表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
エピローグ:ただひたすら走って逃げ回ったあとのお話
234/234

終 少年よ

 街は静まり返っていた。

 窓が割られて荒らされたコンビニ。電信柱に激突して大破した乗用車。道端に転がる白骨。庭が雑草で荒れ放題の民家。焼け落ちた建物。


 それらの光景をはるか上空から見つめる者たちがいた。


『偵察機、作戦地域に到着しました』


 荒れ果て、動く者のいない街から数百キロ離れた場所の地下指揮所では、無人偵察機から送られる映像が大きなモニターに映し出されていた。灰色や緑色の迷彩服を着た自衛隊員たちがパソコンのモニターに向き合い、無人機が上空から撮影した映像を見つめている。


『地上に複数の熱源。感染者と思われる』


 モニターの映像がズームされ、上空から捉えた地上の人影を大きく映し出す。低温の物体は黒く、高温のものは白く表示する赤外線暗視装置に、道路をふらふらと歩く人型の白い影が表示された。

 通常の可視光映像に切り替わり、その人影の着衣がほとんどボロ切れと言ってもいいくらい薄汚れていることがわかった。表示された人影は感染者と判定され、別のモニターに映る街の地図にその位置がマーキングされる。


『アルファは配置完了、ブラボーは現在地にて待機中です』

『作戦開始まであと5分』


 その言葉に、指揮所にいる者たちの視線が壁に設置された大きなデジタル時計に向く。時刻は午前8時55分。

 時計なんてとっくに意味がなくなったものと思っている者は多かった。時計は社会生活を回していくうえで時間という共通の基準を作るために用意されているのであって、その社会がなくなり電車の出発時刻や始業時刻、取引先と会う時間などを気にする必要がなくなってしまえば時計はただのアクセサリーでしかなくなってしまう。

 しかし今回の作戦では時間が大事だった。分単位で定められた時間、その通りに行動できなければ誰の命も救えない。





 無人偵察機のはるか下、荒れ果てた街の一角にある民家では、とある少年が二階の窓から外を覗いていた。武器代わりの金属バットを握りしめ、足元には小さなリュックが一つ置かれている。

 少年がこの家に一人で息を潜めて暮らすようになってからもう3年が経過していた。日本に感染者が出現した時に、小学校が休校だったため彼は幸運にも自宅にいた。避難命令が出ていたが外に感染者がいたため家から出ることができず、息を殺して立てこもることで難を逃れたが、その代わり少年は感染者だらけの街に置き去りになってしまった。


 少年の両親は仕事から帰ってこなかった。何度携帯に電話しても繋がらず、そのうち回線はパンクした。メールにもメッセージアプリにも一向に返事は無く、そのうち携帯もインターネットも使えなくなった。少年は自分の家で一人で暮らすことを余儀なくされた。


 最初のころは近所にも無事な住民が多くいたので感染者が近くにいない時を見計らい情報交換したり必要な物資を協力して集めたりしていたが、徐々にその数も減っていった。北の方が安全だと聞いて危険を冒して街を出て行った者、物資を調達しようと家の外に出たところを感染者に見つかった者、自力で身動きすることが難しく衰弱したり、病院で貰っていた持病の薬がなくなって病気で亡くなる高齢者。


 毎晩のように近所から悲鳴が聞こえ、少年は布団を被って震えながら感染者がこちらに来ないように祈った。そして1か月も経てば、近所で生きている住民は自分以外いなくなっていた。

 住民の消えた民家やスーパーから食料や日用品を見つけては持ち帰り、自宅のカーテンを全て締め切り息を潜めて暮らすこと3年。近所の家や店からはあらかた物資が消え、自宅に溜め込んでいた食料もなくなり、安全な自宅を捨てて移動すべきか迷っていたその時、突然空から大量のビラが降ってきた。


 ビラにはこの地域で自衛隊による生存者の救出作戦が行われることが書かれていた。テレビもインターネットも使えなくなり、もう自分たち以外に生きている人はいないのではと思ってすらいた少年に、まだ日本政府や自衛隊が存在している事実は驚き以外の何物でもなかった。パンデミックからしばらくしてからテレビもラジオもインターネットも全滅していたので、放送なんてとっくにやっていないと思っていた彼は、慌てて引っ張り出してきた非常用の手回し充電器付きラジオで2年前から政府からの放送が行われていることを知った。


 ビラには一週間後に救出作戦が行われていること。この地域の生存者で救助を望む者は近くの災害時避難所に指定されていた小学校へ指定の時刻に集合することが書かれていた。そして救出作戦が行われるのは一回のみで、この機会を逃せば次回の予定は無いということも。

 

 そして今日が正に自衛隊による救出が行われる日だった。ビラを拾ってから一週間、どれだけこの日を待ちわびただろうか。

 カーテンを閉め切った暗い家の中で息を潜め、誰かと話すこともなく常に感染者に怯えながら暮らす日々はまさに死んだように生きていたと言ってもいい。このままこの家に留まり続けていても待ち受けているのは緩慢な死のみだ。


 少年は二階の窓に上がって、救出作戦開始の合図を今か今かと待っていた。救助が始まるのは午前9時15分からだというが、残念なことに彼は正確な時刻がわかる時計を持っていなかった。感染者が現れる前まで時刻の確認手段はもっぱらスマホであり、小学校での遠足のために買ってもらった唯一持っていた安物の腕時計はクオーツ式だった。家には電波式の壁掛時計があったが、電波送信所が停電か保守人員が避難したかで標準電波が発信されなくなり、電池切れで時計が止まってからはそのまま放置していた。一人で暮らして誰かと時間を合わせたりする必要もないので、今まで時計を気にしたことなどなかったからだ。


 時刻がわからない者もいると想定して救助活動開始時には信号弾が打ち上げられるとの話で、それまでは危険を避けるため現在地に留まれとのことだった。出来ることなら置いて行かれるリスクを避けるために救出地点となる小学校に今からでも向かいたいところだが、そこら中に感染者がいる中で移動するのは危険だ。途中で感染者に遭遇する可能性の方が高いだろう。焦る気持ちを抑え、今はビラに書かれていた指示通りに行動するしかなかった。


 窓から外を眺め、信号弾が打ち上げられるのを今か今かと待つ。時計を持たない少年は知る由もなかったが、時刻は今まさに午前9時を迎えようとしていた。




 時計の針が午前9時を回ったその時、街に潜入していた自衛隊が行動を開始した。

 9時を告げる合図は、街の南側に位置する公民館の爆発だった。救出作戦に先立ち市内に潜入していた自衛隊が、感染者が多く潜む公民館に仕掛けていた爆薬を起爆した。

 事前の航空偵察及び調査で公民館には50体近くの感染者がいることがわかっており、それらが一斉に外へと飛び出して来たら大きな脅威となる。かつて避難所に指定されていたためかこれほど多くの感染者がいるのか、はたまた人間だった頃の習性で年寄りの感染者たちが集まっているのかはわからなかったが、これほど集まっている感染者を一網打尽に出来れば後々脅威が減ることは間違いない。


 公民館に仕掛けられた爆薬が一斉に爆発し、中にいた感染者たちを巻き込んで大きな音を立てて崩落する。空気が大きく震え、その爆発音は街中に轟いた。公民館だった建物が瓦礫となって崩れ落ち、もうもうと土煙が立ち上がる。


『感染者が一斉に出てきました。南に向かって進んでいます』

『陽動は成功のようです』


 上空を旋回する偵察機のカメラは、街中のあらゆる建物から感染者たちが飛び出して、爆発音がした南へ向かって走っていく様子を捉えていた。

 救出作戦は二段階に分かれていた。まずは今起きた爆発を起点とした陽動と、それに続く生存者の輸送だ。生存者の救出にはヘリコプターが使用される予定だが、ヘリが飛行する際に発する騒音レベルのエンジン音は確実に感染者に気づかれる。事前に無人機からビラをバラまいて救助を希望する者は小学校に集まるようにと指示をしているが、そのままヘリが小学校のグラウンドに着陸しようものならあっという間に感染者たちが殺到してきて救出対象にも危険が及ぶことは想像に難くない。


 そのためヘリコプターによる救出に先立って、市街地の感染者を別方向に誘き寄せる陽動を行うこととなった。市街地へ潜入していた自衛隊の小部隊が派手に爆発音や銃声を鳴らして感染者を引き寄せ、小学校近辺の感染者があらかたいなくなった後で生存者へ信号弾で合図を出し、小学校に集めたところをヘリで一気に救出する。街中に潜む感染者を一体一体全て掃討していくだけの戦力が残っていない現状では、これ以外の最適な方法は考えられなかった。


 公民館を爆破して数十体の感染者を一度に処理した後、市街地の大通りに展開した隊員たちが活動を開始した。大通りの十字路の真ん中に陣取った隊員たちは、目についた感染者を片っ端から撃ち始めた。車も人の声もしない街の中で、機関銃の銃声が大きく木霊する。


『アルファが戦闘を開始。作戦は順調に推移しています』


 アルファと呼ばれる陽動班の隊員はたった4名しかいなかった。陽動だけであればそこまで人数がいらないことと、下手に大部隊で動けばそれだけ作戦前に感染者に察知される可能性が高まり陽動の意味をなさなくなってしまうこともあるが、何よりこの作戦に投入できる人数がそこまでいなかったのが最大の要因だ。

 

 4名の陽動班の隊員は、自分たちの存在に気づいて駆け寄ってくる感染者たちに向けて猛烈な銃撃を浴びせていった。グレネード弾が走る感染者たちの集団のど真ん中で炸裂し、何体かが爆風を浴びて中を舞う。機関銃が火を噴き、正面から迫る感染者たちを薙ぎ倒していくが、人数も火力も不足していることは明らかだった。


 事前に存在が露見することを恐れて徒歩での潜入となったため、武装した車両や十分な弾薬などは持っていない。あくまでも陽動なので押し寄せる感染者を全て倒すことなど最初から目的ではなかったが、それでも生存者の救出が完了するまで耐えしのぐことが出来なければ、あっという間に隊員たちは感染者たちの波に吞まれてしまうだろう。


「感染者の数が多すぎる。航空支援を要請する」


 陽動班の隊員が無線でそう要請する前に、救出作戦の実施に当たり街から40キロほど離れた山中に設けられた前線基地(FOB)では、攻撃ヘリが離陸を開始していた。

 自衛隊や警察、消防に海上保安庁など、公的機関が保有するヘリコプターはパンデミックの時に救助活動で常時稼働を続けた。その結果として機体に負担がかかり部品は消耗し、北海道へ政府が移転した時には飛行可能なヘリコプターは全体の1割以下にまで減ってしまっていた。満足な燃料も部品も無い状態ではロクにヘリコプターを飛ばすことなど出来もしなかったが、自衛隊や在日米軍の基地と補給処の制圧作戦が実施され、ある程度まとまった航空燃料と予備部品、そして弾薬を入手できたことで今回の救出作戦実施の目途が付いた。


『ドラゴンは既に離陸しアルファの支援に向かっています』


 感染者に見つかりにくい山間部の盆地に設置された臨時のヘリポートから数機のヘリコプターが離陸し、街へと向かって飛行を開始する。先陣を切るのは作戦実施にあたり「ドラゴン」のコードが付与されたAH-64D「アパッチ」攻撃ヘリコプターだった。

 元は敵の戦車など地上攻撃を目的として開発されたヘリだが、人員の輸送ができるわけでもないアパッチはパンデミックの際にはひたすら感染者の掃討任務に駆り出されていた。しかし増え続ける感染者を前に駆除命令が中止された後は、人員や物資の輸送など出来ない攻撃ヘリは早々にお役御免となり、消耗が比較的少ない状態で北海道に渡った後はそのまま放置されていた。


 今回の救出作戦では地上部隊の支援ということで足りない機数を埋めるために引っ張り出されてきたアパッチだが、武器を持たず車両も使わない感染者相手には自慢の防弾装甲や10キロ先の戦車も探知できる最新鋭のレーダーは無駄でしかない。外せる装甲板は全て取り払い、余計なレーダーなども外して重量を軽くして燃費の改善を図っていた。


