108.シエラ、選択する
剣を振るえば、魔物達はこの世から去っていく――シエラの放つ《赤い斬撃》は、触れるだけで多くの魔物を蹴散らした。
すでに《森林施設》に近づきつつあるシエラには、未だに多くの魔物達が迫って来る。
だが、それでもシエラの動きが止まることはなかった。
飛び出してきた魔物を吹き飛ばし、切り刻み、刺し殺す――シエラが駆け抜けた道は魔物の死骸や残骸で溢れ返り、鮮血に濡れた。
地面を踏みしめると、シエラの靴が魔物の血を吸ったようにズチャリと音を鳴らす。
常人なら顔をしかめるような嫌な感覚でも、シエラの表情は変わらない。
魔物の血で赤くなった顔を拭い、シエラは目的地を見据えた。
「……いた」
ようやく、しっかりと見えるところにまで相手を捉える。
魔物と戦っている間も、シエラを狙撃してきた敵――女性の姿が、そこにはあった。
シエラに視認されても、慌てるような素振りを見せることなく、女性は再び《弓》を構える。
シエラもまた、その動きに合わせて走る――放たれた矢は、シエラの左の方を抜けていくと、大きな音を立てて爆発した。
「っ!」
シエラは爆風にバランスを崩しながらも、すぐに態勢を立て直して駆ける。
直撃でなくても、今の矢ならば十分にシエラにダメージを与えることができる――距離が近くなったからこそ、殺傷力の高い技を使えるようになったのかもしれない。
ここからは、さらに近づくことが容易ではなくなる。
(……そろそろいいかな)
だが、シエラはそんなことを気にしてはいない。
ただ、待っていたのだ。あまり早く着きすぎないようにという、コウの言葉に従っただけだ。
それが作戦なのだから、シエラはそれを確実にこなす。
シエラの感覚で言えば、十分に時間は稼いだつもりだ。
「キシャアアアアアアアッ!」
「邪魔」
迫りくる魔物に対し一言そう言い放つと、《デュアル・スカーレット》を振るう。
赤い斬撃が森の木々を薙ぎ倒し、魔物を飲み込む。
シエラはそれよりも早く動き、狙撃手との距離を詰めた。
一撃、二撃とシエラを狙うように矢が放たれる。
狭い道でぶつかることなく駆け抜けることができるシエラは、森の中を上手く駆使して狙撃をかわしながら――遂に森林施設の入口にまで辿り着いた。
そこは、数メートルほどの塀に囲われた場所。入口が鉄柵によって閉じられている。
……中には、まだ魔物の気配が感じられた。
それでもシエラはすぐに地面を蹴ると、高い塀を飛び越えて中に入る。
「よく来た……そう言うべきか。シエラ・ワーカー」
三階建ての建物の屋上――そこに、矢を構えた女性が立っている。
魔物の軍勢を超え、女性の矢すら意に介さずに辿り着いたシエラを見ても、女性は慌てた様子を見せない。
常人では考えられないような距離からの狙撃を可能とする敵だ――シエラのことが分かっていたのなら、近づかれることも想定済だったのかもしれない。
シエラはちらりと、建物の方に視線を向ける。
「人質が気になるか? 心配するな、全員無事だ」
「そっか」
「……その怪我はどうした?」
シエラを見下ろす女性が放ったのは、そんな一言。
シエラの身体は魔物の返り血で赤く染まっている――だが、そんな中でも女性は、シエラの怪我に気付いたようだ。
左肩からの出血――それは、確実に強い一撃を受けたような傷であった。
「……まあいい。元より、私はお前達の敵だからな」
「じゃあ……あなたと『もう一人』を殺せばそれでおしまいかな?」
「――ふっ、さすがに気付くかい」
建物の陰から姿を現したのは、ローブに身を包んだ一人の青年。
そして、青年に付き従うように半透明の水色の女性が姿を見せる――魔力の塊であることは、容易に理解できた。
「本当に見事だよ、シエラ。君は僕の用意した魔物の軍勢をいとも容易く乗り越えてここにやってきたんだ。本当に驚き――」
「別に、お話をしに来たわけじゃない。わたしはあなた達を殺しに来た」
青年の言葉を遮り、シエラははっきりと目的を告げる。
青年に対して《赤い剣》を真っすぐ向けると、青年は嘆息するような仕草を見せた。
「自己紹介くらいはさせてくれよ。僕の名前はザッシュ・レザム。彼女はセルフィ・ディケート――僕は《魔物使い》で、彼女は狙撃手さ」
「うん、見れば分かる。けど、そんなことはどうでも――」
「どうでもいいか。まあ、確かに君にとってはそうかもしれないね。正直ここまでやるとは思わなかったよ」
にやりと笑みを浮かべながら、ザッシュが前に出る。
ザッシュの背後に浮かぶような半透明の女性が楽器を構えた。
……魔物を操っているのは、青年の後ろにいる女性だ。
(《魔操術》……それも、相当高度な構成をしてる)
一目見ただけで、シエラはそれの本質を理解した。
ザッシュ自体が魔物を操っているのではなく、ザッシュが作り出した《魔力体》――すなわち、魔力の塊でできた疑似生命体が、魔物に波長の合う音を奏でているのだ。
それを作り出す技術も魔力量も考えれば、ザッシュが相当な実力者であることが分かる。全てを踏まえた上で、シエラにとっては無駄ことだと考えていたが。
「!」
ザッシュの後方、怯える姿の生徒の姿を見るまでは。
「あ……う」
一人の女子生徒が震えながら、シエラに視線を送る。
助けを求める懇願の目――少女の身体を掴むのは、岩で構成された《ゴーレム》という魔物だった。
他にも数体、ゴーレム達がシエラの周囲に姿を現す。
「ふっ、状況が理解できたかな? まあ、君が戦うというのならそれで構わないさ。そこにいる少女を犠牲にしてもいいと言うのなら」
「……」
シエラは考える。優先順位はアルナとマーヤを守ることだ。
そして、そこにいる少女はシエラの守る対象には含まれていない。
――以前のシエラならば、ただそれだけですぐに行動に移していただろう。
少女を犠牲にして、ここにいる敵を始末するという選択肢が。
だが、学園での生活を続けたシエラにとって、少なくとも視界に映る少女は知らない人間ではなかった。
何よりも、アルナに学園の生徒達のことも頼まれている。そうなると、シエラの取るべき行動は決まっていた。
パッと両手に握った剣を放すと、赤い霧のようになって霧散していく。
シエラは表情を変えることなく、迫りくる魔物達を見据えた。
「ふっ、ひょっとしたら無駄かもしれないと思ったけれど、人質が役に立つとはね」
そんなシエラ姿にザッシュが笑みを浮かべると、呼応するかのように一体のゴーレムが腕を振るう。
シエラの小さな身体が、その一撃を受けて宙を舞った。
1巻発売は二日後となります!
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