第92話 コルネリウス邸にて(2)
実は作者、幼い子供が苦手だったりします…。
どう対応して良いか、分からないんですよね。結果として、体力と精神を消耗するんです。
「あれ?」
歩きよりも、明らかに早い速度で近付く気配を感じて、聡は思わず声をあげる。
「どうかされましたか、ご主人様?」
その声に反応したフラウが、何事かと聡に視線を送る。
視線を受けた聡は、今までツッコミを入れられなかった事に、ついに耐えきれなくなる。
「…そのご主人様ってのは止めてもらえませんか?少しこそばゆいです。」
「え、しかしメイドですから、主人を主人と呼ばない理由が無いと思うのですが。」
「出来れば普通に名前で呼んで欲しいんですが。」
「…では、今まで通り、サトシ様でよろしいでしょうか?それと、私の事はフラウと呼び捨てにして下さい。後、敬語も不要です。」
1つ直させようとしたら、逆に2つも要求がされて、聡は目をぱちくりさせてしまう。
「…それについては、後ほど徹底的に話をします。それよりも…あ、誰かが結構な速さで部屋に来ます。」
聡がコルネリウスとフラウにその事実を伝える前に、気配がこの部屋の目の前まで来てしまう。何となく誰なのかは、検討はついているが、念の為に警戒しながらドアの方を見る。
「…はぁ。」
聡が少し警戒する中、コルネリウスはこめかみに手を当てながら、深い溜息をつく。聡の言葉で、誰が来るのか分かったのだろう。まぁ、自身が呼んだ人物なので、当然である。
聡が気配を探ると、どうやらドアの前で立ち止まり、深呼吸をしているようだった。
ーいや、ここで深呼吸に時間を使うなら、普通に歩いて来た方が良かったんじゃ?ー
お転婆お嬢様の行動に、聡は少し呆れるが、口には出さないでおく。より一層コルネリウスの頭を痛める事になるだろうからだ。
たっぷり10秒は深呼吸してから、その気配はドアを『コンコン』とノックしてから、返事も待たずにスルッと入って来る。
「失礼します。…サトシ様!」
入って来た少女、ニコラは聡を見付けると、パァッと表情を輝かせて、こちらに勢い良く飛び込んで来る。
「キャッ!」
フラウは驚いて、可愛い悲鳴をあげているが、聡はそれどころでは無い。
何せ少女とはいえ、人1人が飛び込んで来たのだ。流石に慌ててしまう。
「うぉっと…。」
それをどうにか抱きとめた聡は、驚きの表情でニコラを見る。
するとニコラは、更に良い笑顔を浮かべて、聡の首元に顔を埋める。
「お、おい、ニコラ!サトシ殿に失礼だぞ!」
「い、いえ、別に構いません…。」
唐突なニコラの行動に、コルネリウスが慌てるが、聡は顔を引き攣らせながらも、大丈夫だと告げる。
「えっと、ニコラ様?」
「ニコラって呼んで!それと敬語も要らない!」
聡に甘えたまま、ニコラはとんでもない事を言う。
『マジかよ…』と、どうすれば良いのか分からなくなってしまった聡は、視線を彷徨わせて、ふと目が合ったコルネリウスに、指示を仰ぐ。
「…(良いんじゃないかな?)。」
「…(良いんすか!?…そう仰られるなら、ニコラ様に従います。)。」
視線のやり取りで、コルネリウスからあっさりと許可が出たので、思うところはあるが、色々と吹っ切る事にした。
「分かったよ、ニコラ。元気そうで良かった。…夜に眠れないとか、ふとした瞬間に、思い出して怖くなるとか、そういう事は無い?」
急性ストレス障害による、フラッシュバックや不眠などの症状が無いか聞く聡。アイテムボックスには、そういった症状を緩和する物もあるので、もし辛そうなら提供するつもりである。
「心配してくれてありがとう。確かに、眠る前に思い出しちゃうけど、その時にサトシ様の事を思い出すと、全然怖くなくなるから大丈夫なの!」
「そっか。なら良かったよ。でも、一応心配だから、怖かったりしたら、ちゃんと言ってくれよ?」
自身の存在が、ニコラの救いになっているのは、聡にとっても嬉しい限りなので、満面の笑みで頭を撫でながら、言い聞かせるように耳元で言う。
「…あ、うん、分かった!えへへへ…。」
その瞬間、ニコラの体温が一気に上がったような気がするが、『子供の体温は高いって聞いたな…。』と考えて、取り敢えず何も言わずにおく。
そんな事よりも、自分に撫でられて嬉しそうに目を細めながら笑うニコラに、聡は内心悶絶してしまう。
ー犬猫の類に懐かれたみたいだ!めっちゃ可愛い!ー
聡にはそっちの気は無いので、ドキドキしたりはせず、ペット的なノリでニコラを可愛がる。
「…サトシ様?」
「え…。」
そんな聡に、横から冷たい声と共に、視線が突き刺さる。背中に氷を入れられたかのような感覚に、聡はギギギッと首を動かして、視線を送るフラウを見る。
見るとフラウの目には、羨望の色が浮かんでいたが、聡は見なかった事にして、撫でるのを止める。
ー何故にそんな目で見る!?…と、取り敢えず、ニコラを落ち着かせて、まともに話も出来んな…。ー
撫でるのを辞めると、聡の首筋から顔を上げて、不満そうな声を出すニコラ。
「え?もうお終いなの?」
「ずっとこうしてる訳にもいかないだろ?取り敢えず、普通に座ろそうか?」
「座るなら、サトシ様の膝の上が良い!」
「…分かったよ。」
可愛い子供のワガママなので、無理矢理どかせず、聡はただ頷く事しか出来ない。
そんな聡に、更に強い視線が横から向けられた気がしたが、スルーしてニコラを自分の膝に座らせるのだった。
ベッタリ甘えんぼうの、ニコラちゃんです。
怖い経験の記憶を、救ってくれた聡の姿や、優しく、でも力強く抱き締めてくれた聡、紳士的に振舞って対応してくれた聡etc…色々な聡で塗り潰した結果がこれになります。