 爆音を轟かせながら飛行するヘリに気づいた感染者の群れがその後を追って走り出す。地上を走る感染者の群れを引き連れながら街へと向かうアパッチの機内では、前席の射撃手が正面に取り付けられたモニターに目を向けていた。

 十字路の真ん中に陣取って射撃を続ける陽動班の頭上に到達したアパッチが、強烈なダウンウォッシュを地上の隊員らに浴びせながら周囲を旋回する。射撃手が照準装置を操作し赤外線暗視モードに切り替えると、とたんに眼前のモニターには地上を走る白い人影がいくつも表示された。


『射撃を許可する。人間以外は好きに撃て』


 指揮所からの連絡を受け、アパッチの射撃手がジョイスティックを操作すると、機首下から突き出した機関砲がそれに連動して動く。十字路に迫る感染者集団の先頭に照準を合わせると、射撃手はジョイスティックに取り付けられた引き金を引いた。


 30mmチェーンガンが火を噴き、モニターの中で白く表示されていた走る人影が一瞬で同じく白い爆炎に包まれて見えなくなった。数秒後そこに残されていたのは、もはや人の形も留めないほどにバラバラになった、まだ熱を帯びているだけの人体のパーツだけだった。モニターの中で白く映ったままの粉砕された感染者たちの死体を見て、射撃手は顔をしかめた。

 

 感染者とはいえ、人の形をしたものを撃つのはやはり嫌な気持ちになる。それが自分の手で粉砕され、バラバラになって散らばるのをモニター越しに見せつけられるのであればなおさらだ。しかし今はそんなことを言っている場合ではなく、自分たちが撃たなければ下にいる陽動班にさらなる危険が迫ることはわかっていた。


 アパッチが機関砲を連射するたびに数百メートル先で感染者たちが吹き飛ばされ、肉片と化して路上に転がる。それでも感染者たちの波は止まらない。しかしここで射撃を続けている間は感染者たちが地上の陽動班と攻撃ヘリに気を取られ、生存者の回収地点である小学校からは遠ざかるだろう。

 それでも弾薬は無限にあるわけではない。モニターに表示される残弾数が引き金を引くたびに減っていくのを見つつ、射撃手は発砲を続けた。自衛隊の補給処や米軍基地などからある程度は補充したとはいえ、弾薬は潤沢にあるわけではない。




 市街地の方から轟いた爆発音とそれに続く銃声、そして頭上を飛び越えて行ったヘリコプターを見て、少年は救助作戦が始まったことを悟った。ビラには小学校での救助に先立って感染者への陽動が行われると書かれていたから、今行われている戦闘がまさにそれらしい。

 爆発音やヘリのローター音を聞いたのか、窓の外では数体の感染者が市街地の方向へ走っていくのが見えた。もしも先走って小学校に行こうと外に出ていたら、道中で外をうろついていた感染者たちに襲われていたかもしれない。まだこの町には多くの感染者が残っているのだ。


 陽動作戦が始まったとなると、生存者の救出ももうすぐ始まるだろう。そう思ったその時、小学校の方から『集合せよ』の合図を示す赤い信号弾が上がるのが見えた。眩い光を放ちながら上空へ向かって飛翔するその信号弾を見て、少年はリュックを掴むと勢いよく階段を駆け下り、数日ぶりに外へ出た。


 空はまるでこれからの少年の門出を祝福するかのように晴れ渡っている。小学校まではここから走って10分もかからない場所にあるから、置いて行かれるようなことは無いはずだ。少年は金属バットを片手に、小学校へ向かって走り出す。

 住宅街の道路を動く者は誰もいない。一時期は死体を食らって大量に増えていたカラスも、新鮮な死体が減ってからは再びその数を元通りにして電線に留まっていた。怖いもの知らずになったカラスたちが見下ろす中、少年は学校へ向かって走った。

 陽動で多くの感染者はいなくなっただろうが、それでも用心をするに越したことは無い。少年は交差点を通り抜ける時は必ず立ち止まり、左右に誰もいないことを確認してから渡った。市街地の方から聞こえてくる銃声や爆発音を除けば、自分以外に生きている者がいるのか疑うほどに静寂に満ちた町だ。

 

「うわっ!?」


 突然足元で何かが折れる乾いた音がして、今まさに交差点を渡ろうとしていた少年はバランスを崩して倒れてしまった。振り返るとそこには半分砕けた人間の頭蓋骨が転がっている。小ささから考えて子供のものだろうか。

 感染者の存在にばかり気を払っていて、足元を見ていなかった。そもそも人間の骨なんて今じゃどこにでも転がっている見慣れた光景の一つでしかなかったから、うっかり見落としていたのだ。


「いっつ…!」


 立ち上がろうとして、右足首に激痛が走る。頭蓋骨を踏んで倒れてしまった時に足首を捻ってしまったらしい。何とか立ち上がることはできたが、これでは走ることなど無理だ。

 ここから救出地点の小学校まではまだまだ離れている。信号弾が上がってから小学校を離れるまでどの程度の時間の猶予があるかはわからないが、置いて行かれることだけは避けたい。


「くそっ、なんでこんな時に…」


 そう毒づき、踏んでしまった頭蓋骨を蹴飛ばそうとして、やめた。半分砕けた頭蓋骨の虚ろな眼窩が、少年を見上げていた。


 なんで俺たちは死んでいるのにお前だけ生きているんだ。お前も俺たちの仲間になれ。どうせ生きていたって酷いことばかりなんだからさっさと死んで楽になろうぜ。死んだら何も考えないし恐怖も苦痛も悲しみだってないんだからな。


 自分が踏んでしまった頭蓋骨がそう語りかけてきているように見えた。

 この3年間、ずっと恐怖と悲しみに耐えて生きる毎日だった。親や友達とも連絡が取れず、かろうじて生き残っていた近所の人たちも次々に死に、あるいは自らも感染者へとなっていく毎日。死んだように生きている日々に意味なんてなく、ただ死んでないから生きているというだけだった。


 家族も友人も、知り合いは皆死んでしまったに違いない。生きる意味も生き甲斐も見いだせない自分が生きていて何になるのだろうか?ここで助けられたってこの先どうやって生きていけばいいんだ?

 その考えは救助が来るというビラを拾ってからずっと拭えないものだった。しかし生きている意味は分からないが、死ぬのは怖い。それが今まで少年が生き延びてきた理由であり、その気持ちは今でも変わっていなかった。

 金属バットを杖代わりに、学校へ向かって右足を引きずりながら少年は再び進み始めた。あとどのくらいで救助のヘリが来るのかはわからなかった。




 救出地点に指定された小学校では、事前に潜入していた自衛隊員たちが行動を起こしていた。かつてのパンデミックの際に避難所に指定されていた小学校には多くの人たちが集まっていたようだが、残されているのは白骨化した死体ばかりだ。小学校も感染者に襲われ、生き延びた人たちはここを捨てて行ったらしい。


「事前に連絡した通りまずは服を脱いで身体検査をします。拒否する場合は救助しません!」


 小学校での救出を担当するブラボー分隊を率いる一等陸尉は、打ち上げられた信号弾を見てさっそく集まってきた生存者たちに向かってそう告げる。服を脱がせるのは感染者に咬まれていないかを調べるためであり、そのことは事前にばら撒かれたビラにも書かれている。ここで身体検査を拒否すればその時点で無条件に救出対象から外され、最悪の場合はその場で射殺することも考慮していた。

 生存者たちからは異論は一切出なかった。隊員たちは男のみで生存者の中には女性もいたが、身体検査を拒否するものは誰もいない。ようやく訪れた救出の機会をフイにするわけにはいかないと理解しているのか、それとも異論を唱える余裕もないほど疲れ切っているのか、あるいはその両方か。


「まもなく救助のヘリが来ます。それまでは体育館で待機していてください」

 

 二名の隊員が身体検査を終えた生存者たちを体育館まで誘導する。校舎の床のあちこちに白骨死体が転がっているが、それを気に留める者は誰もいなかった。皆死体などとっくに慣れっこになっていた。


『周辺に感染者の姿なし。正門よりさらに三名の民間人が入ってくる』


 屋上に配置された隊員たちからの報告では周辺一帯の感染者たちは陽動に引っかかって市街地へ向かったようだが、油断はできない。分隊の人員は10名弱とかなり少なく、陽動班よりは多少マシだがそれでも感染者が大挙して押し寄せてきたら到底太刀打ちはできないだろう。


「まずいな…」


 無人機での航空偵察などではこの近辺の生存者は50名程度と見積もられていたのだが、信号弾を打ち上げてから10分程度しか経っていないのに既に学校には40名以上生存者が集まってきている。この分ではさらに多くの生存者が集まってくるだろう。

 生存者の救出にはヘリコプターを使用するが、その機数は合計で3機ととても少ない。うち1機は市街地にいる陽動班の撤収に使用する予定なので、使えるのは実質2機だけだ。パンデミック時の救助と輸送で酷使された自衛隊のヘリは機体にガタが来たり部品の消耗が激しかったりと次々飛行不能となっており、今回の救出作戦で使用されるヘリも使える部品を共食い整備で寄せ集めた上、奪還した米軍基地から拝借した部品も使って何とか飛ばせる状態まで仕上げたものだった。


 一尉が本部と作戦の変更を協議している間にも、さらに生存者たちが学校に集まってくる。皆疲れ切ってやせ細っており、この3年間のサバイバル生活の過酷さを隊員たちに物語っていた。しかし自衛隊員たちを見る瞳には希望の色だけは残っていた。


『正門に生存者、感染者に追われてる!』


 屋上の隊員からの無線で一尉は校庭に飛び出すと、家族連れらしき三人組が正門から学校の敷地へ入ってくるところだった。その背後には一体の感染者が彼らを追ってくる様子が見え、家族は必死にこちらに向かって走ってきていた。


 校舎の屋上に配置されていた狙撃手が即座に対応し、消音器付きの銃で家族を追う感染者の頭を撃ち抜く。頭の上半分を吹き飛ばされて地面に倒れた感染者には目もくれず、家族は飛び込むようにして校舎の中へと駆け込んでいった。


『無人機での偵察によると多数の熱源が学校に向かってきているとのこと。注意されたし』


 本部からの報告で、一尉はすんなりと救助は進まないだろうなと思った。市街地で陽動を行えば学校近辺の感染者の多くはそちらへ惹きつけられるだろうが、全てが引っかかるわけではない。すでに要救助者の人数が想定を大幅に上回る見通しで事態が推移しているのだから、これ以上余計な不安要素は加わってほしくはなかった。


 一尉は腕時計を見る。ヘリによる救出は信号弾の打ち上げから15分後の9時30分より行われると無人機で投下したビラには書かれており、すでに信号弾を放ってから10分が経過していた。すでにヘリは前線基地を離陸しており、時間通りに到着する見込みだ。


 できれば一人でも多くを救助したいところだが。一尉は再び腕時計の文字盤に目を落とした。




 一方市街地での陽動を続ける陽動班には、さらに多くの感染者が殺到しつつあった。


『そろそろ弾がなくなる! ヘリはまだか!?』


 地上で感染者へ銃撃を続ける隊員からは悲鳴に近い声が上がっていた。陽動で感染者たちを誘引出来たはいいものの、その数は想定を上回っていた。徒歩で潜入したということもあって武器と弾薬は携行していた分しかなく、陽動を果たし市街地に感染者たちを引き付けるという目的を果たしたのだから後は離脱するだけのはずだった。


『CPよりアルファ、作戦を変更する。生存者の数が多いため回収用のヘリは学校へ回す。その場で待機せよ』


 生存者の救助には大型と中型のヘリがそれぞれ一機ずつ使用される予定だったが、収容人数が増えたために陽動班を回収するはずだったヘリも生存者の救助へと回されることとなった。生存者の救助後改めて陽動班を回収するとのことだが、それまでに弾薬は尽き陽動班は感染者の津波へと飲み込まれるだろう。


 上空を旋回するアパッチは陽動班を援護するために機関砲を撃ち放ち、ロケット弾を発射した。地上で複数の爆発が起き、焼け焦げてバラバラになった人体や肉片が雨のように陽動班へ降り注ぐ。それでも感染者たちは止まることが無い。

