33話 ヤー・マノサッチの国から逃げるよ
俺は泣いた。
なぜなら初体験チャンスの相手が65歳だからだ。
見た目は若い。見た目だけならば願ったり叶ったりな相手だろう。
だが初体験の相手。一生の記憶と記録に残る相手だ。
『おい知ってるか? 勇者って脱童貞した相手が65歳なんだってよw』
『マジかよw 流石勇者だよなww パねぇwww』
後々なにかあったとしたら盛大に草を生やされることこの上無しエピソードが出来てしまう。
だからこそ無理だ。やはり同年代を、同年代を!
「旦那様よぉ、年齢など些細な事じゃぞぉ? ほぉれ、ほれほぉれぇ。」
四つん這いの俺の背中には、豊満な胸の感触が伝わってくる。
これはなんとも良い物だ。なんという誘惑か。感動に胸がいっぱいになり始める。
これはイカン。
背中に当たるロウリィの柔らかい感触だけではなく、なんとも芳しい女らしい香りが鼻腔をつき色々と堪える。このままでは理性が持たなくなるのも当然だろう。
『ウェヒヒヒ』と涎を垂らし肉食獣の目をしているロウリィのおかげで辛うじて理性を保つ事が出来たので、慌ててロウリィから抜け出し距離をとる――
が、まるで触手のようにロウリィの腕や足が体に絡みつき、ガッチリと絡み捕られていた。
「ちょっとだけだから! ちょっとだけだから! なにもしない!
大丈夫! 先っちょ! 先っちょだけだから! 先っちょだけなら大丈夫だから!」
絡みつくロウリィの手足が、俺の服を剥ぎ始めていた。
眼光鋭く鼻息荒く、必死さを感じる程に誘ってくるロウリィ。
だが65歳だ。
魔法の言葉を脳内で唱えると、正気に戻れた。
なんとか触手のような手足を振り解き、必死に距離を取る。
「な、仲間を前の町に置きざりにしてるから! そ、そいつらを迎えに行ってきますっ!」
「あぁんっ! 先っちょがぁ!
む? ……ほう? 仲間とな? 旦那様の仲間がおったのかえ?」
「はいっ! ちょっと置き去りにしてて、アレだから! アレですっ!」
「ふぅむ……まぁ『迎えに行く』と言ったからの。という事は、またこの国にすぐに戻ってくると言う事じゃの。ならばよいよい。旦那様よ、一旦の帰宅を許可する。はよう行って参れ。で、戻りはいつの予定じゃ? それに合わせて色々準備があるからのう。」
そう言い、余裕すら感じる笑みを浮かべるロウリィ。
しまった。なんかすぐに戻ってこなきゃいけないような気になってしまう。
「あ、あ~……き、距離もあるし、2~3日後……いや、違うっ! い、1週間後くらいになるかなぁ? いや、ひょっとすると1ヶ月――」
ロウリィは狡猾な笑みを作りながら俺ににじり寄ってきた。
思わずのけぞるが、真正面から近づいてきくるおっぱいを避けられるわけがなかった。
「旦那様よ……旦那様の移動速度ならば、どんな所に仲間が居ようとて一刻もかからんじゃろうて?
ただ連れてくるだけならば籠にでも入れて運べばすぐじゃ。じゃから明日じゃな。旦那様が戻ってくるのは明日。これは決まりじゃ。
……明日の夜には我と一緒に、甘美な時を過ごそうぞ。」
俺の左腕に巻きつくように抱き着いてくるロウリィ。
ロウリィの細くしなやかな指が俺の指を愛撫するように絡みつき、俺の肩に顔を乗せて耳にそっと息を吹きかけてくる。
余りの甘美な誘惑に、思わずぶるっと震える。
まるで脳みそが蕩けてしまいそうだ。
このままロウリィに誘惑され続けたら、きっと俺は遅かれ早かれ食われてしまう。
それは確実だ。
肉食っぷりを見るに、ちょっと油断すれば、今この場でおいしく頂かれてしまう可能性も高い。
だが65歳だ!
