100.騎士の娘は考える
入浴を終えて、部屋に戻ったリーゼとフィリス。
マーヤが宿の中を見たいと言ったので、シエラを含めた三人は一緒に中を歩いていた。
リーゼはそんな四人に対して、
「……危機感というものがないのかしら」
そんな感想を漏らす。
マーヤはまだ仕方ないとしても、アルナに至っては何度か命を狙われたこともある立場のはずだ。
それなのに、彼女はマーヤを守るためにリーゼと手を結ぶことを選んだ――それも、自らだ。
「リーゼ様はよろしかったのですか?」
「わたくしの言葉を聞いていなかったのかしら。少なくとも、団体行動……いいえ、そうでなくても今の状況を考えて行動するべきですわ」
「私もそう思います。ですが、マーヤはまだ子供ですから」
「貴方、子供には甘いですわね。まあ、別に構いませんけど」
「少なくとも、シエラさんの傍にいる限り、マーヤは安全でしょう」
ふっと微笑んで、フィリスがそんな風に答える。
それを聞いて、リーゼはわずかに目を細めてフィリスに問いかける。
「……それは、貴方があのシエラさんよりも弱い――そういうことかしら?」
フィリスがその問いかけに少し驚いたような表情を見せる。
――リーゼがそう聞くのも無理はない。フィリスは、普通の騎士ではないのだから。
「何故、そのような?」
「貴方の言葉に少し引っかかったの。まるで、貴方の傍ではマーヤの安全が保障できないような言い方ではなくて? 貴方は――《聖騎士》なのよ」
それは、王国においてもわずか四人しかいない騎士。
リーゼと同い年ながらも、その名を冠することができる者の一人に、フィリスはいるのだ。
そんな彼女の言い回しが、どうしても気になってしまった。
言い切ったところで、フィリスの答えを聞く前にリーゼが言葉を続ける。
「……いえ、忘れて。わたくしもどうかしていたの。貴方が――」
「いいえ、リーゼ様。あなたの言葉は間違っていません。確かに、私は聖騎士です。そして、あなたの騎士ですから……仮にシエラさんと戦ったとしても、私が負けることはあり得ません」
フィリスは胸に手を当てて跪き、はっきりとそう答える。
フィリスがそうすることは、リーゼには分かっていた。
幼い時からずっと一緒にいて、いつだって彼女はそうなのだから。分かっていたのに、リーゼは確認するために聞いたのだ。
「……それなら、構いませんわ。貴方も森の中での生活で疲れたでしょう。少し休みなさいな」
「私は平気です。リーゼ様こそ、慣れぬ生活でお疲れでしょう」
フィリスが立ち上がると、リーゼをベッドの方へと誘導しようとする。
だが、リーゼは首を横に振ってそれを拒否した。
「わたくしも平気ですわ。仮にも――いえ、正真正銘、騎士団長の娘であるわたくしが、あの程度のことで疲弊するなどあり得ないことですわ」
椅子に腰を掛けて、リーゼは言う。……もちろん、疲れていないわけではない。
むしろ、一緒に森の中にいたマーヤの方がまだ体力があることに驚きを隠せないくらいだ。
フィリスも、王国から逃げ出した時からずっと、息を切らす仕草を見せることもなかった。
少し融通の利かないところもあるが、彼女は騎士としてどこまでも優秀だ。
誰よりも強く、必ずリーゼを守ってくれる――そう、リーゼは信じている。
(それでも、どうして貴方は何も言わないのかしらね)
窓の方に視線を向けて、リーゼは小さくため息をつく。
あの場から逃げ出したところで、逃げ切れるかも分からなかった――けれど、フィリスがいたからこそ、ここにいられる。
……彼女はどうして、そこまでしてくれるのだろう。
そんな風に、考えることだってある。
(……いいえ、そんなことを考えている暇も、わたくしにはありませんわね。考えるべきは次の一手――少なくとも、並大抵の騎士では対抗できないレベルの戦力が、今ここにはあるのだから。わたくしがするべきことは……)
リーゼは考える。
戦うことは全てフィリスに任せている――リーゼのすることは、手元にある戦力で勝利を引き寄せること。
マーヤを守り抜き、クロイレン家が無実であるということを証明することだ。
(わたくしはそれをしなければならない……そのためには……)
「リーゼ様」
「……何かしら。今、考え事をしている最中なの。放っておいて」
「だからこそ、ですよ。失礼します」
そう言うと、フィリスがリーゼの身体を抱きかかえる。
突然のことで、リーゼは驚いた表情のままフィリスを見た。
「……っ!? あ、貴方、何をしているの?」
「見ての通り、リーゼ様に休んでもらおうかと思いまして」
「……わたくしは大丈夫だと言ったはずなのだけれど」
「そう言う時は、大体無理をしている時ではありませんか。今は大丈夫です。私がいるのですから」
先ほどリーゼに指摘されたことを気にしているのか、今度はフィリスが自身のことを強調するように話す。
リーゼ以上に、フィリスの方が頑固なところがある。一緒にいて、それはよく理解していることだった。
リーゼはまた小さくため息をついて、
「……仕方ありませんわね。あの子達が戻ってくるまでは仮眠を取りますわ」
「そのまま休んでいても構わないかと思いますが」
「あら、分かっていないのね。無防備な姿というのは、相手には簡単に見せないもの」
「どのみち夜になったら寝ることになるでしょう」
「……貴方はいいですわよね。マーヤと一緒で」
少し拗ねたような顔で、リーゼはそう言い放つ。
そんなリーゼの様子を見て、フィリスがくすりと笑顔を見せた。
リーゼはそうして、傍にいる騎士を信じて、少しの間眠りにつくことにするのだった。
本日情報解禁ということで、こちらの作品のタイトルが「最強の傭兵少女の学園生活」とシンプルなものへ変更となりました!
ダッシュエックス文庫様より7月発売予定です。
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