 30㎜機関砲弾は人体に直撃すれば簡単にバラバラにしてしまうし、至近距離に着弾すればまき散らされる破片で半径数メートル以内の人間は簡単に致命傷を負う。しかし感染者は手足の一本二本失おうが動きを止めることは無い。しかも着弾地点から半径十数メートルが危害範囲の機関砲弾とはいえ、感染者たちは密集しておらず小集団で分散して押し寄せてくるのだから、砲弾を消費するペースも早かった。


『ドラゴンよりCP、こちらも残弾が半分を切っている。アルファの早急な回収を要請する』

『作戦を変更する、アルファの撤収は最後だ。ヘリが満員のためアルファはエクストラクションロープで離脱させる』


 小学校での救助が終わるまでは陽動班は地上で待機するしかないということだ。多くの感染者に囲まれ弾薬を使い果たしつつある今、陽動班にとって頼りになるのは上空で支援を行うアパッチだけだった。

 アパッチの射撃手が20体ほどの感染者の集団向けて対戦車ミサイルを発射した。ロケットモーターで加速したミサイルは射撃手が放つレーザーの照射地点目掛けて飛翔し、地上を走る感染者たちのど真ん中に着弾した。ひときわ大きな爆炎が上がり、近くに停まっていた車がバラバラに吹き飛んだ。


 それでもアパッチの射撃手は、照準装置越しに至近距離でミサイルを食らった感染者たちが手足を失いながらもまだ蠢いている様を目撃していた。

 地上と比べれば燃料が続く限り上空のヘリは安全だが、それでもこの地獄のような風景を見続けるのはキツい。早く終わってくれと射撃手は思った。



 信号弾が打ち上げられてから15分後、けたたましいローター音を轟かせながら三機のヘリコプターが小学校の上空に飛来した。ビラを見て小学校までやってきた生存者の数は既に80名近くにまで上っていた。

 救助のヘリを見て外に飛び出そうとする生存者を隊員たちが抑え、校庭の誘導員の指示に従いヘリがゆっくりと降下を開始する。大きな胴体の前後にローターを備えた「チヌーク」輸送ヘリが、強烈なダウンウォッシュで強烈な土埃が舞い上がった。


『CPよりブラボー指揮官、ヘリを追って感染者の群れがそちらに向かってきている。迅速に避難民を収容し離脱せよ』


 本部からの無線を聞くまでもなく、一尉はここから先は時間との勝負になると理解していた。ヘリコプター三機のローター音は遠くからでもはっきりと聞こえるだろうし、頭上を飛ぶヘリを見て後を追いかけてきた感染者はすぐに学校までたどり着くだろう。それに近場の感染者はだいたいが陽動に引っかかって市街地の方に向かったとはいえ、まだ近辺に残っている感染者もいるはずだ。それらが救助ヘリに気付いて小学校まで押し寄せてくることは想定の範囲内だった。


 強烈なダウンウォッシュに耐え切れなかったのか、校庭の隅で立ち枯れしていた木々がフェンスを巻き込みながら倒れて大きな音を立てた。ヘリが着陸したことを確認し、一尉は校舎の昇降口に集まっていた生存者たちへ向かって声を張り上げる。


「これからヘリに乗ってもらいます。 順番を乱さず指示に従ってください!」


 小学校に集まった生存者たちは既に身体検査を受け、誰も感染者に咬まれていないことが確認されていた。ヘリに乗り込む順番は小学校にやってきた順番だ。


「ヘリの前方は危険です!絶対に立ち入らないで!」


 誘導員の指示に従い、生存者たちがヘリに向かって列を作る。機体の後部ランプが下り、車両すら積載可能なキャビンが露になる。


『3時方向に感染者二体』


 救助ヘリを追ってきた感染者たちも学校に近づいてきているらしく、屋上の隊員たちが発砲する銃声が轟いた。銃声に思わず身をすくめ足を止めてしまう生存者たちに、誘導員がローター音に負けないよう大きな声で「止まらないで!まっすぐ進んで!」と叫んだ。

 チヌークの定員は最大で55名だが、椅子を撤去すればそれ以上に乗せることができる。もっともこのチヌークもパンデミック時に酷使された機体をかき集めた部品でどうにか飛ばせるように再生させた機体だから、大幅な定員オーバーで飛ばすなんて無理はさせられない。当初の見積もり通り生存者が50名程度であればチヌーク一機で全員輸送が可能だったが、それ以上に生存者がいたため当初の予定を変更し陽動班の撤収に向かうヘリまで生存者の輸送に使用されることとなっていた。


「奥まで進んでください!止まらないで、もっと進んで!」


 機上整備員が声を張り上げ、ヘリに乗り込んだ生存者たちが冷たい床に腰を下ろす。ようやく安全な場所に行けるという彼らの安堵をかき消すように、別の整備員が機体前方の窓に据え付けられていた機関銃を発砲した。


「まだ来るぞ!」


 整備員が叫び、機関銃の引き金を引く。吐き出された薬莢が床に落ち、澄んだ金属音を立てて転がる。


『民間人の収容完了、離陸する』


 80名を超える生存者のうち70名近くを乗せたチヌークがエンジン回転数を上げ、離陸する。機内の整備員たちがそれぞれ左右の窓に取り付けられた機関銃を撃ち放ち、学校に近づきつつある感染者たちに向けて銃撃を浴びせかけた。

 チヌークが離陸すると同時に、上空で待機していた中型の輸送ヘリ———ブラックホークが進入を開始する。小学校へと近づきつつある感染者に向かって機関銃を派手に射撃しながらの着陸だった。残っている十数人の生存者は全てこのブラックホークに詰め込み、最後に隊員たちはもう1機のブラックホークに乗り込んで小学校から撤収する予定だった。


 ヘリに気付いた感染者たちが次々と小学校に向かってきているらしく、屋上や門の付近に配置された隊員たちが発砲する銃声がひっきりなしに轟いている。

 このまま全員無事に脱出できればいいが。一尉はそう思い、残った生存者たちをヘリへと誘導した。




 痛む右足を引きずりながら小学校へと向かっていた少年は、複数のヘリコプターのローター音が近づいてきていることに気付いた。本当に救助が来たという確信と共に、これを逃せばもう助は来ないという焦りが湧いてくる。小学校まではあと500メートルも無いが、先ほど不注意から頭蓋骨を踏み砕いた時に捻った足はまだ激痛が走っている。

 長い胴体の前後にローターを取り付けた大きなヘリが、小学校に向かって降下していくのが見えた。その上空ではさらに二機のヘリが、着陸待ちのためか旋回を繰り返している。


 このままでは間に合わない。そう思った少年は、とっさに「おーい!」と声を張り上げ、ヘリに向かって手を振った。こちらに気付いて救助しに来てくれないかと淡い期待を抱いたが、ヘリは少年のことなど眼中にでもないとでも言うかのように旋回を続けていた。

 無駄なことだとは分かっていたが、それでも気付いてくれないヘリに少年は絶望的な気持ちになった。ここで置いて行かれてしまったら、この先いったいどうやって生きていけばいいんだ?


 突如、感染者の咆哮が轟き少年は身体を震わせた。左右を見まわすと、そこに会いたくない奴らがいた。

 小学校へと続く道路の先から、二体の感染者が少年目掛けて走ってくるのが見えた。どうせだったら小学校の方に行ってくれよと少年は思ったが、さっきヘリに気付いてもらおうと叫んだせいで感染者に気付かれたのかもしれない。あるいはヘリに気付いた感染者たちが小学校へ向かう途中、たまたま少年を見つけただけかもしれない。


 いずれにせよ、絶望的な状況であることに間違いはなかった。

 足を捻ってまともに走れない上、感染者は二体もいる。こおの三年間、何度か感染者を見かけた機会はあったが、その時は体調も良かったし出くわした感染者も一体だけだった。息を潜めてやり過ごすか、あるいは走って逃げるか。そのどちらかで何とか今まで乗り切ってきたが、その方法は使えそうもない。


 武器として金属バットを持っているとはいえ、相手は二体。一体に対処しているうちにもう一体に食らいつかれるのは想像に難くない。隠れることも、逃げることも、戦うこともできない。


 ああ、ここで僕の人生もとうとう終わりなんだな。自分目掛けて走ってくる感染者を見て、少年はまるで他人ごとのように思った。ここまでどうにか逃れてきた死神の手に、今度こそ追いつかれる時が来たのだ。

 いったいこの三年間は何だったんだろう。死への恐怖に怯えて息を潜めながら毎日を過ごし、飢えと渇きに悩まされ、辛いこと苦しいことばかりに耐え続けた末路がこれとは。


 だがもうこれが最後だ。感染者に生きながら食われるのはとても痛いことだろうが、その後にはもう恐怖も苦痛も待っていない。ようやくこの地獄から解放されるのだ。そう思った少年は構えかけた金属バットを下ろし、その場にへたり込んだ。もう何もかもどうでも良かった。

 汚れてボロボロになった衣服に身を包んだ感染者たちが、少年目掛けて獣の咆哮を上げながら走ってくる。その距離あと数メートル。そして———。


「諦めるな!」


 老人のようにかすれた、しかし力強い男の声が聞こえ、少年は顔を上げた。目の前まで迫っていた感染者たちが、横から何者かの跳び蹴りを食らって纏めて吹っ飛んでいた。


「立て!死んだらそこでおしまいだぞ!」


 感染者たちに飛び蹴りを浴びせた何者かは、黒いコートに身を包んだ男だった。ただ一つ気になったのは、その男の顔が仮面に覆われていることだった。まるでどこかの貧乏な自治体が話題作りのために作ったローカルヒーローのような、低予算感が溢れる手作りの仮面。しかしその仮面には無数の傷跡が刻まれていた。

 

 飛び蹴りを食らった感染者たちがすぐさま立ち上がり、仮面の男に標的を変えて襲い掛かる。男は腰に吊っていた鞘からマチェットを引き抜いて右手に構えると、最初に一体の顔面に拳を叩き込んでいた。

 顔面にパンチを食らった感染者がのけ反ったが、もう一体がそのすきに男に食らいつこうとする。しかし男は右手のマチェットですぐさま感染者の喉首を描き切り、とどめとばかりに眼窩にその切っ先を突き刺した。目からマチェットの柄を生やした感染者の身体が大きく痙攣し、地面に崩れ落ちる。

 すぐさま男は自分が拳を叩き込んだ感染者に向き合い、足払いを決めて転倒させた。倒れた感染者が立ち上がるより早く、男が取り出していたナイフの刃が側頭部からその頭蓋骨につきたてられていた。


 たちまち二体の感染者を倒した男は少年に向き合うと、「立てるか?」とグローブに包まれた手を差し出してきた。その仮面は何だと思わず言いかけた少年だったが、足の痛みに現実に引き戻される。


「足を捻って…走るのは無理です」

「そうか、なら俺が肩を貸す。君はあのヘリに乗りたいのか?」


 そう言って仮面の男が未だに上空を旋回している二機のヘリを指さした。そこでようやく、小学校の方からも銃声が聞こえてきている事に気付く。救出地点にも感染者たちが向かってきているに違いない。

 少年が頷くと、仮面の男がまるで俵を運ぶように少年の身体を肩に担いだ。男が背中に自動小銃を吊っていることに少年は気付いたが、その時には男はまるで少年の身体の重さなど感じていないかのように走り出していた。


 ヘリの騒音に気付いたらしい感染者が周辺地域から集まってきたり、あるいは市街地から戻ってきているのか、ヘリの着陸地点である小学校に近づくほど感染者の数も増えていく。男はそれらの感染者たちを無視して走っていたが、目の前に一体の感染者が急に飛び出してきた。


「危ない!」


 肩に担がれた少年は思わず首をすくめていたが、男は冷静だった。声一つ出さずコートの下から銃身と銃床が切り詰められた短い散弾銃を引き抜くと、目の前の感染者に向けて引き金を引いた。至近距離で放たれた散弾銃の銃声は思わず鼓膜が破れるのではと思うほどの大きさだった。

