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 迷宮の入口へ戻り、「荷運び屋」の助けを借りて、カッカーの屋敷のすぐ隣にある樹木の神殿へと向かう。

 すぐに「生き返り」の奇跡が執り行われ、三人は無事に命を取り戻していた。


 右足を「修復」してもらったものの少し違和感が残るという。なので、カッカーはしばらく静養することになった。他の四人はリーダーの復帰を待つべく、屋敷で待機を続けている。



 ピエルナはしばらく考え事をしていたが、やがて意を決して歩き出した。

 屋敷の一番奥、家主の部屋の扉はいつも開いている。そう知っていたが、ピエルナは律儀に扉を二回叩いてからそっと開けた。

 カッカーは椅子に座ったまま、閉じていた目を開けて微笑む。

「ピエルナ」

「具合はどうですか?」

「まだ少しな」

 

 神官の行う奇跡の業で、人は命を取り戻す。傷は瞬時に癒されるし、千切れかけた足も繋がる。だが必ずしも完璧とはいかない。傷跡は残るし、違和感が残る場合もある。


 カッカーの前まで進むと、彼の口から改めて礼が述べられた。全員を無事に地上に戻してくれて、ありがとうと。ピエルナはそれに、当然だと返す。


 カッカーは続けて、『魔竜』について話した。まさかあの強大な魔法生物を倒せるとは。本当に驚いたと告げられ、ピエルナは照れくさい思いに駆られながら頷いていった。

「本当に偶然です。最後はやけになって突っ込んだら、運良く剣が刺さって、それで倒せたってだけで」

「……そうか」

 カッカーはよく通る声で、大きく笑った。

「いや、マリートの見立ては本物だったな」

 覚えのない話に、ピエルナは首を傾げる。カッカーは目尻に深く皺を寄せて微笑むと、若い女戦士にこう話した。

「赤の迷宮に挑む為に誰と行くか。マリート、ヴァージ、それにニーロはすぐに決まった。最後の一人を誰にしようか考えていたら、マリートが『ピエルナがいい』と言ったんだ」

 


 探索者達は迷宮に潜る。その前にしなくてはいけないのは「仲間探し」だ。生きて帰る為により強く、より有用な特技を持った者を集めて出かける。カッカーの屋敷には数多くの探索者が集っているが、それでもすぐに「ちょうどいい仲間」はなかなか揃えられない。実力のある者に人気が集まり、そうでない者はあぶれてしまう。どうしても見つからなければ、酒場で声をかけたり、「斡旋所」に金を払って探してもらわなければならない。


 カッカーは大勢から信頼を集めてきた歴戦の勇者だ。彼から声をかけられて断る者はいない。ニーロは他に類を見ない魔術の使い手であり、ヴァージとマリートもそれぞれに得難い特技を持っている。


 だが、ピエルナには何もない。剣を扱える戦士であり、正直者で少しばかりは信頼できそうな雰囲気があるだろうが、それだけだ。その程度の者なら他にごまんといる。

 何故自分がカッカーの最後の挑戦の仲間に選ばれたのか。不思議に思っていた。

  

 ピエルナの心には小さなトゲが刺さっている。ニーロに迷宮の中で言われた辛辣な言葉がまだ、胸のうちに残っていた。

「カッカー様」

「なんだろう」

 何故、自分を選んだのですか? ピエルナが少し震える声でした質問に、カッカーはまた微笑んで答えた。

「確かに、ピエルナよりも優秀な戦士は大勢いる。長い間探索を共にしてきた者も、他に大勢いる」

「はい」

 カッカーは目を閉じ、右の膝をさすりながら続ける。

「ピエルナは、探索者になってからもう三年か」

「はい」

「その間に、命を落としたことがないだろう。大きな怪我も負っていない。ピエルナにはきっと幸運の女神がついているのだろうと、マリートは言っていたよ」


 思わぬ話に、ピエルナの目は大きく見開いた。

 確かに、探索者になってから命を落とすという不幸に見舞われた経験はない。癒しの奇跡で怪我を治してもらった回数は数知れないが、命を脅かすほどの酷い傷は受けていなかった。

 迷宮へ入り、命を落とす。ごく普通に生きていれば「何度も遭遇することのない」過酷な運命だが、探索者にとっては逃れられない試練だった。いくら「生き返り」の奇跡があったとしても、失敗する場合もあるし、そもそも行使してもらえない者は大勢いる。


 ピエルナは小さく「なるほど」と頷いたが、しかし、すぐに一人の仲間の顔が浮かんできて首を傾げた。

「あれ、でも、ニーロもないんじゃないですか? あの子だって、そんな大きなへまをしたなんて話は聞きませんけど」

「ニーロは、『死んではならない』のだ。最後の切り札として控えておかねばならない。前に立ち、剣で戦う者たちとは違う」


 「脱出」の魔術が使える者、「帰還の術符」を持つ者は、死んではならない。探索者達は万が一に備えて、彼らを守る。全員が倒れてしまっては、よほど浅い階層でない限り生還は絶望的になる。運よく誰かがその場に現れ、死んでしまった哀れなパーティの為に自分たちの探索を切り上げようと思ってくれない限り、救われる可能性はないのだ。


