9話 賊を退治するよ
ニンニンと一緒にオッサンの紹介してくれたペンションに入り紹介状を見せると、受付をしたオッサンが少しだけ嫌そうな顔をした気がした。だが一瞥をくれてすぐに空いていただろう4人部屋を一週間5万エン゛ッで貸してくれた。
どうやら朝と夜は食事付きらしい。
1泊5万エン゛ッと比べ、なんと良心的な事か。受付のオッサンの態度が悪かろうが有難い事この上ない。
部屋に入りニンニンに、ニンニンが目を皿にして職探ししている間に起こったことの説明をした。
もちろん報酬の金額を聞いたニンニンの目は激しく泳いでいた。
まだお昼を回って間もなく、時間の余裕もあるので、早速賊を懲らしめに行こうかと考えている事を伝えると、ニンニンは少しだけ疲れたような雰囲気を漂わせる。
おおよそ超速度の移動や、女体化の影響。なによりもハイプライスなレストランに入った時のストレスによる心理的な負担が大きかったのだろう。
すべてを察した俺はそっとニンニンに、休んでいるように優しく言いつける。
「そういう訳にもイカンでゴザル!」
だが、ニンニンは休まずついていくと頑なに拒んだ。
アリエヘンからアリエナイへの道は基本的に5日はかかる距離なのに、午前に出発してその日の午前の内に到着している方がおかしいし、その移動速度に耐えるだけでも疲れは溜まっているはずだ。
なにより搾取子であるニンニンにとっての、ハイプライスレストランの負担は……負担は!
「ちゃんと夜に帰ってくるし報告もするから休んでろって。それにまたあの速度を体感するのはしんどいだろ?」
「うぅ……」
ふと移動を思い返す。
ぐにっと押し当てられたプニポヨっとした感触が素晴らしかった事を忘れてしまっていた。
なんということだろう。
だが、あれだ。
ニンニンが、ほら、行くって言ってるし? まだ挽回可能なはず。
「まぁ? どうしてもっていうなら、俺はまぁ? いいんだけど。でも、まぁ、とりあえず、また? お姫様だっこしておこうな?」
「お言葉に甘えて休ませてもらうでゴザル。」
おい。
すぐさまベッドにパタリと倒れこむニンニン。
一言言いたくもなったが、微妙に胸が邪魔そうなニンニン。横に寝転がると、それはそれで胸って強調されるのね。
にっちゃりと顔を崩してしまったのを、じっと見られたので、大人しくリュックを担いで腰の日本刀を確認して賊退治に出かける事にした。
「さぁて行くか。」
城下町を目立たないよう小走りで抜けだし街道に出る。
賊の出現ポイントは山の中だが、街道沿いなので道に迷うことはない。
「よし、いっちょ走るか。」
街道に出てから全力疾走した――
――ら。
また全然時間が経っていないのに、目標の山についてしまった。
到着してしまったら、もうやる事は決まっている。山賊を捕まえるのだ。
『さて山賊はどこにいるかな~』と、ぼんやり考えてみると、頭の中にまるで潜水艦のソナーで索敵しているようなイメージが浮かび、そこにピコピコンと何かの反応を感じとった。
その反応を見てみると何やら4人の人が2人に襲われているようにも見える。
これはラッキーとばかりに現場に急行することにした。
***
「ヒャッハーーっ! 魚だ! 魚を置いていくッス!」
「そうだそうだ。兄貴に逆らうと怖えでゲスよ? なんせ兄貴は勇者でゲスからなぁ!」
「ヒャッハーっ! そうさ! 俺は勇者ッスーー!」
「「「「ヒィ、オタスケー」」」」
なんてお約束。
剣を構えベロリと舐める世紀末ヒャッハーと、その取り巻きっぽいチビが二人で商人の荷馬車を挟み撃ちにしている。
あまりに見たまんまなので話が早くて助かる事この上無し。
「ヘイヘイヘーイ、待ちやがれっ!」
「「な、なんだテメェはっ!」」
「「「「ヒィ、オタスケー」」」」
以下。割愛。
……いや、だって俺デコピンしかしてないんだもの。
伸びた二人を脇に片付け、襲われていた商人が
「アザースアザース」
と頭を下げるのを聞き、お礼にちょっとつまみになりそうな干し魚をもらった。
商人たちはアリエナイに向かっているらしいので、職業あっせん所の所長に賊を退治したことを伝えるようお願いして別れた。
自分でも報告するが、俺以外からの証言があれば信憑性も増すだろう。
俺のデコピンで伸びている二人を見る。
……ふむん。
色々と考えてみた。
考えてみた結果、色々思いついた。
これはもう仕方ないことだろう。うん。
ヒャッハーしたヤツはヒャッハーされる覚悟があるはずだ。
よぉし
「回復魔法」
