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異世界病患者との付き合い方

作者: りつなん

 私の幼なじみは異世界病だ。


 大学に入学して二年目、成人式も差し迫る十月の下旬。早生まれの私は誕生日こそ迎えていないが、成人式の前撮りもとうに済ませ、成人の年の少々浮ついた気分を十分に堪能していた。

 夏休みが終わって一ヶ月と少し、夏休み中のさながらフリーターのような気楽で無責任な生活感も、やっと身体から抜け、学生気分が戻ってきつつあった。


 今日は週に二回の一時限目の講義がある日であり、寝不足をおしてアラームを止めて目覚めた朝はまさに最悪な気分であった。寝不足の理由は単純に読みかけの小説を読破してしまいたかったからなのだが、そんなことをせずにさっさと寝れば良かったと目を開けた瞬間に後悔した。おかげで、昨夜体感したその小説の爽やかなラストが記憶の片隅に消し飛んだ。

 目も半開きのまま食パンを押しこみ、機械のごとき動きで準備をして、強行軍のように大学に向かう。実家生である私は電車通学をしているので、ここからしばしの間電車に揺られなければならない。幸いにも都下方面に向かうため、通勤ラッシュの殺人車両に押し込まれることはなく、ゆったりと座って睡眠の不足を補うことができる。

 講義を普段通り聞き流してこなし、友人と空き教室で弁当をつつき、いつものように一日を終える。

 ――はずだった。



「チアキ、久しぶりだよな! えーっと、大体半年ぶりくらいかな?」


「先月会ったと思うが?」


「あれれ、そっか、こっちではそうなのか」


 少し見ない内に、日に焼けたのか全身が浅黒くなったようだ。顔立ちが整っているだけあって海外のスポーツ選手のように凛々しくなってしまっている。紹介しよう、現在私の手をとってブンブンと振りまわし、キラキラとした目をしているこちら、私の幼なじみの男である。

 小学生の頃から同級生の女子達に子犬のようで可愛いと言われ、中学生の頃には私と話している姿はまるで忠犬と主人、高校に至っては下僕と女王であった。

 なぜか年齢があがるにつれて私とセットで語られるようになったことについて、私としては大変不本意である。そもそも、私がセットに組み込まれるのは、向こうがベタベタひっついてくるからであるからして。こんな顔だけ良い犬キャラとアンハッピーセットにされてしまう、日常感を引っさげたザ・普遍の私は、被害者も被害者、迷惑千万な話である。

 

「いやあ、チアキの顔を見るとさ、本当に帰ってきたんだ~って実感湧くよ。母さんの顔とか見ても、どうもしっくりこなくてさ!」


 ヨウコさん、すまない。この親不孝者にはあとできっちり言っておく。


「やっと終わらせられたんだ。色々大変だったんだよ? 魔王を倒した後もさ、陛下がやれ褒章だーやれ結婚だーって! 褒美に我が自慢の美姫を娶らせてやろう、ってさ、いらねーっての」


「そうか」


「いやーザイルとナイルも面倒でさ、魔王を滅ぼしたら帰還陣作ってくれるって約束してたのに、結局うだうだ言い始めてさ。二言を言っちゃう奴なんて、ほんと信頼できないよな。あ、ザイルとナイルってのは、この間話したと思うんだけど、双子で魔導師やってる人達のことね。実力はあるらしいけど、権力はないんだよな」


「そうか」


「一緒に旅してた踊り子のナキとか、騎士のシュルクとか、呪術師のピールとか、帰還に関してぐちゃぐちゃやってる内に結局放ったらかしてきちゃった。悪いことしたかなあ。まあまた行ける機会もあるだろうし、そこで謝ればいっか」


「そうか」


「というかね、魔王城すごかったんだよ! チアキにも見せてあげたかった。俺、ケルドの王城にも感動してたけど、正直、魔王城の方が感動したな! なんかこう黒々しくってさ、まるでゲームみたいなの。想像通りの悪者が住まう城って感じだったんだ。いやー驚いたよ、思わずおおーって声あげちゃった」


「ヒロキ」


「やっぱり絵本の――っと、なに?」


「おかえり」


「あ、えぇと……た、ただいま」


 マシンガントークで電波を叫ぶ、幼なじみの黒崎ヒロキ君、現在二十歳。

 痛々しいと思う段階はとうに過ぎている。そういった批評を頂こうと今の私はどこ吹く風、余裕で右から左へと受け流すことができる。


 本日の講義を全て終え、帰宅路につこうと校門を出た私を待っていたのは、ハチ公よろしく全力で左右に振られたしっぽが背後に見え隠れする、これまた全力の笑顔でたたずむこの彼であった。

