109.死なない少女
――そこからは、一方的な展開だった。
建物の屋上から見ていたセルフィは眉を顰める。
《ゴーレム》の魔物の身体は人間をゆうに超え、放たれる一撃は常人ならば軽く骨も砕けて内蔵も破裂させるほどだ。……シエラが受けたのはそんな一撃。
華奢な身体が宙を舞い、それでも空中で彼女は姿勢を戻すと、何事もなかったかのように地面へと降り立つ。
(ダメージがないのか。いや、そんなはずはない)
離れたところからでも、セルフィならば見える。
わずかに額から出血――さらに、肩に受けた傷が広がっている。
外面的ダメージはあまり見られないが、内面的にはおそらく計り知れないほどの痛みがあるはずだ。
それでも、シエラのゴーレムを見据える表情は変わらない。
……思わず底冷えするほどに、シエラは無表情なのだ。
そんなシエラに追い打ちをかけるように、数体のゴーレムが迫っていく。
まるで子供が人形で遊ぶかのように、シエラの身体をゴーレムが殴り抜けていく。
地面を擦れるように飛んだシエラが、再びバランスを取って立ち上がる。
……以降はこの繰り返しだ。殴られても、殴られても、シエラは何度も立ち上がってくる。
だが、明らかに彼女のダメージは蓄積されているはずだった。
「これが、お前の言っていた《魔操術》の真骨頂か」
下の階で殴り飛ばされるシエラを楽しそうに見つめる青年――ザッシュに視線を向ける。
……同じ人間だとして、およそ彼の趣味には付き合いきれないものがあった。
仕事でなければ真っ先に射抜いて殺すようなタイプの人間だろう。
そうは思いながらも、セルフィは仕事を優先する。
この場において彼女がするべきことは――二人の少女の抹殺だ。
「いつまで遊んでいる。ゴーレムをどけろ、私がやる」
気付けば数体のゴーレムに囲われ、立ち上がることも許されなくなったシエラが視界に入る。
大木にもたれかかるようになり、ゴーレムの一発一発がズンッと大きな音を周囲に響かせていた。
ゴーレムが邪魔でよく見えないが、セルフィには一つの確信があった。……ゴーレムに数発殴られて生きていたシエラを殺すには、セルフィが直接射貫く他ない、と。だが――
「んー、君も戦いたいって? 残念だが、彼女はもうミンチになってしまったんじゃないかな?」
「ふざけている場合か。確実に仕留める。ゴーレムをどけろ」
「……仕方ないなぁ。まあ、確かに最初の数発で立ち上がったことは驚くべきことだけれど、すでに人間としての原型を留めているか――は?」
ゴーレム達が動きを止めて下がる。
ゴーレムが下がると、大木にもたれかかるようなシエラの姿があった。
頭部や口元からの出血。それに、肩の傷が広がって大木の幹も赤く染める。
シエラの着ている服も、赤色に染まっていた――けれど、彼女は原型を留めている。……どころか、攻撃が止んだのを見てちらりと顔を上げた。
その顔は、先ほどと全く同じで無表情のまま。
「……っ。この一撃で、私が仕留める」
セルフィは弓を構える。
魔力を集約させて、一本の《矢》を作り出す。
狙うのはシエラの頭部――心臓ではなく、脳を貫くことが、相手を殺す上では必要なことだ。
シエラがセルフィの方を見据える。……避けるつもりはないらしい。
彼女がどういう理由でゴーレムからの攻撃を受けて生きているのか分からないが、セルフィの放つ一撃で生きていられるはずもない。
「終わりだ――」
「そうね、終わりにしましょ」
「……ッ」
セルフィは後方から聞こえてきた女性の声に反応し、咄嗟に振り返って矢を放つ。
放たれた矢は加速し、建物の階段室を抉るように飛んで――遥か彼方へと消えていった。
距離にして数メートル。この距離で、この速度で、かわせる相手はセルフィのよく知っている女性だった。
小さくため息をついて、セルフィはその女性を見据える。
「……だから早く終わらせるべきだったんだ。お前が来る前にな」
「あたしは助かったわよ。おかげさまで間に合った――とは言いにくいかしら。ローリィさん! そっちはどう?」
その声に反応して、下の階でも大きな音が響く。
岩が砕けるような音――ローリィが、ゴーレムの魔物に対して一撃を加えたのだ。
丁度、人質にしていた少女のいるところからである。
「今、助けましたよ! シエラ、無事か!?」
声に応えるようにして、ゴーレムに囲われたシエラがゆっくりと立ち上がる。
《赤い剣》を握り締めて、周囲にいたゴーレムを薙ぎ払った。
「ちょっと遅れちゃってごめんね。今度はもう、思いっきりやっていいから」
「……わかった、ありがと」
女性――コウの言葉に、まるで何事もなかったかのようにシエラが答える。
そちらに視線を向けることなく、セルフィはコウと向き合った。
「こうして敵同士で向き合うのは初めてだな、コウ」
「そうね。ま、お互い会う時は仕事なのは変わらないけど――あたしは容赦しないわよ」
「ああ、私もだ」
かつて傭兵として手を組んでいた二人は、再び戦場で敵同士として向き合った。





