第2章
私は彼女を駅まで送り届けると、そのまま家へ帰ることにした。
ちょうど夜8時を回ったころ家に着くと、閉まったカーテンが内部から照らされ、部屋に明かりが灯っていることに気がついた。
玄関を入ると、足元には赤いヒールが並べられていた。そして下駄箱脇には、紙袋が置かれており、その右上には、リボンの装飾を伴った『A WEDDING ANNIVERSARY』と文字の入ったシールが貼られていた。
「あら、原くん、意外と早かったのね。若い恋人さんとは楽しめたの?もう少しゆっくりすれば良かったのに」
綾奈が居間のソファーに深々と腰掛けながら、玄関にいる私の方を振り向いて言った。
「いや十分楽しんだよ。歩いていると雪がちらついてきたしね」
「あなたって雪に感動するようなロマンチストだったかしら?ところで、机にこんな財布が置いてあるじゃない。これ原くんのなの?」
彼女は例の財布を指差してこう尋ねた。もっとも、不審がる素振りはなく単に好奇心から訊いているようだった。しかし、一見して男物には見えないその財布を私が所持しているのは、客観的に見れば不自然であった。
「俺の家にあるんだから俺の物と考えるのが普通だろ。俺がそんな財布を持ってるのは変か?」
私はなぜか取調べを受けている犯罪者がする言い訳のような答え方をしてしまったのを後悔した。しかし、綾奈は私がこう答えるのを待っていたかのように、力強い眼で私を見ながら言った。
「そんなに向きにならないでよ。からかっただけじゃない。それに私はあなたの趣味なんかに興味はないわ。でもきっと、この財布もあなたの美的感覚の一部なのよね」
私はここまで核心に迫りくる人間がいようとは夢にも思わなかった。もちろん、彼女は私がこの財布を強奪したことなど知る由もなかった。しかし、この瞬間から彼女にならば真実を告げてもよいのではないかと思えるのだった。私は、綾奈に対して心が開きかけたこの衝動のエネルギーを、別の形で発散しようと誓った。そして、美しい人との美しい時を想いながら、部屋の明かりを消してこう言った。
「前置きはこのくらいにしよう。待たせてすまなかったな、綾奈」