第42話 安らぎ亭
ケモ…
「じゃあ出発するよ。」
「うん!」
聡は、もう外からどう見えるかなど、気にしない事にして、女の子に指示された通りに歩く。
「お、ティアナちゃん!肩車してもらって、どうしたんだい?」
目的の八百屋(?)に着き、商品を見繕っていると、店主と思しき中年男性が、こちらに向かって声をかける。
ーこの子、ティアナっていうのか。そういえば、俺も名乗ってなかったな。ー
「さっき転んじゃったんだけど、このお兄ちゃんが助けてくれたの!」
「ほう。そうなのか。兄さん。ティアナちゃんを助けてくれてありがとうな。」
それまで、若干怪しい人を見る目で聡を見ていた店主が、急に態度を変えて、礼を言ってくる。
「まぁ成り行きですから。」
それに対し、フードの下で、苦笑いを返す聡。
「おじさん。ニンジンとタマネギを、それぞれ5個ずつ下さい。」
「あいよ!銅貨10枚…と言いたい所だが、いつも頑張ってるティアナちゃんの為に、大特価!銅貨6枚で良いぜ!」
「おじさん、ありがとう!」
ータマネギとニンジンがそれぞれ銅貨1枚か…。物価的には、300年前とほぼ変わってないのか。ー
聡は、さり気なく情報収集する。
この後、こんな感じに、4件店を回ったのだが、同じようなやり取りをし、漸く回りきった頃には、午後3時を回っていた。
聡がベルクフリートに到着したのが、午後2時くらいだったので、なんと、1時間も肩車していた事になる。
「お兄ちゃん、ありがとう!もうお使いは終わったから、後は帰るだけだよ!」
「うん、分かった。案内よろしくね。」
最初に会った頃には、傷の痛みで元気が無かったティアナだが、買い物している内に痛みがマシになったのか、今では元気良く話しかけてくる。
そんなティアナの指す方へ、ゆっくり歩いてく聡。
なるべく揺れたりしないよう、気を付けている為、ゆっくり歩いているのだが、そのかいあってか、1時間経った現在でも、ティアナは疲れた様子も無く、元気に話しかけてくる。
「そういえば、お兄ちゃんって、この街の人なの?」
「いや、旅人だよ。今日、この街に来たばっかりなんだ。あ、俺の名前は聡だよ。」
「サトシお兄ちゃんは旅人なんだ〜。」
「まぁね。」
ーまぁまだ、1つの村と、1つの街しか訪れた事がないけどね。ー
心の中でツッコミを入れていると、ティアナから声がかかる。
「あ、私の家、あそこだよ!」
「あそこか。…ベッドの絵が描いてある看板、ということは、『安らぎ亭』?」
「あれ?お兄ちゃん、私の家を知ってるの?」
「うん。さっき門の所で、オススメの宿屋は何処か聞いたら、安らぎ亭だって言われたんだ。」
「あ、じゃあサトシお兄ちゃん、家に泊まってくんだ!」
「そうだね。お世話になろうかと思ってるよ。」
「やったぁ!」
聡が答えると、嬉しそうな笑顔を浮かべるティアナ。
「このままだと、頭がぶつかっちゃうから、一旦下ろすね。」
「…うん。」
そう言うと、ちょっと元気が無くなるティアナ。聡の肩車が、よっぽど楽しかったのだろうか。
「それじゃあ次は、お姫様抱っこだ。」
「わわっ!」
目を点にしながら、聡に抱きかかえられるティアナ。
そのまま聡は、安らぎ亭のドアをノックしながら開ける。
「ごめんください。」
「は〜い、いらっしゃい!って、ティアナ?」
「あ、お母さん。ただいま。」
中に入ると、ティアナと同じ茶髪の獣人族の女性が出迎えてくれる。ティアナの母らしい。
聡に抱えられているティアナを見て、びっくりした様子だ。
「下ろすから、しっかり立ってね。」
「うん。…よいしょ。」
おっかなびっくり立つティアナ。
「ティアナ、どうしたの?」
その様子を見て、ティアナの母は、不思議そうに聞いてくる。
「お使いに行く途中、道で転んじゃって、怪我をしたんだけど、このお兄ちゃんが肩車してくれたの!」
「足を挫いてるようだったので。」
『決して怪しい者ではありませんよ?』と、苦笑いしながら理由を伝えておく。
「あらあら。えっと、あなた…。」
「あ、聡と申します。」
「サトシさん、娘がお世話になりました。ありがとうございます。」
頭を深々と下げられて、大した事はしてないと思っている聡は、気恥しくなってしまう。
「あ、いえいえ。成り行きですので、お気になさらないでください。」
聡が謙虚な態度をとっていると、先程までの敬語が崩れた女性が、自己紹介してくる。
「あ、私、ティアナの母の、アデリナだよ。」
「アデリナさんですね。私、旅人をしてまして、今日この街に着いたばかりなのですが、ここに泊めて頂く事って出来ますか?」
遠い回り道をしてしまったが、漸く話を切り出せた聡。
「はい、もちろん!朝食と夕食をつけるかい?」
そんな聡の問いかけに、笑顔で答えるアデリナ。
「はい、お願いしますの。じゃあ取り敢えず、5泊分をお支払いしておきます。お幾らですか?」
基本的に料金先払いが基本のこの世界の宿屋。
その代金を支払うため、聡は皮袋に手を突っ込んで、アイテムボックスから金貨と銀貨を適当に引っ張り出す。
「1泊銀貨3枚だから…。」
「金貨1枚と銀貨5枚ですね。はい。」
「ず、随分と計算が早いね。」
「まぁ旅人なんで、慣れてないと酷い目に遭いますからね。」
こんな事で褒められるとは思っていなかった聡は、それらしい言い訳をしてみる。
この世界、義務教育なんてものは無いため、平民は四則演算すらまともに出来ない者が多い。商人であれば、楽々こなすのだが。
「はい、じゃあこれが部屋の番号札だよ。201だから、2階だね。」
「ありがとうございます。」
「夕食まで、少し時間があるから、それまで部屋でゆっくり休んでね。出来たら呼びに行くよ。」
「はい、分かりました。」
アデリナから札を受け取った聡は、201号室へと向かうのだった。
こうして、平和的に街へと辿り着いた聡。
この先、一体何を成していくのでしょうか。
まだまだ続きますので、今後ともよろしくお願いします。