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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
エピローグ:ただひたすら走って逃げ回ったあとのお話
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エピローグ-1 フォールアウトなお話

 聞こえるのは鳥の囀りと時折吹く風が揺らす木々の音、そして自分の荒い吐息だけだった。亜樹は前方に見える橋を目指し、自転車のペダルを漕ぐ。

 ところどころフレームが錆びたマウンテンバイクを漕いでもう何時間経っただろうか。ずっと自転車を漕いでいるせいで足は重たいし、快適なソファーではなく硬いサドルに座り続けているので腰も尻も痛い。

 腕時計を見ると、既に自転車を漕ぎ始めてから8時間が経過していた。前方に見える橋と周囲の道路や建物を見比べ、この8時間で20キロ程度前進できたことがわかる。


 8時間も自転車を漕いで20キロというのは短いかもしれないが、時々休憩をしていたし、何より道路が塞がっていて通れずに迂回を何度もしていたのだから当然でもあった。自転車を下りて歩けば通れるような場所もあったが、それでは意味がない。車が通れる道を探し、安全を確認するのが亜樹の役目だった。


 


 亜樹たちが埋立地を離れてから既に3か月が経過しようとしていた。少年を除いて一人の死者を出すこともなく埋立地を脱出した生存者たちだったが、苦難はそれでは終わらなかった。

 万が一の事態を想定して陸地側にもセーフハウスを構築していた佐藤たちだったが、50人以上の人間が隠れ住むにはセーフハウスは手狭であり、また物資も足りていなかった。食料や燃料などある程度の備蓄はあったものの、セーフハウスでずっと暮らせるだけの量はない。

 さらに客船の座礁とそれに続く戦闘のせいで、セーフハウスを含む市街地へ集まってきた感染者の数が急増したことも問題だった。物資調達のために外に出るたびに感染者と交戦し、犠牲者こそ出さずに済んでいたもののストレスと疲労は確実に生存者全員に蓄積していく。


 そこで亜樹たちは決断を迫られた。狭く物資も乏しいセーフハウスで息を潜めて暮らし続けるか、それとも安全な場所を探して旅立つか。喧々囂々の議論の末に皆が選んだのは、セーフハウスを離れて北へ向かうというものだった。

 既に市街地全域における感染者の数は無視できないほど増えつつあり、このままでは一歩もセーフハウスの外に出られなくなる可能性もある。それに感染者を全て倒せるだけの武器も弾薬も残っていない。であればまだ自由に行動が出来るうちに外に出て、少しでも感染者が少ない場所を目指した方が良い。道中の行程は確実に危険が伴うだろうが、セーフハウスでの生活に皆が疲れ切っていたことも事実だった。


 そうして埋立地を脱出した生存者たちは、今度は北を目指して出発した。乗用車やバイクだけでなく物資輸送用のトラックなども市街地から調達し、感染者対策に窓へ鉄板や金網を溶接するなどの改造作業が昼夜を問わず行われた。

 セーフハウスにいられたのはたったの一か月かそこらで、生存者たちは都心部を旅立った。とはいえ東北までの道のりは険しいことが予想されたため、移動には入念な偵察が必要となる。以前なら東北自動車道を使えば12時間かそこらで青森へ到着することが出来たはずだったが、感染拡大防止のために高速道路が封鎖されていることは誰もが理解していた。インターチェンジは封鎖されているし、それ以前に事故を起こした車で高速道路が使えなくなっているのは何度も見てきている。


 そうなるとひたすら下道を進んでいくしかないが、主要な国道も同様に警察や自衛隊によって封鎖措置が取られている。バリケードが道路の真ん中に置かれただけのものから、川にかかる橋を爆破して通れなくしたりと封鎖の度合いは様々だ。

