104.シエラ、森の中で
「現状、敵はうちの生徒を人質にあなた達二人の身柄を要求しているってことね」
コウが地図を広げて、その場で状況を確認していた。他に集まったのはマーヤと一緒にいたフィリス。
敵の要求はフィリスとリーゼの身柄――だが、ここで一つの疑問が生まれる。
「マーヤちゃんのことは、特に触れていないんですね……」
アルナがその疑問を口にする。
矢文に書かれていたのは二人の名前だけ。生徒を人質にしたのは、少なくともシエラ達がリーゼとフィリスの二人と共に行動しているというのが分かっていたからだろう。
それならば、狙うべきは二人ではなくマーヤも含めた三人――あるいは、マーヤだけでもいいはずだった。
マーヤがいなければ、リーゼは無実を証明することができないのだから。
「わたくしとフィリスの二人が必要……敵は何を考えているのかしらね」
「それが分かれば苦労しないのよね。……まあ、どのみちあたしのやることは変わらないけどさ」
「施設を制圧する?」
コウの言葉に対して、シエラはそう言い放つ。
やるべきことは変わらない――ここにいるメンバーで人質を救出する、そういうことだろう。
戦力となる人間はシエラを含めてコウとローリィ、そしてフィリスの四人だ。……もっとも、フィリスは敵から狙われている身ということになるが。
「制圧するって、大丈夫なの? 他のクラスの子達が人質に取られているのに……」
アルナの心配はもっともだろう。
今、マルベール森林施設の状況は全く分からない。
少なくとも、森の中に凶悪な魔物がいること――そして、施設に長距離の狙撃ができる敵がいることは分かっている。
「だからこそ、よ。向こうが人質を取ったのは、少なくともシエラさんを狙撃してまともにやったら『勝てない』と判断したから。あくまで冷静に判断した結果でしょうね」
コウが淡々とそう説明する。
狙撃手はコウのかつての共に仕事をしていた傭兵仲間だという。
ここからではシエラでも相手を確認することはできないが、矢文を見たコウがそう言い切った。
確かに、シエラ自身もエインズとの傭兵生活で長距離の狙撃手でもシエラの攻撃が届かない程の相手には出会ったことはない。あるいはエインズが、そういう相手を先に倒していたのかもしれないが。
「作戦は単純。森林施設を襲撃して、人質を救い出す。問題はその方法だけど……シエラさん、あなたにはできるだけ目立つように森林施設を目指してもらいたいの」
「いいよ」
「ちょ、そんな簡単に……」
「わたしは大丈夫」
即答するシエラに、アルナが心配そうな表情をする。
けれど、シエラはいつものように答えた。
アルナも、人質を救い出すにはシエラに頼るしかないことは分かっているのだろう――拳を握り締めて、シエラの前に立つと、
「私には、今できることはないかもしれないけれど……」
「ううん、アルナはここにいてくれればいい。わたしが、敵を殺してくるから」
シエラははっきりとそう告げる。アルナとマーヤを守ることが、今のシエラのするべきことだ。
そのためならば、シエラは全力で敵と戦う。
両の手に持つのは《赤い剣》――シエラの《デュアル・スカーレット》だ。
コウの指示を聞くとすぐに、シエラは剣を構える。
「ローリィさんはあたしと一緒に遠回りになるけど、森林施設を目指すわ。フィリスさんはここで、三人を守ってくれる?」
「承知しました」
「……遠回りって、当てはあるんですか?」
コウの言葉に、ローリィが尋ねる。
コウはにやりと笑みを浮かべて、
「それも含めて探すのがあたし達の役目でしょ?」
「それって作戦って言えるのか……まあ、分かりましたよ。アルナちゃん、すぐに戻って来るから」
「大丈夫よ。……ローリィも気を付けて」
この場に残るのはアルナも含めた四人――フィリスはここで守りを固めて、万が一の狙撃に備える。――作戦は、すぐに開始された。
「それじゃあ、また後でね! シエラさん、しっかり暴れてもいいけど森林施設には早く着きすぎないでよね」
「分かった」
こくりと頷いて、シエラは駆け出す。
魔力を帯びた赤い剣は森の中で揺らめき、まるで魔物を誘き寄せるかのようにシエラは動く。
森の入ると、すぐに魔物の動く気配があった。
シエラはそれでも止まることはない。森の中をシエラが走ると、三匹の魔物が飛び出してきた。
数メートルはあろうかという灰色の狼。鬣をなびかせたライオン。そして、長い身体を持つ蛇――現れると同時に、三匹の魔物達はこの世から去った。
シエラの一振りが、森の木々ごと魔物を薙ぎ払ったからだ。
まだ姿を現す前の魔物すら、シエラの剣撃によって何匹か消し飛ぶ。
シエラの放つ《赤い斬撃》には、それだけの威力があった。
(早く仕事を終わらせて、アルナのところに戻らないと)
シエラはそんなことを考えながら、二本の赤い剣を振るう。
――森の中での戦いが始まった。