111.二人の傭兵
吹き飛ばされた仲間に目をくれることもなく、セルフィがコウと向き合う。
一方、コウはその後方――シエラの方へと視線を向ける。
赤い斬撃が森のあちこちへと飛翔していくのが見えた。
「ありゃりゃ、本当に派手にやってるわね」
「あれほどの化け物がお前の生徒とはな」
「うちの生徒を化け物呼ばわりはやめてくれる? あの子、素直で良い子だから」
「ふっ、そう言えるのはお前だからだろう。それよりもお前が講師をやっていることの方がまず驚きだったな」
そう言いながら、セルフィはわずかに笑みを浮かべる。
コウもまた、それに応えるように笑う。
「あはは、そりゃそうね。あたしもこうなるとは思ってなかったわよ。あんたと、こうしてやり合うことになるなんてね。ところで、あたし達のことが分かってて、どうして人質を逃がすような真似をしたのさ?」
コウはセルフィに問いかける。
――セルフィの目は、少なくとも遠くで動くコウとローリィの姿は見えていたはずだ。コウであれば必ずここに辿り着くということも。
……にも関わらず、彼女はこの状況に陥るまで静観をしていた。
シエラという存在は大きかったかもしれないが、それでもセルフィならば人質を人質のままにすることもできたはずだ。
コウの問いかけに、セルフィは少し間をおいて答える。
「……本意ではなかった。それだけだ」
「あはっ、あんたも大概ね」
「ふっ、そうだな。じゃあ、そろそろやるか」
「ええ、いいわよ」
コウは剣を構え、それに応じるようにセルフィが弓を構える。
セルフィが作り出すのは《魔力の矢》だ。
それを射ることで、魔法効果を生み出す攻撃を得意とする。
かたや、コウは単純な近接戦闘を得意とする剣士だ。……もっとも、お互いに得意とする分野は理解しているが。
コウは自らの刀身に手を触れる。銀色の刀身は、赤色の光を帯びていく。
「《付与術式》か。相変わらずだな」
「まあね。あんただって弓ばっかりじゃないの」
「そうだな――」
先に動いたのは、セルフィの方だった。
高速で作り出した魔力の矢を構え、コウに向かって打ち出す。
コウはそれを見てから回避する――だが、すぐに矢を見て弾くように剣を振るった。
わずかに方向のズレた矢が爆発を起こす。
よろめきながらも態勢を整え、コウは駆け出した。弓使いであるセルフィとの距離を詰め、剣を振るう。
セルフィが身軽な動きでそれをかわす。遠距離戦闘を得意とする彼女だが、決して近距離の戦闘が苦手なわけではない。
むしろ、距離を詰められることも考慮して――彼女は近距離でも十分な戦闘能力を発揮する。
「おっと」
ブンッと風を切る音は響く。セルフィが振るったのは《魔力の矢》だ。
魔力でできた矢の先は、振るだけでも刃となり相当の力がある。
後方へと下がったコウに対して、セルフィが即座に矢を打ち出す。
コウはそれを切り払い、再び距離を詰めようと地面を蹴った。
セルフィがそれを見越していたかのように、建物の屋上から飛び降りる。
落下しながら、さらに三発。放たれた矢を切り払いながら、コウもセルフィを追う。
「――っ」
飛び降りる直前に、コウは顔をしかめた。
背中に鋭い痛み。セルフィの一撃が、コウの身体に届いたことが分かった。
着地する前にさらに追撃の二発。今度は切り払うのではなく切り落とす。
矢は、地面へと突き刺さって消滅した。
「弾くだけでは不足だと理解したか?」
「ええ、前よりももっとすごくなってるんじゃない?」
背中に感じる痛みを表情には出さず、コウは答える。
切り払った矢は威力を失ったわけではない――空中で方向を変えて、コウの背中目掛けて再び放たれたのだ。
「《第二の矢》。お前が相手にしているのは私一人ではない。放った全ての矢が、お前の命を狙っている」
セルフィの言葉と同時に、コウは周囲を確認する。
自身を狙うように数本の矢が、コウ目掛けて放たれているのが分かった。
すでに空中に放って、コントロールしていたものだろう。
遠方へと放つ高威力の矢とは違い、近接戦闘になった彼女は巧みな魔法技術を用いる。
他方、コウの魔法はとてもシンプルなものだ。
付与術式は、剣に《属性》の効果を与える。今、コウが剣に付与しているのは《火属性》。
だが、この戦いにおいてそれが有利に働くことはない。彼女は自らの剣を持って、《魔力の矢》を切り払うためだけにそれを使っているのだから。
(――ったく、こちとら純粋な剣術しかないっていうのにね)
紛れもなく、コウは剣士であった。小手先での勝負や、駆け引きはしない。
一対一ならば、自らの剣を持って相手との戦いに臨む――それが、コウという傭兵であった。
……だからこそ、コウもセルフィに向かって言い放つ。
「あんたも忘れてるわけじゃないわよね。あたしは純粋な剣術だけで、あんたとコンビを組んでたのよ。あんたが惚れた剣術……もう一回魅せてあげよっか」
「ああ、是非とも見せてくれ」
コウの周囲から、次々と矢が向かってくる。
コウは剣を振るって、それを切り落としていく。
身体を回転させながら、振り向き様に一撃。後方から来る矢を落とし、ギリギリで別の方角から来た矢を回避する。肩をかすめ、脇腹を貫き、膝を撃たれても、コウの動きは止まらない。
この状況でも、さらにコウも追い打ちをかけるようにセルフィが矢を放つ。
――コウがそんな『矢の雨』を抜けて出てきたのは、一瞬の出来事だった。
「――」
セルフィが反応して後方へと跳ぶ。
だが、ギリギリでコウの剣がセルフィを捉える。
肩から腹部にかけての一撃。確かな手ごたえと共に、セルフィの身体から出血するのが見えた。
彼女の表情は変わらない。ダメージを受けたままで、弓を構えて矢を放つ。――その矢は、コウの右肩を貫いた。
再び、二人は少し離れた距離で向かい合う。セルフィの後方で、大きな音が響き渡った。
「……滑稽だな。後ろの森ではシエラ・ワーカーが暴れているというのに、私はお前と勝ち目のない戦いに挑んでいる」
「あら、結構いい勝負じゃない。何だったら、利き腕持っていかれたあたしの方が不利でしょ」
「いや、私の受けた傷は大きい。さすがの剣術だった」
「面と向かって褒めないでよ、恥ずかしい」
シエラが依然魔物との戦いを続けているとはいえ、いずれはこちらへとやってくるだろう。
それも踏まえて、セルフィはすでに敗北しているのだと理解しているようだった。
……それでもセルフィが戦うのは、彼女の傭兵としてのあり方にあるのだろう。
「引くつもりはないのよね」
「当然だ。今回の戦いでは、十分な前金をもらっている。お前が来ないのなら、私はシエラ・ワーカーとの戦いに赴くことになるな」
「……そ、下手な仕事を受けたものね」
「お互いにな」
「あたしは楽しいわよ。先生って、意外と生徒達と関わってるとね……何ていうか、親心みたいなのがでてくるのよ。あんたなら向いてると思う」
「そうか。機会があれば、私も受けてみるとしよう」
「ええ、そうね――」
そこまで話して、二人は同時に動き出す。
セルフィが矢を構え、コウは跳躍して剣を振るう。
――二人の傭兵の戦いは、静かに決着した。