 間近で散弾を食らった感染者の頭の上半分が吹き飛ぶ。さらにもう一体、近づいてくる感染者に向けて男は発砲した。二発撃って弾切れになった散弾銃を懐に仕舞い、仮面の男は少年に呼びかけた。


「もうすぐだぞ!だから諦めるなよ!」


 その力強い声に、少年はこの仮面の男はいったい何なんだろうと思った。少なくとも警察や自衛隊員ではない。こんなふざけた仮面を被って働く公務員がいたら見てみたいものだ。


「生きるってことは戦いだ。戦うことを諦めたら明日はやってこない。だから戦うことを諦めるな!」


 仮面の男はそう言いつつ、少年を担いで小学校へ走る。どこからともなく突然現れて助けてくれたこの男はいったい何なんだろう。そう思った少年は思わず口を開いていた。


「あなたは誰なんです?」


 その問いに、男は少年の顔を見ることもなく答えた。


「ただの通りすがりの人間さ」




 残っていた生存者を詰め込んだ一機目のブラックホークが校庭を飛び立つ。学校に集まっていた80名以上の生存者を全員無事に救出出来たことに一尉は安堵したが、ほっと一息ついている余裕はなかった。まだ自分たちブラボーチームの脱出という最大のタスクが残っている。


『民間人の救出完了。ブラボーはこれより離脱する』

『二班は直ちに屋上から撤収』


 二機目のブラックホークは学校に集まってくる地上の感染者たちへ銃弾の雨を降らせながら校庭に着陸した。既に校舎や体育館の中には誰も残っていない。正門と裏門で警戒に当たっていた隊員たちもグラウンドまで後退し、屋上に配置されていた狙撃手と機関銃手がロープを使って地上まで下りてくる。

 隊員が全員揃っていることを確認し、一尉はヘリに乗り込むよう部下に指示した。すぐさま隊員たちが着陸したブラックホークに乗り込み、最後に一尉が機内に足を踏み入れようとしたところで、先に避難民を収容し上空から警戒に当たっていたもう一機のヘリから通信が入る。


『地上に生存者を確認。正門付近にいます!』


 一尉が正門の方を振り返ると、確かに人影がこちらに向かって走ってきているのが見えた。そしてその奥には何体もの感染者の姿。


『一人は子供です!』


 小銃を構えた一尉はこちらに向かって走ってくる人影をスコープ越しに覗いた。変な仮面を被った男が子供を担いでいる。子供の年齢はまだ中学生といった程度だろうか。


『どうしますか?』


 不意に一尉は自分の息子のことを思い出した。小学校6年生だった自分の息子。妻と息子を官舎に残して治安出動した一尉だったが、それが二人の姿を見た最後だった。治安出動中に自分の部隊の駐屯地が隣接する官舎もろとも感染者たちによって壊滅し、それから妻子は行方不明のままだった。

 ここにいる隊員たちも家族を亡くし、あるいは安否不明のまま北海道まで逃げることを余儀なくされた者たちだった。仮面の男に担がれてこちらへ向かってくる少年の姿を見た一尉は、思わずヘリに背を向けて駆け出していた。


「あの二人を収容してから離脱する!他の者は機内で待機!」


 一尉は小銃を構え、男たちを追ってくる感染者に向かって発砲した。仮面の男がこちらを向き、少年に向かって「走れ!」と叫ぶのが聞こえた。

 その背後には10体近い感染者が迫ってきている。少年を下ろした仮面の男が、背中に吊っていた自動小銃を手に感染者たちに向かい合う。


 少年は負傷しているのか、右足を引きずりながらヘリに向かう。一尉は少年に駆け寄り、肩を貸してヘリまで戻った。その背後では小銃を手にした仮面の男が、感染者たちに囲まれながらも戦っている。

 感染者の頭に向かって発砲し、自分に向かって伸ばされた腕を銃床で払いのけ、突進してくる感染者は顔面を銃口で突いてバランスが崩れたところをそのまま撃つ。足払いをして倒れた感染者の頭にすかさず銃弾を叩き込み、感染者の顔面に銃床を叩き込んでそのまま蹴り飛ばす。


『なんなんだアイツ…』


 隊員の一人がそう呟く。感染者に咬まれる危険を全く考慮していない、ほとんど捨て身と言ってもいい戦い方だ。しかし仮面の男はかなり戦い慣れているのか、感染者たちに囲まれても動じる様子はない。

 あっという間に数体の感染者を仮面の男が倒したその後ろでは、少年が一尉の手によってヘリの機内に運び込まれていた。定員が十数名程度のブラックホークは装備に身を固めた隊員たちが乗り込んでいるせいで窮屈だったが、それでも詰めればあと何人かは乗ることができる。


「悪いが拘束させてもらうぞ」


 先にヘリに収容された生存者たちは全て体の隅々まで見て咬まれていないことを確認していたが、この状況で少年をボディチェックしている余裕はない。万が一少年が咬まれていて機内で発症し暴れるような事態に備え、一尉は彼の両手に手錠を嵌めた。自分の息子の歳ほどの子供に手錠をかけるのは心が痛むが、仕方のないことだ。


『多数の感染者が小学校に向かってきている。早く離脱しろ!』


 地上の一尉たちを援護すべく、上空から銃撃を浴びせているもう一機のブラックホークのパイロットからの無線で、一尉は背後を振り返り仮面の男へ「君も早く来るんだ」と叫んだ。しかしヘリのローター音のせいで聞こえていないのか、仮面の男が振り返る気配はない。

 やむなく一尉は銃を撃ちながら正門まで走り、なおも押し寄せる感染者たちを一人で退けている仮面の男へ「あとは君だけだ、早くヘリに乗れ!」と呼びかける。しかし仮面の男は一尉の方を振り向くと、「俺はまだやることがあるからパスで」と答えた。


「パス? 今後この地域での救助活動の予定は無い、これを逃せばもう救助は来ないぞ!」

「だから俺にはやることがあるって言ってるじゃないですか。早く行ってください」


 まさか救助を拒否する者がいるとは思わず、一尉は呆気にとられた。とはいえ着陸地点に感染者が迫ってきている以上、いつまでもここで問答を続けて時間を無駄にするわけにもいかない。


「ところでワクチンは出来たんですか? 救助活動を始めたってことは、出来たんですよね?」

「なんでそれを…」


 ワクチンの存在は機密とされているのに、なぜそれをこの男が知っているのか。

 この救出作戦に参加しているアルファとブラボーの全隊員が、半年前に完成したばかりのワクチンを接種していた。科学者ではない一尉は詳しく知らないが、そのワクチンはウイルスに抗体のある人間の血を研究して完成したものらしい。ともかく完成したばかりのワクチンは臨床試験を経て効果があることが実証された。

 ワクチンが完成したことで感染者に咬まれても発症する恐れがなくなり、そのため自衛隊が本州において作戦活動を活発化させることができるようになった。ワクチンを接種した自衛隊員らが感染者に占拠された自衛隊や在日米軍の基地、空港や燃料備蓄施設を制圧し、そこから武器弾薬や燃料、部品などを回収することで稼働可能な装備も増えた。今回の救助作戦だってワクチンの存在と、回収した弾薬や燃料などが無ければ実施できなかっただろう。


 口ごもったのを見て、顔が隠れているのに仮面の下で男が笑っていると一尉はわかった。とても嬉しそうな笑い声とともに、仮面の男が一尉の方を向く。


「出来たんですね! いやーよかった、これで多少は俺の苦労も報われるってもんだ」

「苦労って、もしかして君が…」

「それさえわかれば十分です。ほら、お仲間が待ってますよ」


 男と一尉の銃撃で正門付近の感染者はあらかた片付いていたが、すぐにまた感染者たちが押し寄せてくるだろう。男が何を考えているのか、その顔が仮面で覆われているため何もわからなかったが、少なくとも悪い人間ではなさそうだ。それに感染者たちに囲まれても切り抜けられるだけの実力がある。そう考えた一尉は、仮面の男の意思を尊重することにした。


「…わかった。君が何者なのかは知らないが、幸運を祈る」


 そう告げて、一尉は男に背を向けて校庭に着陸したままローターを回転させているヘリへと再び走る。一度だけ振り返ると、仮面の男が小学校から走り去っていくのが見えた。


「もう一人は来ない、俺が乗ったらすぐに離陸してくれ」

『来ないって…どういうことです?』

「本人が行かないと言っているんだから仕方ないだろう」


 開いたままのドアから機内に滑り込んだ一尉を、困惑した表情の隊員たちが出迎える。仮面を被っているだけでも意味が分からないのに、さらに救助を拒否して感染者だらけのこの町に残るとは。


『これより離陸する』


 一尉がヘリに乗り込んだ直後、エンジンが唸る甲高い金属音とともにブラックホークが校庭を離陸した。後に残されたのは感染者たちの死体と、小学校に背を向けてどこかへ走っていく仮面の男だけだった。


「あの人は…?」


 手錠で拘束された少年がそう尋ねてきたが、一尉は「やることがあるらしい」とだけ返した。

 そしてやることがあるのは一尉たちも同じだった。





 先に生存者を収容して離陸していたチヌーク輸送ヘリは、陽動班が展開する市街地の上空を飛行していた。機内では整備員たちが陽動班を収容するための準備を進めており、乗り込んだ生存者たちに後部ランプから離れるよう指示を出す。


「もっと奥へ詰めてください!」


 機体後部のカーゴランプを下ろし、チヌークが陽動班が展開する交差点の上空でホバリングを開始する。上空で静止するチヌークのランプから、太いロープが地上へ向かって投げ落とされた。


『アルファは撤収準備に入る。援護を頼む』


 地上の四名の隊員が射撃を止めた。すかさず感染者たちが交差点に近づいてくるが、アパッチとブラックホークが上空から苛烈な銃撃を加える。

 上空から強烈なダウンウォッシュが吹き付ける中、陽動班の隊員たちはハーネスを身に着け、しっかり身体に固定されていることを互いに確認しあう。そしてハーネスに取り付けられたカラビナをヘリから垂らされるロープの先端の環に引っ掛けた。


 隊員たちが撤収準備を進める間、さらに感染者が交差点に近づいていく。アパッチの機関砲は着弾地点から15メートル以内は殺傷範囲となっているため、感染者が陽動班に近づいてしまえば誤射の可能性があるため射撃ができない。ブラックホークのキャビンから身を乗り出した隊員たちが、アパッチに代わって陽動班へ手を伸ばす感染者たちを小銃で狙う。


『準備よし!』

『了解、上昇する』


 地上の隊員たちがロープにカラビナを取り付け準備が整ったことを告げると、チヌークのパイロットがホバリングさせていた機体を上昇させた。ロープがピンと伸び、その先端にハーネスを結んだ隊員たちの身体が宙に浮く。

 ヘリが上昇を開始した直後、感染者たちがとうとう交差点内に侵入した。ロープの先端にぶら下がる隊員たち目掛けて手を伸ばし、その身体を掴もうとする。ロープに吊り下げられた隊員たちは、自分たち向けて手を伸ばす足元の感染者たち向けて発砲した。


『離脱!』


 ヘリがさらに高度を上げ、ロープに隊員たちをぶら下げたまま交差点を離れていく。既に感染者の手の届かない距離まで隊員たちは上昇していた。宙づりになった隊員たちは下方に銃口を向けつつも、無事に離脱できたことに安堵していた。


『アルファの回収完了。アルファ、ブラボー共に損害なし』

『了解、帰投せよ』


 ロープに吊り下げた隊員たちを振り回しつつ、市街地を離れていくチヌークの後をさらに三機のヘリが飛行する。地上には隊員たちを食い殺し損ねた感染者たちが集まって咆哮を挙げていたが、それらを一掃できるだけの弾薬はもうどの機体にも残っていなかった。

 けたたましいローター音を轟かせて上空を飛行するヘリコプターの編隊を感染者たちが見上げ、獣の咆哮を挙げる。無人偵察機のカメラ越しにその様子を数百キロ離れた作戦室で眺めていた指揮官は、ほっと一息ついて椅子に身を沈めた。


