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1 / Unlucky

 鋭い牙の隙間からチラチラとのぞく赤い光。嫌な予感がしたが、遅かった。大きく開いた口から吐き出された炎は長くまっすぐに伸びて、部屋を真紅に染め上げていく。

 真っ赤な舌の向こうに少年の姿が消え、最後の仲間を失ってピエルナは叫んだ。

 もう戻れない。一人で二十七もの階層は上れない。もしかしたら今失われた仲間の亡骸の中に「帰還の術符」が残っている可能性はあるかもしれないが、あれ程の炎に焼かれて無事だとはあまり思えなかった。


 「楽観」は、深い層を探索する時に必要なもの。だが、生き残るために最も必要なのは「慎重さ」だ。上手くいっている時にこそ足を止め、まだ行けるのか、装備は充分か、自分たちの状態を確かめなくてはならない。

 今回はどうだっただろう。前回の上手くいった経験から、少しばかり「楽観」の方が多かったのではないか?

 いや、自分たちに探索者の心得が足りていなかったとはとても思えない。ピエルナは剣を握り直し、息を吐き出した。「冷静」も「慎重」も「準備」も充分にあったはずだ。けれどそれらをすべて覆す魔の要素、「不運」が降りかかってしまった。

 仕方がない。それだけは、誰にも、どうすることもできないのだ。運命を司る「船」の神の怒りに、探索者たちは何処かで触れてしまっているのだろう。ほんの些細な何かが、たとえば階段を降りるたびに壁に小さなしるしをつける行為が、神の癇に障っているのだ。


 どれだけ腕の立つ探索者だったとしても、一度の失敗もない者などいない。

 ある時には命を落とし、手に入れた宝物や仲間を失う。この暮らしを続けている限り、いつかは必ず訪れる「不運な出来事」の数々。


 それが一度にすべて起きただけだ――。


 諦めにも似た感情がピエルナの脳裏をよぎっていく。けれど、ただ諦めるのは彼女の性に合わなかった。

「うわあああ!」

 炎を吐き終わった赤い鱗の巨竜へ向かって駆け、振り上げた剣を思い切り突き立ててやる。

 たとえ、敵わなくとも――。

 せめて一撃、傷を残してやろうと繰り出した剣は、鱗と鱗の隙間に深く深く刺さった。

 ピエルナの予想に反して、迷宮の主であろう魔竜は、断末魔の悲鳴を上げて床へ倒れこんでいく。



 しばらくの間、信じられない気分で立ち尽くしていた。そんなピエルナを呼び戻したのは、巨大な赤い竜の死骸の横に現れた黒い影。

「ピエルナさん」

「……ニーロ!」

 白い頬を煤で汚した少年の姿に、ピエルナは驚いて声をあげた。死霊の類になっているわけではなく、生身の体の中にその魂を保っているらしい。

「てっきり、炎にやられたと思った」

「転んだんです。カッカー様の足に躓いて」

 魔術師の少年ニーロが指差した先に、一行のリーダーであるカッカーが倒れている。逞しい体の神官は、口から血をたらしたまま動かない。

「そうか、そうか……。良かった、あたしはもう、これでおしまいだと思ってた!」

「僕もです。よく倒しましたね、ピエルナさん。僕はなんとか術符を使えないか、せめて二人だけででも戻れないか、ずっと考えていました」


 二人は顔を合わせると、ほんの少しだけ力を抜いて息を吐き出した。


 探索者人生で一番であったであろう危機は去った。

 だが、もたもたしてはいられない。

 他の魔法生物が現れる前に、帰還の準備を進めなくてはならない。


 二人はすぐに倒れた三人の仲間の状態を確認をしようと、動き始めた。

 


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