17、母の嘘 2017年4月25日 17時30分
俺は白野礼子の病室の前に来ていた。いざ来てみると本当に全部話すべきか躊躇する。でも知らないまま終わってしまうより、向き合ってから終わる方が誰にとっても良いはずで・・・。
「失礼します」
彼女はベッドにもたれかかり、ぼんやりと外を眺めていた。
「あ、先生。いつもありがとうございます」
「あ、いえ」
「どうしたんですか?こんな時間に」
いつも夕方に病室を訪れることはまずない。
「・・今日は白野さんにお話があって」
「お話・・?何かしら」
彼女は笑顔をこちらに向ける。
「娘さんのことです」
彼女の顔が曇る。
「・・・覚えていたんですか・・。そんなこと」
「忘れるわけないですよ」
「あたしがもうすぐ死ぬ患者だからだ」
彼女が自虐を言う。俺は答えずベッド横の椅子に腰かける。
「お名前」
「・・・」
「双葉さんって言うんですね」
「えっ・・?・・・違いますよ・・ははっ・・」
「娘さんに会いますか?」
「・・・」
「多分思ってるよりかなり近くに居ます」
「会いません」
彼女は強い口調で言った。俺は顔を上げ彼女を見た。
「会わないですか・・」
「会いません」
またそう言って今度は頭を抱えた。
「・・・そうですよね。すいません。私があんなこと言ったからですよね・・」
「え?」
「・・・すいません」
「なんで謝るんですか?」
「なんで・・なんで探したんですか!」
「・・・・・」
「会えないって、言ったのに」
「・・」
「逢いたくても逢えないんです」
「・・・双葉さんは長い間、向こうの家でひどい扱いを受けていたようです。彼女が向こうの家に行ったからそうなった。それは確かに、あなたたちの罪のせいかもしれません。でも・・」
「でも」
「・・・」
「でも、彼女が生きてこられたのは、あの家族とその罪のおかげだから」
「・・・・本当の親を知ることが彼女にとって」
俺が話を続けようとすると、それを遮るように彼女は首を振る。そこで俺は話題を変える。
「産科部長・・・ご存知ですよね?」
「・・・死んだ人」
「はい・・・。双葉さんが殺したかもしれません。復讐で」
「・・・・・・・そう」
彼女は長い沈黙のあと、相槌を打ったがまた再び沈黙する。俺は諦めて一旦部屋を出ることにした。ドアを開ける直前、彼女は口を開いた。
「次は・・・」
「次?」
「次は・・・院長先生かも」
彼女はそれだけ言ってまた最初と同じように外を眺めた。俺は問い詰めるのを辞め部屋を出た。
スタッフステーションに戻ろうとすると後ろから凄い剣幕で迫ってくる奴がいた。俺は肩を叩かれる前に声をかける。
「廊下走んなよ」
「うわっ。なんで分かったの?預言者?」
「・・・・今そういうの付き合う気分じゃねーんだよ」
俺はそう言って池橋を無視して歩き出す。池橋は構わず付いてくる。
「ねえ。さっきさあ。うちの病棟にあいつが来た」
「あいつ?」
「坂原」
「・・ああ」
「ああ。って。坂原だよ?!坂原こんなとこ来るとか思わないからさ、驚いちゃって。しかも倉庫に押し込められちゃってさ」
「はあ?」
「食いついた?そういう事したわけじゃないよ」
「・・ちっ」
真面目に聞こうとした俺がバカだった。
「待って待って。あいつさ、うちの助手の川原さん、探してたけど。あとさ、りっちゃんに危険なことさせてるらしいじゃん」
「・・・」
「君たち、2人で何こそこそしてんの?」
「いや・・・。こそこそって・・。お前には関係ないだろ」
「部長の死に関係するなら、俺らも関係あるでしょ。あと言われたよ」
「何を?」
「何かあった時には協力してくれって」
「・・・坂原のやつ・・!」
「だから、神坂にもさっき言っといた。何かあったら協力してくれって。」
「あんまり話を大きくしないでくれよ」
「俺もさ、りっちゃん守んないといけないからさ」
「・・・」
「由凛さんと親父さんの為にね」
急に真面目な顔になった池橋を見て俺は黙った。
「・・・」
「なんで急に黙った?」
「・・急に真面目になったのはそっちだろ。」
「とにかく、あんまり2人で無茶すんなよ。」
「・・・」
池橋はひらひらと手を振って去っていった。その奥で斉藤が私服で帰ろうとしているのが見えた。
「斉藤」
「あ、来宮先生じゃない」
「1人か?」
「悪い?(笑)」
「坂原にさ」
「うん」
「頼んで、分かった」
「え?」
「白野さんの娘」
「・・え、あ、そう」
「何その反応」
「本当に見つけたんだと思って」
「どういう事?」
「・・まあ、いいや。会うか会わないかは本人の自由だしね」
「誰だったと思う?」
「そんなの分かるわけないわよ」
「意外に近くにいた」
「ふふ」
「川原双葉だった」
「・・・は?あの楓ちゃんとこの?」
「そう」
「ふーん・・・。世間って狭い」
そこから先は話さなかった。あえて話す必要も無いかと思ったから。
「先生」
「ん?」
「先生って昔からお節介だよね」
「お節介・・?!お前・・自分が」
「分かってるって。でも、実際に行動できる人ってなかなかいないから」
「・・・」
「大腸がんのおばあちゃん、居たじゃない?」
「・・・・石川さん?」
「覚えてるんだ・・・そりゃそうか。あの時も先生、先輩ドクターが見向きもしなかった元・旦那の話に耳傾けて、連れてきたもんね、最終的に」
「はあ。よく覚えてるな。あの後はめちゃくちゃ怒られた。患者のプライベートに首を突っ込みすぎるな、お前が壊れるぞって。」
「うん」
「まあ、今考えたらその通りだよな」
「でも、全然直ってない、お節介。」
「うるさいよ」
「そういうところ」
「え?」
「好きよ」
「・・え?」
俺は思わず立ち止まった。でも彼女は立ち止まらず。
「じゃ、お疲れさま。また明日ね」
「・・・ねえ!」
そう呼びかけても彼女は振り返らなかった。なんだこの気持ち。なんか・・・中学生みたいじゃないか・・・。俺はそう思ってしばらくそこに立っていたが、周りの目線に気が付いて病棟に戻った。