11.シエラ、ドラゴンとの戦いを思い出す
シエラはこと歴史などに関わる授業は壊滅的であった。
そのほか文学系も不得意であり、計算などもからっきし。
どうやって受かったのかと疑問を呈されるレベルではあったが――全てが不得意というわけではない。
「《アルマ・ガル》は甲殻が非常に硬い魔物で、魔法における攻撃の方が有効。特に下からの地属性系統の魔法が有利。ただし、アルマ・ガル自身も土に潜る特性があるから、そこについては注意が必要――」
ペラペラと話しているのは、本日の授業がほとんど壊滅的だったシエラ。
今受けているのは《魔物学》の授業だった。
シエラは魔物に関しては博識というレベルを超えていて、クラスメートも驚きを隠せない。
「はい、完璧です。素晴らしいですね、アルクニスさん」
担当の講師に褒められて、こくりと頷くシエラ。
そのままシエラは席に着く。
近くのクラスメートが、シエラに声をかけてくる。
「す、すごいね、シエラさん。魔物に関してはあんなに詳しいんだ」
「うん。仕事――じゃなくて、冒険のおかげ」
「今度その冒険の話も聞かせてよ」
「いいよ」
こうして話しかけられる分については問題なく受け答えできるシエラ。
授業はまた、別の魔物の話になる。
「はい、地上において最も強いと知られている魔物は《ドラゴン》となっています。もちろん、ドラゴンも種類は豊富で、数の少ない《ネームド》というドラゴンはその強さも圧倒的と言われています」
(ネームド……父さんと一緒に戦ったやつかな?)
――授業を受けていてそんなことを考えるのはシエラくらいだろう。
それはおよそ三年前の話。
別の大陸で災厄と呼ばれていたドラゴン――《ウル・ヴァーシュ》というネームドのドラゴンとの戦いのときだ。
「小国が寄せ集めた軍隊程度ではまるで歯が立たない――それがあのウル・ヴァーシュというドラゴンだ。シエラはドラゴン、初めてだったよな?」
「うん、初めて戦うよ」
これからドラゴンと戦うというのに、そんな呑気に受け答えをするシエラ。
実際、ドラゴンと戦うのは初めての経験だった。
「俺でもミスをすれば死ぬ可能性のある相手だ。極論から言えば、勝つ必要はない」
「どういうこと?」
「ドラゴンと本気でぶつかり合って勝てる人間はこの世にそうはいないってことさ」
「……父さんは勝てないの?」
「いや、父さんは勝てるが、あくまで勝つ必要がないという話をしているんだ」
「よく分からないけど、勝たなくていいの?」
「ウル・ヴァーシュは一度獲物だと認識した者を死ぬまで追い続けるという。これから父さんとシエラは獲物になりにいくわけだけど、それは引き付けるっていう話だからね」
「そうなんだ。じゃあ、殺さないで逃げるってこと?」
「シエラは身の危険を感じたらそうしなさい。俺はもちろん、殺すつもりでいくからね」
ドラゴンに対してそんな風に宣言できるのは、この世でも数えるほどしかいないだろう。
シエラは首を軽く横に振り、
「父さん一人だと危ないから、わたしも最後まで戦うよ」
「シエラはまだ《装魔術》も長時間使えないだろう。戦っていいのは、それが維持できる時間だけだよ。それ以上は魔力が持たない」
「……分かった」
シエラはエインズの言葉に従う。
この頃のシエラは、完成に近い強さを持っていたがまだ持久力に難があった。
この数ヶ月後には克服される問題ではあったが。
不意に、地鳴りがするような音が周囲に響いた。
「オオオオオオオオオオオオッ……」
それが地鳴りではなく、魔物の声だと言うことはシエラにもすぐ分かった。
空を覆う暗闇――ウル・ヴァーシュ。
漆黒の鱗に、その巨体は百メートルを超えるほど。
純粋に大きいというのは、生物的な強さを象徴する。
あの巨体が町に降り立てば、それだけで滅ぼせるほどの強さがあるのだ。
「来たな……行くぞ、シエラ!」
「うん」
エインズが空にめがけて、魔法を放つ。
雷属性系の魔法――《グレイ・ライトニング》。
灰色の雷が空へと駆けあがり、ウル・ヴァーシュの身体に直撃する。
「グオオオオオッ!」
痛みがあるのか、呻き声が周囲に響いた。
羽をばたつかせると、近くの森の木々がなぎ倒されるほどの威力がある。
そんな中を、エインズとシエラは駆けていた。
「いいか! あいつの弱点はそのサイズにもある! 図体がでかい分動きが遅いんだ! とにかく疲れさせること――そこから始めるぞ!」
「分かった!」
およそ数時間にも及ぶ死闘が、そこから始まる――授業中に、シエラはそんなことを思い出していた。
「ウル・ヴァーシュというネームドのドラゴンは以前別の大陸で討伐されたという経歴がありまして……おそらく観測史上では初の出来事になると思います」
(あ、父さんの話だ)
――そんな身近な出来事を、シエラは授業の中で感じることになるのだった。





