10.シエラ、紹介を受ける
翌日――シエラは再び学園長室にやってきていた。
「うふふっ、よく似合っているわ」
「……ありがと」
学園指定の白のシャツに緑色のブレザーを着たシエラがそこにはいた。
褒められて、少しだけ嬉しそうな表情をするシエラ。
いつもは仕事でエインズが褒めてくれるくらいだったが、こうして服を着て褒めてもらうという経験はほとんどなかった。
それに、スカートというのも経験したことがない。
ヒラヒラとスカートをめくるように確かめる。
「それは校内でやってはダメよ?」
「どうして?」
「風紀が乱れる、とでも言うのかしら」
「……ふーき?」
「うふふっ、そういうことも学んでいければ良いわね」
アウェンダは笑顔でそんなことを言う。
学園長室での話も程々に、シエラは講師の一人に案内されて教室へと向かう。
校舎内は広く、シエラは時折外を見ながら場所を把握する。
こういった建物の構造を把握するのは、シエラの得意とするところだった。
しばらく歩いたところで、とある教室の前で待機させられる。
「フェベル先生、連れてきました」
「お、ありがとねー。後はこっちで受け持つからさ」
教室から出てきたのは――第一印象で胸の大きな女性だった。
肩にかかるくらいの赤みがかった髪。
少しつり目な感じだが、声の印象では快活な印象を受ける。
「あなたがシエラさんねー。あたしはコウ・フェベル。あなたのクラスの担任よ」
「コウ……覚えたよ」
「あははっ、そこはせめて先生とかつけるところだよ」
ぐしぐしと頭を撫でられて、シエラの視界が揺れる。
シエラはコウの言うことには従い、
「コウ先生?」
「はい、素直でよろしい。じゃあ、紹介するから教室に入ってねー」
促されるまま、シエラは教室内へと入っていく。
教室内には、およそ二十人程度の男女がいた。
――視線が一気にシエラに集中する。
同時に、教室がざわつき始めた。
「え、あの子がマグニス先生を……!?」
「どんなごつい奴が来るのかとおもったら……」
「すごい美人さん……」
「はいはい、各々感想を述べたい気持ちは分かるけど、それは後程本人にでも伝えてねー」
コウの言葉と共に、教室内が静まり返る。
シエラが講師であるホウス・マグニスを倒して合格した――その事実が、すでにクラスでは広まっていたのだ。
練武場を覗いていた生徒がいて、そこから広まっていた。
シエラは、観客席ではないところからの視線にも気付いていたが。
それよりも、教室の隅にいる一人の少女と目が合う。
そこにいたのは、昨日の夜に出会った少女――アルナだった。
アルナは何故か、思い詰めたような表情でシエラを見ている。
(……? 昨日と何か、雰囲気が違う?)
そういう微妙な変化には、シエラは敏感だった。
ただ、敵意があるというわけではない。
何となく緊張している、という雰囲気だった。
「――というわけで、今日からこのクラスに編入することになったシエラ・アルクニスさんねー。まあ色々と噂は広まってるみたいだけど、この子は田舎から出てきたばかりの子だから、あたしがいないところでも面倒見てあげるように。シエラさん、何か自己紹介やっていいわよー」
「自己紹介?」
「そうそう、適当にさ」
「……シエラ・アルクニス、だよ?」
「あははっ、そこはあたしが紹介したところじゃないの」
そうは言われても、とシエラは困ってしまう。
別段話すようなこともない――そう思っていたが、昨日確認した『凡人ノート』にこういう場面で言うべきことが書かれていた。
「えっと、父さんとはよく色々なところを冒険?したから、そういう話なら、できるよ」
傭兵時代のことを冒険というように言い換えたのだ。
クラス内でも意外と受けはよく、
「冒険だってよ」
「私達と同い年なのにすごいね」
そんなことを口々に話している。
「じゃあ席は……アルナさんの隣ね。色々と面倒見てあげて」
「っ! わ、分かりました」
指名されたアルナはまた、どこかぎこちない返事をしている。
シエラが自身の席につくと、
「……同じクラスだとは思わなかったけど、貴方の話は聞いているわ。よろしくね、シエラさん」
「うん、よろしく」
話してみると、別段変わった様子はない。
気にしすぎだったのだろうか――そう思っていると、
「じゃあ編入生も加えたところで……授業始めるわよー。シエラさんは分からないことがあったら何でも聞いてね」
「うん、分かった」
早速始まる授業は世界の歴史に関わる授業――当然のごとく、シエラには何も分からなかった。