第113話 取り敢えず報告
聡はヘタレですね。
「失礼します!」
エーリカから逃げるように部屋を後にした聡は、放っておいた『鏖殺』の首根っこをひっつかみ、ルドガーの執務室に飛び込む。
「お、おおう!?さっきからどうも隣が騒がしいと思ったら、帰ってたのか!しかもどっからどう見ても、やばげな奴をひっ捕らえて。」
中に入ると、驚きながらもルドガーが出迎えてくれる。が、聡が引き摺ってる『鏖殺』を見て、やはり顔を引き攣らせる。
「先程戻りました。コイツが『鏖殺』です。思ったよりも、戦闘慣れしてなかったので、楽に捕らえる事が出来ました。」
「…いや、コイツの魔法の前には、戦闘慣れもクソもないんだがな。本当にサトシは規格外なんだな。」
「ははははは…。」
確かに言う通りなので、笑って誤魔化すしかない聡。
「サトシ、待ってよ!」
その背中に、エーリカが追い付いて来る。後ろにはフラウもちゃんと着いてきている。
「ん?一体何事なんだ?」
普段は大人しい性格をしているエーリカが、騒がしく部屋に飛び込んで来たのを見て、びっくりしたルドガーは、それを咎める事も忘れて理由を問う。
「…何でもありません。そ、それよりも、その人が『鏖殺』?」
ルドガーに対して、先程の自身の行いを一から説明するのは恥ずかしかったのか、話題を切り替える為に、分かりやすく目立つ『鏖殺』を指差してくる。
「誤魔化したな?まぁ、別に良いんだが。」
「何の事でしょうか?そういえば今から15年ほど前。あれはとても暑い日でした…。」
ニッコリと笑顔を浮かべ、遠い目をしながら、懐かしむようにしているエーリカ。
「ちょ、まさかあの話をする気か!?すまん!俺が悪かったから、それだけは止めて下さい!」
「また何か恥ずかしい話ですか?幾ら何でもやらかし過ぎでは?」
「思わぬ所から攻撃が!?人ってのは、失敗を起こして生きるものなんだ!長く生きてるお前なら、相当数あるんじゃないか!?」
「いえ、特に何も思い付きませんね。」
「嘘だッ!」
あっさりと、そういう経験は無いと言い切った聡に、まるでひ○らしの○ナさんみたいな感じに、唐突に叫び出す。
「うわぁ!?顔が必死過ぎて怖いです!これ以上は自分は一切何も聞きませんので、落ち着いて下さい!」
こうなった理由はエーリカにあるのに、何故だか悪人面のオッサンであるルドガーに詰め寄られる聡は、どうどうと宥める。
「それよりも、『鏖殺』について話しませんと!」
「む、そうだった。確かにこんな事を話してる暇は無かったな。」
『鏖殺』の名前を出した途端、仕事モードに切り替わってくれたのか、何とか落ち着いてくれる。
「2人も座ろうか。『鏖殺』は…放り投げとくか。」
ポイッと床に投げ捨ててから、聡はソファで寛ぐ。
「何気にお前って、容赦が無いよな?」
「そうですか?流石にこのレベルの超極悪非道な犯罪者を、超丁寧に扱うのは、精神衛生上よろしくないので。まずは、発見に至るまでをお話します。」
戦闘や、『鏖殺』を見つけ出した【探知】の事は話さずに、事細かに説明する。
「ふむ…。では、今のソイツは、何の力も持たないんだな?」
聡の説明を聞いたルドガーの第一声がこれであった。視界の内にあるもの全てを消せるような人間が、今どういった状態なのかというのは、超重要なことであろう。
「はい、そうなります。ちょっと手を加えまして、今ならこの街の誰であろうと、戦って勝てますね。」
「はぁ〜。素直に喜べば良いのか、それとも非常識な聡に驚けば良いのか、もう皆目検討がつかん。」
ルドガーは気を弛めながら、ソファに深く腰をかける。
「ところでサトシ。攻撃はくらわなかったの?」
「…態々避けてた部分を、ストレートに聞いてくるか。」
「で、どうなの?」
隣に座ったエーリカが、距離を詰めて聞いてくる。
すると、先程のキスを思い出してしまい、聡は大慌てで、顔を赤くしながら答える。
「何回かくらってるけど、見ての通り無傷だよ。心配無用だ。」
それを確かめる為か、聡の身体をまさぐって調べるエーリカ。
「お〜い?くすぐったいんだけど?」
「サトシ様は、嘘はつかないけど、肝心な事は言わないので、こうやって確かめるしかありませんね。」
「フラウまで!?」
信用が無い聡は、2人にされるがままとなり、くすぐったいのを必死に耐える。
「何かエーリカの雰囲気が変わったな?それとサトシも何か、こう、エーリカを意識してるように見える。」
人の機敏に敏いルドガーが、聡とエーリカの雰囲気の違いに気が付いて、指摘してくる。
「触れないで頂けると、助かります。」
聡は全力で顔を背けて、切実な声を出すのだった。
アイスが美味しい季節ですね。