22話 ゴリラは嵐のようだよ
クロウニンのオッサンを一目見て思う。
うっわ~……これ絶対建設現場の件だよな~。
プロ仕様の営業スマイルを貼り付けたその顔から、どうにもヤバイ香りがプンプンしてくる。
そんな事を一人思っていると、アンネがこっちを見て、どう応対したらいいかの俺の判断を待っていた。なのでオッサンの所まで行き自分で応対を始める。
「え~っと? なんかありました?」
「やぁ勇者様。なに大したことじゃあないんですけれどね。
ご紹介させて頂いた先の現場監督が、それはそれはすごい剣幕で怒鳴り込んできましてね。一体何があたのかを勇者様にも確認させて頂きたいなぁと。」
とりあえず目を逸らしながら、オッサンに問いかける。
「……なんかヤバイ事になりそうだったり?」
俺の若干、申し訳なさそうな雰囲気を感じ取ったオッサンが頭を掻いた。
なんとなくだが、このオッサン。回復魔法をかけてあげたりした時から、俺の性格を見抜いているっぽい。
雰囲気から社交辞令が薄くなってゆく。
「まぁ、考えようによってはヤバイかもしれんが……そう悪い話じゃあない。
とりあえず渡したい物もあるし、ここじゃなんだから入れてもらえんかな?」
え~。
部屋に入れたら帰しにくいじゃん……
そんな事を思いつつも催促されたら断れない。
俺はドアを完全に開き、中にオッサンを招き入れる。
この借りている部屋はベッドが四つあり、それがほぼ部屋を占めている。
オッサンには、とりあえず俺の使っていたベッドに座ってもらい話を聞く。
「まず先に重要な件だけ終わらせよう。
受領書と売買成立書にサインか母印を頼む。」
オッサンは鞄から札束と書類を取り出した。
取り出された札束に、思わず目が点になる。
「これが施工主のすぐに出せる限界だそうだ。500万エン゛ッだ。
これでお前さんの作った建物を売ってほしいそうだ。金額に納得いかなければ交渉は可能。だが、無許可で建てたこと、それと即金での支払を考えると、十分良心的だと思えるが……どうだろうか?」
…………
……あ……た…あた……たたた大金だぁぁあっ!!
「う、うん。ま、まぁ? それで、いいよ。うん。それでOKOK。」
即ボイーン。
ふっ、俺は内心感じた動揺を微塵も感じさせていないはず。
クールな対応。できる男だ。
…………
いや、わかってる。
クールなワケがない。動揺しまくった。
でもムリだろ実際。
大金ポンと出されて『これやるわ』って言われて動揺しないとかムリムリ。
俺の慌てる様子を見て、なんとなく和んだのか、オッサンも少し地だろう普通の顔を見せるようになったから、まぁ良いだろう。
「一番大事な要件はこれで終わりだ。が……しかしだ。お前さんはアレだな。
勇者なのにエライ特技を持ってんだな。こんなキレイどころにも囲まれて、その豪華な衣装を着せているのも納得だ。」
オッサンはチラっとアンネ達を見た。
アンネは目を閉じて軽く一礼し、イモートはそれに追従している。出来る姉妹だ。
ニンニンはキレイどころと言われたのが自分の事と理解できていないようでポケっとしている。流石だ。
「きっと……いや、間違いなく現場監督から猛烈アプローチがあると思うぞ。もし対応が面倒なら今要望を聞くが。」
「要望って? なんの要望?」
「いや、仕事についてだよ。」
大丈夫。俺の頭は流れについていけている。多分大丈夫。
オッサンの話している意図がなんとなくわからないけど全然問題ない。
未だに大金、現金アワワで混乱してますん。
そんな俺の様子を見ていたアンネが口を開いた。
「横から失礼いたします。
大変申し訳ございませんが本日は少しタイミングが悪く、ご主人様はこの後所要がございまして……誠に申し訳ございませんが、また明日にでも私共がそちらへお伺いさせて頂く形でお話の続きをお願いしても宜しいでしょうか。」
「おお、そうでしたか。これはすみませんな。」
一礼して俺から話の主導権を奪い取った。
オッサンもにこやかに社会人的な対応をアンネへと返し、どこか話し易そうだ。
「とんでもない。こちらこそご足労頂きましたのに、このような対応で大変申し訳ございません。
明日お伺いするお時間で、ご都合のよい時間帯はございますか?」
「そうですな……午前であればありがたいですな。」
「かしこまりました。では明朝にお伺いさせて頂きます。」
「ではこれで。」
オッサンは現金を置いてあっという間に帰っていった。
静まり返る部屋。
そして、まばゆいばかりに光り輝く500まーんエン゛ッ。
沈黙を破ったのはニンニンだった。
おもむろに100万エン゛ッの束をつかんで、アンネに押し付ける
「ここここ、これで……打って欲しいでゴザルっ!」
アンネは黙ったままコクリと頷いて100万エン゛ッの束を受け取り、そして無言のままスパーンと札束でニンニンの頬を叩いた。
「ひゃぁぁぁんっ!! ……思った以上に痛かったでゴザル! クスン。」
「え? マジで? ちょ、俺も俺も。俺もお願い!」
ニンニンの立っていた位置に立つと、アンネが無言でスパーンと叩いてきた。
俺の防御力はMAX振り切れてるはずなのに痛かった。札束すごい。
「これは痛い……あれだ。もう武器になるな。コレはとてつもない武器だ……じゃない! どどどうしよう大金手に入れたよっ!」
「はいはいご主人様。いいから落ち着くっス。
落ち着いて、まずは私にご主人様が何をしてきたのかを包み隠さず全部まるっと話すッスよ。」
- かくかくしかじか -
「なるほど……一度その建物を見てみたいッスね。
見ないと正確な価値が掴めないので、話もできない気がするっス。」
アンネの進言を聞き、建物の確認をしに現場に向かう事にした。
とりあえず現金は200万エン゛ッを俺、200万エン゛ッをアンネ、100万エン゛ッをイモートに持たせ分散させた。だって一人で持つとか怖いんだもの。
ニンニンだけがお金を任されずに『しゅーん』ってなっていたけど……だってニンニン従者じゃないし。ムリムリ。
なんて思いつつも、ニンニンがあまりに落ち込んでいるので、アリエヘンで貰った高額紙幣を入れた財布を持たせたら、それだけでニコニコし始めて機嫌が直った。
現場に到着すると『殺人でもあったか!?』と言わんばかりの警備と立ち入り禁止を表すように、ロープが柵をはって周囲に巻かれている。
その場には現場監督もいた。
そして現場監督が俺を見つけるやいなや、すぐさま駆け寄り、何やらワチャワチャと言ってきたが内容は聞かずに無視し、建物に足を進める。
「ちゃんと動くかメンテしに来たからちょっと入れてね~」
色々をほぼほぼ無視して建物に入ってゆく。
現場監督が付いてきているが……まぁ、気にしない。
アンネもイモートも気にしていない。ただ、ニンニンだけはペコペコと頭を下げて回っていた。
中に入ると同時にアンネが息を飲んだのがわかった。
「これは……外観からすでに異質でしたが……さすがご主人様っスね。」
「ここの真価は設備にあるんだよ?」
「そうなんスか? この外観だけでも値段の価値は十二分にあると思いましたっスけど」
「ふふふふふ、では見るがよい。そして驚くがよい。」
建物内を進んでゆく。
俺の目指す先、それは温水機能付き便座のあるトイレだ。