 すべての下道を封鎖することは不可能だが、同様に事故車両で塞がっている道路が大半であることは簡単に予想がつく。塞がっていない道路があったとしても安全かどうかはわからない。数十名が大量の物資と共に移動することから車列もかなり伸びることになり、そこを襲撃されては簡単に大勢の犠牲者が出てしまうだろう。


 安全に移動するためには事前の偵察活動が重要となる。そこでに自転車に乗った偵察隊が本隊に先行して通行予定のルートの安全を確認することとなった。車の移動に支障がないことと周辺に脅威が無いことが確認出来たら偵察隊はアマチュア無線で本隊に連絡し、安全を確認できたルートで本隊が前進するという流れだ。

 偵察隊の移動手段に自転車を選んだのはエンジン音が出ないことと燃料補給の必要がないからで、どのみち一日に長距離を移動できるわけもないから自転車で行ける範囲を確認すれば十分と判断されたためだ。案の定道路が塞がっていたり、そうでなくても感染者が大勢うろついていて無事に通り抜けるのが難しいと考えられるような道ばかりで、車列が一日に移動できるのはせいぜい10キロかそこら。酷い時にはなかなか安全なルートを見つけられず、何日もその場に留まらなければならないこともあった。




 亜樹は腰のポーチから地図を取り出し、目の前の橋と見比べて今いる場所を把握しようとした。GPSなんて便利なものはとっくに使えなくなっている。

 橋を渡った先には道の駅があり、駐車場も広いだろうから車列を停める十分なスペースもあるはずだ。急速場所にはもってこいだが、その前に確認することがある。

 

 亜樹は別のポーチから、携帯電話を一回り分厚くしたような機械を取り出して起動する。大きな液晶といくつかボタンが並ぶその機械は、放射線量を測定するための線量計だった。

 亜樹が線量計を起動すると液晶画面にいくつか数値が表示され、それを見た亜樹はほっと一息ついた。どうやらこの辺りは無事らしい。


 線量計は亜樹だけでなく偵察隊の人間全員に配られていた。

 北へ向かう道中、亜樹たちは異様に破壊しつくされた都市をいくつか目の当たりにした。感染拡大を阻止するために自衛隊や米軍に爆撃された街ならいくつか見てきたが、それ以上の破壊がもたらされていた都市があった。高層ビルが根元からなぎ倒されていたり、バスが数台すっぽりと入りそうなほどの大きなクレーターが地面に出来ていたり。


「どっかの国が弾道ミサイルでも撃ち込んだんだろう」


 その様子を見た佐藤は淡々と線量計を配布しながらそう言っていた。

 感染拡大のどさくさに紛れて戦争を始めた国があったらしいとは聞いていたが、まさか日本もその攻撃対象に入っていたとは。もしかしたら核弾頭を積んだミサイルが着弾していた可能性もあるとのことで、偵察隊は線量計の数値に注意しながら進路の確認をしなければならなかった。


「でも、何のためにミサイルなんて…」

「さあな。世界が滅びようとしている中で他の奴を攻撃しようとする連中の考えなんて分かりっこないさ」


 佐藤はそう言っていたが、亜樹もその通りだと思った。どの国も感染者への対応で手いっぱいで他国を攻撃する余裕なんてなかっただろうに、なんでわざわざミサイルを撃ってくる必要があるのだろう。自衛隊や米軍などは感染者対策で手いっぱいでミサイルを迎撃する余裕も無いから、チャンスとばかりに撃ったのだろうか。

 それに感染者の拡大で各国ともに政府も軍隊も機能停止しつつあり、生きている人間の方が少ない状況だった。ミサイルを撃ったところで生きている人間なんて誰もいない都市に命中するばかりだ。


 それともそんな危機的状況だったからこそ、最後に他の国を道連れにしようと考えたやつらがいたのかもしれない。いずれにせよ世界が終末を迎える中、どれだけのミサイルが世界を飛び交っていたのか亜樹たちには知りようもなかった。しかし核攻撃や管理する者がいなくなった原子力発電所の事故などが考えられるため、とにかく放射線量に気をつけながらの北進となった。


