105.シエラ、森を駆ける
シエラは森の中を駆ける。
両手に持つのは二本の《赤い剣》――《デュアル・スカーレット》。
木々の合間を掻い潜り、シエラを追う者達がいた。
森の中に潜む《魔物》達だ。……《森林施設》で管理している魔物は、基本的に温厚で強い魔物ではなかったはず。
だが、ここにいる魔物はおよそ人間が管理していいレベルのものではない。
それも、一つの軍隊であるかのように統率の取れた動きを見せる。
シエラの動きを阻害するように前方に魔物が現れ、シエラはそれを意に介することなく葬り去る――その一瞬、わずかに生まれる挙動の隙を狙って、左右から魔物が襲い掛かってきた。
シエラは地面を蹴って、魔物の攻撃をギリギリで回避する。魔物は動きに敏感だ。
引き付けなければ、シエラに確実に攻撃が届くように動くだろう。
勢いよく飛び込んできた魔物はお互いの顔をぶつけあって、怒りに満ちた表情を見せる。
だが、そこで喧嘩をするように戦うのではない――その怒りの矛先は、シエラに向けられていた。
(……ここまで統率が取れているってことは、《魔物使い》がいるのは間違いないのかも)
シエラは闘争に満ちた森の中で、冷静に状況を分析していた。
そもそも森の中に凶悪な魔物が集まることは珍しくはない。
……だが、魔物が人里を襲うことは珍しい。それこそ、《ドラゴン》のように桁違いの強さを持っているのならば話は別だ。
そのドラゴンですら、高い知能を持つからこそ、自らを危険に晒すような真似はしない。
複数体の種族の違う魔物が、シエラだけを狙うように動くのは命令されてのこと――そう判断するのは難しくはなかった。
(狙うなら本体か……ここにいる魔物を全部殺すかのどっちか)
シエラの判断は冷静だが、戦略というレベルのものはない。
魔物使い自体を倒すか、森の中にいる魔物を殲滅するか――そんな両極端な考えがシエラの中にはあった。
そして、コウの言っていたことを思い出す。
急ぎすぎないように、森林施設を目指す。ならば、シエラは殲滅を続けながら進めばいい。
それが、敵の戦力を削ることにも繋がるのだから。
「ふっ――」
シエラは足を止めて、一度後ろを振り返る。
振り向き様に剣を振るい一撃。魔力の塊である《赤い斬撃》が三日月のような形で地面と平行に走る。
木々を次々と飲み込みながら、シエラを追っていた魔物達も葬り去っていく。
シエラはその直後、地面を蹴って高く跳躍した。
その瞬間、足元から鋭い爪がシエラを掴もうと飛び出してくる。地面からの殺気にも敏感だ――シエラはそのまま、先ほどまで自分の立っていた地面へと剣を投擲する。
真っすぐ地面へと落ちた剣は、地中にいる魔物の脳天を貫いた。
空中にいるシエラの下へと、二体の魔物が飛び込んでくる。
シエラは空中でも態勢を崩すことなく、魔物の動きに合わせて身体を回転させて攻撃をかわした。魔物の顔を蹴ってさらに高く飛ぶと、シエラは魔物達に向かって剣を振るう。
二体の魔物も瞬殺し、シエラは地上へと降り立った。
動きを止めるようなことはしない。すぐにシエラは森の中を駆け出す。
ただ、襲ってきた相手を倒す――シエラにとっては、それを繰り返すだけだ。
……襲ってくるのは、魔物だけではないが。
(……少しかすった)
シエラの肩からわずかに出血。
空中で魔物の攻撃をかわした時、そこを狙ったように《矢》が放たれた。
シエラは空中でその攻撃も気付き回避したのだが――魔物の波状攻撃の中では、シエラにも限界というものがある。
シエラだからこそ、直撃をしなかったとも言えた。……そんな状況でも、シエラは起伏のない表情のまま、森の奥を見据える。
シエラを狙う魔物と狙撃手――それでもシエラの動きに、迷いはなかった。
***
「空中でも、攻撃をかわしたか」
弓を構えた女性が、そんな様子を見てポツリと呟く。
短めの翡翠色の髪。長身の女性は目を細めて、その戦いを見据えていた。
黒いジャケットに白いシャツ――まるで男物の服装をしている女性の名は、セルフィ・ディケート。
狙撃手として、そして傭兵として活動していた。
そんな彼女が請け負ったのは、二人の女性の暗殺依頼。
リーゼ・クロイレンとフィリス・ネイジー。……その二人が、セルフィの狙いだった。
だが、今の相手は全く違う。
遠くからでも分かる銀色の髪の少女。目立つほどの赤色の――二本の剣。
情報では、彼女の名前はシエラ・ワーカー。かの有名な傭兵、エインズ・ワーカーの娘だという。
そんな少女が相手にいる――傭兵である彼女も、それくらいの噂は知っている。
エインズには娘がいるという、嘘か本当か分からないものだ。
だが、現実に彼女は存在した。森の中に潜む数多の魔物を物ともせず、セルフィの狙撃すら、空中で回避した。
「およそ常人とは思えぬほどの能力だ。確かに、エインズの娘と言われても頷ける。それに、お前もいるのか」
ちらりとセルフィは別の方角を見た。ここからではもう姿が見えないが、相手もセルフィのことを認識していることだろう。
「コウ……味方として共に戦うことはあったが、敵としては初めてだな。だが……容赦はしない」
セルフィもコウも――お互いに傭兵という仕事をしている以上、それは理解していることだ。
金をもらって、誰かを殺す。そんな仕事を続けていれば、いずれはお互いの命を狙うことになるということも。
対象でなかったとしても、セルフィは敵とみなした相手を殺す。
どれほどの距離にいたとしても、狙い続けることが彼女にはできる。
「やあやあ、どうかな。何度も狙撃には失敗しているようだけれど……《鷹の目》の実力を少しは見せてもらいたいなぁ」
「そう言うのであれば、お前も少しは役に立て。《魔物使い》」
セルフィに声をかけてきたのは、一人の青年。
その背後には、半透明の水色の女性――笛を手に取って、ただ音を奏で続けている。
音自体はとても静かで、森全体に響き渡るほどではない。……だが、その青年こそが、森の中にいる魔物を操っている。
「彼女に向けている魔物は雑兵さ。君の狙撃を期待してね……それでも、彼女はずいぶんと強いね。かなりの数は用意したけれど、すぐになくなってしまいそうだ」
「ならば、どうする?」
「ふっ、変わらないさ。僕の《魔操術》の神髄はここからだからね。もしも彼女がここまで辿り着くことがあれば、見せてあげるよ……」
「そうか。期待している」
セルフィは青年の言葉にそう答えると、再びシエラの方を見る。
森の中を進み続ける少女に対して、セルフィは再び矢を放った。
一巻の発売まであと十日前後となりました。
書籍版もぜひよろしくお願い致しますー!





