少年編 - 2話
暫く走ると、到底人が住んでいるとは思えない様な木造のボロ小屋が見えてくる。
「ただいま」
誰もいない小さな小屋に向かって返ってこない挨拶をして中へあがる。小屋の中は簡単なキッチンとベッド、机があるだけで、広さは8畳程度でお世辞にも綺麗とは言えない。ただ、この部屋には父の元物置だった地下室があるのだ。
部屋の中心あたりの床に魔力を込めるとガコン!と鍵の開く音がして、そこにある取っ手を引くと階段がある。降りていくとかなり広い石造りの冷たい部屋に到着する。慣れた手つきで壁の側面にある金属部分に触れて魔力を込めて、天井から釣り下がったランプに明かりを灯した。縦30メートル、横20メートルはあるだだっ広い部屋だが物はほとんどなく、入り口のある壁面の隅に少しの本棚、机、物置、金庫があるだけで、その他の面には殆ど何も無い。
「解錠」
金庫に魔力を込めて鍵を開け、先程クロードさんから貰った銅貨を袋ごとしまった。冒険のための資金を貯金している。5000コルを目標に、3年前からコツコツと貯めているのだ。
机の上のノートの”貯金”と書いたページを開いて30コルを追記してすぐに閉じ、隣に置いてあった”フレイド魔法帳・上”と書いてある本を開く。これは亡き父が冒険者として旅をしながら、便利だった魔法や使い勝手の良かった魔法を順番に記している本だ。前から順に汎用性の高い魔法が記載されているのだが、僕はこの中の魔法を順番に使えるようにしていっているのだ。
魔法というのは、はるか昔に魔族がこの世界に来襲して以来蔓延した”魔素”というものの影響により使えるようになったエネルギーらしい。魔法陣という決められた模様に魔力を込めながら、詠唱として決められた言葉を放ち、心の中で起こす現象を想像することで魔素が反応して、決まった形でエネルギーが放出されるという仕組みと言われている。
例えば火属性の初等魔法である”ファイア”であれば、ファイア専用の魔方陣に魔力を込めながら、「火球よ、敵を灼き払え」と簡単な詠唱をしながら掌から火が飛んでいくのを想像するといった具合だ。ちなみに生活魔法程度の魔力量と難易度なら、誰でも練習すれば魔法陣無しの無詠唱が可能だ。
先天的に魔法を行使できる魔族とは異なり人族はその仕組みを科学した結果、古代人がこのような手法で発動出来ることを証明した。ちなみに未だに未知の部分が多く、少しずつ解明されているらしい。
あと、魔力が何かを説明するのは難しいけど、走ると体力が尽きて休めば回復するのと同じ具合に、使えば魔力が尽きて休めば回復するものだ。僕からすれば「魔力とは何か?」という質問と「体力とは何か?」と質問に解答する難易度には大差ない。
そして魔法には適性というものがある。簡単に言えば得意な魔法の属性だ。魔法には大きく分けて火・水・風・雷・土の5つの基本属性と、光・闇の2つの特殊属性の計7種類があり、適性を持っている魔法であればあるほど扱いやすいのだ。
基本属性はその属性の魔法適性を持っていれば、適性度合いに応じて詠唱を簡略化したり、魔法陣無しで撃てたりする。中には適性が大きすぎて生活魔法レベルの簡略化が可能な人もいる。基本的には魔法適性は1つだが、稀に2つ、3つの適性を持つ人もいるそうだ。
そして光・闇属性の2つは特殊属性と呼ばれており、これらの適性を持つ者は、その属性の適性に加えて、5つの基本属性に対してもある程度適性を持っているのだ。ちなみに光属性の適性者は雀の涙ほどしかおらず、基本属性に関しても高い適性を持つ者はそのうちの一握りだだ。
また闇属性は魔族特有の属性であり、すべての魔族が闇属性であり、人間からは生まれた例は無いと書物には書かれている。そして光属性と同様に基本属性に適性を持っているのだ。それ故に魔族が総合的に人族よりも大きな力を持っていることは火を見るよりも明らかだろう。バルドが”忌み子”として避けられているのも、魔族への恐怖心からの警戒が強い。
