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107.相容れぬ者達

 リーゼは冷静に状況を見定めていた。

 やってきた騎士はオーゼフ・ガインヴェイル――フィリスと同じく《聖騎士》の名を冠している。

 リーゼもよく知っている人物だった。

 弓の名手であり、それこそ現状で彼の協力が得られれば、森の奥地でリーゼとフィリスを狙っている狙撃手の対応もできるかもしれない。

 だが、状況はリーゼとフィリスをより追い詰めるものとなっていた。

 リーゼとフィリスは、揃って用意してもらっていたウィッグを外す。どのみち、この状況で惚けたところで逃げ切れないだろう。


(オーゼフさんの狙いもわたくしとフィリス……さて、この場合はどう動くべきかしら)


 リーゼはちらりとアルナの方に視線を送る。

 彼女の表情もまた、やってきたオーゼフ達を見て焦りを浮かべていた。

 オーゼフもまた、リーゼとフィリス――そして、アルナの方に視線を向けて困ったように頭をかく。


「……あー、状況がよく分からないんだが。一応、そこにいる子供がリーゼ様とフィリスちゃんが連れて行った子ってことでいいんだよな? じゃあ、どうしてここにカルトール家のご息女がいるんだい?」

(そうですわね。そこが気になるところでしょう)


 この場においてアルナという存在は、オーゼフの目にも異様に見えるのだろう。

 オーゼフの確認したいところは、おそらくアルナの立場だ。

 リーゼと同じく《王位継承権》を持つ少女であり、傍から見ればアルナもまたリーゼとフィリスに人質に取られてしまったようにしか見えないのかもしれない。

 むしろ、そう捉えるのが普通だろう。

 リーゼとフィリスは逃げ出す際に多くの人間を殺害し、子供を人質に取っている――そう吹聴されているはずだ。

 そんな状況にあるリーゼに協力して一緒にいるなど、普通に考えればあり得ない。

 ……仮にそこにいるマーヤが狙われているとしても、少なくともリーゼであればそんな選択はしなかった。


(今、この場でわたくしを裏切ることだってできる。むしろ、貴方にとってはそれが一番良いことのはずですわ)


 リーゼはそんなことを考えた――いや、そんなことばかり考えてしまう。アルナがここでリーゼを売れば、敵は一人減ることになるのだ。

 アルナにとっては、むしろここでリーゼを捨ててオーゼフに助けを求めるのが正解だ。

 そうすれば、無用なトラブルを避けて協力だって得られる可能性だってある。それなのに、


「騎士の皆さん、聞いてください! リーゼさんとフィリスさんは、ここにいるマーヤちゃんを守るために逃げているんですっ。それは、私が証明できます!」


 そんな風に、口を開いたのだった。

 アルナにとっては、自分の立場の有利不利など関係ないのだろう。正真正銘、マーヤという一人の少女を守るためにできることをしようとしている。

 何の迷いもなくリーゼの味方をしたアルナに、思わず唖然とした表情を浮かべる。


(貴方は……本当に――いえ、今は……)

「……アルナさんの言う通りですわ。本来であれば、わたくしとフィリスは貴方達から逃げるような真似は致しませんもの。それを説明するとなると、長くなってしまうのだけれど、とても簡単に説明させてもらいますわ。ここにいるマーヤが全てを証明してくれます」


 リーゼもまた、はっきりとそう言い放つ。

 アルナの下でいつの間にか眠りに落ちてしまった少女、マーヤ。

 幼い彼女こそが、この事態を収拾するために必要な存在であり、リーゼが彼女を守る理由でもあった。……アルナとの違いを感じながらも、今はその事実から目を背ける。


「カルトール家の、ええっと……」

「アルナです」

「アルナ様、ね。情報を整理させてもらうと、あなたは少なくともそこの二人に協力する立場にある、と?」

「はい、私は二人と一緒に行動しています」

「……それがどういう意味かお分かりになって言っているんですね?」

「だから、二人が逃げた理由は――」

「ええ、ええ、もちろんそれは踏まえますとも。リーゼ様にフィリスちゃんの二人がそこの子を守るために動いている……ね。けどよ、俺らも情報をもとに行動しているんだぜ? その二人は大量殺人の現場から逃走している――フィリスちゃんならむしろ、その場に留まる選択だってできたんじゃないのかい?」