 幸いなことに川にかかった橋は無事なままだった。橋の前には自衛隊のトラックとパトカーが止まっていて、地面にはくすんだ金色に輝く空薬莢がいくつも落ちている。周辺には頭蓋骨が砕かれた白骨遺体がいくつも転がっていて、橋の付近で戦闘が行われたことを物語っていた。


 だが橋にはバリケードの一つも設置されていなかった。トラックの荷台には大きな木箱が置かれていて、中には500ml缶サイズの緑色の四角い棒が入っている。棒の表面には黄色で何かが印字されており、文字はだいぶ掠れていたが「TNT」の単語だけは読み取れた。TNTと聞いて亜樹が思い浮かぶのは爆薬しかない。

 どうやらここにいた自衛隊員たちは橋を爆破しようとしていたようだ。だが橋は健在であることからその目的は果たせなかったらしい。自衛隊員の服装をした死体は見当たらないから、自らも感染者と化したのだろうか。


 橋を吹っ飛ばせるだけの爆薬が目の前にあることに亜樹はぞっとしたが、佐藤から爆薬は普通信管が無いと爆発しないと聞いたことを思い出した。トラックの荷台や周辺を見回したが、信管や導火線のようなものは見当たらない。感染者になった隊員が持ったままどこかへ行ってしまったのだろうか。

 映画やゲームと違い、TNTやC-4といった爆薬は火を点けようが撃とうが信管が無ければ爆発しないと佐藤は言っていた。となると、目の前のTNTはただの四角い棒でしかない。


 TNTはリュックいっぱいに収まりそうなほどの量があった。一瞬だけ持って行こうかとも思ったが、爆発の恐れが無いとはいえ人一人が簡単に消し飛ぶような量の火薬は持って行きたくなかった。それに信管が無ければ使い道も無く、ただのおもりにしかならないものを持って行く余裕はない。


 亜樹はトラックにTNTを放置し、そのまま自転車で橋を渡った。橋を渡った先の川岸には道の駅があるが、ここも今まで見てきた場所と同様に荒れ放題になっていた。広い駐車場には車が何台か放置されているが、誰かが生活している気配は感じられない。地元の野菜などを売っていたであろうテントがいくつも並んでいたが、長期間放置されていたせいか柱が倒壊していたり、裂けて旗のようになっている。


 建物の方はガラスが割れて風雨が中に入り込んだのかかなり荒れているようだったが、薄暗く内部の様子ははっきりとはわからない。亜樹は事前に拾っておいたピンポン玉サイズの石をポケットから取り出すと、建物の窓目掛けて思い切り投擲した。すぐさま、短機関銃を手にいつでも撃てる態勢に入る。


 放り投げられた石は無事だった窓に命中し、ガラスの割れる大きな音が駐車場まで聞こえてきた。これで内部が騒がしくなってきたら回れ右して引き返すところだが、30秒ほど待っても物音ひとつ聞こえてこない。念のためもう一回窓を石で割ってみたが、やはり静かなままだった。


 1分以上待ってみたが、それでも建物の内部からは何も気配を感じられない。亜樹は警察用の短機関銃を構えながら、道の駅の建物へと侵入した。入り口の自動ドアは開いたままになっていて、外から入ってきた土が壁際に積もって草を生やしている。


 短機関銃のハンドガードに埋め込まれたライトを点灯し、内部を見回す。道の駅ということで観光名所やイベントのポスターやチラシが壁にいくつも貼られていたが、窓から入ってくる日光で青白く変色し今となっては何が書いてあるのかもわからない。

 入り口からすぐのところにはレジやサービスカウンター、その奥には物産スペースがあったが、棚に並んでいたであろう商品は綺麗に無くなっていた。残っているのはどこにでも売っていそうな剣に巻き付いたドラゴンのキーホルダーのアクセサリーや、地元の人間の手工芸品など腹の足しにもなりそうにないものばかりだ。