 予定の中に彼に会うという項目がなかったため、目が合った瞬間になかったことにしようと目をそらした。今日のテンションで彼に会ったところで、どうせ厄介でワケの分からぬ話をされて、余計に体力も気力も浪費してしまうだけだと思ったからだ。

 しかしながら、奴は強かった。大声で名前を叫ばれ、ついでに手も取られ、校門前の衆人環視の状況下で電波を垂れ流されそうになり、慌てて手を引いて大学内の校舎裏にある人気のないベンチまで彼を引っ張ってきたのは、つい数分前の出来事である。

 自宅最寄り駅で小説でも買って、家でまったり過ごし、ちゃっかり昼寝でもしちゃおっかなーなんていう私の完璧な予定は、この瞬間頓挫した。最悪である。


 十月も終わりに近づくと流石に風は冷たくなってきて、校舎裏の日の差さないベンチにいると少々肌寒い。ヒロキの話を聞きながら思わず腕をさすっていると、彼が着ていた上着を私にかけてくれた。こういう気遣いがさらりと出来るようになるなんて、彼にしては驚くべき進歩である。

 私が少々驚きながら礼を言うと、


「向こうは寒冷地域だったからさ、寒さには結構慣れたんだ」


 という私の驚きの表情を大分勘違いしたとんちんかんな回答が返ってきた。


「ヨウコさんから泣きの連絡はくるし、夏休みを終えても連絡はつかないしで、どうせまた何かしら向こうでやっているんだろうと思っていたんだ」


「あー、悪かったな、ちゃんと連絡してなくて……。何しろ突然行くことになっちゃったからさ」


「終わったと言っていたな。もう向こうに行く必要もなくなったのか?」


 訊くと彼は瞳をうるませ、突然私にしがみついてきた。こういったボディータッチが外国人並に多くなったのは、異世界生活の弊害だろうか。

 そのままの姿勢で、魔王を無事倒したから異世界との縁も切れたという旨をふにゃふにゃ喋り出した彼を、面倒だからと放置した。こいつも、恐らく私には理解が及ばないような苦難を乗り越えたのだろう。誰も自分を知る者がいない土地で、英雄にまで成り上がるにはどれだけの困難を強いられたのか。今ばかりは甘えさせてやろう、と寛大な気持ちでいると、あろうことかこいつはスンスンと私の匂いを嗅ぎ始めた。


「ふざけるなよ変態」


「やっぱりチアキの匂いって落ち着く~」


 全力でヒロキを引き剥がすと、蕩けた表情の奴がいた。今110番したら、こいつは確実にお縄につけるだろう。


「お土産もあるんだよ~。ちゃんとナキに女性が喜ぶものを聞いてさ、おすすめされたものを買ってきたんだ。今度家に持って行くよ」


「ありがとう、楽しみにしてる」


「それとさ、俺と一緒に留年しない?」


「するか馬鹿」


 ガクリとうなだれた彼の後頭部を見つめながら、まあ留年は避けられないだろうなと幼なじみの今後を憂いてみる。

 こいつの異世界渡航は数年前から始まったことだが、最近はそのスパンも短くなっていた。しかも、話を聞く限りではこちらとあちらの時間は必ずしも一致していないようで、その実こいつは大分長い間あちらに滞在していたことになる。

 昨年度だって進級できたのは本当に奇跡に近いもので、私以下彼の友人たちの努力がなければ絶対に叶わなかっただろう。

 今年度に至っては、渡航の頻度が異常だった。前期ではテスト期間丸ごと連絡がつかないという偉業を成し遂げたのだ。流石に、今まで彼の進級のために協力を惜しまなかったありがたき友人たちにも、出席日数はごまかせても、テストの受験有無をごまかすことは不可能であった。いくら向こうでは世界を救った勇者様だとしても、現実世界においてはそのような免罪符は通用しない。逆に、これで進級できたとしたら、今度は大学に不信感が募るというものだ。