「作戦終了、よくやった」


 ワクチンの完成を受けて実施したこの救出作戦だが、死傷者なしで80名以上の生存者を救出できるとは指揮官も想定していなかった。ワクチンが無い状況では必然的に至近距離での感染者との遭遇が多くなる市街地戦闘など隊員たちにさせることが出来ず、それがこれまで救出作戦が行われていなかった原因の一つでもある。自分たちが感染者に咬まれ、理性も知性も失った獣同然の存在になるかもしれないという状況での戦闘は、隊員たちの士気を低下させていた。

 しかしワクチンを接種していれば少なくとも人間のまま死ぬことはできる。今回の作戦成功を受け、今後も同じような救出作戦が行われるかもしれない。未だに燃料や弾薬、装備の部品などは不足しているが、今後ワクチンを接種した隊員たちによる掃討作戦を続けていけばより多くの人々を救うことができるだろう。


『救出地点の小学校付近で熱源が移動しています』


 その言葉で指揮官は顔を上げ、正面のモニターを見た。無人機のカメラが上空から、地上を走るバイクを捉えていた。


「あれは…」


 民間人の救助を行った隊員たちによれば、仮面を被った謎の男が現れて負傷した少年一人を小学校まで運び、その後自らは救助を断って去っていったらしい。画面に映っているのはバイクに跨るコートを着た人物の後ろ姿だけだったが、おそらくこの男がそうなのだろう。

 まだ動くバイクと燃料があることにも驚きだったが、この男が何をしたいのか指揮官にはさっぱり理解できなかった。せっかく安全な場所に避難できるというのに、それを断って危険な地域に留まるとは。隊員の報告によれば「まだやることがある」と言っていたらしいが、この男は何がしたいのだろうか。


 正義のヒーロー気取りか。一瞬不快感を覚えそうになったが、そういう生き方をする奴が一人くらいいてもいいのかもしれないと指揮官は思った。多くの人間が死に、生き残った人々も恐怖に震えながら感染者から身を隠して暮らしている今の日本には、まさしく誰かのために危険を冒して戦い、救いを与えるヒーローが必要だ。


『追跡しますか?』

「いや、いい。偵察機も帰投させろ」


 そういえば、と指揮官はある話を思い出した。北海道の政府による放送が始まって以降、青森の大間崎まで避難してきた人々はかなりの数に上るが、その中の何人もが「仮面の男に助けられた」と言っていたらしい。仮面の男は北へ向かう人々の窮地を救い、そのまま彼らを青森まで送り届けた後は一人南へと戻っていったそうだ。


 まさかこの男がそうなのだろうか。指揮官は改めてモニターを凝視しようとしたが、その時にはオペレーターが無人機を操作しカメラをオフにしてモニターはオフラインになっていた。














「そういえば、もう5年になるんですね」


 校長の言葉で亜樹は顔を上げた。狭い職員室の中、亜樹の向かいに座る校長先生が壁のカレンダーを見てぽつりと呟いた。どこかのデザイン会社や印刷会社が作ったものではない、コピー用紙にエクセルで作成した表を印刷しただけのカレンダー。今日の日付は3月16日だった。


 感染者が初めて日本に現れ、文明社会が滅亡の一歩手前まで追い込まれたパンデミックが起きた日だ。「ああ…」と亜樹は思わず声を漏らしていた。ここのところ忙しく、今日が何日かなんてすっかり忘れていたし、パンデミックが起きた日付もほとんど覚えていなかった。


 窓の外を見れば既に夕闇が街を包み込んでいる。5年前と決定的に違うのは、夜の闇が訪れても街は以前のように煌々と灯をともしてはいないことだった。


「あの日、何をしていたか覚えていますか?」


 亜樹は校長にそう問われ、記憶の底を探った。あの日の自分は人里離れた場所にある全寮制の学校に通う女子高生で、政府の方針で学校が休校になってからは、様々な事情から親元へと帰れなかった他の生徒と共に寮でテレビを見ていた。テレビに映し出される衝撃的な光景の数々に、これは映画か何かなのではないかと思っていたことは覚えている。


「校長先生は北海道のご出身でしたっけ?」

「はい、あの日は私も学校にいて…休校にはなっても期末で生徒の成績をつけなきゃいけないことは変わりなかったですからね」


 亜樹と同じこの「学校」で働く校長は、髪が薄くなった50代後半の男性だった。今や数少ない教員免許を持つ教師経験者として、亜樹と同じく志願して安全な北海道の外にあるこの「学校」で働くことを選択した者だった。


「テレビのニュースを見てたら本土が大変なことになってるなーとは思ってましたけど、あの時はまだ現実感が湧かなかったですね。ようやく大変なことが起きていると実感したのはテレビが止まって本土との電話も通じなくなって、銃を持った自衛隊の人たちが町のあちこちに出てくるようになってからですよ」


 だから私は先生みたいに苦労はしておらんで…と校長は少し申し訳なさそうな顔をした。校長が住んでいた町は大都市から離れた場所にあり、その後は隔離地域に移送されたので一度も生で感染者を見たことは無かったのだという。


「先生はその後大変な目に遭ったって聞いてますからねぇ…」

「ええ、色々ありました…」

 

 亜樹はふと思い出して、鞄の中にしまってあった黒い手帳を取り出す。あの日託された、一人の少年の人生について記された手帳。

 思えばパンデミック後に初めて亜樹たちが接触した外部の人間もあの少年だった。その後は色々あって、学園を出て、悪い奴らに騙されて…。


「それ、先生が何度か仰ってた例の子の?」

「はい、もう何十回と読み返して内容は一言一句頭に入っているはずなのに、何となく持ち歩いてて…」


 黒い手帳を見た校長の言葉に、亜樹は少し照れ臭くなってそう返した。

 北海道に渡った後、手帳に記された名前や住所について知っている人間がいないか可能な限り探したが、あの少年の親族や関係者、知人を見つけることはついぞできなかった。そうして今も亜樹は、この手帳を持ち続けている。


 

 業務を終えて「学校」を出る頃には、すっかり陽は落ちてしまっていた。空を見上げれば街灯の光などものともしない、満天の星空が広がっている。

 亜樹たち「学校」関係者の住む寮は10分ほど歩いた場所にある。空気は冷え切っており、吐く息は白い。暖房も自由に使えない分、歩いて身体を温めなければならない。

 

 亜樹の隣を、一台の小型トラックがディーゼルエンジンのやかましい振動音と共にゆっくりと通り過ぎて行った。幌を取り外し、ロールバーに機関銃を据え付けた濃緑色のそのトラックは、この隔離地域を巡回している自衛隊の車両だった。


 亜樹が今いるこの街は、本州にいくつか作られた隔離地域の一つだった。

 燃料不足と数少ない戦力を感染者との戦闘で失うことを恐れていた自衛隊だったが、ある時から本州に残された空港や自衛隊、在日米軍基地の制圧作戦を開始した。装備品や武器弾薬を確保した後に感染者が比較的少ない地域で掃討作戦を行い、そこに安全な隔離地域を作ることに成功した。

 隔離地域は川や山と言った地形を利用し、壁やフェンス、地雷原などで外部から感染者が侵入できないようになっており、さらには防衛と治安維持のために自衛隊や警察も配置された。そして本州の生存者を北海道に移送することは取りやめられ、本州に設けた隔離地域で受け入れることとなった。


 隔離地域の物資事情は厳しく、食料は配給制で電気も自由に使えない。当然燃料など自衛隊や警察が最優先で、民間に回ってくることなどない。もっとも、狭い隔離地域の中では車移動などする必要もなかったが。その点では本州も北海道も、隔離地域内の事情はさほど変わらなかった。

 隔離地域には子供もいる。児童への教育をどうするかという点で政府は検討を重ねた上、最低限の読み書きや教養が無ければ復興のための労働力にすらならないだろうということで、中学レベルまでの義務教育が隔離地域内でも再開されることとなった。


 北海道に渡った後、亜樹は教師を目指して勉強に励んだ。かつて自分たちを守ってくれた恩師と同じ道に進み、教育という面から社会を良い方向に進めていきたいと思ったからだ。そして本州の隔離地域内で教師を募集しているという話が出た時、亜樹は真っ先に手を挙げた。隔離地域とはいえ感染者がまだ多く存在する本州は危険な場所であったが、覚悟の上だ。


 そうして本州に戻ってきた亜樹だったが、目の当たりにしたのは心が荒み切った子供たちの姿だった。

 隔離地域へ受け入れられた子供たちは、当然それまで感染者たちから逃げ隠れして生活を送っていた者ばかりだ。運よく家族揃って隔離地域へ来ることができた子供は少数で、親や友達を全て失った者も多い。


 そういった死への恐怖に怯えて毎日を過ごしていたせいか、隔離地域にいるのは何事にもシビアな性格な子供ばかりだった。「学校」に集められた子供たちがまず行ったのは友達作りではなく、「こいつは何ができるのか」「こいつは自分の役に立ちそうか」「こいつは足を引っ張る役立たずではないか」という「値踏み」だった。

 そのような性格になるのも当然と言えば当然だ。感染者から隠れつつ乏しい物資を分け合って暮らす生存者たちの中では、何も出来ないと判断された者は物資を無駄に消費する役立たずとして追い出され、また足を引っ張ると判断された者はグループに危険をもたらす前に同じく追放され、最悪の場合は殺されてすらいたのだから。


 損得勘定で動くのは人間にとって当然のことと言えば当然だが、それだけを判断基準として生きるのは正しい姿だとは亜樹には思えなかった。役に立たない者は切り捨て、自分にメリットがないからと他者と関わらず誰かを手助けするようなこともなかったら、その先に待っているのは「価値がない」と判断された弱者を見捨てて無駄飯食らいだと平気で殺し、「価値がある」と判断された強者が好き放題やって許される世界だ。そしてそれはあの同胞団の団長が目指していた社会でもある。


 だから亜樹は「先生」として子供たちに向き合い、彼らに誰かを思いやり、時には損得勘定を超えて助け合う気持ちを持ってもらいたいと教育に励んだ。最初のうちは荒み切っていて亜樹の授業も冷めた目で見ていた子供たちだったが、亜樹が授業で少年の話をしてからは何かが変わり始めた。


 彼らにとって他人のために自分の命を懸けた少年の話は興味深かったらしい。損得勘定を超え、誰かのために動けるような人間―――もちろんその結果として死んでしまうのは言語道断だが、そうやって助け合って暮らしていくのが人間というものではないかと亜樹は思う。全ての人間が自分にとってのメリットデメリットだけを考えて行動し、他人を利用するだけの存在として扱って生きていくのであれば、それはもうロボットと同じではないか? 方向性が違うだけで、理性と知性という人間性を失った感染者と何ら変わらない。


 かつての少年も子供たちと同じく自分のことだけを考えて、他人は利用価値があるかどうか、自分にとって危険かどうかを判断基準として生きてきた。その結果多くの人たちを殺してしまったこともきちんと手帳には書いてある。

 しかし少年は人間らしい心を取り戻し、他人を思いやる気持ちを再び持つことができた。自分が教えている子供たちにもそうなって欲しいと亜樹は思っているし、最近ちょっとずつ子供たちが変わり始めたことも実感している。以前は意味がないと子供たちが断じていた挨拶も、最近は朝に顔を合わせれば自然に言葉を交わすようになっていた。


 自分に他人を教え導くだけの資格があるかどうかはわからない。それでもちょっとずつではあるが、世界をいい方向へと変えていきたい。亜樹はそう思っている。


「お疲れ様です」


 途中、徒歩で巡回中の警察官たちとすれ違い、亜樹はそう言葉をかけた。警察官たちは亜樹に敬礼を返し、再び巡回に戻る、警察官と言っても治安維持や感染者からの防衛のために短機関銃や軍用散弾銃で武装しており、平和だった時代の拳銃一丁の装備だった頃とは大きくかけ離れていた。

 隔離地域の外は感染者だけでなく、武装した暴徒も多くいるらしい。猟銃はおろか自衛隊や在日米軍の武器を手に入れた連中も普通にいるし、中には隣国から安全地帯を求めて上陸してきた軍隊崩れの武装集団もいるそうだ。