 そのままテーブルや椅子が並ぶ休憩スペースや職員の事務室なども見て回ったが、誰もいなかった。ただ休憩スペースに空のペットボトルやレトルト食品の袋などが残されていたので、誰かがここにいたことは間違いない。それでもゴミの様子から見て、この道の駅に人がいたのは何か月も前のことだろうと亜樹は判断した。


 ひとまずこの道の駅に感染者はいない。橋も無事だし、ここまで車列が前進できそうなことは確認が出来た。

 亜樹は駐車場の自転車まで戻った。自転車の荷台にはアマチュア無線機がポータブル電源と共に取り付けられていて、偵察隊はこれで本隊と連絡を取っている。60センチほどのアンテナを伸ばして取りつけ、電源を入れた亜樹は無線機のマイクを手に取った。周波数を合わせ、本隊を呼び出す。

 応対した本隊の人間に目的地の道の駅が安全であること、事前設定したルートで通行可能な場所とそうでない場所、移動中は脅威もなかったことを連絡すると、対応を協議するとのことでしばらく待機するよう言われて通信は終わった。これから偵察員たちの収集した情報を基に、佐藤たちが車列が進むルートを決めるのだろう。

 この道の駅を目的地とするならば亜樹はここで本隊が来るのを待っていればいいが、違う場所が目的地になったらそっちへ行かなければならない。出来ればこっちに来てくれないかなと思いつつ、亜樹は無線機を乗せた自転車を押して道の駅の建物に入った。


 さっき話していて気付いたのだが、北に進むにつれて無線にノイズが混じるようになっている。セーフハウスにいた頃は音質もクリアで会話に支障もなかったが、北へ北へと進んでいくうちにザーザーといったホワイトノイズが混じるようになってきた。亜樹の無線機だけが不調というわけではなく、全ての無線機がそうだった。

 佐藤は妨害電波が出ているのかもしれないと言っていたが、誰が何のために行っているかまでかはわからないようだった。感染者は無線機を使わないから、生存者同士の通信を妨害したいのかもしれない。でも、それに何の意味があるのだろうか。無線機で交信が出来れば救助を求めたり、それが出来なくても情報交換はできるのに。


 このままではいずれ無線機も使えなくなるだろう。が、そうなったらどうなるかはまたその時に考えればいい。亜樹は道の駅の休憩スペースに置かれた椅子に腰かけ、さっき自分が割った窓から外を見た。元々人口が少ない地域だったのか、この辺りでは特に破壊や殺戮の痕跡は見られない。それでも生きている人間はたぶんいないだろうという確信があった。


 ふと、世界に自分一人しかいないような気がして亜樹は急に心細くなった。短機関銃を思わず抱きしめたが、硬い弾倉が腕に当たるだけだ。偵察隊は基本的に一人で行動しているから、話す相手もいない。今頃他の偵察員たちも、各々に課せられた役割を果たすべく自転車を漕いでいるのだろう。


 こんな時、あいつならどうするんだろうか。亜樹はふと少年のことを思い出した。ずっと孤独に過ごしてきた彼ならば、一人でいる時の過ごし方も知っていたのだろうか。

 短機関銃を抱きかかえたまま、亜樹は本隊からの連絡が来るのを待ち続けた。

ご意見、ご感想お待ちしてます。

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― 新着の感想 ―
一気読みさせていただきましたm(_ _)m 主人公が亡くなってしまうとは思っていませんでしたが死は誰に対しても平等にやって来るこの世界観にあっているなぁとも思いました。 ぜひ亜樹たちには生き残って、東…
[良い点] ゾンビ出てこないけど緊迫感ある。この作品ならではの感覚だわ、鉄火場になる訳でもないのに読んでると緊張するんよね…… [一言] 寂しい…
[一言] 頑張って生き続けてほしい
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