「今年度は諦めよう。もうケリは着いたんだろう? これからはこちらの本業に精を出せばいい。私も協力するから」


「……うん、頑張るよ。チアキがいてくれれば大丈夫な気がする」


「それにしても……終わったのか。本当に良かったな」


 こいつは気付いていないかもしれないが、私はこいつが異世界の人間に良いように使われているらしいことが、不愉快でたまらなかった。

 黒崎ヒロキの人生は、地球でヨウコさんから産まれたこいつが一生懸命に築いてきたものだ。そのなんとかっていう異世界がたとえどんなにRPG的危機的状況に陥っていたとしても、異世界人を呼び出してそいつに解決してもらおうだなんて、そんな自己中心的で横暴極まる手段に及んでいいはずがない。自分たちのことは自分たちでどうにかしろ、他人を巻き込むな、と私は今でも思っている。

 だが、この黒崎ヒロキという男は、そんなことを一切考えない奴だ。恐らく、そんな思考回路にすら至らないのだろう。昔から、困っている人がいたら、なりふり構わずに手を差し伸べるやつだった。例えその結果自身が傷つくことになろうとも、だ。

 これだから、不幸なセットにされようと、影でかしましい女子にぐちゃぐちゃ言われようとも、近くで見ていてセーブしてやらなければならなかったのだ。


「これからは、毎日チアキと大学に通えるねえ」


「理系は一限だらけなのだろう。残念ながら私は週に二回だ」


「うそぉ。じゃあ、チアキも朝早くに起きてさ、一緒に行こうよ!」


「行くか馬鹿」


 異世界に行った弊害その二。

 ただでさえ阿呆の申し子だった黒崎ヒロキ君、現在に至っては現代日本に生きる常識を失いがちになり、更に思考回路がぐちゃぐちゃになった。

 私に振りかかる迷惑、心配、その他多岐にわたる様々な配慮も、こいつの退行に正比例してうなぎのぼりである。



******



 私の幼なじみの話は理解し難い。


 そもそも、彼、黒崎ヒロキが初めて異世界と呼ばれる所に行ったのは、私達が高校二年生の時だった。

 忘れもしない、梅雨の時期のことだ。連日降り続いている雨のために校庭が使えず、陸上部のヒロキは部活が満足に行えないとよくぼやいていた。その日は、珍しく帰る時間が一緒になったために、私達は肩を並べて駅までの道のりを歩いていた。

 文芸部の幽霊部員兼熱心な帰宅部員をやっていた私は、ビニール傘の向こう側に咲く鮮やかな紫のあじさいを眺めながら、奴の愚痴を右から左へ流していた。


「でもさ、明日は晴れるんだって。今日の夜中には雨が止むらしいよ」


「そうか」


「校庭使えないとさ、基礎体力づくりだけなんだよ。いや、大切なのは分かってるんだけどさ」


「校庭、放課後までに乾くといいな」


「そのとーり!」


 奴は明日が楽しみだと、にこりと年齢に似合わぬ屈託のない笑顔を浮かべていた。その表情に、私はいつも呆れを覚えつつもどこか安らぎを得ていたのだ。

 

 そして次の日。

 久々に空に現れた太陽と入れ替わるかのように、奴は姿を消した。


 大変な騒ぎになった。想像しうる全てのことが想像よりも遥かに悪化して起こり、ヨウコさんも私の母も、奴がいない間は毎日のように泣きながら電話をしていた。

 だがあいつは、失踪してから一週間後、ひょっこりと家に返ってきた。学校の制服をまとい、何もなかったとでも言わんばかりのいつもの気の抜けた顔をして。

 腹が立たなかったと言えば大嘘になる。ヨウコさんを始め、周囲の人間の心配や警察の方々の苦労を、そして私の心配とひっそりと流した涙を返せと思った。

 だが、無事に帰って来やがったら全力でなじってやると決めていたのに、奴のあの安寧の表情を見た瞬間に、私の顔は憤怒ではなく感動でゆがみ、あろうことか私の目には涙があふれていた。



 後日、世間も奴の周囲も落ち着いた頃にあの時のことを改めて訊くと、秘密だよ、チアキにしか話さないからね、と前置きをして、奴は語りだした。


「ヴィリーバっていう世界に行ってたんだ。魔王の勢力が強くなっちゃってね、ケルドの人達が、あ、これは俺を呼び出した国のことなんだけど。とにかく、困ってるから俺に倒して欲しいって頼んできたんだよ。あんまり可哀想でさ、できることはしてあげたくて」


 日頃から奴の語りが支離滅裂であることは理解していたが、その時ばかりはそれが極まっていた。一般人たる私には到底理解不能な内容であり、しばらく返答も出来なかったことを覚えている。