「そういえばこの近くにも出たらしいな」

「例の髑髏男(スカルマン)か。悪い奴ではなさそうだが…」


 巡回中の警察官たちの会話が耳に届いてきた。髑髏男という存在は各地の隔離地域で噂になっており、亜樹も知っていた。髑髏男という名の由来は亜樹も知らないが、実際に亜樹が教えている子供の中にもその髑髏男に助けられたという子がいる。

 曰く、日本各地に出没しては人助けをして回っている謎の仮面の男らしい。本州に隔離地域が作られる前は、彼によって避難場所である青森県まで連れて行ってもらった人も多くいるとかいないとか。

 さらに髑髏男は感染者を倒すだけでなく、悪事を働く人間にも制裁を加えて回っているようだ。暴力をふるい誰かを傷つけるような輩のところに現れてはボコボコにして二度と同じことをしないと誓わせ、もしその誓いを破れば再び現れて今度は命を奪うという。髑髏男に制裁を食らい脅され、恐怖したのか反省したのかはわからないがその後誰かを傷つけるような真似は止めた者もかなりいると聞く。


 子供向け番組のヒーローみたいなことをやっている人もいるんだな、と亜樹は思った。



 

 早朝。

 隔離地域の内外はコンクリート製の大きな壁によって隔てられている。最初はコンテナや車両を積み重ねたバリケード、鉄条網付きのフェンスやコンクリートブロックなどで境界を区切っていたのだが、隔離地域に避難してきた生存者たちの労働によって徐々に立派な壁が作られていった。

 隔離地域は自由に出入りが出来ず、数か所に設けられた検問所を通る必要がある。検問所には武装した自衛隊員が配置され、監視塔には銃座とサーチライトが据え付けられていた。

 もっとも、好き好んで危険な外へと出て行こうとする者は隔離地域の中には誰もいない。そのため検問所を通るのはほとんどが外部への偵察や物資輸送のために外へ出ていく自衛隊のトラックだった。


 東の空が薄くオレンジ色に染まりだした頃、隔離地域の東側に設置された検問所の隊員たちは、遠くから車両が近づいてくるエンジンのかすかな音を聞いた。危険を避けるため物資輸送は基本的に夜間は行われないし、この時間帯にやってくる車両があるとは聞いていない。隔離地域の外にはいくらでも車両が放置されているが、5年の間にすっかりバッテリーが上がりタイヤはひび割れガソリンは劣化しているので、動かせる車はほとんどないはずだ。

 

 遠くからバイクのヘッドライトが近づいてくるのを見た隊員たちは、その方向へ向けて検問所に設置された機関銃を向けた。燃料を馬鹿食いするためほとんど固定砲台扱いで検問所の脇に停められていた戦車が、近づいてくるバイクに照準を合わせる。


「待て、撃つな」


 隊員たちが臨戦態勢を取っていたその時、そう行って彼らを制止したのはこの隔離地域を統括する一等陸佐だった。陸佐は隊員たちに銃を下ろすよう命令し、困惑する隊員たちの前に一台のバイクが停まった。

 バイクに乗っていたのは黒いコートを着て、顔には仮面を被った一人の男だった。隔離地域の外で人助けをして回っている仮面の男―――髑髏男の話は隊員たちも知っていた。隔離地域からほとんど出ることがない隊員たちの中でその姿を実際に見た者は多くは無かったが、それでも噂は聞いたことがある。


「通してやれ」

「いいんですか?」


 隔離地域に入るには特別な許可が必要で、その許可があったとしても身体検査やら何やらで一週間は外部へ留め置かれることとなる。しかし指揮官である陸佐がその手続きをすっ飛ばして許可を出したことに、一部の隊員は疑問を抱いた。


「ああ。お前たちも話くらいは聞いているだろう。こっちが何かしなければ向こうも手は出してこない」


 その言葉に多少疑念はありつつも、検問所の隊員たちは言われた通り仮面の男を通すことにした。トラックで突っ込んできてもぶち破れない重たい金属製の扉が開き、仮面の男がバイクを押しながら入ってくる。


「時間ぴったりだな。こっちだ」


 仮面の男を直々に出迎えた陸佐が、検問所脇の倉庫に彼を案内する。倉庫のシャッターが閉められ内部の様子は見えないが、二人が初対面であるようには隊員たちには見えなかった。




 倉庫に仮面の男を連れてきた陸佐はシャッターを閉めると、壁際のスイッチを押して照明を点けた。さほど広くはない倉庫の真ん中に積み上げられた物資の山が天井の照明に照らし出される。


「これ、本当に貰ってっていいのか?」


 仮面の男がそう尋ねると、陸佐は「好きなだけ持っていけ」と返した。

 食料や医薬品に加え、男が乗っているバイク用のガソリンや武器弾薬まである。どれも陸佐と同じく、仮面の男の支援者によって集められた物資だ。物資の管理は厳しく行われているが、これらはそもそも帳簿に記載されていないものなので、無くなったところで別に誰も気づくことは無い。


「まさか隔離地域のトップである自衛隊の偉い人間がこんなことをするとはな」

「部下を助けてもらった礼だ。それに、お前は我々にはできないことをやってもらっている」


 半年ほど前に物資輸送のために他の隔離地域へ向かっていた自衛隊のヘリが、エンジントラブルで不時着するという事故があった。運の悪いことに不時着した場所は感染者が大勢残っている地域で、二名のパイロットの生存は絶望的かと思われた。

 しかしそのパイロットたちを助けたのが目の前の仮面の男だった。仮面の男は足を負傷した一人を担ぎ、もう一人を護衛しながら隔離地域まで連れ帰ってきた。そしてそのパイロットたちは陸佐の部下だった。


 隔離地域の外で活動している仮面の男の噂は聞いていた陸佐だったが、実際に部下が助けられたことで彼に感謝するとともに、その活動を何か手助けしたいと思うようになった。

 燃料や物資の事情が改善されたとはいえ隔離地域の外で感染者の掃討はほとんど進んでおらず、しかも隔離地域外の生存者の救出作戦は思い出したかのように時折行われるくらいで、未だに多くの人々が隔離地域の外で感染者から身を隠して暮らしている。しかもそれらの人々から物資を奪って回る略奪者もいるというが、隔離地域外での活動が制限されている自衛隊や警察には、感染者に襲われそうになっている生存者たちを助けることも、暴徒たちを鎮圧することもできない。

 

 しかしそれらの組織に属していない仮面の男を縛るものは無く、隔離地域の外で人を助けて回り、悪漢たちをしばき倒して一人で治安維持活動を行っている。外で自由に活動できない自分たちに代わって生存者を助けている仮面の男を何とか手助けできないものかと考えた陸佐は、かつて男に助けられた人々が彼を支援するネットワークを作っていることを知った。


 仮面の男に自分や大切な人の命を救われ、その活動をサポートしたいという者たちの中には民間人だけでなく、任務中に男に救われた警察官や自衛隊員もいる。そのグループは仮面の男と密かに連絡を取り、隔離地域の外では手に入りにくくなった燃料や医薬品、そしてどこからともなく入手してきた武器弾薬などを提供し、男の行動を支援している。陸佐もそのグループに加わり、そして無線を使って今日この隔離地域に来るように男へ連絡をした。


「まあ、貰えるもんはありがたく貰っていくさ。特にガソリンなんか最近はほとんど手に入らないからな。タイヤは倉庫とかで保存状態のいいものを見つけてどうにかしているが、こっちもそのうちダメになるだろう」


 仮面の男はそう言って、ガソリンの入ったタンクをバイクのラックに積み上げる。もしもバイクが使えなくなったらどうするんだ、と陸佐が尋ねたら、男は無言で自分の足を叩いた。


「何のために足があると思ってるんだ?」


 その他にも医薬品や食料の入った箱を仮面の男はバイクに乗せた。そして床に敷かれた毛布の上に置いてあった一丁の自動小銃を手にする。


「まさか銃まで貰えるとはね」

「在日米軍の装備品だ。自衛隊(われわれ)の武器じゃないから一丁や二丁消えたところで誰も気にせん」


 男は銃を構え、照準器を覗く。木製の銃床(ストック)を備えた、狙撃銃にもなる大口径の自動小銃だ。ベトナム戦争頃の制式採用銃で、自衛隊が制圧した在日米軍の倉庫の奥に死蔵されていたものだ。


「5.56ミリよりも威力が大きいし、この口径なら猟銃用の弾が使い回せるから弾薬の入手性も多少はマシになる」

「ありがたい。自衛隊の小銃の弾はほとんど手に入らないからな」


 仮面の男は慣れた手つきで銃を操作し、問題がないことを確認すると20発入りの弾倉を装着して背中に吊った。もう一丁、今度は.45口径の自動拳銃を手に取り、スライドを引いて動作を確認する。こちらも自衛隊が接収した在日米軍の装備の中にあったものだ。

 しかしこの男はどこで武器の扱いを学んだのだろう、と陸佐は思った。銃火器の扱いだけでなく、ナイフなどを使った格闘もできると聞いている。複数の感染者が一度に襲ってきても一人で対処可能という話だ。おそらく今まで長い間、ずっと戦い続けてきたに違いない。


「ところで妙な噂を聞いたんだが」

「噂?」


 武器を点検しつつ、仮面の男がまるで世間話でも切り出すかのように言った。


「感染者にならずに済むワクチンが完成したっていうのに、一般市民にはそれを秘密にしているって話だ。たしかワクチンはもう2年も前に完成したって俺は聞いていたんだが」

「ワクチンの量産体制が整っていないからだ。一般市民に行き渡る量が確保されていないのにその存在だけ公表すれば、自分にも打てという連中が出てきてパニックになる」


 陸佐の言葉に嘘はなかった。インフルエンザだろうが何だろうが、ワクチンを作るには原料として鶏卵が必要になる。しかし5年前のパンデミックで大規模な畜産業も壊滅し、北海道で維持されていた養鶏業だけでは到底大量のワクチンを製造するだけの鶏卵を確保するのは困難だった。生存している日本国民全員に行き渡るだけのワクチンを供給するには何年もかかるだろう。


「なるほど、確かにその通りだ。だが、違う話も聞いた。政府がワクチンを外交カードにしようとしているって話を」

「それは…」


 陸佐は口ごもる。各地の隔離地域では軍政が敷かれており、治安維持のため駐屯する自衛隊の指揮官である陸佐はそのまま隔離地域の行政トップも務めている。それゆえに政府の動向に関する詳細な情報なども陸佐の耳には入ってきているが、仮面の男が話したことは事実であった。


 世界的なパンデミックで世界各国の統治体制は崩壊し、消滅した政府もある。しかし何とか崩壊一歩手前で踏みとどまり、再建を目指している政府も残っていた。

 アメリカはパンデミックで大きな被害を受けたが、銃器大国ということで国内に合法非合法含めた多くの武装組織があり、それらのおかげで生き残ってる国民も多い。しかし元々が強力な自治権を持ち独自の軍隊すら持つ州が集まってできた国ということで、連邦政府から離脱して独立を宣言する州が出たり、あるいは大統領やその側近がまとめて感染者と化して権限移譲がろくに行われなかったのをいいことに、自分たちが正当な連邦政府だと主張する集団が各地で乱立しているのだという。おまけに州兵や分裂した連邦軍もそれぞれの政府の「国軍」として行動しほとんど内戦状態らしい。


 それ以外の国でもパンデミックで近隣諸国の軍事力が低下したのをいいことにどさくさ紛れに他国に侵攻したり、自国内に感染者から逃れられる安全な場所が無いということで隣国に侵攻して安全地帯を奪おうとしたりと、感染者を放り出して人間同士で欲望のままに争っているのが今の世界の悲惨な有様だった。


 もっとも、今の日本も事情は同じだ。資源の乏しい日本は石油を始めとした天然資源の多くを輸入に頼っていたが、それも当然パンデミックにより途絶えてしまった。自衛隊により燃料備蓄基地などを取り戻したとしても、今ある分を使い切ってしまえばもう外国から資源が輸出されることは無い。

