第四三話 戦うお話
南の方角に進んでいくたび、聞こえてくる銃声は徐々に大きくなっていく。先ほどからひっきりなしになっている銃声だが、村の喧騒はそれを遥かに上回っていた。
僕が起こした爆発のせいで、火災があちこちで発生しているようだった。途中何台かすれ違った赤色灯とサイレンを作動qさせていない消防車をやり過ごし、この村でたった一つの大通りに向かう。村の中心部を東西に走る大通りは商店などが集まっていたが、そのほとんどが今では無人の廃虚と化してしまっている。ウイルス騒動のはるか以前から、この村から人口が流出していたせいだろう。
そしてその大通りから、激しい銃声が聞こえて来ていた。今や歩く者はほとんどいない、そして発電所を爆破したせいで真っ暗な通りを、僕は僅かな月明かりを頼りに歩いていく。この辺りにはまだ火の手が上がっていないせいで、灯りは通りの所々に置かれた松明くらいしかない。
ふとその時、前方の建物の屋根で銃火が瞬いた。直後銃声が響き、とっさにその場に伏せる。しかし銃弾が空を切る音や、弾着音が聞こえてこなかったことから、どうやら今の銃撃は僕を狙ったものではなさそうだった。
双眼鏡を覗き、以前はスーパーマーケットか何かだったらしい建物の屋上を観察する。周囲の建物より一段高い場所にあるその屋根には、月明かりの下一つの人影が確認できた。その人影の手元から再び銃火が迸り、銃声が空気を震わせる。やはり、僕に向けて撃っているわけではない。
どうやらあの銃を撃っているのは守備隊員のようだった。もしナオミさんたちならば、わざわざ高い所に登って銃なんか撃ったりしない。そんな暇があったら逃げているだろう。
だが目の前で守備隊員が銃を撃っているということは、ナオミさんたちも近くにいるということだ。さっきから無線機は消火に当たる人手を要請したり、負傷した住民を搬送したいという声が錯綜していて、ナオミさんたちがどこにいるかはほとんどわからなかった。それに加えて守備隊員たちは数分でチャンネルを変更してしまうから傍受も容易ではなく、せっかく手に入れた無線機も今まで放ったままだった。
「もしもし、聞こえますか?」
青年に爆薬設置の進捗状況を確認する為、そしてあわよくばナオミさんたちの居場所を聞き出すため、彼に言われた通りチャンネルを15に合わせて送話ボタンを押す。しかし聞こえてくるのはノイズだけだ。今は手が離せないか、あるいは地下壕にいて電波が受信しにくいのだろう。どちらにせよ、また僕一人でやらなければならないようだった。
建物の屋上に陣取る守備隊員は、尚も発砲を続けていた。彼がいる建物は緩やかにカーブした通りの曲がり角に位置し、そこからなら村の東西を走る通りを一望できる。守備隊員は村の中心部である西の方向に向かっていて、背後の東側から近づいてきている僕に気づいた様子はない。
月明かりの下に浮かび上がる人影に、手に入れたリボルバーを構える。そのまま引金を引こうとしたが、止めた。ここから建物の屋上の男までの距離はだいたい50メートルかそこら、僕の腕前じゃ到底命中させられない。近づけば男の身体は屋上の縁に阻まれて見えなくなってしまうし、かといってクロスボウで高所の敵を狙うのにもあまり自信は無い。一発で命中させて戦闘不能に陥らせることが出来るのなら話は別だが、外したら守備隊員は僕に気づくだろう。そして銃口がこっちに向く。
ここはやっぱり、近づいて確実に仕留めるしかないようだ。幸い守備隊員にはまだ気づかれていないし、発電所を吹っ飛ばしたおかげで辺りは真っ暗だ。あちこちに置かれた松明や篝火程度では、到底通り全体を照らし出すことはできない。
電柱やアーケードの柱の陰に隠れつつ接近し、建物の壁に取り付く。そのまま周囲を見回すと、従業員が出入りしていたらしい建物と建物の間の細道が目に入った。点検用なのか、廃虚のスーパーの壁面には金属のパイプで出来た梯子がぶら下がっている。
