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カース・ブレイヴ  作者: ラーミナ/半叢刃
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少年編 - 1話

 湿気の多く苔や木々の生い茂る森の中、10歳の少年バルドは一際高い木の枝の上で気配を消して獲物を見つめる。長い爪と鋭利な前歯を持つクロウラビットが、その木の根元で周囲を警戒して辺りを見回している。先程ふもとまで猛スピードで駆けてきたので、何かに追われていたのだろうか。それからしばらくすると警戒を解いて、安堵したように丸くなった。追っ手を撒いたのだろう。


 そう判断したバルドはすかさず重力に身を任せた自由落下で音も立てず獲物に接近、腰から抜いたナイフで首筋を綺麗に掻っ切る。クロウラビットの毛皮は売り物になるのでなるべく傷をつけたくないのだ。ほんの数センチの傷口だがしっかり急所を裂いたようで、数秒のたうちまわって絶命した。


 耳を掴んで持ち上げて傷口を見る。かなり鋭利かつ小さな傷で獲物をしとめられた達成感でつい口元がちょっと綻ぶ。実際今回の出来は、凄腕の狩人と同等と言っても過言では無いだろう。そんなことを考えながら、すぐ近くの自宅へ戻る。


 先程殺した獲物と、以前に買った売りに出す加工品を持って森の中を数分走ると開けた場所が見えてきて、アスト村に到着した。獲物を売ろうといつもの商店の前赴くと、店前の黒板には、『クロウラビット 買取強化 - 8コル』の文字があった。ちょっと高めに売れるかなと浮き足立って店内に入っていく。


「こんにちは」


「いらっしゃ......ああ、キミか。今日は何だね?」


 間髪入れずに作られた商人の営業スマイルがこちらを一瞥した途端、なんだお前か.......とでも言いたげなぶしつけな表情に変わる。


「クロウラビットです。さっき狩ったばかりで、状態もかなりいいと思います」


 商人に渡すと、彼はいつもと同じように念入りに獲物の状態を確認しはじめた。傷口を見て一瞬感心した表情をするが、すぐに文句を言いたそうな顔に変わる。どこか納得いかない様子で、いつもより慎重に見ているようだ。


「4コル(銅貨4枚)だな」


「.......表では8コルってなっているのですけれど。」


「ああ。ありゃクロウラビットが最高の状態でだ。ほれ、コイツはクロウラビットで重要な素材の爪が2本も傷だらけだ。2コルマイナス。それに死後のたうちまわったのか知らねェが泥だらけで血までこびりついてやがる。こりゃ毛皮として買い取るにも1コルは安くなるわな。妥協して4コルだ。」


「それだと5コルじゃ......」


「あ?......ああ、そうだな、コイツはちょっと小せェ。マイナス1コルだ。とにかく4コルでしか買い取らねえ!嫌なら他あたりな!!」


 今回のクロウラビットはどちらかというと少し大きめだ。しかしいつものように難癖付けられてかなり安くされてしまった。妥協の余地はないらしい。他をあたれと言うが、この村で魔物をそのまま買い取る店はここしかないのだ。隣の街までは遠すぎて兎一匹じゃ大赤字だし。


「......では4コルでお願いします」


「ああ、毎度」


 こっちが何か悪いことをしたんじゃないかと思うぐらい、不躾に、適当に銅貨4枚を差し出した掌に押し付けて店の奥へ消えていった。去り際に小声で何か言っていたようだったが、気にしないようにしておく。ちなみにコルというのは通貨の単位で、1コルは古代通貨で言うとおよそ300エンだ。


 先程のような不当な取引はいつも通りの光景だし、大体どこでもこんな感じだからそんなに気にしてられない。気にならないと言ったら嘘になるし、全く辛く無いわけでもないけど。


 .......これがいつものことなら、もっと多分に魔物を狩っていけばいいと言われるかもしれないが、それはもう試した。一度に五匹のクロウラビットを持っていったことがあるのだが、一匹あたり3コルで三匹までしか買い取らないと言われた。......状態が悪く、そんなに多く買っても処理が大変だからだそうだ。なので今は毎日三匹の狩りを目標にして、一匹はその日の食費、あとの2匹は家で解体して、干し肉にしたり皮として個別で売れるように加工している。