一つ人族に救いがあるとすれば、光属性は闇属性に対して無類の強さを誇るらしい。それゆえに光属性の優秀な子が現れると、魔族への対抗戦力として国を挙げて鍛えられるのだ。
ーー話が戻るが”フレイド魔法帳・上”にはあらゆる属性の魔法が、本当にただ汎用性の高い順に記載されている。なので属性別にもならず雑多に並んでおり、普通なら非常に使いづらいのだが、闇属性適性の僕にはかなり便利なものだ。ちなみに父のフレイドは火属性無類の才能を持つ適性者だったが、他の適性は無かった。では何故5属性が雑多に並んだ書物を残したのか。それはフレイドは途方も無い時間の勉強で魔法陣と詠唱を覚え、火属性の圧倒的操作能力で炎の魔方陣を描き、血の滲む努力で全ての属性の中級魔法までを操るに至ったからだ。クロードが何度も誇らしげに語っていたので偽りではないだろう。
さて、今日はこれまでに覚えた魔法の復習をしよう。何もない壁に向けて、5属性の最下級攻撃魔法を放つ。火・水・風・雷・土の塊を無詠唱で発射する。全ての魔法は30メートル先の壁にぶつかって消滅する。
ここまではいつも通りだ。次に下級魔法を無詠唱で行使する。質量を持つ炎弾はバルドの掌を離れると勢い良く壁に衝突して爆発する。壁には放射状のヒビが入っている。次に行使した水の矢はものすごい速度で壁に向かって飛ぶが、ぶつかる直前で形を失い、ビチャッと音を立てて壁を濡らすだけだ。次の風魔法”風刃”も、薄緑の風の刃を10メートルほど原型のまま飛ばすに至ったが、壁に着く前に霧散してしまった。
雷の下級魔法”イカヅチ”は半径10メートルほどの範囲の定点に雷を落とす魔法だ。右前の地面に書いてある印めがけて撃ち放つと、見事に真ん中に雷が打ち落とされ、そこの床は石の地面を30センチほど抉られていた。最後の土属性は防御魔法で、地面に手をつけて魔法を行使すると、ゆっくりと高さ1メートルほどの石壁が地面からせり上がってくる。
......やっぱり水と風は得意じゃないな、とりあえず練習しておこう。水魔法と風魔法をそれからひたすら壁に撃ちはなった。そして魔力が残り半分ほどになったところで、基本属性の練習を終える。いつも通り最後は闇属性の練習をする。闇属性は適性のある人がいないため、教本が一切ないので独学だ。
黒い塊をイメージしながら魔力を込める。すると手元に直径5センチほどの薄黒い塊が出現する。螺旋状に闇が渦巻くような模様が蠢いている不気味な塊を壁に向けて射出すると、お世辞にも速いとは言えない速度で、しかし原型を一切崩さずに壁に向かって進んでいく。そして壁にぶつかっても速度を変えず、ガリガリガリと壁を粉砕しながら同じ形のまま押し進み、壁に触れてから10センチほど進行したところでその黒い塊は消滅した。
…...これで合ってるのかな?実際に闇属性の魔法を見たことがないので、使い方がわからないけど、破壊力は置いといて遅すぎて使えない。せっかく適性があるのに、これではまだただの自分の枷にしかなっていない闇属性に落胆する。残りの魔力で土属性を行使して、壁や床を戻す。最期に木刀の素振りをして体力を使い切って一日は終了。部屋に戻って干し肉と野草を食べて寝た。
こんな日々を過ごしながらそれから3ヶ月ほどが経った。以前と比較すると闇属性以外の魔法は全部数段上達しており、”フレイド魔法帳・上”も7割程終えた。
また、3ヶ月前に比べて魔力量が著しく増えてきており、魔法の練習が捗るようになったので、苦手な水属性と風属性の鍛練はそのままに、火・雷属性を重点的に地下室で個人鍛練をしている。