屋上に出た瞬間に待ち伏せされている恐れもあったが、僕は意を決して梯子を上ることにした。スーパーの出入り口はシャッターが閉まったままで中に入れそうになかったし、他の出入り口も施錠されているだろう。余り音を立てずに屋上に到達するには、梯子を上っていくしかない。
クロスボウをスリングで背中にたすき掛けにし、二丁の拳銃をベルトに挟む。金属製の梯子は掴むとひんやりしていたが、長い間掃除されていなかったのかたちまち手のひらが埃で真っ黒に染まった。
「お次はターザンと来たか」
そう小さく呟き、極力音を立てないようにして梯子を上っていく。もっとも、さっきから頻繁に銃声が鳴り響いているのだ。それらに紛れて上って行けば、屋上の狙撃手に気づかれることは無い。
問題は梯子から滑り落ちないか、ということだ。さっきから全身が汗だくで、手のひらも汗でじっとりと湿っている。クロスボウや武器の入ったリュックを背負った重い身体では、気を抜いた途端手が滑って地面にまっさかさまになりそうだった。
それでも銃声に紛れて一段一段確実に梯子を上って行き、ついに屋上に辿り着く。屋上に出た途端警報用らしい糸が足元に張ってあったが、月明かりに照らされて丸見えになっていた。糸の先には空き缶がぶら下がっていて、誰かが足に糸を引っかけると空き缶が落ちて音を立てる仕組みらしい。
一応背後を警戒しているようだったが、目の前にいる守備隊員の背中はがら空きだった。隊員はライフル銃を西に向かって発砲するのに夢中になっているようで、梯子を上って僕が屋上に現れたことにすら気づいていない。
斧を抜き、守備隊員の背後まで歩み寄る。足音を立てずに歩くのは、ずっと前から僕の特技だった。隊員は自分の背後一メートルの距離にまで殺すべき相手が接近していることにも気づかず、ポケットからライフル弾を取り出して装填をしている。その手順を確認した後、僕は彼の首筋目掛けて思いきり斧を振り下ろした。
日焼けした首筋に斧の刃が突き刺さり、一撃で背骨と脊髄が叩き割られる。力を失い倒れたその身体に、トドメとばかりにもう一度斧を振り下ろす。今度は側面から突き立てられた斧の刃は動脈を断ち切り、噴水のように鮮血が傷口から噴き出した。
ライフル銃を撃っていたのは、20代後半と思しき男だった。何が起きたのかわからないとでも言うように見開かれた彼の目には、おそらくもう何も映っていないのだろう。僕は首筋から血を噴き出している男の身体を無視し、彼が取り落したライフルを拾い上げた。
銃身の側面に「Model700」の刻印があるライフル銃は、一発撃つごとにボルトハンドルを引いて排莢と装填を行うタイプの物らしい。銃身後部から突き出たボルトハンドルの真上には長いスコープが取り付けられていて、覗いてみると通りの西側で銃撃戦を繰り広げる守備隊員らの姿が見えた。そして彼らの先には月明かりを受けて輝く金色の髪。
「ナオミさん……」
生きていてくれた、今はそのことが一番嬉しかった。他にも二つの人影が彼女の傍らにあり、目を凝らすと結衣と愛菜ちゃんであることがわかる。
しかし、喜んでいる暇は無かった。彼女たちは放置されていた車両に隠れているが、東側から迫りくる守備隊員らに位置を把握されているらしい。さっきからひっきりなしに銃声が鳴り響き、暗闇の中放置車両にオレンジ色の火花が散った。ナオミさんが時々身を乗り出して拳銃を発砲し、銃火に整った彼女の顔が明るく映し出される。
対してナオミさんたちを攻撃している守備隊員らの数は5人はいるだろうか。全員が銃で武装していて、中には短機関銃を持っている者もいるらしく、時折連続した銃声が響いている。
それに加え、西側からは一台の軽トラックが近づいてきていた。軽トラはヘッドライトの強力な光を放ちながら通りに侵入し、ナオミさんたちから100メートルほど離れた場所で停車する。その荷台から数名の男が降り立ち、手近な遮蔽物に隠れると銃を撃ち始めた。
さっきまで松明や篝火の弱々しい光しか存在していなかった通りは、今や軽トラのヘッドライトで明るく照らし出されてしまっている。今やナオミさんたちは挟み撃ちにされてしまっているし、こうも明るいと暗闇に紛れて脱出するのも不可能だ。
