3話 旅立ちの時きたれりだよ
ジジイは国選弁護士的な副業の他に、このアリエヘンの国における『勇者が出た時の対応専門家』でもあったらしく、勇者を自国にとって都合の良いように使う為のプランを考えるような立場の結構なお偉いさんでもあるらしい。
そのプランを実行する為の色々な権限も持っているとの事。
そんなジジイの提言をまとめるならば、要は
『隣国好かんねん。お前、隣国行くなら金出してやるし、なんならそこでメチャメチャしちゃえ』
だ。
好き勝手やってもいいよ? と免罪符を貰えたような気分にもなるし、実際好き勝手にやるというのは、なんだろう、吝かではない。
だがしかし、この俺『ヤベエ』の中身は純粋な日本人であり、妙な厄介事は基本的には勘弁願いたいと考える性質。
実際『魔王』とはいえ人型のモンスターを手にかけた事で、今現在メンタル面はかなり凹んでるくらいだ。
……でも、なんだ。
木こりで苦労しなくてもいいだけのお金くれるのは有難いので、隣国アリエナイの国に行くのはOKしないでもないないない。
そう答えるとジジイは嬉しそうに早速お金とかの準備に取り掛かるらしく、明日使いを出すまで自宅待機を言い渡された。
隣国に行くのも初めてなので、とりあえず家に帰ってゆっくり休養を取る事にする。
帰る時、ちゃんとまっすぐ帰るかどうかを衛兵がおっかなビックリしながら確認の為についてきたのだが、まるで連行されてるみたいで近所の目がとても気になった……が、きちんと母親の青春の為に我慢する。
自分の部屋に帰りつき、よくよく考えると、そもそもこのアリエヘンの国における俺の印象は、小さい頃のスライム殺害やホーンラビット殺害のせいで『奇行をする危ない者』という印象がこびりついている。そうそう人の移り変わりがあるわけでもなく、いつまで経っても知っている者は知っているから肩身が狭いし、いっそ違う国の方が伸び伸びと生きられる気がしてきさえしないでもない。
だんだん旅立つのが楽しみになってきて、ぐっすり眠った。
翌朝、母親が貴族街に連れて行かれた事もあって家には誰もおらず『朝ごはんをどうするかな~』と思案していると、おっかなびっくりの衛兵が馬車で迎えにきてくれた。
折角来てくれたので食事もせずに乗りこむ。
しばらく揺られていると貴族街へと馬車は進み、その中の立派な屋敷へと入ってゆく。
初めて立派な家に入り、おっかなびっくり案内されるまま付き従って部屋に入る。
すると優雅にメイドにお茶を注がれながら着飾った母親がメシ食ってた。
「あら、オハヨウざます。ヤベエ。」
「うん……無理して貴族っぽくしなくて良いからな。オカン。」
「えっ? そうなの?」
「頼むからやめとけ。普通が一番。」
昨日からの一連で頭がおかしくなってしまったのかと、ちょっと悩んでしまったが、言葉を交わして『んん? 貴族ってこういう感じじゃないの?』と頭を捻っている母親の様子を見る限り……まだマトモと思いたい。
ジジイがニコニコしながら別の部屋から入ってきた。
その後ろには、美形で爽やかなそうな青年剣士、無骨だが根が真面目そうな中年拳闘士、弱弱しい雰囲気の守ってあげたくなるような美少年僧侶が続く。
「どうですかな。
こやつらがお母様をお守りする親衛隊です。」
チラっと母親に目をやると髪を耳にかけたり、そわそわと自分の身なりを気にしまくっている。
もう青春しまくればいいよ。うんうん。
ジジイに向き直る。
「それは分かったし、もう任せたよ。約束は守る。
もちろんオカンに何かおかしなことが起きない限りは……って前提だけれどな。
俺が『おかしい』と感じるような事があったら約束は無い物と思ってくれ。」
「あぁ。それは重々承知しておるとも。それとホレ、これが約束の路銀じゃ」
ジジイが机に二つの財布を置いた。
どちらかを選べという事かと思いつつ、とりあえず手に取ってみる。
片方には高額紙幣がまとめられ、もう片方には紙幣と硬貨が入っていた。
使い勝手がいいように別々に分けて整理されていただけで二つとも貰ってよいらしい。そして、どう見ても大金だ。
「全部で50万エン゛ッある。
好きに使ってくれていいが国からの支給は今回だけだ。後は母上殿の生活費にまわるでの。納得して欲しい。」
この世界共通の通貨『エン゛ッ』
この世界ではどこに行っても『エン゛ッ』が使える。
50万エン゛ッといえば、俺の木こり業だと2ヶ月……いや3か月は丸々働く必要がある額だ。
「うわぁ……すっごい大金じゃん……」
ジジイは意外そうな顔をしつつニコリと笑った。
「ふむん……そうじゃのう。
おまえさんの隣国での働き次第で、また支給しても良いぞ?」
「えっ! マジでっ!?」
金銭欲に顔が輝いてしまう。
ジジイがニコニコと微笑んだ。
「おうとも。じゃから方法はまかせるので是非とも頑張ってくれい。」
「うん。わかった! 頑張るわ! じゃ、オカン! 俺行ってくるわ――あ?」
母親は既に親衛隊と談笑を始めていた。
全然こっちなど見ていない。再度大きく声をかけるとチラリとだけコッチを見て『あ~行ってら』くらいのノリで手を振った。