ビクンと目を覚ます二人。
すぐに俺を視認し、そして、何が起きたかを振り返っていた。
デコピンでやられたことが相当ショックだったようで兄はかなり落ち込んでいる。
敵わないと判断したのか、大人しく俺の言葉を待っている二人。
話を聞いれみれば兄貴が中途半端に強い勇者になってしまったので昔住んでいた場所で働き口が見つからず、弟がそんな兄を見捨てられずサポートしていたのだとか。
だけれどやはり食うに困るようになり山賊の真似事を始め、どうせならと好物の魚を手に出来そうな所で悪さをするようになったらしい。
同じ勇者という立場。
よくわかる事が多すぎて同情しないでもない。
……とはいえ報酬は大事。
ビクビクしている二人を見ながら、お話をしてみる。
「俺は依頼を受けて賊退治に来たんだよね~。詰所に連れていくか。殺害するか。な感じで?」
「ひぃっ! 許して欲しいッス。」
「おいらもお願いするでゲス。命ばかりは勘弁してほしいでゲス!」
ッス! という語尾が特徴の勇者の兄。弟を庇うような素振りだ。そしてゲスという語尾が特徴の弟もまた同じ。
素晴らしい兄弟愛を感じる。
まぁ、それはそれ。
「え~……でも俺、お前らを何とかしないとお金手に入んないし、俺が飯を食えないじゃん?」
「うぅ……ひもじい辛さは分かるッス。でも死にたくないッス!」
「そうでゲス。おいら達も最低限の食料を奪ってただけで命は奪ったことないでゲス!」
「え? そうなの? じゃあ、なんで250万エン゛ッも報酬がつくの?」
少し気まずそうになる兄弟。
「そ、それは……おいしそうな高級魚は必ずゲットしてたから…ッスかね」
「あ~……そっか。高級魚ならアリエナイのいい所なら一匹何万~何十万エン゛ッとかしそうだし……儲けのメイン潰されたら、そうもなるのか。
じゃあまぁ納得できることだし自業自得だと思って諦めろ。」
俺は腰の日本刀を抜く。
脅しだ。
そして俺が驚いた。
この日本刀を初めて抜いたのは魔王を切る前、木こりでレベルは4くらいの時だった。
その時は赤いオーラが腕に纏わりついて、あからさまにおかしな剣だと思ったのだが、まったく印象が違っていた。
赤いオーラが漏れ出るようなことはなく刀身にすべて収まっているように感じるのだ。
ただ、そのオーラは眠っているような物ではなく『さぁ振れ!』と言わんばかりのギラギラした、なにかしらの思いのような物を感じる。
試しに軽く構え素振りをすると、オーラが『待ってました!』とばかりに刀身からスっと伸びていく。
「「「 えっ? 」」」
全員の表情が固まる。
伸びたオーラの先10mくらいの範囲の木が全てスッパリ切断され、轟音を立てて倒れ始めたのだ。
その様子を兄弟は震えながら見ている。
俺も同様に内心『アカン物や。これアカン物や』とガクブルせずにはいられない。
「ま、ま、まぁ? まぁ? こんな感じで……俺から逃げるのは……難しい…よ?」
「「 ヒィイ! オタスケーっ! 」」
脅しが効きすぎた。
俺自身早く刀を仕舞いたくて仕方ないので納刀する。
「ふぅ……まぁ、どうしても助けて欲しいって言うんなら別の方法も無いでもないんだけどな。」
「「 ヒィオタスケー! 」」
「お前ら逃げ出して行方不明になったっていう感じになれば、2年待つけどお金入るんだよね。俺。」
「「 行方不明になりますー! 」」
「いや。口約束は信用できないしなぁ。存在消しちゃった方が信用できるしなぁ?」
「「 ヒィオタスケー! 」」
「ア。ソウダ。俺『女体化魔法』って使えるんダケド、もし女になったら? 君たちの存在が消えるってことになるのかなぁ?」
「「 なるなるー! 」」
「エ? 女にナリタイノ?」
「「 なりたいなりたい! 」」
俺は心の中でほくそ笑む。
「え~……でもわざわざ魔法かけてあげるメリットないよ? 俺。」
「「 言うこと聞きますからー! 」」
「そうまで言われたら仕方ないよなぁ。
それじゃあ女体化魔法」
「「 ヒィオタスケーーっ! 」」
2人の「ケーー」の声がどんどん高音へと変わり、容姿もどんどんと変わってゆく。
あっという間に、金髪のロングヘアーで長身細身スレンダーな世紀末姉、金髪ショートカットでちんまりして豊満な妹が誕生していた。
うん。二人とも美人じゃあないか。うん。うん。
色々な感情がムクムクする。
「……そういえば……お腹減ってるんだったよね?」
俺は感情に振り回されるように、バナナと練乳。そして商人からお礼に貰った干し魚を取りだした。