19話 ムラムラを解消するよ
咄嗟の書置きで残した職業あっせん所に到着した俺は、今だ性病(治療中)のスキモ ノデスさんと目を合わせないようにしながら話をする。いや、だって性病持ちの好き物とかコワイんだもの。
すぐに前の別室にて待つように言われたので、極力ノデスさんと距離を取りながらさっさと移動してオッサンを待つ。しばらくして所長のクロウニンのオッサンがやってきた。
ただ、当人は休憩中だったのか、お茶を片手に持ったままで、なんとなく慌ててやってきた感が強い。
ごめんね。勇者が突然来て。それに、なんとなくなんだかオッサンの発している雰囲気が昨日よりも、もっと疲れているような物になっている感じがした。
「いやいやいや勇者様、突然ですね、いかがされました? もしや前の依頼のキャンセルか何かでしょうか?」
「あぁ、いえね。その依頼終わったんですわ。一応証人として丁度襲われてたのを助けた商人がもう1~2日で着くと思うんですが、その人たちにも一応報告してもらうように頼んでおいたので、きっと報告上がってくると思うから、それ聞いて確認してもらえます?
あと、賊については……まぁ捕まえたり殺害したわけじゃあないけど、もうアイツ等の被害は起きないようにしました。」
「はぁ……」
物案じな雰囲気のまま、辛うじて吐き出すように相槌を打ったオッサン。
なんとなく俺の言葉でさらに心労が嵩んだ様な気がしたので話を変えるべく、勇者らしく横柄な態度をとるつもりでふんぞり返りながら続ける。
「てゆーかおっちゃんさ。なんか体使う仕事ない? こう思い切り体を動かす様な感じの。俺、なんか思いっきり体を動かしたくてたまらんのよ。」
オッサンは唐突すぎる展開に、一瞬戸惑ったが、すぐに眉間に人差し指を当てて情報を整理しはじめた。なんとなく社畜をいじめているような感覚になってきて、どんどん心苦しくなる。
なので、オッサンを回復させてやることにした。
悩んでいる間に、回復魔法をこっそりかけ状態異常をとる。
そしてテーブルの上に置かれているオッサンの手から離れた飲みかけの茶の器に軽く触れながら『元気出してな。お疲れさんです』と思いながら魔力付与すると、みるみるお茶が薄く輝く黄金水に変わっていった。
もちろんオッサンには見られていた。
目の前の勇者が変な動きをしていて気づかないはずもないだろう。
とりあえずそのままお茶をオッサンに押し付ける。
「あ~、なんだ。疲れてそうだし、回復魔法を茶に加えただけだから、まま、気にせず、ぐぐっとイったって。」
訝しげな顔になりながらも、オッサンはチビリと舐めるように口をつけた。
その瞬間、くわっと目が見開かれ、一瞬止まる。だが止まった事が嘘のように、ングっングっと喉を鳴らし始めていた。
俺の視点からお茶の器の裏と、オッサンの喉しか見えないような恰好になり、最後の一滴まで逃さないように飲み干したオッサン。
プハァ! っと大きく息を吐きながら勢いよく顔を戻した。
どうやらバナナ程ではないにしろ、中々美味しくなっていたらしい。
「うーーーーーまーーーーーーいーーーーぞーーーーーーっ!!!」
甘かった。
オッサンの後ろに噴火する山が見えるかのようにオーバーリアクションが来た。
ただ、ある種、予想通りの反応と言えば予想通りだ。
「まぁなんだ、よかったね。それじゃ、お礼になんか仕事くれくれ。」
軽く言葉を返しておく。
だけれどオッサンは『なんだ今の茶!?』と、表情だけで訴えかけてくる。その顔があまりに煩いので「俺の特殊能力」とだけ言って誤魔化しておく。
オッサンも納得はしていないようだが、こちらに喋る気が無いのも伝わった。
やがてオッサンはスッキリした頭で再度整理をしはじめた。
そして、すぐに閃いたようにこちらを見る。どうやら疲れてなければ相当優秀な人のようだ。
「勇者に任せられるような仕事ではないのだが、単純に肉体労働だとか働きたいだけなら建築現場とかあるけどどうだろう?」
俺はもう体を動かせればいいので二つ返事でOKを出し、礼もそこそこに紹介状を書いてもらって現場に向かった。
現場は商業区画。
これまであった2階建ての建物を壊して更地にし、その後そこに複合型商業施設を建てる予定らしい。
イエェーーイ!!
破壊していい建物万歳!
コレこそ俺の出番じゃねっ!?
なにせ、実は【武具防具創作:序】だけでなく【建物創作:序】というスキルもあるのだ。
ただ素材が多く必要になり、出来上がる物も大きいから『試す機会ねーな』と思ってたらコレだよ。
さすが幸運MAXの遥か向こう側だわ。
色々と試したい気持ちが疼き、現場監督に紹介状を見せながら告げる。
「俺に3分くれたら即更地にする!」
紹介状に目を通し始めたばかりの現場監督が俺の言葉に一瞬呆け、次の瞬間にワッハッハッハッハと大きな声で笑い始めた。
「おう! まぁいいぞ! やってみろ! もし出来なかったら、ここに居る全員にメシ奢れよ?」
言うじゃないの。
でもこういうノリ好きよ。あたい。
「じゃあ、逆にできたら監督さぁ、俺にちゃんとメシと酒奢れよ?」
「OKOK分かった分かった。ホラ今休憩で誰もいないから、やるなら今しかねーぞ。」
なんという幸運MAXの遥か向こう側。
都合よすぎるにも程があるだろう。
俺はご飯と酒の為に、怖いけれど浮遊術を使って浮き上がる。
そして建物をぐるりと周回し、崩すべきポイントを見定めた。
「アタタタタタタタタタっ!」
見定めると同時に、螺旋状に建物の周りを飛びながらパンチを連打し破壊していく。
魔法を使えば一発で消滅もできたのだが、とにかく体を動かしたかったのだ。
結果2分もかからず、建物は瓦礫の山と化した。
屑置き場となったこれまでの建物のあった場所に立ちながら、監督にサムズアップを送る。
「俺の勝ちぃ!」
高らかに勝利宣言した。
だが、監督が石になったみたいに動かない。
あまりに固まられてしまったので、ちょっと悪い気がしてくる。
なので、大量に出た廃材などの屑も片づける事にした。
もちろんその本意は【建物創作:序】試してみよっと。だ。
瓦礫を素材にしながら、新しい建物を想像する。
すぐに日本でいう現代建築のような、ドーナツ状の建物、外観がガラス張りの2階建ての建物で、太陽光発電やLED照明を組み込んだ物を想像する。もちろん各階にあるトイレは温水洗浄タイプ洋式トイレだ。
すると、アイスが溶けていくのを逆再生してもどっていく動画のように、崩れた建材が形作りはじめ、想像した通りの建物が出来上がってゆく。
さすがに諸々無視し過ぎだろうと能力の凄さに笑うしかないが、まぁよし。
どやぁ。
どやぁ監督ぅー。
賞賛を浴びたい気持ちで振り返ってみれば、監督以外も全員石のように固まっていた。
あ、 これ……まずいな。
空気を肌で感じ取り、直感から俺は脱兎の如く逃げ出した。
なにせ当初の目的は、ただ体動かしてスッキリしたいだけだったのだから、それは達成した。
目的も達成したので、ペンションに戻る。
ニンニン達……怒ってないといいなぁ。
とりあえず一人1500エン゛ッのお弁当を四つ買っておいた。きっとニンニンくらいは丸めこめるはずだ。




