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4 / Ladies

 ピエルナはラディケンヴィルスよりもずっと西の、小さな田舎の村で生まれ育った。


 今から四年前。ピエルナは同じ村で育った幼馴染であるヘインとの婚礼を控え、幸せのまっただ中にいた。小さな村の若い二人を周囲は祝福し、ピエルナとヘインも互いに人生を捧げると誓いあっていた。

 そのささやかな幸福の中に差し込まれた影。


 田舎者のくせに気取ったことが大好きなヘインが、婚礼の為の衣装を買いに行くと言い出したのだ。

 結婚式を挙げる前に少しばかり街で働いて、得た金で最高の花嫁衣装を着せてやりたい。そう言われて、ピエルナは乙女心を強く強く燃え上がらせた。なんて素敵なエピソードだろう。幼馴染や、すこし年上の従姉の結婚式で見た、美しい花嫁の衣装。憧れていたその姿よりもずっとずっと繊細で、輝いていて、人生で最良の日を迎えるのに相応しい物を見つけて帰ってくるという。ヘインの気障な台詞にはたびたび辟易させられてきたが、それが役に立つ場合もあるのだとピエルナは喜んだ。


 婚約者を快く送り出し、その帰りを待つ。

 美しい衣装に身を包んだ自分の姿、村の娘たちが向けてくる羨望の眼差し。

 そんな浮かれた想像に身悶えていられたのは、ヘインからの手紙が途切れるまでの間だけだった。無事に街についたよ、仕事を見つけたよ、毎日頑張っているよ、ピエルナに似合いそうなものを見つけたよ。

 週に一度は送られてきていたはずが、徐々に頻度が落ちていく。落ちていき、とうとう途絶える。


 何かあったのではないか。

 ピエルナだけではなく、二人の家族、そして村中が不安に陥った。

 周囲の反対を押しきって、ピエルナは自らヘインがいる街へと旅立った。


 田舎の若者が都会に出た時に、陥りがちな甘い罠。ヘインもまた、それにかかっていた。

 夜遅くまで開いている酒場、そこで踊る妖艶な踊り子。

 ピエルナへの誓いは何処へやら、ヘインは、ピエルナよりもずっと年上で、ずっと色気のある女の家で暮らしていたのである。


 怒り心頭で追ってくるピエルナから、ヘインは逃げた。踊り子も、仕事も捨てて慌てて逃げ出した。ピエルナはそれを追った。逃げて、追って、そして、見失う。


 馬車の行きかう街道の途中で、十六歳の乙女は立ちすくんでいた。破れてしまった靴からつま先をのぞかせて、裾をぼろぼろにしたスカートを風に揺らされながら泣いていた。泣きすぎたせいで喉は枯れ、声が出せないまま涙を流していた。


 その横を一台の馬車が通り過ぎ、少し先で止まる。

 御者台から降りてきた大きな体の男は、哀れな娘の顔を覗き込むようにして話しかけてきた。

「どうしたんだ。追剥にでもあったのか?」


 これが、カッカーとピエルナの出会いだった。



 詳しい理由を聞きだそうともせず、ただ黙って家に置いてくれたカッカーに、ピエルナは深く感謝していた。

 ただ世話になっているだけでは心苦しくなって、ピエルナは屋敷の家事を手伝うようになった。そして、今自分がいる「ラディケンヴィルス」と呼ばれる街は地下に迷宮を擁しており、探索者と呼ばれる者たちがその中へ足を踏み入れていくと知った。


 これからどうするべきか、ピエルナは悩んでいた。

 村には戻れない。今更、どんな顔をして戻ればいいかわからなかった。ヘインは何処に消えたのだろう? あんなにも自分を愛していると言ってくれた男のまさかの裏切りについて、家族に、村の人間に知られるのはどう考えても耐え難い屈辱だ。では、ヘインは死んだとでも言えばいいのだろうか? もしも、彼がひょっこり戻ってきたら? 横に自分よりもずっと美しい娘を連れて、ヘラヘラとした締りのない笑顔で村に帰ってきたらどうすればいいだろう。


 悩める乙女は、カッカーの仕える「樹木の神」の神殿へと足を向けた。

 ピエルナの暮らしていた村で強く信仰されているのは「かまどの神」だ。その神殿もラディケンヴィルスにはあるが、屈強な男ばかりが歩いているこの広い街を一人で出歩くのは怖い。なので、カッカーの家のすぐ隣にある「樹木の神殿」を訪れて、ピエルナは膝をついて祈りを捧げていた。


