少年編 - 9話
間隔が空いてしまいすいません。
そろそろ、主人公は強くなります(多分)
ーーここはどこだ。見たことのない天井に、硬くて簡素なベッド。なんでこんな所にいるんだろう。僕はヘルハウンドと崖で心中してそれから……。
あの高さの崖から落ちて無傷なんて、いや死んでいないなんて状況が起きうるのだろうか。もしかして、死後の世界とかいうやつだろうか……。
不意にがちゃりと扉が開く音がした。振り向くとローブを纏いフードを被った男が立っていた。
「やっと気がついたか。良かった、かなり魔力も戻っているようだな」
「……えっと、ここは?貴方が助けてくださったんですよね。ありがとうございます」
「ここは谷のすぐ東に位置する魔族領”イクシア”だ。谷底に落ちていたお前を拾ったのがもう10日程前になるか。たまたま帰還中に微弱な魔力の気配を感じたのでな。魔結界のおかげで命だけはあった状態だったが、お前は自分の限界の魔力を結界に取られて死ぬ寸前だった。......紹介が遅れたな、私はアスタールと言う」
10日!?もうそんなに経っているのか!と驚いていると、男はフード脱ぎながら話を続ける。吸い込まれる様な黒髪に対照的な真っ白な肌。
表情はよくわからないが、それは口角が上がっていないからだろうか、顔立ちが整いすぎているからだろうか。それとも、目が開いていないからか……。
ーーアスタールと名乗った人物は両眼に傷のある、森の中で僕たちに魔法を放った魔族だった。
何故殺さず助けたんだ?もしかして、人族をあまり憎まない魔族なのだろうか。
「僕はバルドです……。魔結界というのはなんなのですか?あと、どうして助けてくれたんですか?質問ばかりですいません」
「いいさ、聞きたいことが多いのも無理はない。」
そう言ってベッドの傍らにある椅子に腰掛けて続ける。
「お前は魔結界を知らずに渓谷を登ったのか。それとも人間界での生き残りか?まあどちらでもいい。魔結界とは飛翔魔法の使えない魔族が魔の渓谷を降りるための結界だ。谷底から15メートル付近に水平に張られていて、接触すると勝手に持ち主の闇の魔力を使用して重力魔法を構築し、その際の落下速度を完全に消すものだ。人族のような闇に適性の無いものは速度を殺せず死ぬ。」
そうか、盲目の彼ーーアスタールーーは僕を魔族だと思い込んでいる。魔力の気配を感じたということは、僕の闇の魔力を察知したんだ……。
不意に、今の説明に不安を感じた。
「あの、アスタールさん。ヘルハウンドも落ちてませんでしたか……?」
「ん?ああ、あの番犬か。あれも一緒に落ちたのか?私は見ていないが、魔物の粗い魔力では完全に威力を殺せないはずだ、恐らく満身創痍で崖をまた登りに北へ向かっているはずだ。一月もすれば奴も森に戻るだろう。お前もとりあえず、完治するまではゆっくりするといい。」
アスタールさんは、完全に僕を同胞だと勘違いしているみたいだ。バレないようにしないと。持ち物は危険なものは無いはずだ。見た目も、耳さえ触れられなければそんなに変わらないはず。
慎重に立ち回らないとだけど、とりあえずお言葉に甘えて休もう。目を瞑ってそのまま眠りについた。
それから10日ほどが経ち、体力も魔力も万全な状態まで回復した。アスタールさんは落ち着いたクールな人だが意外と世話焼きで、いちいち体調を確認してくるし、何度も「食事はいるか?」と聞いてくる。それに、寡黙な人だけど聞けば大概の事は教えてくれる。
アスタールさんは同胞と共にイクシアに来て以来、ここを拠点にしながらもう百年以上世界中を旅しているらしい。故郷は既に無く、以前にいた場所にも帰れないらしい。
僕も前の村では孤独で、帰る場所は無いこととかを話した。アスタールさんは「同じだな」と笑いながら頭にポンと手をのせてきた。
最近は、僕が強くなりたいとぼやいていたからか、不意に「あんな犬に蹂躙されるようではこの先旅など出来ない」と言って稽古をつけてくれはじめた。アスタールさんはやはり魔族……というか異常なほどに強く、攻めずに正確に僕の剣を受け切るだけでこちらが体制を崩してしまう。こちらが身体強化や付与魔法を施しているにも関わらず、力で負け、速さで負け、技量で圧敗してしまう。
「バルド、お前はセンスはある。長く生きてきたが、潜在能力と成長速度で言えば初めてみる程だ。だが経験と力が足りない。子供だから仕方ないが、その膂力と太刀筋では真剣でも人を両断できず引っかかるぞ?急所を斬ることを目的にそれまでの立ち回りを考えろ」
「はい!……けど、多分僕の剣なら引っかかることなく斬れると思います」
「ほう。なるほど、その剣は私も気になっていた。抜いてみろ」
