6、事件発生 2017年4月23日 6時
坂原に依頼をして病院に戻った俺は外来と入院患者の回診に追われ気づいたときには夜になっていて。そのまま当直で、朝を迎えた。いいかんげん相当な疲労だ。朝の空気を吸おうと中庭に出ると見慣れた背中がいた。
「池橋」
「来宮。当直か?」
「ああ。お前、ここ最近帰ってるか?」
「いや。うちの研修医君が辞めちゃったせいで仕事量2倍だよ」
「大変だな・・・」
「そういう意味では神坂が羨ましいよ。倉田はなんだかんだ言って優秀な研修医だ」
「そうだな。」
倉田加恵は血液内科の研修医で神坂の現在の助手だ。女っ気は無くがさつだが医師としては期待されている。そんな話をしていると後ろから凄い勢いで人が来た。
「池橋先生!」
「あ、楓ちゃん」
「来宮先生も!大変よ」
「何。どうしたの?」
「山本産婦人科部長が・・」
「・・・?」
「自殺したそうよ。」
衝撃の報告だった。あのメールで信頼が地に落ちた部長。でもまさか自殺するなんて・・。
「おい楓ちゃん。冗談辞めろよ」
「冗談じゃ無いわよ。奥様から連絡があったそうよ」
俺は正直腑に落ちなかった。あの部長がいくら追い込まれたからと言って自殺なんてするか?
「自殺って・・・確定なの?」
「警察がそう言ってるって・・。まさか殺されたって言いたいの・・?」
「いや・・。そうじゃないけど」
「とにかく。そんな大きな記事じゃないけど新聞にも載るみたい。」
「病院的に何かあるわけじゃないんだろ?」
「おそらくね。通常診療よ。」
鈴原さんはそう言って病棟に戻った。
「お前。本当に自殺したと思うのか?」
「何言ってんの。自殺する理由は十分あるわけだし。警察がそう言ってるんだからそうなんだろ」
「あの人が自殺するか?」
「さあな。でも人間何があるか分からないぜ。じゃ、俺もそろそろ戻るわ」
俺はしばらくしてスタッフルームに戻り、8時半の外来に向かった。その途中で今度は神坂とすれ違った。
「来宮。聞いた?」
「ああ。」
「いつもよりちょっと人少ないよね」
「・・そうか?気のせいだろ」
「やっぱあんな小さな記事でも気にする人は気にするよね」
「病院に何か問題があるんじゃないかってか?」
「何言ってんの来宮。池橋に聞いたよ。殺人かもって思ってるらしいね」
「声がでかいぞ」
「あ、じゃあ」
俺が一般内科の外来に行くと既に準備が整っていた。
「おはよう、斉藤」
「おはようございます先生、最初の患者さん呼びますね」
順調に診察は進み、午前診最後の患者になった。
「磯山菜穂さん、どうぞ」
磯山菜穂と呼ばれた女性は、勢いよく診察室に入ってきた。
「こんにちは」
「産婦人科部長は、自殺では無いですよね」
「は」
「あなたが殺したんですか?」
「・・・」
とんでもないことを言って見つめてくるこの女・・・一体何者。と思って固まっていると、一気につまらなそうな顔をしてこう投げかけてきた。
「ふん。この病院の人、本当に何も知らないんだ」
「あなた、何のつもりですか。診察を受ける気が無いなら帰ってもらって良いですか」
斉藤が憤慨して彼女を連れ出そうとする。すると彼女は口を開く。
「私、水野警察署の磯山です。警察としては自殺と判断しましたが、私個人として納得していません。来宮さん、あなたも同じお気持ちなのでは?」
「・・僕は。状況も分からないし何とも言えません。」
「先生!」
「院内の人にこうして罠をかけてるんですけど、誰一人として引っ掛かりませんねえ」
「あなた、刑事のくせに何をしてるんですか?」
「刑事と言っても所轄の刑事には権限なんて無いんですよ」
その時、別の看護師が何か斉藤を呼びに来た。斉藤はこちらを気にしながらも席を外した。
「あ、看護師さん居ない間に・・・」
そう言ってその女は俺に小さなメモを渡してきた。
「私の連絡先です。先生にしか渡してません。何かあったら連絡ください」
彼女はそう言って足早に出ていった。その時、斉藤が戻ってきた。
「あれ。あの人は?」
「帰った」
「何か変なものとか貰わなかった?」
「・・無いよ」
「ならいいけど。ああもう。塩撒いとかないと!」
斉藤はそう言って、どこから持ってきたのか本当に塩を持ってきて撒いていた。ちょっと笑ってしまったが、そういうところも俺は好きだった。