 ーー店を出て隣で2コルで買ったパンに、持ち合わせの干し肉を乗せて食べながら歩く。......食べているのは定価は1コルの堅いパンだ。ちなみに武器・防具屋に向かっている。今日はちゃんと加工したクロウラビットの爪や毛皮と、しっかり洗ったファングウルフの牙を売るのが本命なのだ。少し林の中を歩くと、木造の大きめの建物が見えてきた。村から少し外れており、不便な場所だ。


 扉の前に到着するや否や、勢いよく扉を開けて大きな声で用件を言う。


「バルドです!売りに来ました!!』」


「あぁ?今日はもう閉店だ帰れ......ってなんだバルドか!来るなら先に連絡をよこせ!!ほれ、早く入れ入れ、今店開いたとこだ!」


 

 ガハハハと豪快に笑う彼はクロードさんという。ドワーフと人間のハーフの鍛冶職人だ。ドワーフといえば小柄な種族だが、彼は人の血を多く受け継いだのか筋骨隆々な巨漢で浅黒い肌、身の丈は2メートル程もある。そんな見た目と威勢のいい大きな声だが、人付き合いは苦手らしく、気に入った人以外と一切関わらない。


「連絡ったって、手紙も読まないじゃないですか」


「風の噂なり虫の知らせなりあるだろ!」


「どっちも連絡手段じゃないし......。そんなことより、今日はクロードさんに買い取って欲しいんです!」


 どこからそんな古代の慣用句が出てきているのかと気になったが、面倒臭いので聞かない。


「おう見せてみろ!......ほお、なかなか上手くなったじゃねえか。この毛皮なんか、村の売り物より上手くいってんじゃねえのか?ちょいまってろ、高値で買い取ってやるさ!」


 そう言って素材を持って奥の部屋へ行った。


 クロードさんは、この村の近辺で唯一僕に良くしてくれる人だ。昔、死んでしまった僕の父であるフレイドと仲が良かったらしい。もしそれがなくとも、お客様である僕を邪険にする道理は無いと言ってくれる優しい人だ。


 ーーそういえば、僕が村で嫌われている理由は、僕が”忌み子”だからだそうだ。明るい茶髪に紅茶色の瞳の母と赤髪で赤い瞳の父から、黒髪黒眼の子が生まれるのは有りえないそうだ。そして僕を出産する際に、村で慕われていた母は死んでしまった。また、僕には兄がいたのだが、兄は小さい頃に、僕の誕生日プレゼントとして水晶石を探しに出て、森の奥で”厄災"と呼ばれる種類の魔物"ヘルハウンド"に喰い殺された。


 ”ヘルハウンド”は巨大な黒狼の魔物で、四つ足の状態で高さ3メートル以上の巨躯とそれに似つかわしくない俊敏な動きをする化け物だ。弱い者であれば目を合わせるだけで金縛りになってしまう黄金の魔眼とオリハルコンで出来た鋭利な爪を持つ。

 さらに村一番の実力を持つ冒険者だった父フレイドも、三年前にそのヘルハウンドと魔族から僕を守って死んでしまった。その時に深手を負ったらしいヘルハウンドはそれ以来アスト村にも姿を見せてはいないが、もう回復しているだろう。


  そんなこんなで村の者は少しずつ、僕を訝しげな視線で見るようになっていった。そしてつい先日、あることをきっかけに村内に住むことさえ禁じられたのだ。


 ーー10歳になるとすべての者は「魔法鑑定」を受ける。特別な水晶に手を置くと、適性に合った色に水晶が染まるというものだ。火属性なら赤、水属性なら青、風属性なら緑、雷属性なら黄色、土属性なら灰色といった具合だ。あとはごく稀に、光属性の適性等があれば、水晶が眩く光り輝いたりするそうだ。また、複数の属性に適性があれば、混ざったような色になったりするらしい。そして適性の大きさで、色の濃さも決まる。


 ちなみに光属性は非常に希少な存在であり、光属性の適性を持つ者の殆どは、『聖者』や『賢者』、魔を討ち滅ぼす『勇者』として栄誉ある天命を受けるのだ。



 僕が水晶に触れた時、瞬く間に水晶がどす黒く染まった。人族には生まれ得ないはずの”闇属性”の適性を持っていたのだ。闇属性は、魔人族や魔物のみが持つ属性であり、破壊の大きな破壊を生む力として恐怖の象徴であり、忌むべき対象とされている。僕の適性魔法が”闇属性”とわかって以来、村に住むことを禁じられた。それから森の中にある、父の書斎だった小屋で暮らしているのだ。