このままではナオミさんたちはじわじわと追い詰められ、弾が無くなると同時に殺されるだろう。今はまだ放置車やアーケードの柱などを盾にしていられるが、それだっていつまで役に立つかはわからない。おまけに通りは一本道、左右に逃げ込めそうな脇道は無い。
唯一シャッターが閉まっていない逃げ込めそうな店舗があったが、それはナオミさんたちが隠れている場所とは反対側にある。銃弾が飛び交う通りを突っ切らない限り、その店舗に隠れることは出来ない。だが二方向から狙われている状況では、その場を動くことすら出来無さそうだ。
さっそく、手に入れたライフルを使う時が来たらしい。もはやピクリとも動かない男の身体を漁り、ジャケットのポケットから弾頭が尖ったライフル弾を引っ張り出す。それらを自分のポケットに突っ込むとリュックとクロスボウを屋上に置き、僕はライフルを構えた。
クロスボウのそれによく似た、銃床と一体化したグリップを握る。ストックのチークピースに頬を当ててスコープを覗き込むと、照準用の十字線の中心は赤く光っていた。どうやら電池か何かを使い、夜間でも照準が定められるようにしてあるらしい。
スコープの上部と側面には照準調整用らしいネジが突き出していた。映画などではこれを回して照準を調整していたが、素人の僕がやったところでせっかく守備隊員が定めていた照準が狂うだけだろう。当たらない銃なんて爆竹と同じだ。
立った状態でライフルを構えて見たものの、クロスボウより銃身が長いせいで腕がふらついてしまう。やむを得ずその場に座り込んで胡坐をかき、先台を支える左腕を左の太ももに立てる。すると立った状態よりも、腕がふらつくことはなくなった。
ライフルに弾が装填してあるのは、元の持ち主である守備隊員を殺害する前に確認済みだった。転落防止用の柵も何もない屋上に座り込んだ僕はライフルを構えると、一番近くにいた守備隊員に狙いを定めた。スコープの中心の赤い光点を、電柱に隠れて猟銃を撃つ守備隊員の背中に合わせる。やはり僕の存在に気づいていないのか、彼らが振り返ることはない。
「その綺麗な顔をフッ飛ばしてやる!」
もっとも、狙うのは面積の大きい背中だけれど。軽トラが来てくれたおかげで通りは先ほどよりも明るく、狙うのはさほど難しくは無かった。もっとも、当てられるかどうかは別だけど。
大きく深呼吸し、息を半分ほど吐いたところで呼吸を止める。引き金に人差し指を掛け、そのまま引く。
次の瞬間まるで蹴とばされたような衝撃が肩に走り、反動でライフルが手からすっぽ抜けそうになった。拳銃のそれとは比べ物にならないほどの銃声が響き、再び耳鳴りが僕を襲う。
放たれた銃弾は守備隊員の頭上数十センチのところに命中していた。反動で狙いが外れてしまったらしく、頭上に着弾の火花が爆ぜた守備隊員がこちらを振り向き、ぽかんと口を開けているのが見えた。
「ええと、これどうするんだっけ……」
すぐさま次弾を装填しようとボルトハンドルを引いたが、まるで接着剤で固めたかのように動かない。壊れたのかと思いきや、90度折り曲げられたボルトハンドルを一度回転させなければ、ボルトハンドルを引けないようだった。何分初めてライフル銃に触れるので、操作方法はよくわからない。猟銃の使い方もナオミさんに教わっていたけど、聞いただけで何でも出来るほど僕は頭がいい人間ではないのだ。
ボルトハンドルを引くと、焼けてくすんだ空薬莢が排出されて宙を舞い、月明かりを受けて煌めいた。ボルトハンドルを戻すと内蔵された弾倉から銃弾が薬室に装填される。
再びスコープを覗き、さっき狙いを外してしまった守備隊員に再びレティクルを重ねる。棒立ちのままこっちを向いて突っ立っている守備隊員は、僕にとっていい射撃の練習台でしかなかった。