「それに、ニーロは幼い。少しばかり生意気なところがあるが、まだたった十三の子だ。皆、どうしても守ってやろうという思いが強いのだよ」


 確かに、ニーロとは立場が違う。小さくこくこくと頷くピエルナに、カッカーはこう告げた。

「マリートの言う通りにして良かった。ピエルナには何にも代えがたい、強運があるのではないかと。実力がある者もいいが、深い階層へ挑戦するのならば、そういった者を一人加えるべきではないかと彼は強くお前を推したんだ。ヴァージもマリートの意見に賛成した。ピエルナならば信頼できるしちょうどいいとな。ニーロは少し納得がいかなかったようだが、今回の探索から帰って、よく意味がわかったと言っていたよ」

 

 そこに扉を叩く音が響いて、一人の神官が入って来た。どうやら神殿の用事があるようだったので、ピエルナは小さく礼をして部屋を出た。


 自分が気付いていなかった意外な特徴、知らなかった仲間からの評価。

 頬が自然と緩んでいく。ニーロの言葉で失いかけていた自信のようなものが、ゆっくりと心に戻って来るのがわかった。


「ピエルナ」

 廊下を歩くピエルナを呼び止めたのは、ヴァージの声だ。

「何をにやにやしているの? いいことでもあった?」

「え? いや、そんなのないけど」

 慌てるピエルナに、ヴァージはふふ、と笑う。

 薄暗い廊下の途中、ろうそくの炎に照らされながら、ヴァージは急に笑みを引っ込めるとピエルナに向かって小さく頭を下げた。

「ピエルナ、『魔竜』を倒してくれてありがとう。お蔭で助かったよ、何の準備もなくあんな強敵に勝てるなんて思わなかった。まさか生きて戻れるなんてね」

 ヴァージは細長い指でピエルナの手を掴んで、強く握る。

「私はあの時、『紅輝石』を持っていた。考えていたよりずっと重くて、カッカー様に持ってもらおうか、頼もうと思ってたらあいつが出てきたんだ。みんなに内緒で持って帰ろうなんて、考えた罰が当たったのかもしれない。探索が失敗したのは私のせい、本当にごめん」


 神妙な態度は、ヴァージのイメージにまるでそぐわないものだった。今日は意外なことばかりが起きる日のようだと感じながら、ピエルナは黙って頷いていく。


「お金が欲しかったんだよ。一緒に育った、妹みたいな子がいるんだけど、病気になっちゃって……。よその国にある珍しい薬が効くって聞いたんだけど、とても高価で、それで『紅輝石』を持って帰れたらって思って」

「そうだったの」

「でも、そのせいで命を落としてしまったら、意味がないよね。……ニーロに、すごく怒られたところ」


 もうしないから、ともう一度小さく頭を下げ、ヴァージが去って行く。

 遠ざかっていく背中をピエルナが見送っていると、背後から足音が響いてきた。


 入れ替わるようにやってきたのはニーロで、魔術師の少年は大真面目な顔で歩いてきた。手には何故か、練習用の刃を潰した剣を持っている。

「どうしたんだい、それ?」

「……マリートさんにトレーニングの指導を頼みに行くんです。もう少し、体力をつけようと思って」

「へえ」

「体力がつけば、回復用の薬だってもっと持っていけますし」


 ニーロの魔力の為の回復薬は、皆が手分けをして少しずつ持っていくようになっている。

 彼がそれについて気にした様子は今までになかったと、ピエルナは思う。


「どういう風の吹き回しだい?」

「できる限りの努力をしようとしているだけです」


 血が通っているとは思えない、冷徹さを備えた少年だと思っていた。

 「赤」の二十七層で過ごした二人だけの時間は短かったが、ニーロの印象は少し、変わっている。 


「次は上手くいくといいね」

「ええ」

「私も、『剥ぎ取り』をヴァージに教わろうかな?」

「どういう風の吹き回しですか?」

 生意気な白い顔を拳で軽く小突いて、ピエルナはいひひと笑う。

「品のない笑い方ですね」

「なんとでもいいな」


 こうやって探索者達は少しずつ絆を育んでいくのだ、とピエルナは思った。


 互いを認め合い、力を補い合い、助け合う。それが出来る仲間がいる者だけが、本物の探索者になれる。


 師の言葉の意味が少しだけわかった気がして、ニーロも少しだけ微笑みを浮かべると、訓練場にいるであろう「仲間」のもとへ向かって歩いた。

 

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