いかんともしがたいやるせなさを感じつつジジイに目線をやる。すると、ジジイは目線を逸らし目を合わせないようにしながら、メイドから受け取ったリュックサックを俺に押し付けてきた。
「旅に出るなら物入れもいるじゃろうからな。これはワシからの選別じゃ。良かったら使ってくれ。」
一抹の寂しさを感じながらも『さっさと出ていけ』という空気を読んで出かける準備を始める。
リュックサックはスカスカだったので、とりあえずテーブルの上に置いてあるバナナの束と、練乳の入った瓶をつめる。
俺の様子を見てすぐにメイドさんが保存食一式と水筒を持ってきてくれたので、それも詰めて腕を通して担ぐ。
テーブルに出ていたバゲットに、イケメン共に夢中になった母親がほったらかした食べさしの料理をつめてサンドイッチにし、それを齧りながら魔王を切った赤オーラを放つ日本刀を腰に挿す。
最後にもう一度だけ母親に目を向けると、ぽっぽと頬を赤くしていたので、俺はそっとアリエヘンの国を出発した。
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街から外に出て一人立ち止まり、隣国までどう移動をしようかを考える。
ステータスを見ると魔法も使えるようになったらしく浮遊魔法で飛んで移動も出来るようだ。
……ただ、高所恐怖症なので飛ぶのは遠慮したい。
ここは一つ、レベルがカンストした事も実感したいので走ってみる事にした。
なんせ身体の調子が良すぎるのだ。全力で走ってもきっと1時間は疲れないんじゃないかとも思える程の体力や気力を感じる。
街道のど真ん中に立ち、マラソン選手のスタート前のように右足を引いて精神を統一し、一人脳内にスタートの音を鳴らして走り出してみる。
その瞬間、周りの時間がまるでゆっくり流れるような景色に変わった。
だけれど、その中を普通に走る事が出来る。
周りの時間が遅れているような感覚の中、自分だけが普通に動く事が出来る。いや、普通よりも速い。しかも疲れない。
これまでに無い変な感触が楽しく調子に乗って走り続けた。
あっという間に国境沿いの山の麓に着いたので『どれくらい時間がたったのかな?』と太陽の位置を探る。すると、太陽の位置は出発時と全然変わっていなかった。
『おかしい』
そう思い状況を考え視界と気配から情報を集めてみると、なにやらアリエヘンの国から慌てて走ってこちらに向かっているような気配を察知した。
妙に気になったので、その気配の元に走りだしてみる……すると、すぐにまた周りがスローモーションで自分だけが普通に動ける状態になり、その気配の元に辿り着く事ができた。
原因の気配をじっと見てみれば、なにやら超スローモーションの動きでも分かる程に焦りながら必死に走っている兄ちゃんがいた。
その兄ちゃんの前で立ち止まって、しばらく眺めていると、突如スローモーションが解けたかのように兄ちゃんがバタバタと動き始める。
そして動き出した瞬間に俺を見つけ、すぐにギョっとしながら立ち止まった。だが次の瞬間には、平然を装うように歩きはじめた。
その慌て方が余りにおかしかったので声をかけてみる事にした。
「……もしかして『尾行しろ』とか言われてた系?」
兄ちゃんは図星を突かれたような顔をした後、観念したように下唇を噛み、そしてドッカリと座り込んだ。
「くぅぅっ! 見破られては、もう何も言えん! 無念っ!」
そう言い放ち、いきなり短刀を取り出す。そしてすぐに自分の腹に突きたてようとしたので慌てて短刀を奪う。
ケンカすらしたことが無いのに自分でも驚く程間単に短刀を奪う事が出来た。スローモーションなら余裕だ。
あっさり短刀を奪われ泣き出しそうな顔の兄ちゃん。
なんとなく申し訳なくなりフォローを始める。
「いや、別に怒ってるワケじゃないし、全然尾行してくれていいんですけどね。
なんかコッチこそ驚かせちゃってゴメンナサイ。
てゆーか、こんなことで死のうとしないでくれます? なんか後味悪いし。」
「な、な、なんとお優しい……拙者感動でござる。
ヤベエ殿が勇者と言うのは間違いなのではござらぬか?」
顔を輝かせる男。
なんとなくその変わりように溜息が漏れる。
「はぁ……まぁ、俺も突然『勇者』って言われただけだし……それまでは普通に木こりだったから……って、やっぱり俺の名前知ってんのね。」
「これは失礼。拙者ニンニンと申す。」
ニンニンとちょっと雑談していると同行を申し出てきたので許可して移動しながら話を聞く。
なにやら話によれば、どうやら俺は超スピードで移動していたらしい。
ニンニンもスピードには自信があったらしいが、その自信もポッキリ折られるレベルの速度だったとか。
ニンニンと一緒にジョギングしながらアリエナイの国に向けて移動しつつ話を聞くと、ニンニンは予想通り『ニンジャ』で、ジジイから俺の動向調査を命じられたらしい。
そして、このニンジャ。
どうにも少し頭がおかしいようで『命令は誇りをかけて守らなければならないでゴザル!』と吹きまくる。
さらに、
「同行の許可が頂けたのですからな! 拙者、地の果てまでも付いて行く所存でござる!」
と俺に向かって言った。
どうやら、厄介なニンジャが仲間になったようだ。