115.二人の約束
アルナは突如現れた『大きな砂のお城』に驚いて、目を見開く。
そこはシエラのいた方向だ――いつものような、彼女の使う斬撃ではない。
けれど、砂のお城というのが、シエラが作り出したものであるということを分からせてくれる。
シエラが、マーヤと約束をしていたものだ。
「ん……」
ここで、ようやく眠っていたマーヤが目を覚ます。
眠そうに眼をこすりながら、ゆっくりと目を開けた彼女は、砂のお城を見て起きがけながらも目を輝かせた。
「わぁ、おっきなお城! もしかして、あれってシエラおねえちゃんが作ったの!?」
「ええ、そうね。きっと、そうよ」
アルナはマーヤの問いかけに頷きながら、彼女を抱き上げてその光景を見る。
木々の間から見える、聳え立つような砂の巨城――それは、シエラがマーヤのために作り出したものだ。
やがて風に流されるように、砂のお城はサラサラと姿を消していく。
「あ、お城もう消えちゃうんだ……」
「マーヤちゃんのために、シエラが頑張って作ったのよ。戻ってきたら、お礼を言ってあげて?」
「うんっ! あれ、リーゼおねえちゃんとフィリスおねえちゃんは――」
「わたくしなら、ここですわ」
木の陰から、リーゼが姿を現す。マーヤが起きるのを察知して、フィリスの姿を隠したのだ。
彼女は全身をオーゼフの矢によって貫かれている。リーゼとアルナによる応急処置はしたが、それでもまだ怪我をしていることに変わりはない。そんな姿を、マーヤには見せたくはないのだろう。
「リーゼおねえちゃん! フィリスおねえちゃんは?」
「フィリスなら……少し用があるの。しばらくしたら戻るわ」
「そうなんだ……フィリスおねえちゃんと砂のお城、見たかったなぁ」
マーヤが呑気な声でそんなことを口にする。――彼女には、ここで何があったのか一切伝わっていないようだった。
だが、それでいい。こんな小さな子が、命を狙われたという事実を知る必要はない。
アルナはマーヤを守るために一緒に行動することにしたのだ。……だから、これでいい。
リーゼにマーヤを任せて、アルナは小走りに駆け出す。
きっと、砂のお城のすぐ近くにシエラはいる。
草木をかき分けながら、アルナは真っすぐ走った――少し開けたところで、大木に寄り掛かるシエラの姿があった。
戦いの終わったあとの彼女は、必ずと言っていいほど血に濡れている。
制服も破けて、あちこちから出血をして――それでもアルナの姿を見たシエラは、いつもの調子で言う。
「アルナ、終わったよ」
「……ええ、分かっているわ。シエラ――」
アルナもまた、いつものようにシエラに声をかけようとする。
だが、声が震えてしまう。見慣れるはずもない、鮮血に染まったシエラの姿を。
アルナが望む限り、シエラは戦って必ず勝つ。そう、アルナは心の底から信じている。それは同時に、シエラが傷つくことを意味する。彼女はきっと、そんなことは気にしない――だからこそ、アルナは誰よりもシエラのことを思って、胸を締め付けられるような感覚に陥る。
けれど、その気持ちは押し殺す。そんなシエラの怪我も全てアルナの責任で、背負うと決めたのだから。
アルナはシエラの前に立つと、そっと跪くようにして、シエラの頬に手を伸ばす。
脱力したままのシエラだったが、アルナが手で触れると、甘えるような仕草を見せた。
「シエラ、ありがとうね」
「ん、いいよ」
シエラが少しだけ微笑むような表情を見せる。彼女はきっと、アルナのことを拒絶することはない。それがどこか分かっているからこそ――アルナも心を押し殺すことができない。
「本当は、貴方にこんなことさせたくないの。もちろん、我儘だっていうのは、分かっているわ」
「……アルナ?」
シエラが不思議そうな表情をして顔を上げる。――今の自分は、どんな顔をしているのだろう。シエラを不安にさせないような表情が、できているだろうか。
言わないつもりだった……けれど、押さえ切れずにアルナは言葉を続ける。
「今回も、私が何も言わなければ貴方が傷つくことはなかったかもしれないわ。でも、私には力なんてないのに……狙われている立場でありながら、同じような境遇のリーゼさんやマーヤちゃんを助けたいと思った」
「うん、アルナらしいよ」
「私、らしい……? 何だか、不思議な感覚ね。貴方にそう言われるのって」
「嫌だった?」
「ううん――すごく、嬉しいわ」
シエラに肯定されることが、嬉しかった。
それと同時に、アルナの中に芽生える感情は――シエラの力になれるようになりたい、ということ。以前は、一人で《装魔術》の修行をして強くなろうとした。
けれど、シエラがいなければアルナはきっと命を落としていただろう。一人で強くなるにも限界がある。
それならば、アルナの望むことは一つだ。シエラの力を借りるだけでなく、シエラと共に戦えるようになりたい。
「いつか、貴方の隣に立って、一緒にどこかに行けたらいい……そんな風にね、思ったの」
アルナは自然と、そんな『願い』を口にする。シエラに夢を語ったのは初めてのことかもしれない――シエラが目を丸くしながらも、ゆっくりとアルナの手を握ると、
「うん、じゃあ約束。わたしと冒険、しよ?」
「……! ええ、約束、するわ」
アルナはシエラの手を強く握り返す――少女と少女は、お互いに夢を持った。
それがたとえ泡沫の夢だったとしても、今の二人にとっては、かけがえのない約束だったのだ。