 往々にして、中学二年生が罹りがちだというあの有名な病を、この歳になって患ってしまったかと思わず白目を剥きかけた。

 

「チアキがいてくれたらなあって何度思ったことか。いつもならチアキが冷静に判断してくれるからさ、俺、あんまり考えなくて済むんだけどなって。向こうでの生活中はさ、頭も身体も使いっぱなしだったから、ほんと疲れちゃったよ」


 便利なキーパーとして、私は一応奴の役に立っていたらしい。知っていたことだけれど。そうでもなければ、女王と下僕などという不名誉な称号を頂くこともなかっただろう。

 心底、巻き込まれなくて良かったと思った。本当の話だとしたら、だが。

 そう思いつつも、気付いたら彼がどこか私の知らない遠い所まで行ってしまったようで、話を聞きながら、私はほんの少し寂しさを感じていた。いつも、私は奴の隣にいて、どんな時も私が支えてやらなければならないのだと思っていたのに。



 結果的に、私は奴の話を全面的に信用することにした。そうでないと説明できないことも多々あったし、それ以上に奴との会話が成り立たなくなってしまうからだ。何だかんだ大事な存在である幼なじみを、電波で痛くなったからという理由で捨て置くのも心が痛む。


 そんなこんなで、黒崎ヒロキは毎年必ず数回は失踪事件を起こすようになった。回数が重なっていく内に周囲はその騒ぎに慣れていき、ついにはこの騒動は奴の習性であるということで受け容れられるようになった。

 奴の異世界渡航が増えるたび、何となく大人びていく様に気付いていたのは、どうやら私だけだったようだ。それを、少しばかり寂しく思っていたのも。



*******


 私の幼なじみのセンスは人間には理解できない。


 この間、ついに魔王とかいう悪の根源を倒したらしい黒崎ヒロキ、若干二十歳は、やっとこさ妙な病を克服したようだった。これでヨウコさん以下奴に関わる全ての人の心労も減るだろうと思うと、ほっとするというものだ。

 行く前まではまだ半ばであった夏休みが、帰ってきたら終わっていたことに、奴は絶望したらしい。最近は、土日の度に色々な所に誘われる。奴の夏休み後半の予定がどのような青春の色に染まっていたのか知るところではないが、それを肌寒くなった今頃になって全て消化しようなど、阿呆のすることだと思う。誰がコートを着こんでまで台風に荒れる灰色の海を見に行き、花火をしたいというのだ。

 その日、アルバイトを終えて家に帰ると、奴が我が家に上がり込んでいた。母は奴の分の夕食も準備していて、長く居座らせる気満々であった。

 勝手知ったる、とは言ったものの、流石に自分の部屋で奴に待機されている状況というのは若干気まずい。急いで部屋に入ると、奴はくつろぎきった格好でベッドに寝そべり、私の小説を読んでいた。いや、正確に言うと、読もうと試みて挫折したようで、瞼が閉じかけるまさにその瞬間だった。



「じゃじゃーん! 見てみて、お土産!」


「……なんだそれは」


「ヴィリーバ産の植物の一種だよ。ほら、生きてるみたいでしょう? いや、実際生きてるんだけどさ!」


「いやだからなんだそれは」


「名前は忘れちゃったんだ。んー、ヴィリーバの植物だから……ヴィリーって呼ぼう!」


「名前じゃない! なんだそれは!」


「見ての通り、ちょっと顔に見える部分があって、口から物を食べることも出来る植物だよ。気付いたときに水をちょこっとやるだけで大丈夫だって、庭師のニコルさんが。あっ、食べ物は基本的に虫だけど、口からの摂食がなくても一応は大丈夫なんだって」


「戻してこい」


「えっ」


 私が部屋のドアを開けた音で眠りの世界から戻った奴は、母親が運んできたらしいお茶に口をつけた後、異世界のお土産とやらを取り出した。見るからに食べ物などの類ではないと分かる袋の大きさに、若干の不安を覚えつつ、何が出てくるのかとドキドキしながら見守った。いつぞやの時のように、また変な形に変な味の乾物じゃないといいが。

 そして、掛け声とともに奴が取り出したものは、植木状のおよそ地球上には存在しないだろうと断言できる形状の植物であった。というか、植物なのか、本当にこれは。ただ土に依存しているだけの動物かゲテモノの類ではないのか。

