プロローグ
「ーーあああああ、、がああっ......!」
巨大な黒い影としか捉えられない程の速度で突進してきた魔獣が、疲弊しきった僕を突き飛ばした。僕の体は、細い木々をへし折りながら、当たり方が悪かった物は刺さりながら後方へ吹き飛び、ようやく巨木にぶつかり勢いを止める。
左手、両足の骨は粉砕し、木々に抉られた肉が辺りに飛び散っている。顔も木々に裂かれて無数の傷があり、アバラは魔獣の衝突で殆どが形を保っていない。なんとか顔を庇っていた右手だけが動く。
「バルド!!」
視界の端に入った同い年くらいの金髪の少年は涙を浮かべ、折れた四肢で這いずりながらこちらに向かおうとする。
「アレ......ク、ス............。だめだ、、逃...げ......」
アレクスの発する音に反応して、巨大な黒い魔獣はそちらへ顔を向ける。四肢が動かず魔力も枯渇しており、挙句剣も魔獣の足元にある彼も既に戦える状態ではない。満身創痍のアレクスが狙われてしまえば、即死だろう。
彼だけは死なせない。覚悟を決め、手袋に刻まれた魔法陣に最低限の魔力を込める。
「魔力はこれだけだ!命でも何でも持ってけ......僕の足を直せ!此のものを在るべき形に戻さん!”リペイアス”」
そう叫んだ瞬間、魔法陣が黒く輝き、僕の足に闇が纏わり付いた。バキッ、ゴキッ......グチャッと醜悪な音を立てながら、まるで壊れた玩具を接着剤で直すかのように、健全な状態が形成されていく。
「うぐっ、、くっ、、がっ、、あああああっ!!............はあっ、はあっ」
数秒すると完全に痛みは消え去る。今にも金髪の少年に飛びつこうとする魔獣を凝視しながら、近づいて地面に手をつく。
「ウォール!!!」
瞬間、勢いを付けようとした魔獣の後ろ足は、蹴ろうとした地面が爆散した所為で空を切り、その勢いを殺す。それと同時に魔獣の腹部を隆起した土塊が抉る!
「グオオオオオオオオオッ!!!!」
轟音で吠えながら、その巨躯に見合わず軽快に宙で一回転して態勢を整えた魔獣はすぐさまこちらを威嚇する。
奇襲は成功したが、ダメージらしいダメージにはなっていなさそうだ。それどころか、怒りを買ってしまっただけにも見える。足は元どおりだが、勝てる訳がない......。でも、これでいい。アレクスを死なせない!絶対に。
「来い魔獣!!......アレクス、またね。絶対、生きるんだ」
「バルド!だめだ!!魔獣、こっちを向け!敵は俺だ!!おい!!!聞け!聞けええええ!!!」
アレクスの悲痛の叫びは森中に響き渡るが、雑魚に不意打ちを受け怒り狂った魔獣にその声は届かなかった。
それを見たバルドは安堵し、すかさず東へ駆ける。傷に響く痛みを忘れ、折れた腕を振りかぶりながら最速で。それを追う魔獣は逆鱗に触れ我を忘れているのか木々をへし折りながら猛追してくる。水魔法で後方の地面をぬかるませ、炎魔法で木々を倒しながら、バルドは巧みに駆け抜ける。もう少しで着くはずだ。
体力も限界を超えて息絶えだえになった頃、目標の場所ーー魔の渓谷ーーが見えてきた。
ここに奴を落とす。怒りで盲目になっている今なら出来るはずだ。勿論容易ではないが......可能だ。
ローブの内側から煙幕玉を取り出し、足元へ投げる。崖の端に立ち手を付いて土属性魔法を発動する。崖に端を架ける様に、土の床が少しずつ出来上がる。もっとだ、もっと長く......!!
残る全魔力を懸けて、ようやく10メートル程の土の床を完成させる。その端に立つと崖下は見えない程深く、見れば足が竦む。怖い。覚悟を決めて手を地に付いて魔獣を待つ。
轟音を鳴らしながら魔獣が突撃してきた。目測だと奴は10メートルは跳ぶ為、この距離なら必ず落とせる。
「......来い!!!」
弱者に手傷を負わされ、挙句逃げられた魔獣”ヘルハウンド”は不自然な床に気づかず、こちらへ向かって跳躍してきた。
......今だ。
偽物の地面を魔力で破壊し、僕とヘルハウンドは谷底へと自由落下してゆく。作戦は成功だ。満身創痍の僕には、道連れが精一杯だった......。
だが、彼を守ることが出来た。
僕の初めての友達を。
また会えるだろうか............。
アレクスの安否を想いながら、僕は目を閉じ深い谷底へと吸い込まれて行った。