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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第一部 喪失のお話
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第二一話 覚悟のススメのお話

「脱出手段が見つかったよ」


 帰って来るなり開口一番そう言ったナオミさんに、僕は飲みかけだったミネラルウォーターを吹きだしてしまった。水が気管に入り咳き込みのた打ち回る僕の背中を愛菜ちゃんが擦ってくれ、落ちついたところで再びナオミさんは話し始める。


「このマンションから南に2キロほど行った場所に、自動車販売店があった。どれも動きそうだったし、近くにはガソリンスタンドもある。あれが使えそう」

「でも、車のエンジン音で感染者に気づかれるんじゃないんですか? そうでなければアタシたちもとっくに車やバイクを使って移動してますよ」


 まあ、免許持ってないけど。結衣はそう付け足した。

 結衣の言う通り、感染者は自動車のエンジン音などを聞きつけて襲ってくる。聴覚は常人並だが、今や街を走っている車は一台もないのだ。自動車を走らせた途端、そのエンジン音ははるか遠くまで広がっていき、すぐに感染者が殺到してくるだろう。


 現に僕は車で逃げようとしていた生存者たちを見かけたことがある、日本でのパンデミックから3週間ばかりが過ぎた頃だっただろうか。路線バスの窓に鉄板や金網を張り、自作の装甲車で脱出しようとしていた一団は、無謀にも感染者たちの多い場所へと突っ込んで行った。

 最初の内は何体か感染者を轢き殺して進んでいたが、やがて血脂でタイヤはスリップし、オリンピック選手級の俊足を誇る感染者たちに追いつかれ、最終的にバスは感染者の海の中で立ち往生してしまった。彼らがその後どんな末路を辿ったのか、僕は最後まで見る前にその場を離れたのでわからない。


「結衣の言う通りですよ。確かに車は速く移動できるし物資も運べるけど、見つかる危険性が大きい」

「安心しなよ、私が見つけたのはハイブリットカーだ。普段はガソリンで動くけど、ほとんど騒音がしないバッテリー駆動にも切り替えられる。感染者が少なそうな場所では通常駆動で、感染者がいそうな場所では電気駆動に切り替えれば問題ない」


 本当に問題ないのだろうかとも思ったが、実際のところよくわからない。僕たちが今まで車などで移動していなかったのは単に免許がなく運転方法を知らなかったからであり、もし運転技術を身に着けていればまた違った選択をしたかもしれない。

 どのみち、このマンションに残された物資と水は尽きかけている。結局このマンションに来てから雨が降ることはなかったので、水は消費される一方だ。あと一週間もここにいたら水は完全になくなってしまう。いずれにせよ、一刻も早くこのマンションを出て行くほかに選択肢はないのだ。


「じゃあ早く車を持ってきて、ここから出ないと」


 愛菜ちゃんはそう言ったが、ナオミさんは笑顔を浮かべつつどこか困ったような顔をしている。話はそう簡単ではないことは、僕にだってわかる。


「そうしたいのは山々なんだけどね、色々問題があるんだ。まず一つは、どうやって感染者に見つからないように2キロ離れた自動車販売所に行って、気づかれないようにこのマンションに戻って来るかだよ」

「どうしてマンションに戻る必要が? 全員で販売所まで行って、そこからまっすぐどこか別の場所に向かえばいいじゃないですか」

「それだと荷物が運べないでしょ? 武器、食料、水、燃料……必要なものはたくさんある。もし手ぶらで出発したとして、行く先で物資が調達できなかったら今より酷い状態になる」


 僕らが携行できる荷物の量には限りがある。感染者に見つかった場合に備えて出来るだけ荷物は少ない方がいいが、それでは必要な物資がほとんど運べない。今までの僕たちのように、訪れた先に十分な物資が残っているとは限らないのだ。


「でも、直接車でこのマンションに乗りつけたらさすがに感染者にばれますよ。ナオミさんは素早いし訓練を受けてるから一人でも感染者に見つからないように移動できるかもしれないけど、僕たちには無理だ。あれだけの感染者、とても見つからずに進めるわけがない」


 ナオミさんはソリッド・スネークのような存在だから大丈夫なのかもしれないが、感染者たちがゲノム兵並に無能でない限り、僕や結衣、愛菜ちゃんが外に出た瞬間連中に見つかってしまうだろう。マンションに戻っての荷物の積み込みを諦めたところで、自動車販売所に辿り着くまでに感染者に発見される可能性は非常に高い。そうなれば僕らはこの町から脱出することも出来ず、かといって安全なマンションに戻ることも出来ずにあの世にご案内されてしまうだろう。