 それは、筆舌に尽くしがたいほど凶悪な顔らしきものを持っていた。


「海外からの入国審査とかであるだろう、外来種を持ち込むな、って。あれと一緒だ、それは地球上に存在してはならないものだ、戻してこい!」


「そんな、チアキ、このヴィリーが気に入らないの!?」


「気に入る気に入らないとかいう問題ではない! ちょっと、到底、受け容れられない形状をしているんだ、私の常識が通用しないんだ!」


「ヴィリーが可哀想だよ、こんなに不思議な生き物なのに……。ヴィリーを捨てないであげて!」


「名前をつけるなぁああ!」


 あろうことか、奴はその植物を鉢ごと持ち上げると、私の顔に近づけてきた。目の前に口を開けた緑の凶悪な顔がある。目と思わしきところは垂れ下がった糸目で、鼻と思わしきところはトゲのような隆起があり、最もやばいところは、口と思わしきその空洞である。開きっぱなしのそこに指でも近づけようものなら、今にも噛み付かれそうである。

 冷や汗をかきながら、必死に尻を引きずって後じさりをすると、奴もそのまま近付いてきた。背中がドアにぶつかってしまったので、たまらず叫ぶ。


「やめろ! 恐怖でしかない!」


「ほらほら、ボク、ヴィリーちゃんでしゅよ~、かわいいでしょ~、チアキちゃんすきすき~」


「……っ、よ、寄るな!」


「チアキちゃんすきすき~」


「……っ!」


 緑の物体とその向こうのにやついた奴の顔に耐え切れず、不覚にも顔をそむける。顔が熱い。

 あの凶悪な顔つきを見たくもなくて目をつむると、ゴトリという音が下から聞こえてきた。何事かと目を開けると、床に置かれた植木鉢が目に入る。疑問に思う暇もなく、奴の両手が顔に添えられた。そして、唇が触れ合う。


「……いただいちゃった」


 イタズラが成功したように笑う奴の顔を呆然と見つめる。

 ――今のは、もしかして。


「ごめんって。チアキ、観葉植物とかけっこー好きっぽかったから、喜ぶかと思って。そんなに嫌だったら、俺の家で引きとるよ」


「……」


「……チアキ?」


 恐らく、私は十九年の人生の中で最も赤い顔をしていることだろう。そんな面をこいつに晒しているのも恥ずかしくなって顔をうつむけた。

 それにしても、何でこいつはこんなに平然としているんだ。あれか? こいつにとっては挨拶なのか? 異世界ライフでは日常茶飯事だったのか? 幼なじみへの親愛感情の表現か? ハグミー、キスミー的なライトな感覚なのか!

 私にとっては、思い出深いファーストキスだってのに。


「……いい。ヴィリーは私が引きとる」


 うつむいた顔のまま、ぼそりと呟くと奴がみじろいだ気配を感じた。そのまま床の上のヴィリーを私の方にずいっと押し出してくる。やっぱり凶悪な顔だ。


「えっ、やっぱり気に入ってくれた?」


「いや……証人だし……いや証植物か……?」


「んーと、何の話?」


 きょとんとした目をする奴を睨みつける。何でこいつはいつもこんな適当に行動して周囲の奴を振り回すんだ。おかげで私の人生、苦労の連続だ、退屈はしないで済んでいるけれど!

 苛つきに任せてベッドまで足音高く歩いていき、そのままゴロリと寝そべった。まさにふて寝というやつをかましてやる。


「ねえチアキ」


 なんだ、私は寝るぞ。ヴィリーは窓際にでも置いておいてくれ。


「もしかしてさっきのさぁ、ファーストキス?」


 うるさい。


「顔、赤いよ?」


 だから、うるさいって。


「ねえチアキ」


 ……。


「好きだよ。俺と付き合って」




 その後、私の家にはペットが増えた。あの時には分からなかったことだが、何とこの摂食行動可能な植物ヴィリー、口から舌を伸ばすことが出来るらしく、部屋でハエを生け捕り、喰らっているところを目撃してしまった。その衝撃たるや、恐らく常人には理解できまい。

 そして相も変わらず、どこかの世界を救った勇者様でもある犬属性の幼なじみとの縁も続いている。昔より物理的な距離が近づいてしまったことも付記しておこう。

 こうして、私の幼なじみは異世界病を乗り越え、私たちの元へと帰ってきたのだ。

 

お読みいただきありがとうございました。

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