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七:また聞きにくるね

「落ち着いたか?」

「うん……」

 あの後どれほど涙を流したか、人魚は覚えていない。

 人間が背中をさすってくれたのだけは印象に強く残っていた。

 

「演奏で泣かれるのは初めてだ」

「ごめんね、イヤじゃないんだよ。ほんとだよ」

「わかってるよ。……まあ、曲が曲だったのもあるかもな」

「曲? さっき弾いてたのはどんな曲だったの?」

「じいさんが弾いてたのを真似しただけのモンだ。よく弾いていたから思い出の曲なのかとたずねたことがあったけど、まあなって笑って詳しくは教えてくれなかった」

「楽譜もないの?」

「ない。耳で聞いて自然と覚えた。

 弾いてるときのじいさんの顔が、やけに悲しそうに笑ってたから、あんまり良い思い出じゃない曲だったのかもな」

 言われて人魚は納得した。さっきの演奏は優しい音色だったが、どこかに妙な懐かしさと悲しさが隠れていたのだ。

「じゃあ、それを弾いてたおじい様は、どんな気持ちだったんだろう」

「さあ。もう一緒には暮らしてないし、……そういや二年は会ってないな」

「だ、だめだよ! 時間があるときに会いに行かなきゃ!」

「うわびっくりした」

 人魚は必死の形相で人間に詰め寄る。

「何の用もなしにじいさんに会ってどうしろってんだ」

「用がなくても最近会ってないから、で充分だよ! 

 あっ、もしかしておじい様とは仲が悪いの?」

「いや悪くはない。……というかじいさんは好き」

「だったらなおさらだよ!」

「わかったわかった! 暇を見つけて行くから暴れるな痛い!

 っつーかなんであんたがそんな必死になるんだ」

「だって……人魚は仲間や家族と会うのは生まれて死ぬまでに一度か二度くらいだからさ。

 成長したら自分の好きな海をわたっていくから、一つの場所にとどまる人魚はほんとに少ない。私も、キミの音を聞くまえは四つくらい海を渡ってきた。

 だからその場で出会った人魚や海の住人のことを絶対に忘れない。次に会えることはわずかだもん。

 せっかく会えるのに、会わないでいるのはだめだよ。好きならなおさら」

 ねっ? と人魚は人間の手を取りまた詰め寄る。

「う……。まあ、久々に顔出しても、いいかもな」

「よかった! キミのおじいさんも喜ぶよ」

 人魚は自分のことのように手放しで喜んだ。


「俺の家庭の事情はいいだろう? あんたのご所望の音も満足に聞けたんだ。

 もういいだろ、さっさと海に帰れ」

 人間はひらひらと手を振って人魚をあしらう。

 邪険にされたにも関わらず、人魚はいやな顔もせずうなずいた。

「そうだったそうだった。じゃあ、そろそろ海に帰らないとね。


 ……あ」


「どうし、た……」

 人間が人魚の現状を目の当たりにして、開いた口がふさがらなかった。


 人魚の足はすでに人間の足から人魚の足へと戻り始めていた。

 人魚はちゃんと立っていられなくなり、そのままぺったりと座り込む。


「あ、もう……二時間、経つ、みたい」

 人魚は苦笑して人間を見上げる。見上げた先の人間の顔は若干青かった。

「本当に人魚だったのかよ!?」

「い、今更? あ、でもよかった信じてもらえた!」

「そりゃよかった! 

 っていうかそれどころじゃない!!

 おまえ、どこの海からきた!?」

「え? えーっと、この森を抜けた先の浜辺だよ。

 どうしよう歩けない。歩く以前に立てない」

「だあぁ、もう!!」

 人間はいらだたしげに、しかし優しく人魚を肩に担いだ。

 人魚が軽いのか人間の腕力がとびぬけているのか、人魚をかついで歩くことは人間にとってさほど苦ではなかったようだ。


「海まで送ってってやる。案内頼む」

「いいの? ありがとう! 任せて任せて!!」

 ぼろ布をまとった人魚は、人間の肩に手を添えた。


 肩にかつがれた状態だと人魚は後ろ向きになり案内がしにくい、という苦言により、人間は最終的に横抱きで人魚を抱える羽目になった。

 これが結構人間には恥ずかしいらしく、森のいたずら妖精たちからの冷やかしがちくちく刺さった。


 人間にとって森の外を歩くのは久々だった。最低限の買い出し以外、森からでることがまるでなかったからだ。

 

「あ、ここ! この浜辺だよ!」

 人魚が海岸を指さした。

 砂浜に足を踏み入れる。寄せては返す波が人間の足を誘っていた。


「おろすぞ」

「うん」

 人間は慎重に人魚を浜辺に置いてやった。

 波に吸われるように、人魚は自然に海へと戻ろうとする。

「よかったー。帰れなくなるかと思ったよ。助かった、ありがと」

「別に。それより、体調とかは平気か? 人間の世界じゃ息苦しかったかもしれん」

「なんてことないよ! 薬が効いてる間は、人間と同じようにいきられるんだって。魔女の姉ちゃんには感謝しないとだ」

「魔女の薬で人間の足になってたのか」

「そうそう。

 じゃあ、帰るね。


 おっと、そうだ」

 

 人魚が思いだしたように、人間を見上げる。


「ねえねえ、また会いに行っていい? キミのバイオリンを聞きたいし、キミ自身のこと、もっと知りたい」

「え……」

 人間の瞳が揺らいだ。

「だめかな……? 騒がしくしないし、キミのことは海の住人たちには絶対内緒にするから。……魔女の姉ちゃんにも言わないよ」

「いや、別にかまわないけど……俺でいいのなら」

「ほんと? ありがと!!

 魔女の姉ちゃんから薬をもらったら、またくるね。

 今すぐにはいけないけど……、ぜったいまたくるからね、覚えててね! あっ、それからおじいさまにちゃんと会いにいってね! 約束なんだからねー!」

 一人勝手に好きなだけしゃべって、人魚はそのまま海原の向こうへと泳いでいく。

 

 人間は気まぐれに小さく手をひらひらふってやった。

 それに応えるように、小さくなっていくひとつの影が、大げさに両手を振っているのが、人間の目にしっかりと映っていた。

好奇心旺盛な人魚が地上に上がってあっちゃこっちゃうろつきまわるというお話でした。人魚だからね、人間とか地上の常識なんてないね。

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