「なにしけたツラしてんだ?良い値で買い取ってやろうってのによ!」


「いえ、待ちくたびれちゃってて」


 クロードさんに心配をかけたくないので、適当な言い訳をしながら愛想笑いをした。


「どうせまた嫌な事思い出してんだろ!お前は陰険だからな!気色悪りぃ笑い方してんじゃねえ!!」


 ガハハハと笑いながら悪態を吐いてくるが悪意は全く感じない。図星を突かれてちょっと戸惑ってしまう。クロードさんは結構勘がいいからちょっと困るなあ。


「そんでよ、クロウラビットの皮が10コル、爪6コルで、ファングウルフの牙が12コルでどうだ?なんだもっと高くってか!がめつい野郎だな!!おまけで全部で30コルにしといてやらあ!」


「何も言ってないです。......そんな高値でいいんですか?」


「高かねえよ!きっちり加工してあんだからこんなもんだ、普通はな!お前は嫌われてっから足元見られてるだけで、定価だぜ定価!」


 こうは言っているがさすがに僕でもわかる。これはちょっと高い。クロウラビットの爪なんか一本は元々あった深い傷を取るために相当小さくなるまで研磨してしまっている。申し訳なく思い、受け取りを躊躇ってしまう。



「バルド、俺に気を遣う事はねえさ。なんせフレイドに200コルほど酒代ツケてっからな!ガハハハ!!全然返し足りねえよ!」


 そう言ってずっしりと銅貨の入った袋を手渡される。


「でも僕は、クロードさんに恩を頂きっぱなしです。僕に構わなければ今頃王都で立派なお店を開けてたのに」


 クロードさんの鍛冶職人としての腕前は相当なものだそうで、王都から召集がかかっていた程だ。

 しかし、忌み子の世話を理由に断固として断るクロードに王都側は苛立ち、村に圧力をかけ始めた。それを機に、優秀な職人を辺境の村に留める元凶となった僕の評価もさらに落ち、挙句クロードも店を外れに追いやられてしまった。


 ちなみに鍛冶職人と聞くと、ありふれた残念な職業に聞こえるかもしれないが、そうじゃない。実は凄腕の鍛冶職人となるとかなり希少価値の高い貴重な職業なのだ。

 鍛冶職人になるためには最低でも土属性の中級魔法”錬成”を何度も使用できなければならないため、必ず土属性の適性は必要だ。


 さらに上級冒険者が使用するような強力な装備を生成するには火属性・雷属性の適性も必須となる。そうなると三つの決まった魔法適性を持っていなければならず、王都でもそうそういないのだ。


 クロードは土属性にかなり高い適性を持っており、火属性と雷属性に関してもそこそこ扱うことができるので、時間さえかければ相当優秀な装備を生成出来るらしい。


「そんなもんはいい!俺は元々王都に行くのは断ってたんだ、あそこは性に合わねえし良い印象も持ってねえ。しかも俺程の錬成師ともなれば王都に捕まっちまったらもう出してもらえねえだろうな!ガハハ!......それによ、お前はフレイドの息子ってだけあって本当に優秀だ、いい冒険者になる!その手助けをしてやりてえんだ」


「ありがとうクロードさん。というか、僕の目標、覚えていたんですね」


「たりめーだ!今のうちから恩を売って大金で返してもらうんだからよ!......それでよ、いつ村を出るつもりだ?」


「多分あと1年とちょっとくらいです。目標額はあとちょっとなんですけど、お父さんの残した手記にある基本汎用魔法がもうちょっと終わらなくて」


「そうか......。お前は真面目だな、そんなとこもフレイドそっくりだ!まあ頑張れよ。あとよ、出て行く前に寄ってけよ!お前にやるもんがあるからな!」


「何かくれるんですか、楽しみにしてます!それと今日はもう遅いんで帰りますね。ありがとうございました、またきます。」


 笑顔でそう挨拶して、扉をゆっくりと閉める。いつも、もう少し話したいと物寂しい気持ちになってしまう。バルドは生活魔法や基礎魔法はまあまあ使えるしそれなりの戦闘技術はあるが、視界の悪い森の中で大量の魔物に囲まれては逃げる術も無い。もしも命からがら逃げ切れたとしても、頼れる者は自分とクロードさんくらいなので、深手を負えば処置できないのだ。

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