「マーヤの安全を確保するためです。その場に留まる方が危険である、と判断しました」


 フィリスがそう答えると、考え込むような表情をオーゼフは浮かべる。

 しばしの沈黙のあと、オーゼフが口を開いた。


「なるほどね。まあ、確かにその話はルドル団長殿とミナーシャ様からも聞いてることだねぇ」

「だったら――」

「けど、それならなおさら逃げるべきじゃなかったんですよ。ルドル団長がマイズ・フィグリスを殺害したという現場は目撃されてるんですよ。その事実は変わらない。その子が狙われてる理由ってのがよく分からねえんですがね……結局のところ一緒に来てもらう他ないんですよ」


 アルナの言葉を遮って、オーゼフが言い放つ。

 オーゼフの言葉に、アルナも言葉を詰まらせた。

 ……リーゼもそれは理解している。

 ここで説明したところで、オーゼフからの理解は得られない。……それは、どんな騎士でも同じ結果だっただろう。

 リーゼに必要なことは、マーヤの持つ《記憶》の公開だ。その準備をする場所と、機会が必要になる。だからこそ、安全にマーヤを引き渡す必要があるのだが……。


「そういうわけだから、フィリスちゃん。《結界》を解除してくれるとありがたいんだけどねぇ」

「結界……?」


 オーゼフの言葉にアルナが疑問を口にする。彼女には見えていないのだろう。

 フィリスは今、遠方からの狙撃に対して守護の結界を張っている――それは、少なくとも結界の中にいるリーゼ達の安全を確保するのに必要だった。


「……それは、できません。背後の状況を見れば分かると思いますが」

「背後の状況ってのは森の中のことかい。確かにおかしな魔物が何体もいるみたいだがね。今の状況には関係ないだろうよ」

「関係があるから言っているのです。遠方からの狙撃がマーヤを狙っている。あなたならば《森林施設》にいる狙撃手も――っ!」


 フィリスが驚きの表情を浮かべる。

 結界は逸れたが、オーゼフが手に持った弓から《矢》を放ったからだ。

 矢はリーゼ達の後方の森を抜けて消えていく。

 それを視線で追うと、オーゼフが口を開いた。


「だからよ、そこも含めてこっちが主導権を握るって言ってんだ。まずは降伏しろ……そう言ってるんだよ、俺は」


 オーゼフの表情には、鬼気迫るものが感じられる。

 リーゼも含めてオーゼフの雰囲気に押し黙ってしまう。

 まずはこちらの身柄を押さえてから――騎士である以上、疑いのあるリーゼ達の言葉を鵜呑みにすることなどするはずもない。

 マーヤを引き渡す絶好の機会であるのだが、状況は均衡を選ばざるを得なかった。

 オーゼフが付きっ切りでマーヤを守ってくれるのならば何も問題はない。だが、ここでリーゼ達が降伏すれば、きっとマーヤを保護するのは後方に待機している騎士達だ。

 彼らでは、マーヤを守り切ることはできない可能性が高い。少なくとも、リーゼはそう考えていた。


「……こうなると、どのみちわたくし達は信じて待つしかなさそうですわね」


 リーゼは嘆息する。結局考えを巡らせたところで、今のリーゼにできることは、戦いに向かったシエラ達がマーヤを狙う者達を倒してくれることが今の最善だと理解したからだ。

 故に、リーゼはフィリスに言い放つ。


「フィリス、話は終わりましたわ。貴方はこの場を絶対に死守なさい。わたくし達を守ること――いいですわね」

「承知しました、リーゼ様」

「……はあ、結局そうなるわけかい」


 オーゼフもまた、面倒臭そうにため息をついた。

 お互いに譲れぬ状況のまま、ただ時間が過ぎていく――そう思った瞬間のことだ。

 遥か後方から、大きな音と共に鳥達が飛翔していく姿が、リーゼ達の目に映ったのだった。

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タイトル変更となりまして、書籍版1巻が7月に発売です! 宜しくお願い致します!
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