 そのため北海道の政府は平和維持活動(PKO)と称し、残存していた自衛隊戦力の大半を海外の資源地帯に派遣していた。崩壊した現地政府に代わって治安維持と感染者の掃討を行う国際貢献と言えば聞こえはいいが、要は資源地帯を占領して確保した原油や天然ガスを日本に送るのが目的だ。

  

 ワクチンが開発されパンデミックから5年も経過しているのに、一向に国内で感染者の掃討が進んでいないのはそれが原因だった。稼働する戦力の大半は資源確保のため外国に送り込み、それに伴い日本各地での生存者の救出作戦もほとんど行われなくなってしまった。ワクチンも国民に行き渡っておらず、国内に残った自衛隊や警察も隔離地域内の治安維持を行うのに手いっぱいだ。だからこそ仮面の男が今でも隔離地域の外で人助けをして回っているのに、一向に感染者が減る見込みは無い。


「アメリカにワクチンを提供する見返りに、在日米軍の装備を全て接収する許可を貰ったって話を聞いている。それどころか見返りに核兵器すら提供してもらおうって話もな」


 アメリカの各地で正当な連邦政府を名乗る集団が乱立しており、北海道の日本政府がその中の最大勢力の一つと接触していることは事実だった。本当に正当な連邦政府なのかは判断できなかったが、生き残った高官が多く所属していることから現在のアメリカ政府と判断してワクチン提供に関する交渉を持ち掛け、日本国内にある米軍の装備は全て日本政府が自由に使用してよいという形になった。仮面の男に提供した武器や燃料といった物資も、全て元を辿ればワクチン提供と引き換えに接収した在日米軍の装備品だ。


 それどころかさらにワクチンを提供する見返りとして、米軍の核兵器を入手しようとしている話も陸佐は聞いていた。その核兵器を使って何をしようとしているのかはわからないが、少なくとも日本国内の感染者に使うという話ではないだろう。政府はワクチンと核の2点セットを、外国に対してのアメとムチとして使おうとしているのではないかと陸佐は推測していた。


 今のところ、ワクチンの製造に成功したのは日本だけだ。数少ないワクチンは外国との取引材料に優先して回され、一般市民への接種の予定は全くない。治安維持のために活動している自衛隊や警察ですら打っていない者が大半だ。


「実際に苦労してワクチンを作ってるのはあんたたちだ。せっかく作ったそれを取引材料として使いたいって気持ちはわかる。だがな…」


 仮面の男は拳銃をホルスターに仕舞いながら続けた。


「もしもあんたらが誰かを虐げたり、脅して言うことを聞かせようっていうつもりなら、俺はあんたたちとも戦うぞ」

「たった一人で政府と戦うつもりか?」


 思わず陸佐の口からその言葉が出ていた。パンデミックで多くの戦力を失ったとはいえ、まだ自衛隊は日本における最大の武装集団であり、在日米軍から接収した分も含めて多くの兵器を保有している。いくら仮面の男が強いとはいえ、個人で戦うのは無茶を通り越して無理だ。

 しかし仮面の男はかすれた声で、しかしはっきりと力強く答えた。


「たった一人でも、だ。誰かを傷つけたり、誰かの自由を奪おうとする奴らがいるのなら、俺はたとえ一人でもそいつらと戦う」


 その顔は仮面に遮られて見えなかったが、きっとまっすぐな瞳をしているのだろうと陸佐は思った。そしてそんな青臭い理想を堂々と言える彼を羨ましいとも感じる。

 陸佐だって困っている人がいたら助けたいし、誰かを傷つけたり力で脅して言うことを聞かせようとしていたらそいつを許せないと思う。しかし男のように感染者のあふれる隔離地域の外で活動し、誰が相手であってもたった一人で戦おうとまでは思えない。自分には家族もいるし、隔離地域の統括官としての職務もある。何より、死ぬことが恐ろしい。


 しかしこの仮面の男にはそういったしがらみも恐怖も何もないのだろう。だからこそ自分の命を危険に晒し続けて誰かのために戦うことに一切の躊躇いは無いし、どんな者が相手であっても戦うことを恐れない。

 男のように生きることはできない。しかし彼をサポートすることはできる。そして同じような気持ちを抱く人々は大勢いた。


「そういえば、北海道のお前の支援者から預かったものがある」

「預かったもの?」

「新しい仮面だそうだ。作ったのは確か…オノデラとかいったか」


 そう言って陸佐は床に置かれた木箱を指さす。男が箱を開けると、中には彼が被っているのと同じような仮面が緩衝材代わりのおが屑に包まれて入っていた。


「防弾性能を向上させたV(バージョン)3.0だそうだ。10メートルの距離までなら12ゲージの散弾にも耐えられるらしい」


 男が被っている仮面には無数の傷が着いていた。刃物でつけられたらしい傷や、中には撃たれた痕らしい凹みもある。男が被っている仮面はかつて彼に助けられたオノデラという男が一貫して作り続けていて、新作が完成するたびに支援のネットワークを通じて男に届けられているようだ。一年に一度のペースで、北海道のオノデラから送られた新しい仮面に交換しているらしい。


 新しい仮面は今被っているものと同じく、何かの特撮番組に出て来そうな見た目をしていた。しかし灰色を基調としたその仮面はどこか人間の髑髏を思わせる見た目をしていて、髑髏男の呼び名に相応しくもどこかヒロイックなデザインに仕上がっている。


 男はその仮面を叩いたり、持ち上げて軽さを確認した後、陸佐の前で傷だらけの仮面を脱いだ。男は陸佐に背を向けていたが、真っ赤に焼けただれた素肌が一瞬だけ見えた。


「なかなか悪くないな。前のと比べても軽くなってる」


 新しい仮面を被った男は首を振り、視野や可動範囲を確かめているようだった。その仮面は邪魔にならないのかと陸佐は尋ねてみたが、「この顔を見せて余計な不安を与えるよりかはマシだ」という答えが返ってきた。

 仮面を被っているせいでその素顔を見た者はあまりいないが、悪事を働く連中には仮面を外して反省を促す。そしてその顔を見た者は恐ろしさのあまり震え上がり、以降悪事から手を引く。それでも反省せずに悪いことを続ける者たちがいれば、今度は命を奪いに来る―――話だけ聞いているとなまはげのようだと陸佐は思った。

 しかし感染者の掃討作戦が行われず、隔離地域外の生存者に対する支援もほとんど行われなくなってしまった今、仮面の男のような存在が必要であることも事実だった。困った時には助けに来てくれる、希望となる存在が。

 自分が同じことをするのは無理だから、こうやって彼の活動をサポートすることしかできない。出来れば敵にはなってほしくないものだ、と陸佐は思った。






 まだ陽も昇っていない早朝、突然部屋のドアを叩かれ亜樹は目を覚ました。遮光カーテンの隙間からは光も差し込んできていない。眠気に目を擦りながらドアを開けると、そこには薄暗い中でもはっきりと青ざめていることがわかる校長の顔があった。


「亜樹さん大変です。ススムくんがいなくなったと緊急で連絡がありました」

「ススムくんが…?」


 「学校」で亜樹が教えている子供の一人だった。今年で15歳になる少年で、2年前に自衛隊の救出作戦により住んでいた町から隔離地域へと避難してきた子供だった。他の子供もそうであるように、家族は行方不明のままだ。


「はい。夜中に相部屋の子がトイレに行こうとしたらベッドが空で、机にはここを出ていくと書置きがあったそうです」

「出ていくって、どこへ?」

「さぁ…そこまでは書いていなかったようです。ただ、周りの子によれば昨日の夜変なことを言っていたと。『俺も髑髏男になるんだ』と言っていたようですが…」


 子供たちの先生を務めているので、彼らの過去についてもある程度亜樹は調べていた。2年前、たった一人で生き延びていたススムを助け出して自衛隊の救助部隊のところまで連れて行ったのは、例の髑髏男だと本人から聞いたことがある。今年で義務教育が終わるのでこの先何をやりたいかと以前面談で聞いてみたら、「人助けをしたい」とススムは言っていた。


 そういえば昨日警察官たちがこの近くに髑髏男が来ていると話していた。もしかしたらススムはこの隔離地域を抜け出して、彼に会いに行くつもりなのだろうか。

 髑髏男にはあちこちに彼の活動を支援する人がいて、物資の補充などのために時折隔離地域にやってくることもあるという。ススムはどこかで、この隔離地域に髑髏男がやってくるという話を聞いたのかもしれない。


 隔離地域へ出入りするには基本的に東西南北にそれぞれ一か所ずつ設けられた検問所を通るしかない。隔離地域は入るのは検疫やら手続きやらでかなり難しいが、出ていくのは比較的簡単だ。もっとも出て行った後に生きて戻ってきた者などほとんどいないから、ここから出て行こうとする者など誰もいないが。


 亜樹がその話を校長にすると、「手分けして検問所を回りましょう」ということになった。亜樹は東の検問所、校長や他の教師は残りへ行ってススムが通っていないかを確かめる。

 すぐに着替え、上着を羽織った亜樹は外へと飛び出した。隔離地域はさほど広くないおかげで、自転車を使えば30分もかからず端から端まで行けてしまう。

 停めてあった自分の自転車に跨り、亜樹はペダルをこいだ。東の空が明るくなりはじめ、油を差していない自転車のチェーンとギヤが不快な金属音を立てる。



 10分もしないうちに、亜樹は東側の検問所にたどり着いた。早朝のまだ薄暗い中検問所にやってきた亜樹に、警備の隊員たちが困った顔で近づいてくる。


「もしかして、あの子の関係者ですか?」

「さっきいきなりやってきて、帰れと言っても聞かないもんだから困ってるんですよね」


 そう言って隊員が指さした先には、二つの人影があった。検問所の門の前にあったのは奇妙な仮面を被り黒いコートに身を包んだ人物と、大きなリュックを背負い彼に何かを必死に伝えているススムの姿だった。


「すいません、すぐに連れて帰りますから」


 そう言って亜樹は隊員に断りを入れ、検問所の中へと足を踏み入れる。とにかくまずは、ススムを連れて帰られなければならない。


「僕も連れて行ってください!」


 ススムが仮面の人物に向かってそう叫んでいた。髑髏をモチーフとしたらしい仮面を被ったこの男が、隔離地域の外で人助けをして回っているという髑髏男らしい。


「連れて行ってって…そりゃまた唐突だなぁ」


 髑髏男が被る仮面の下からは、困ったような掠れた声が聞こえた。その表情は仮面に遮られていて見えないが、きっと困った顔をしているに違いない。


「覚えてないですか? 僕は2年前、あなたに助けられたんです。足を怪我していたところを、自衛隊の救助部隊まで連れて行ってもらって…」

「…ああ、あの時の子か」

「あの時からずっと僕は、あなたみたいな人になりたいと思っていたんです。だからここに来てから一生懸命勉強して、身体も鍛えて…僕もあなたのように戦いたいんです!」


 「学校」でも当然体育の授業はあるが、ススムは同世代の子供たちよりも身体を動かし、トレーニングに励み、鍛えていることは亜樹も知っていた。それも、この仮面の男に憧れてのことだったのだろうか。

 しかしススムの口から「戦う」という言葉が出た途端、仮面の男が身に纏う雰囲気が変わったように亜樹は感じた。そして男は、諭すようにススムに言う。


「戦う、ね…ちなみに君は、何と戦うつもりなんだ?」

「感染者とか悪い奴らとか、とにかく困っている人たちを助けるために戦います」

「それは君がやらなくてもいいことなんじゃないか?」

「僕を助けてくれた時、あなたが言ったんじゃないですか。生きるってことは戦いだって。だから僕も戦って、誰かの役に立って、皆の明日を守りたいんです…そうすれば前みたいな、平和な世界が戻ってくるんじゃないかって…」


 男は少し困ったように、仮面の上から頭を掻いた。


「いいか、隔離地域(ここ)の外ははっきり言って地獄だぞ。あの時感染者だらけの町で生き延びていた君なら理解していると思うが、隔離地域を出れば命の保証なんてない。ここで暮らせていること自体が最大級の幸運みたいなもんだ。君はそのせっかく平和に生きていくためのチャンスを捨てるというのか?」

