守る資格はもうフィリスにはないということですわ。だから、その時点ですでに決着はついたということ。それはフィリスの敗北であり、わたくしの敗北ということ」


 ふぅ、と小さく嘆息をしながら、フィリスの隣に立つようにリーゼがやってきた。――すでに二人に戦意はない。その事実を知って、シエラは後方にいるアルナに視線を送る。

 アルナも、動揺した様子でシエラの隣に立った。

 そんなシエラとアルナの前に、リーゼが膝をつく。


「リーゼさん……!?」

「わたくし、貴方達に助けられてからずっと考えていましたわ。どんなことがあっても、わたくしは自らの無実を証明し、再び王位継承者として返り咲く、と。そしてその念願は叶いましたわ。……けれど、わたくしは先の戦いで気付いたことがあるのよ。あの状況でも、自分のことを犠牲にしてもなおマーヤを守ろうとしたのは――フィリスと、そしてアルナさん……貴方だった。わたくしはあの状況においてもまだ、自分の助かる道を考えていたというのに。ふふっ、分かるかしら? これってね、わたくしが考える王の座にはとてもふさわしくないの」


 自嘲気味に笑いながら、リーゼは顔を上げる。その表情はすぐに真剣なものへと変わり、彼女が言葉を続ける。


「わたくしは騎士団長の娘であり、人々を守ることがわたくしの務め――それを、改めて理解しただけのこと。それをするのに、王の座は別に必要ありませんわ。だから……クロイレン家は、カルトール家を支持しますわ」

「! リーゼさんは、それでいいの?」

「ふふっ、今話した通りですもの。わたくしにも騎士としての道がありますわ。もっとも、フィリスのように前線で戦うのではありませんけれど」


 そう言いながら、リーゼが立ち上がる。呆気にとられるアルナをよそに、リーゼは背中を向けて去っていく。フィリスは深々とシエラとアルナに頭を下げると、リーゼの後を追った。

 残された二人は、お互いに視線を合わせる。


「よく分からないけど、わたし達の勝ち?」

「……ええ、リーゼさんとフィリスさんは、私達を認めてくれたみたいね」

「……そっか。もう少し戦いたかったんだけど」

「また怪我をしてお医者様に怒られるかもしれなかったのよ?」

「……それは嫌」


 そんなやり取りをして、シエラとアルナはくすりと笑顔を浮かべた。《王位継承戦》という名の――クロイレン家からカルトール家への支持の意思表明は、こうして幕を閉じたのだった。

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タイトル変更となりまして、書籍版1巻が7月に発売です! 宜しくお願い致します!
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