「一応方法は考えてあるんだよね、一応。……一人だけ、ものすごく危険な目に遭う方法だけど、今はそれ以外にここから脱出できる手段が思いつかない」

「言ってください。でないと実行するかどうかの検討すら出来ない」


 僕がそう言うと、ナオミさんは大きく息を吐き、机の上に地図を広げた。この町とその周辺が印刷された地図で、所々にナオミさんや僕らが目撃した街の情報が描き込まれている。


「まずこのマンションの地下駐車場にバイクがあった。それで一人が派手に騒音をまき散らしながら走って感染者を惹きつける。つまり囮だね。囮役はこの周辺一帯の感染者を引き連れて北に向かい、残りの三人がその間に自動車販売所に行ってハイブリッド車を確保。感染者はバイクを追うから、見つかることなくたどり着ける。そして3人はマンションに戻ってきて荷物を積み込んだ後、同じく北に向かう」

「それじゃ、バイクに乗ってる奴が追われたままじゃない。そいつを助けるために車で突っ込んだら、わざわざ音が少ないハイブリッド車を調達した意味がない」


 結衣が口を挟んだが、ナオミさんはそれを手で制して続けた。そして地図上のこのマンションから1キロほど北側にある細い道路を指差す。その地点に、英語で何かが書き込まれていた。


「ここでタンクローリーが立ち往生してた。日本でのパンデミックの際に運転手がパニくったのか、タンクローリーは道を塞ぐようにして停まってる。バイク一台がせいぜい通り抜けるくらいの隙間しかない。囮役の人は感染者を引き連れこの場所まで進み、バイクでタンクローリーの脇を通り抜ける。感染者は馬鹿だから、一斉にタンクローリーに殺到して道を塞ぐだろうね。で、連中がタンクローリーを乗り越えて追跡を再開する前に、囮役はこれを投げる」


 そう言ってナオミさんがポケットから取り出したのは、灰色のスプレー缶のような物体だった。缶の上部から信管と安全レバー、そしてそれらに突き刺さる安全ピンが突き出ていなければ、まさにスプレー缶か何かに見えただろう。机に置かれた時「ごとり」と重い音を発したそれは、ナオミさんが橋で横転していた自衛隊のトラックから回収した手榴弾だった。


「これは焼夷手榴弾といって、一瞬で4000度の熱を発することが出来る。これを爆発させたら燃料タンクなんて一瞬で穴が開いて、中のガソリンに引火する。感染者の大半は爆発に巻き込まれて、生き残ったとしても無事では済まないだろうね。そしてその後あらかじめ決めておいた場所で合流する」


 死亡フラグの香りがプンプン漂っているのは気のせいではないだろう。実際、危険が多すぎるアイディアだ。もし感染者がバイクに追いついたら、囮役は合流する前に死んでしまう。実際感染者は物凄く足が速いのだ。それにタンクローリーの爆破に巻き込まれるかもしれない。危険はいくらでもある。


「わたしはこれ以上にマシなアイディアが思い浮ばない。3人を生かすために、誰かが犠牲になる覚悟を持たなきゃならない。もしもっといいアイディアがあるのなら、教えてほしいくらいだよ」


 大の為に小を捨てる、この計画はそれを前提にしている。無論ナオミさんは小を見捨てるつもりなど毛頭ないのだろうけど、実際問題囮役になった奴は死ぬ確率が高い。

 だけど僕も結衣も愛菜ちゃんも、これよりマシだと断言できるアイディアを持ち合わせていなかった。皆揃ってここから脱出なんてのは理想に過ぎない、脱出の際に誰かが犠牲になるかもしれないということを皆覚悟していた。この世界は、それほど非情な場所に成り果ててしまった。

 ナオミさんは車を運転するため、そして車に乗り込む二人を守るために囮役を務めることが出来ない。愛菜ちゃんはそもそもバイクを運転できるかどうか。必然的に囮役になるのは、僕と結衣のどちらかだ。

 僕だって死にたいとは思わない。まだまだやり残したことがいっぱいあるし、激痛の中死んでいくことを想像すると身体が震える。だけど、それは結衣も同じだろう。彼女だって死にたくないはずだし、できれば感染者に追われる恐怖を味わうことなくこの町を離れたいに決まっている。


 年上の男が、安全と引き換えに年下の女の子を恐怖に晒す。そんなみっともないこと、出来るか?

 いや、出来ない。やってたまるか。


「わかりましたナオミさん、その方法でいきましょう。僕が囮を務めます」

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