「はい。外で困っている人がたくさんいるのに、のうのうと平和に暮らすなんてこと、僕にはできません」

「感染者だけじゃない、人間相手に殺しあうことにもなるぞ。怪我をしたり、殺されるかもしれない」

「その覚悟は出来ています。それに僕はどうせ独りぼっちです、死んでも悲しむ家族はいません」


 男とススムの会話を聞いていて、亜樹は不安を抱いた。もしかしたらこの男はススムをここから連れ出すつもりなのではないかと。

 確かにススムは近く義務教育を終え、一人の大人としてこれから扱われることとなる。今や15歳を過ぎたら大人扱いなのだ。そんな彼にああしろこうしろと何かを強制する権利は亜樹にはない。だが、自分の教え子が危険な場所に赴こうとしているのを黙って見過ごすこともできない。


 しかし次の男の行動は亜樹の予想外のものだった。男は被っていた仮面に手をかけ、言った。


「そうか。なら、戦いの末にこんな顔になったとしても同じことを言えるかな?」


 そして男は一気に仮面を脱ぐ。その下に現れた男の素顔に、亜樹は思わず息を呑んだ。ススムと男のやり取りを見ていた検問所の隊員たちからも「うわっ」「なんだあっ!」という驚愕の声が上がる。


 仮面の下の顔は、まさしく男の異名通り髑髏のような有様だった。大火傷でも負ったのか顔の肉は焼け落ち、頭蓋骨に薄く皮膚が張り付いているかのようだ。頬や唇、鼻、耳というパーツは揃っているのに、元がどんな顔だったのか全く想像ができない。腐っている途中の死体と言っても通用する見た目の顔だ。

 そして瞼のない左目は失われているのか、瞳のない真っ白な義眼がはめ込まれている。右側しかない男の目が、ぎょろりとススムを見据える。「ひっ…」と悲鳴を上げて、ススムはその場にへたり込んでしまった。


「君は殺し合いの果てにこんな顔になったとして、それでも生きていけるか? 感染者に食われて顔がなくなるかもしれないぞ? 手足を食いちぎられたり、いっそのこと殺してくれって身体になっても生き残ってしまうかもしれない。後遺症で残りの一生を苦しみに苛まれながら生きることになるとしたら? それでも君は危険な目に遭ってもいいから戦いたいと思うのか?」

「ぼ…僕は…僕は…」


 どうやらススムは男の素顔を見たことが無かったらしい。男の顔を見たススムは、明らかに恐怖しているようだった。男に憧れを抱き自分も戦いたいと思ってはいたものの、その結果悲惨な目に合うかもしれないということまでは想像がついていなかったらしい。

 感染者に襲われて殺されるだけならまだいい。だが中途半端に生き残ってしまったら? 自分が誰かも分からないような化け物みたいな顔になってしまったら、それでも耐えて生きていくことはできるのか?


「いいか少年、俺は確かに生きることは戦いだと言った。だがな、武器を持って殺しあうことだけが戦いじゃない。誰かの明日を守るために、武器を手に取る必要はないんだ」


 再び男は仮面を被る。怪物のようなその髑髏の素顔が仮面に隠れたが、ススムへかける声音は変わらない。


「一日一日、今日という日を一生懸命生きることだって戦いだ。誰かに簡単に流されたりせずに自分なりの信念を持って、日々の生活の中でおかしいと思ったことはおかしいと言う。間違っていることは見て見ぬふりしてそのままにせず正す。それだって君の戦いだ」


 仮面を被った男はしゃがみ、恐怖で座り込んだままのススムの肩に手をかける。ススムの身体が一瞬震えたが、その目は男の仮面を見ていた。


「人助けだって危険な場所に行かなくたってできる。困っている人なんて今の世の中どこにでもいるんだ。皆の安全を守るために隔離地域を取り囲む壁を作る仕事。皆が凍えないように森から燃料となる木を切り出す仕事。皆が腹を空かせないように配給の食事を作る仕事。なんでも誰かのためになることだ。転んで泣いている子に手を貸してやることだって立派な人助けだ。銃を手にして危険な場所に飛び込んでいくことだけが誰かを守る、誰かを助けることじゃない。一生懸命毎日を生きて、自分の仕事を全うする。それだけで君は誰かの役に立っているはずだ」


 男は優しく声をかけ、ススムを立たせた。ススムのズボンについた汚れを払い、その顔を見据える。


「そして少しでもいいから他の人に対して思いやりを持って、優しく接してくれ。ちょっとずつでもいいから皆が自分以外の人のことを考えて行動するようになれば、きっと平和な世界になる。それまでは俺が戦い続ける」


 そして「わかったか?」と最後に言うと、ススムは頷いた。


「少年、君はまだ子供だ。君にはいろんな未来がある。自分が何をしたいのか、どう生きたいのか、しっかり考えるんだ。それに君は、どうやら独りぼっちじゃなさそうだぞ」


 男がそう言って亜樹の方を指さすと、ススムも振り返った。「ススムくん!」と亜樹が声をかけると、「先生…」と小さく呟くのが聞こえた。


「君を心配して、こんな朝早くでも探しに来てくれる人がいる。俺にはそれだけで十分だと思うね」


 「先生!」と叫んでススムが亜樹に駆け寄ってきた。「心配したんだよ!私も他の子たちも、先生たちも!」と叱って、それから亜樹はススムを抱き締めた。


「先生、ごめんなさい…僕は戦うってことがどういうものかもわかってなかったのに、あの人がかっこいいって理由だけで同じことをしたいなって…ちゃんと考えてたつもりだったのに、全然足りなかった…」

「まずは帰って皆に謝りなさい。夜中に寮からいなくなって、本当に皆心配したんだから。そしたらその後で、今後の進路相談でもしようか」


 亜樹がそう言うと、ススムは小さく頷いた。熟慮を重ねた末の行動ではなかったとはいえ、何かやりたいことがあり、誰かの役に立ちたいという気持ちがあるのは悪いことではない。

 まずは彼の相談に乗り、彼が何をしたいのか、どんなことを望むのか、そのために出来ることは何なのか。その話をしようと亜樹は思った。


「あの…私の生徒がご迷惑をお掛けしました」

「別に構わないさ」


 何事もなかったかのように言う男に、亜樹はどこか既視感を覚えた。ラックにポリタンクや箱を満載したバイクを押し、自動小銃を吊った仮面の男の背中が、あの日亜樹達を逃がすために戦い、帰ってこなかった少年の姿となぜか重なった。


 いや、そんなはずはない。だってあの少年は死んだのだから。怪我をした亜樹たちを逃がすために一人で無数の感染者たちに立ち向かい、そして咬まれた。生きていたとしても人間ではなくなっている。

 それに声だってあの少年のものとは全然違う年寄りみたいなかすれた声だ。何より本当にこの男があの少年であるのなら自分のことを覚えているはずだ。でも今の男の反応は、まるで初対面の相手にそうするかのようなものだった。


 それでも、もしかしたらと思い亜樹は男の背中に向かって声をかけた。


「あの、前にどこかでお会いしたことありませんか?」


 その言葉に男が足を止め、振り返る。無機質な、それなのにどこか安心感を与えるその仮面がこちらを向く。


「いや、覚えてないな」


 間を置かずして発せられた言葉は、亜樹が予想していた通りのものだった。それでもなぜだか亜樹は、その答えにどこか残念な気持ちを抱いた。亜樹は、最後に男に尋ねた。


「これからどこへ行くんですか?」

「どこへでも。助けを求める人がいる場所なら、どこだって」





 検問所の鉄扉が開き、亜樹やススム、陸佐たちが見守る中、元気なエンジン音と共に男がバイクで走り出す。すぐに鉄扉が閉まり、その背中が見えなくなった。


 しんと静まり返った廃墟の街の中で、男の駆るバイクのエンジン音だけが響いていた。太陽が昇り、生きている人間など誰一人としていない街を朝焼けが包んでいく。

 錆付き、雑草に覆われた車が点々と並ぶ道路を一台のバイクが走っていく。剪定がされなくなって枝葉が伸び放題になった桜の木には、小さな蕾が芽吹いていた。


 人類が滅んだとしても、これまでと同じく地球は回り続ける。

 夜が明け、かつての平和な時代もそうであったように、雲一つない青空の下でまた新しい一日が始まろうとしていた。

あとがき

皆さんこんにちは、初めましての方は初めまして。

またお会いできた方はお久しぶりです。

「ただひたすら走って逃げ回るお話」の作者・残念無念でございます。

今回は最終回ということで、いつもより少し多めの分量になっております。


今回を以て「ただひたすら走って逃げ回るお話」は完結となります。

最初の投稿が2012年の9月27日なので、完結まで13年かかった計算となります。

13年と言えば同じ年に生まれた子供が幼稚園から小学校を経て中学校に入学しているほどの年月です。時が経つのは早いですね。

さらに文字数はこの最終回の分も含めれば127万字近く。文庫本1冊が約10万字と考えると13冊分くらいはあることになります。束ねて振り回せば武器になりそうなくらいの量はありますね。


13年の間にもいろいろありました(遠い目)。

フィクションの中の出来事だと思っていた感染症のパンデミックが現実で起きるとは私も思っていませんでしたし、そのせいで社会が一変してしまったことも、人間のいろんな醜い面が表出したことも忘れられません。

困っている人たちがいるのにマスクや生活必需品を転売して自分だけ金儲けをしようとする人たち。感染の危険も顧みず他者を救うため頑張っている医療関係者に罵声を浴びせる人たち。「今まで感染者ゼロだったのにウイルスを持ち込んだ」という理由で県内初の感染者になった人を特定して誹謗中傷までしている人たちの話を聞いたときは唖然としました。

他にもネットのデマを簡単に信じてしまう人も後を絶たなかったりと、もしも本当に映画のように人を襲うゾンビとかが出てきたら、案外簡単に人類って滅亡するんじゃないかと思います。なんだかんだあっても世界の危機が訪れたら人類は一致団結して立ち向かえるのではないかと思っていましたが、現実は厳しい。


さて、この小説の主人公である少年はそんな滅亡寸前の世界をただひたすら走って逃げ回り、隠れ、生き延びて来ました。

ヒーローへの憧れを抱いていたのに、実際にはその真逆。勇気よりも恐怖が勝り、他人を信じられず、自分のことだけを考えてしまう。その結果多くの人たちを死に追いやってしまうこともありました。

そんな少年ですが最後には勇気を出して誰かのために戦うヒーローになれたのではないかと思います。

最後に少年は顔も名前も記憶も失い、平和な生活ではなく何者でもない仮面の男として誰かのために戦い続けることを選びましたが、この結末をグッドエンドと考えるかバッドエンドと捉えるかは読者の皆様にお任せいたします。

作中の日本にはまだまだ感染者もたくさん残っていますし、私利私欲の限りを尽くそうとする人たちも現実同様残っていて、世界中にたくさんの争いの火種がばら撒かれてしまっていますが、主人公はそれでも逃げずに戦い続けるのでしょう。たぶん。

でもみんながちょっとでも他の人のことを考えて、相手を思いやる気持ちを持てば、少しずつでも世界はいい方向に向かっていくのではないかと思います。


いずれにせよ、「ただひたすら走って逃げ回るお話」としてはこれで完結となります。

この作品がほんのちょっとでも皆様の人生の楽しみの一部になっていただいたのであれば、これほど嬉しいことはございません。


最後に、この小説を手に読んでいただいた皆様に心からの感謝を捧げたいと思います。

本当にありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
完結お疲れ様でした!この作品を書いて下さった事、読ませて頂いた事に感謝を。ありがとうございました! また作品に出会えることを楽しみにしてます。 少年の未来が沢山の仲間達と笑顔に溢れますように。
よい作品を読ませていただきました。 ありがとうございます。
マジで昔から見てて受験シーズンで時間なくて見れなくて今日確認しにログインしたら完結していて悲しくも嬉しくも感動というかなんというか色々な感情が混ざった状態になった。連載期間中に俺も少なくとも12年も歳…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