傍らに置いていた剣ーーダークリソーヴーーを抜刀する。久しく抜いていなかった刀身は美しく、見ているとなんとも言えない自信と全能感を感じた。
構えて、魔力を黒剣に流し込む。黒い瘴気の様なものが纏わりつき、禍々しいほどの殺気を放ち始めた。
不意に、アスタールさんがいつも通りの落ち着いた様子で、しかし少し驚いた表情で黒い剣の方へ顔を向けた。
「……その剣は?どこで手に入れた。誰の業物だ」
「これは以前に話した、僕に唯一よくしてくれた人が作ってくれた剣です。旅立ちのお祝い兼誕生日プレゼントとして貰いました。このローブと、手袋もそうです。闇の魔力を吸収する剣、だそうです。」
「少し貸してくれないか」
いつになく真剣な表情のアスタールさんに、断ることはできずダークリソーヴを手渡す。
「ーー作った者の名は?これを付けたのは製作者か?」
そう言って、鍔の部分に取り付けられた、魔力を帯びて邪悪に煌めいている濃い紫色の球を指差す。
「……えっと、この剣を作ったのはクロードという錬成師ですけど、あまり表には出ない人ですし、無名だと思います。その球は、確か凄い魔女が持っていたとか言っていたような…………会ったことはないです」
僕がそう言うと、アスタールさんは黒剣に顔を向けたまま押し黙る。何度か振り、その辺の木を試し斬りの要領で切り崩した後、おもむろに刀身に指を当て、流れた血を中心の石に擦りつけた。
その瞬間、戦慄が走った。恐怖と不可解な威圧感で全身が粟立ち、圧倒的な存在感を放った黒剣から目が離せなくなる。剣鍔を見ると、宝石が赤黒く変色しており、見ているだけで疲労感が込み上げてくる気がする。
「これを渡したのはブライドだな。……バルド、しばらくの間私と行動を共にしないか?今のお前では魔族領を一人で旅するのは荷が重い。一人前になるまで鍛練してやろう。それに、帰る場所も無ければ目的も無いのだろう。それを見つけるまででいい、どうだろうか」
「お言葉は嬉しいです、でも……」
でも、僕は人族だ。もしも彼の同胞に会ったりしてばれてしまったら、どうなるだろうか。理由は知らないが、古代より人族と魔族は相容れぬ存在らしく、絶えず戦争をしている。これまで拾って世話をしてきた僕が人族と知ったら、殺されるかもしれない。
「私が怖いか?魔族だからか?」
「えっ?」
「私程になれば、目は見えずともお前が恐怖しているのくらいわかる。だがその恐れは杞憂だ、私は人族に対する嫌悪などない。寧ろ、今や影ながら人族を支持して均衡を保とうと動いている。ブライドとも面識があるのは、そのせいだ」
そう聞いて、ここにきてから入っていた変な力が一気に抜けて、体が軽くなった。魔族にも、人族を憎まない人がいるんだ。アスト村なんか、みんな魔族を嫌悪していたのに。
「そうなんですか!でも、何で急に?この剣が、そのブライドさんに関わりがあるからですか?」
「そうだな……その黒剣が理由と言っていい。バルドが数奇な運命を辿る者だと証明した。お前は世界を知り、強くなりたいと思うか?それによっては、私にできる限りの事をお前に享受しよう」
「世界は、知りたいです。僕はずっとアスト村の中で育ってきて、忌まれていたせいで話をしてくれる人も殆どいなくて、小さな世界で生きてきて。得られる物も情報も少なくて。そこを出て初めての友人ができて嬉しかった。なのに、ヘルハウンドに負けて会えなくなって……また会いたいけど、どこにいるのか、生きているのかさえわからない。」
アスト村での生活や、クロードさんとの鍛練、アレクスとの出会いを思い返す。
理由もわからずなされる軽蔑ーーそれは僕が知らなかったからだ。何故人族と魔族がいがみあっているのか、戦争をしているのか。
クロードさんや、アレクスとの別れーーそれは僕が弱かったからだ。王都の追っ手を躱せなかったのも、ヘルハウンドに蹂躙されたのも。
「僕は無力です。何も知らないし、弱くて何も守れなくて、何も手に入れられない。アスタールさんの言う通り、このままでは旅なんて出来ないです。でも、こんな僕が本当に強くなるんでしょうか……。才能はあるって言われても、ずっと負けてばかりです」
クロードさんには手も足も出ず、ウィストさんにはクロードさんを連れて行かれ、アレクスとの手合わせは実力では及ばなかった。おまけに仇であるヘルハウンドも、心中を図ってさえ倒せていないのだ。
そんな事を考えて俯いていると、アスタールさんが肩に手を置いて、自信と信頼に満ちた声で言い放った。
「バルド、お前は今でさえ本当に強い。後に世界を旅すればわかる時が来る。だがそれだけじゃない、お前には光属性以上に希少な才能がある。お前は”代償魔法”のを扱える稀有な存在だ」