再び発砲。今度はさっきと違ってきちんと銃を構えていたし、目標てある守備隊員は突っ立ったままだった。スコープの中、呆然と口を開けてこちらを見上げる守備隊員の胸に血の華が咲き、隊員は思いきり殴られたように背中から地面に倒れ込んだ。途中で足をもつれさせ、俯せになった彼の背中には、拳でも入りそうな大穴が開いてしまっている。
彼の背中に空いた風穴からは、肋骨らしい白い物体が覗いていた。それを目にした途端、僕の傍らに倒れる死体のベルトにぶら下がっていた無線機から、泡を食ったような男の怒鳴り声が流れてくる。
『何をやっている八坂! 気でも狂ったのか、お前が撃っているのは味方だぞ!』
どうやらこの男の名前は八坂というらしい。死体を一瞥した僕はボルトハンドルを引いて弾を装填すると、次なる獲物を求めてスコープを覗き込んだ。突然背後から味方に撃たれたと思い込んでいるらしい守備隊員たちは、ナオミさんたちを撃つことをすっかり忘れてこっちを向いている。
ナオミさんも突然守備隊員らが撃ってこなくなったことに戸惑っている様子だったが、今がチャンスだと思ったらしい。結衣と愛菜ちゃんの手を引くと、通りの反対側にあるシャッターが閉まっていない店舗へと駆け出していた。
それに気づいた守備隊員の一人が、慌てて彼女らへ銃を向ける。すかさずそいつに照準を合わせ、発砲。とっさのことで正確に狙いを定められず、放たれた銃弾は隊員から一メートルほど脇の地面に当たって火花を散らした。それでようやくこれが誤射や流れ弾ではないことに気づいたのか、慌てて守備隊員らが物陰に隠れ、一斉にこちらに向けて発砲してくる。
「うわわっ……」
ガソリンスタンドで銃撃を受けた時とは、飛んでくる銃弾の量が段違いだった。通りのあちこちで銃火が瞬き、パンパンという銃弾がコンクリートに当たる乾いた音、頭上をかすめるヒュッと風を切る音が空気を震わせる。階下でガラスが割れる大きな音が聞こえて来て、僕は慌てて頭を下げた。
サブマシンガンの連続した銃声が鳴り響き、こちらに向かって走り出そうとする人影が視界の隅に入った。僕がこの場にいるとばれてしまった以上、屋上に留まり続けるのは自殺行為に等しい。既にナオミさんたちは店舗を通り抜けて通りから離れたようだし、僕がこの場にいる必要もなくなった。既に十分守備隊員らの気を逸らすことに成功している。
潮時だった。尚もがなり立てる死体の無線機を無視し、リュックとクロスボウを背負った僕は梯子へと向かった。クロスボウに拳銃二丁、それに武器が詰まったリュックに加えてライフルも持つ羽目になり、身体がずっしりと重くなったのを感じる。ライフルも手に入れたことだしクロスボウは捨てても構わないような気がしたが、ガソリンスタンドに侵入した時のように音を発さない武器も必要だろう。
「これじゃ人間武器庫だな……」
クロスボウを背中にたすき掛けにして、ライフルを肩から吊る。身体を動かす度に二つの武器がぶつかり合って小さな音を立てていたが、気にしている暇は無かった。
一段一段のんびり降りている余裕はなく、僕は梯子の2本の縦木を両手で掴み、両足を横木ではなく縦木に添える。両足の土踏まずで縦木を挟み込むようにしてから両手の力を抜くと、僕の身体は一気に真下へ向かって滑り降りはじめた。
前にジェームズボンドだか何だかが映画で素早く梯子を滑り降りているのを見て真似してみたのだが、あっという間に足元に地面が迫ってくるのを見るのは恐怖以外の何物でもなかった。地面に近付くにつれて再び両手に力を入れると、梯子を滑り降りていた僕の身体は減速し始める。
「ひえー」
地面に降り立つなり銃弾で出迎えられたが、今は撃ち返している余裕はない。肩に吊っていたライフルを携えた僕は、銃弾に追い立てられるようにして走り始めた。
来た道を引き返す形になってしまったが、ナオミさんたちの無事を確認できただけでも大収穫だ。後は追ってくる守備隊員らをどうにかやり過ごし、ナオミさんたちと合流すればいい。全員無事にこの村から脱出という希望が見えて来て、僕は身体に力が漲るのを感じた。
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