警告。そして実行
コーヒーには少し、こだわりがある。例えば、そう、こんな言葉を聞いた事はないだろうか?
「コーヒーはブラックで」とか、「ミルクや砂糖を入れるのは邪道だ」などだ。
私の場合は少し違う。うまいコーヒーはブラック。まずいコーヒーにはミルクや砂糖をぶち込む。ブラックでは飲まない。なぜなら、それはコーヒーみたいな飲み物だが、コーヒーではないと思っているからだ。おかしな話だ、というのは解っているのだが、どうにもこうにも、まずいコーヒーには我慢ができないのだ。
周りには、背広を着たサラリーマンや家族連れ、大学生であろか若い四人組などで賑わっている。店内のBGMは子供の楽しげな声と曲名が解らないクラシック。私は、ファミリーレストランにいる。
先ほどから、忙しく働いているウエイターが、隣の席で喧しくしゃっべている二人組みに料理を運んできた。彼氏であろうか、椅子に座る男性には、ハンバーグを。対面のソファに座る女性の前に、パスタを置いた。それを横目で確認し、あぁ、店員は香りも運んでいるのだな、と唾を飲み込んだ。
「おいおい、いい大人がみっともない」と、タバコの煙を吐き出しながら、前の席に座っている男に言われた。ニヤけているのが気に入らないが、はて、ニヤけているのニヤとはどんな意味なのか、少し気になった。
この男とは、昔、バイト先で知り合った。それから、七、八年がたったであろうか。私の数少ない友人で、たまにこうして、一緒に食事をする。当時は、結構な頻度で遊んでいたのだが、今ではこうして、たまに会うくらいだ。などと、どうでもいい回想をして、
「で。今日は、俺に何かよう?」料理が運ばれてくるであろうキッチンの方を見ながら言った。「いや。そうだな……飯を食いたかっただけ」こんな関係である。
オーストラリア大陸に似ているハンバーグ。右側のエビフライは、今にも転げ落ちそうな角度で寄り添っている。安定と不安定か?だが、エビフライはこの角度で安定していて……などというばかげた思考は、料理の香りが消してくれた。大陸を分断して口へ運ぶと、おいしかった。そのためか、私と友人は約五分で食べ終わった。その間、会話はない。否、必要ではない。
食後はコーヒーが飲みたくなる。落ち着くのだ。ドリンクバーへ行き、カップを機械に置いて、『ブレンド』と書かれている横のボタンを押す。けたたましい機械音と共に液体がカップへ流れ落ちてきた。この出かたは、気にいらならかったが、友人の注文が入っているので、もう一度見なくてはならない。
驚愕。大げさかだが、近い。
コーヒーを二つ、一つを友人の前へ、もう一つを飲んだ感想だった。
なぜ。なぜ、こんなにもまずいのか。 ファミレスのコーヒー、すべてまずいといっているのではない。この店のコーヒーがまずいのだ。すべてが台無しに感じる。子供のやかましい声も、隣のうるさいカップルも、はなから気に入らなかった。台無しだ。
ミルクと砂糖を取ってきた。
「おい、ずいぶんと機嫌が悪そうだな。どうした?」どうやら、顔にでていたらしい。彼の顔を見ると、ニヤけていないのが少し気になったが、
「このコーヒー、まずいと思わない?」と、彼もコーヒーを飲んでいるので聞いてみた。
「俺は、気にならない。そうだな、そこまで気に入らないのなら、他のにしろ」
「まぁ、そうなんだが……」
ちっ、と舌打ちが聞こえ、「だいたい、お前は、この店に入った時から機嫌が悪かっただろ?まぁたしかに、混んでいる、そしてるさい。お前が気に入らないってのも解る。だがな、いちいち、いちいち、気に入らない、気に入らないと。まったく、何様のつもりだ?俺様か?お客様か?うん、お客様は認めよう。だがな……」と、眉をひそめながら冷淡な口調。危険、かもしれない。なので、
「悪かった。すまない。だが、説教は聞きたくないね」と、無理やり割り込んだ。彼は足を組み、さらに、ちっ、と舌打ち、視線を窓の外へ。そしてタバコに火をつけた。この、彼の一連の動作は、機嫌が悪いときに起こるものだ。だから、危険である。
コーヒーに、ミルクと砂糖が混ざったあと、大人気なかった、と感じたのでやっと、反省した。
元は、コーヒーだったが、別の飲み物になった。彼の警告をふまえ、これを飲む。だが、いや、やはりというべきか、まずい。気に入らない。
「またか、もういいかげんにしてくれ。俺は帰る」
どうやら、警告が、実行されてしまったようだ。