 ほどなくして、静かな神殿の中に足音が響いてきた。

「ピエルナ、お前も探索者になるか?」

 後ろからかかった声に振り返ると、迷宮から戻ったばかりであろうカッカーが立っている。

「探索者に?」

「女であっても探索者にはなれる。自分の使えそうな武器を探せばいいのだ。迷宮では鍛えられるぞ、体も心も。強くなれば、富や名声も得られる」


 街を行きかう探索者たちの姿を思い浮かべ、ピエルナは小さく俯いた。

 剣や弓を持ち、鎧に身を包んだ彼ら。迷宮など、自分からは縁遠い、非現実的なものだと思っていた。


 戸惑う娘に、神官戦士は微笑みを浮かべてこう続ける。


「それに、自分の進むべき道が見えてくるのだ」


 カッカーは、ピエルナを探索者にしようとは思っていなかった。それは後から聞いた話で判明したのだが、「そんなの無理です」と返されると思ってこんな話をしたのだという。いつまでもふさぎ込んでいてはいけない、仕事を見つけるなり、故郷へ帰るなり、新天地を見つけるなり、そういった思いに繋がれば良いと考えただけだったのに、ピエルナは「進むべき道が見えてくる」という言葉に大きく心を動かされていた。


「そう……だね。無理だって最初から決めつけてたら、何にもならないんだ」


 次の日からピエルナは剣の稽古を始めた。魔術に関する知識だとか、神への深い信仰心だとかは持ち合わせていない。何かを覚えて知識を蓄えるのも苦手。では、戦うしかない。

 夜の間ずっと考えて、ピエルナは決めた。剣を振って苦い過去をも切り捨て、新しい自分の人生を切り開いていくと。迷宮の中で答えはいつか見つかるだろう。そんな思いで胸をいっぱいにして、ピエルナはひたすらに剣を振った。

 意外にも筋が良く、田舎の暮らしで鍛えられた体の動きは俊敏で、やがて、田舎の村娘はパーティの最前列に立って戦う戦士になったのである。



 ピエルナはヴァージが好きではない。

 外見がそう冴えているわけでもなく、田舎育ちの気配がいつまでも消えないピエルナとは対照的に、ヴァージは身のこなしも立ち振る舞いもスマートで、いかにも男が好むであろう色気のある美貌の持ち主だった。迷宮の中にある罠や仕掛けを解除し、地図を作る名人。手先が器用であり、頭が回る。口も立つし、自分の過去の悪行に対してもまるで悪びれる様子がない。


 ヴァージは、ラディケンヴィルスよりももっと大きな街から流れてきたのだという。幼い頃両親に捨てられ、彼女を拾った盗賊の手で育てられた。幼い頃から仕事を手伝わせてきたその盗賊がとうとう捕まって、慌てて街を出て、逃げてきたらしい。

 そんな経歴の持ち主であるヴァージをも、カッカーは救った。その腕をもっと正しく活かすよう、もう盗みはしないと誓わせて、彼女を仲間として引き入れたのである。


 カッカーが何処でどのようにヴァージと出会ったのかは誰も知らない。仲間の過去について、本人が自らした話について詮索するのは「探索者のタブー」だ。

 ピエルナも、自分の過去にあった出来事をいまだに誰にも話していない。

 ヴァージが語る過去の「武勇伝」について、それが真実かどうかは不明だ。そうわかっているのだが、ピエルナはやはり、ヴァージという女が気に入らなかった。盗みが上手くいった話だの、大金を持っていそうな男の見分け方だの、そんな下世話な話を大声でするなんて、とても下品で、不愉快でしかない。


 なにより、ヘインと一緒に居た女とよく似ていた。



 床に横たわるヴァージの青い顔を見ているうちに久しぶりに過去の傷が思い出されて、ピエルナの中に小さな苛立ちの炎が灯った。

 もしもニーロが言った通り、「紅輝石」を隠し持っていたせいで動きが鈍り、それでカッカーがヴァージをかばったのだとしたら。


 いつも通りに動けたのなら、俊敏な彼女なら避けられたはずだ。カッカーがかばう必要はなく、右足にあれ程の重傷を負うことなどなかったはずなのに。

 なんと浅ましい話だろう。誰にも知られないように高価な物を持ち帰って、一人で大儲けしようと思っていたなんて。


 推測は更なる憶測を呼び、出てきた予測はピエルナをますます苛立たせていく。


 その結果出てきたのは、こんな一言だった。


「ニーロ、……ヴァージを置いて行かないか?」

 

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