そして土属性は1ヶ月前ほどからクロードさんが時間がある時に教えてもらっている。(クロードさんは基本的に暇そうだった。)
今日も夕方にクロードさんのところへ赴いて、グリーンモスの肉を買い取ってもらった後に、魔法を教えてもらっている。タダで教えてもらうのは申し訳ないと言った結果、素材の買い取り額に色を付けないという、ほぼ無料の受講料で教えてくれることになった。
「バルド。オメーは土属性の才能はあるが経験が足りねェ!想像力が欠けてっから土が動くのがおせーんだ。見とけ。地面に手つくだろ?そしたらグッと魔力込めながら下にガッて押し込む。そんでちょっと前の地面の下からさっきの押し込んだ力がドバッ!って出てくる感じだ。行くぞ......オラァ!!!!!」
バルドが地面をぐっとおさえると、ドゴォ!!と大きな音を立てて前方1メートルくらいの場所が隆起し、高さ2メートル、厚み50センチほどの土の壁が物凄い勢いでせり上がってきた。
「......すごい。急に壁が生えてきた!」
「ガハハハ!だろう?俺も結構やるんだぜ!戦闘で十分に使えるのは土属性くらいのもんだが、これだけは相当なモンだと思うぜ?バルドもとりあえずやってみろ!いいか?豪快さが大事だ!壁を作る感じじゃねえ、地面からブチ上げるんだ!!」
「はい!」
説明は下手だが、クロードさんの言っていることはいつも的を射ているんだろう。今まで僕は粘土で形を作るように、地面から土を集めて壁を作るように想像していた。だから遅かったのかもしれない。
そう考えながら地面に手をついて魔力を込め、目を瞑って想像する。自分の魔力が地面に伝わり、少し深いところの土が、下から僕の前方の地面を押し上げる!!
ボンッ!と小さな爆弾が爆発したような音と共に、前方の地面から土が盛り上がって......そのまま軽く爆散した。跡には砂埃とj土を被った僕しか残っていない。確かに今までとは比べものにならない速度で土が動いているが、今のままではちょっと前の足場を悪くするくらいにしか使えなそうだ。
その後も何度か試したけど、ちょっと勢いが大きくなるくらいで土の壁は到底出来そうにない。そう思い落胆していると、
「......ほう、なかなかスジがいいじゃねえか。こりゃすぐ出来るようになるぞ!」
どこがだよ!と言おうと思って振り向いたけど、感心しているようなクロードの表情を見て、真面目に言ったのだとわかって困惑した。
「せり上がるどころか、壁すらできてないです。本当にこれで大丈夫ですか?」
「そこじゃねえんだよなぁ、それが!”ウォール”の魔力の動かし方があってんだよ。みんな土を形成することを鍛練して出来るようになるみたいだがな、絶対この方が素早く発動できる!いいか?後はその押し上げた魔力を使って、霧散しないように土を固めろ。そのイメージでやればぜってえ土属性の感覚が掴めるはずだ!」
「やってみます!」
それから2時間ほど同じ魔法を練習した。最後には高さ1メートルほどの壁を作る事に成功したので、かなり上達したと思う。
「今日も長い時間ありがとうございました!また来ます!」
「おう!いいってことよ!あぁ......そうだ、明日は絶対こいよ。渡したいもんがあるからな。絶対来い」
「僕の誕生日ですか?楽しみにしてます!!」
「そ、そそそそんなことは言ってねえ!ばれてなんかいねえからな!!」
「その言葉で確信しました。ありがとうございます!」
「いいから帰れ!明日だぞ!じゃあな!!」
そう言ってバルドは居心地悪そうになってドアをバタンと閉めてしまった。そんなクロードを見て笑ってしまう。身内でもなく、僕から何かしてあげられたわけでもないのにこんなに優しくしてくれるクロードさんは、僕にとって今唯一の大切な人だ。絶対にいつかは恩返しをしよう!と考えながら、明日を楽しみに帰路についた。