第69話 疲れ果てました
女性の買い物は長いのです。リアルだろうが、異世界だろうが、お金持ちのお嬢様だろうが、100歳超のエルフだろうが…。
「じゃ、じゃあ、そっちで…。」
疲れ果てた声で、黒のワンピースを指差す聡。その表情は、どこか虚ろだ。
そんな聡に、エーリカは責めるような視線を、無言で送る。
「…。」
「そっちの方が俺の好みなので、それにしてくれ!清楚なエーリカに、黒のワンピースという組み合わせは、ギャップが感じられるけど、でも非常に似合っていて、とても良いと思う!」
かれこれ2時間は、エーリカの試着という名のファッションショーを観ていた聡は、最後の力を振り絞って力説する。
ずっとこんな調子の2択、時には3択問題を出され、聡の脳は限界を迎えようとしていた。
「うんうん。なるほどね。じゃあ、サトシの言う通りにするわ。」
「そうしてくれ…。」
最初は、美人のファッションショーを独り占めの様な状態で、満更でも無かったのに、20分を経過した辺りで、既に聡のファッションに対する語彙は消失し、その後はずっと、性癖みたいなものを言わされる羽目になったのだ。
『世間一般の意見じゃなくて、サトシの意見が聞きたい』という、エーリカからの要望は、聡にとって非常に厳しいものであった。
「じゃあ、お会計してくるね。」
ルンルンと鼻歌でも歌いそうなほど、上機嫌で選ばれた服が入ったカゴを持ち、精算しようとするエーリカに、聡が待ったをかける。
「…いや、エーリカを間近で見られて眼福だったし、俺が払うよ。」
ここで何故、聡がこんな事を言い出したのか。それは―
-ここで俺が払うって言えば、この店で目移りしても、もう後からは言い出しにくかろう!それに、この後の買い物も、少しは控え目になってくれるかも!-
―という、浅ましい考えの下での発言であった。眼福だったというのも、事実ではあるが。
「え、でも、だいぶ選んじゃったし、付き合ってもらってるのに、悪いわよ。」
「まぁ、俺は結構金を持ってるし、エーリカの為に使った方が、他に散財するよりも、よっぽど有意義な使い方だろ?」
「あ…。」
笑いながら言って、エーリカからカゴをひったくり、聡は少し強引に店員のもとへと持って行く。
「お会計をお願いします。」
「はい、畏まりました。…全部で17着で、金貨19枚と、銀貨8枚になります。」
「はい、ちょうどです。」
サトシは、エーリカから見えないように、金貨30枚と何かを店員に手渡し、視線を送る。
「…はい、確かに。袋はお持ちですか?」
上手い具合に察してくれた店員は、顔色1つ変えずに、金貨を数え終わる。
「はい、持ってます。」
懐から取り出すフリをしながら、アイテムボックスから3つ、布で出来た袋を取り出して、カウンターに置く。
それと同時に、会計時にこっそり店員に手渡した物を、懐に収める。そして、綺麗に服をしまい込むと、店員に礼を言って、エーリカと共に店を出る。
「サトシ、何だか悪いわね。」
店を出てすぐに、申し訳無さそうに、エーリカは言う。
「いや、気にしないでくれ。代わりに、大切に着てくれれば良いさ。ぞんざいに扱われたら、俺、泣いちゃう。」
「…うん、ありがとう。」
よく知らないこの街を、1人で歩くよりもよっぽど楽しいし、それに役得でもあるので、若干の魂胆はあるものの、実質的には礼のつもりなのだ。そう、申し訳無さそうにされても、逆に困ってしまう。
だから、少し臭いセリフになってしまったが、冗談めかして言い、気を楽にさせようとする。すると、エーリカは、見る者全てを魅了してしまいそうな、控えめな笑みを浮かべながら、礼を言ってくる。
「さ、さて、次はどうする?」
エーリカの笑みに一瞬、聡はドキリと鼓動が跳ねる。そして、忘れていた何かを、300年ぶりに感じそうになるが、直ぐに薄く掻き消えてしまう。
「う〜ん、少し喉が渇いたから、喫茶店にでも行かない?」
「そうだな。少し小腹も空いてきたし。」
1つのミートパイを、2人で齧るという、苦行を乗り越え、既に食べ切っていた聡は、若さゆえか、既に軽食なら入るくらいには、空腹を感じていた。
「なら、おすすめの所があるから、そこに行かない?」
「エーリカに任せるよ。」
頷きながら言う。この街に長年住んでるエーリカのおすすめなら、間違いは無いだろう。
「じゃあ、行こっか。…こっちよ。」
意を決したエーリカは、顔を赤くしながらも、聡の右手を握り、先導する。
「え、あ…。」
急にそんな行動をされ、完璧にテンパった聡は、為す術もないまま、大人しく連行される事になった。
この状態だと、後ほど聡が後ろから刺されそうですね。実はエーリカには、秘密のファンクラブがありまして…。