再度魔法を唱え、危機を認識する。
「じ、じゃあそういう事で!」
急いでこの場を離れる。
苦手な浮遊術を使ってまでしてロウリィから距離を取り別れた。
一度浮いてしまったので、このまま浮遊術で移動してみる。
すると明らかに地上を走るより早い。
この速度で移動すれば夕飯の前にはみんなの所に帰れるだろう。
--*--*--
「ただいま戻りました~……」
ゲッソリした顔で部屋に戻る。
すると、3人はまた会議かおしゃべりなのかわからないがテーブルを囲んで話をしていた。
「おかえりなさいませご主人様。」
「遅かったでゴザルな。」
「少し心配しましたでガスよ。」
アンネが足早に俺の傍までやってきた。
俺はふと色々思いだす。
そういえばアンネ達に、替えの下着とかを作っていなかった。
そしてバナナを食わせていた。
アカン。
「そう言えば服とか下着とか、全部一着しか用意して無かったね。ごめんね。」
一言かけてから、全員に清浄魔法をかけた。
なんせあのマツタケコの惨状を思い出せば、今日バナナを食べた3人のスカートの下が、一体どんなことになっていたことか。きっとものすごく大変な事が起こっているんじゃないかと思えてならない。
いや、違う。あの人は敏感(大)だから特別だったんだ。うん。きっとそうだ。
アンネ達は少し恥ずかしそうにしつつお礼を言ってきた。
清浄魔法便利。俺も少し照れる。
落ち着く為にも、ペンションの夕飯を取りに行ってもらい、夜ご飯をみんなで食べながらヤー・マノサッチであった事を全て報告する。
間違った情報が伝わらないように、ちゃんと全部だ。
ぜーんぶ伝えよう。
「ヤー・マノサッチが危なくないか確認しに行ってきたよ。
そしたらいきなり殴られて4人に絡まれたんだ。でもね、俺はなんにも手を出してない。なんせ戦って得しないもんね。
でもさ、なんかそいつら逃げようとしたから、その中の女の子捕まえてからバナナ食わせたの。話を聞こうと思ってさ。そうしたら『国の主』とかいう女が出てきて殴りかかってきたんだよ。だから仕方ないし、ソイツにもバナナ食わせたの。
で、そいつの名前が、なんていうか、ちょっと口に出しにくい名前だったから、あだ名付けたらビックリ。そいつが従者になっちゃった。」
「アンタは何をしに行ってるんですか? ご主人様?」
アンネが冷たい笑みのまま、とうとう俺の名前が『ご主人様』なのだとでも言わんばかりの『ご主人様』の使い方をし始めるアンネ。
俺はプレッシャーから冷や汗が流れ出た。
そんな俺を見据え言葉を続けるアンネ。
「『様子を見に行った』は、わかります。なんでバナナ食わせてるんですか? アホなんですか?
相手が逃げたらそのまま放置して帰ってくればいいでしょう? なぜなら『様子見』なんだから。」
アンネの言葉にハッとする。
「確かにっ! その通りだ!」
あの時に帰ってきてれば、ややこしくならなかったのか。
「そして最も理解できないのは『国の主』とか言う女を従者にしたことです! ご主人様にはもう私とイモートがいるでしょう?」
「はいっ! その通りです! すみません! 自分には十分すぎる二人が居ました!」
俺はどんどん小さくなりながらも、綺麗どころであるアンネ自ら『俺の物』と、主張してくれている事に嬉しさを感じた。
アンネが言葉の後、ピタリと止まった。
「……あ、え? ……私、今…何を……」
俺は固まったアンネがぶつぶつと呟き始めたことにさらに恐怖する。
次に何を言われるのだろうと言う恐怖だ。
正直怖くて食事の手を動かす事が出来ない。
アンネは相当に怒っているんだろうか、顔を少し赤くし、言葉がまとまらないように狼狽えている。
こえぇ。
こんな混乱するアンネの姿見たことねぇよう。
俺一体どうなるんだろう。ちゃんと明日の朝日を拝めるんだろうか。
……どうせならロウリィで童貞を捨てておくべきだったのかもしれない。
だが65歳だ!
そんな事を思いつつアンネが喋りはじめるのを、大人しく震えながら待つ。
アンネは胸に手を当てて目を閉じ静かに深呼吸を始めた。
興奮を鎮めているのか、それとも考えを巡らせているのかはわからないが、アンネは、しばらく経ってから目を開き俺をしっかりと見た。
だが、顔は赤いままだ。
キョドリながらもアンネの様子を伺う俺。
俺の様子を見たアンネが、再度大きく深呼吸をした後、優しい顔に戻って口を開く。
「大変失礼しましたご主人様。
元は私の提案の為を思って動いて頂いた事を失念しておりました。お許しください。」
「え!? う、うん!
許すも許さないも、俺、大丈夫なの!?」
「……何がですか?」
「……ヒドイことされない?」
「出来るワケないでしょう……それに、もし、したとしても効かないでしょう?」
アンネが小さく笑い出した。
よかった。
俺の命はつながったようだ。
「それにご主人様が國主を従属させたという事は、国のトップになったと同義ですからね。
私達はご主人様の従者ですから……つまり自然とトップの側近となります。」
アンネの目が輝いてる。
イモートもアンネの言葉で目が輝きだした。
ニンニンは変わらず、どこ吹く風でご飯を一生懸命食べている。
ただ、時々俺をチラリと見てきているような気がしないでもない。
結論として明日、全員でヤー・マノサッチに向かう事になった。
どうか何も起こりませんように。
……否。
明日、俺がロウリィに食われませんように。




