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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第四部:未来へ向かって脱出するお話
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第二〇一話 弾幕はパワーなお話

 少年たちが座礁した旅客船に突入するのとほぼ同じ頃、岸壁では万が一の事態に備えた防衛体制の構築が進んでいた。埋立地ということで今までは陸側からの感染者や暴徒の侵入ばかり警戒していたが、このように大型の旅客船がそのまま突っ込んでくるという事態は流石に想定外だった。

 今のところ船内に動きはないが、内部に感染者がいるという可能性は高いということで、埋立地からの避難の準備が船内の調査と並行して進められていた。戦えない子供や高齢者、傷病者をバスに乗せ、陸地に築いた前進基地に避難させる。万が一の事態を想定した脱出プランに従った動きだが、ここで予想外のトラブルが発生していた。


「バスはまだ出ないって?」


 そんな声が聞こえてきたのは亜樹がバリケード用の机を岸壁に運んでいる最中のことだった。岸壁側の防衛部隊の指揮官を命じられたハンが、眉間にしわを寄せて他の警備要員と何事か話している。話を聞くと、脱出に備えて陸地側に置いてあったバスがエンジントラブルで動けなくなっており、想定通りに避難が進んでいないらしい。

 車のエンジン音は感染者を呼び寄せる原因となりかねないため、本当であれば車両を使う場合はエンジン音が小さいか出ないような電動車両であることが望ましい。だが埋立地にいる全員を乗せられるだけの車両は確保できず、また何十台も車を動かす燃料は確保できないし規模の大きな車列は警護も困難になる。

 そこで街に放置されていた市バスを修理した上で防護力を向上させる改造を施し、埋立地を放棄するような事態になった場合は多くの人間をその車両に乗せて避難するのが当初のプランだった。しかし脱出の要であるバスが動かないとなると、修理するにしろ他の車両を使うにしろ、避難には時間がかかってしまうだろう。


「我々の仕事は万が一感染者が外に出てきた場合に何としても始末することだ、準備を急げ!」


 ハンが声を張り上げ、亜樹は指定された場所にバリケードの資材を積み上げていく。椅子や机を組み上げ、そこに自衛隊の軽機関銃を配置した。機関銃は埋立地でも数丁しかない強力な武器だが、今はその火力が必要な時だった。

 弾薬箱を両手に持った警備要員が防衛陣地へ銃弾を運ぶ横で、旅客船への突入が始まっていた。船体の横っ腹に空いた破孔から突入していく佐藤と少年の姿を見て、亜樹は思わず足を止めてしまう。中に何がいるかわからない場所によくも足を踏み入れられるものだ、とある意味感心してしまう。自分だったらきっと、どんな武器を持たされても出来ないことだろう。


 出来ることならば岸壁すべてをバリケードで囲ってしまいたかったが、そんな資材も作っている時間もない。もともとあったフェンスに加えて、有刺鉄線などを設置するので精一杯だった。尚も作業が続けられている最中、双眼鏡で客船を覗いていた警備要員の一人が何かに気づいて小さな声を上げる。


「あっ…」

「どうした?」

「今何か窓の向こうで動いた気が…」


 その言葉で皆が手を止め、巨大な客船を見上げる。窓の向こうと言っても岸壁から客室まではかなりの高さがあり、下から見上げても部屋の天井部分しか見えない。亜樹も自分に割り当てられた猟銃を手に取り、取り付けられたスコープを覗いた。


 スコープの十字線の向こうに見える客船の窓には薄汚れたカーテンが垂れ下がり、室内の様子は伺えなかった。そのまましばらくスコープを見ていたが、特に変わったところは感じられない。

 作業に戻ろうとしたその時、ハンが持っていた無線機から少し焦ったような口調の佐藤の声が聞こえてきた。が、電波が上手く受信できていないのかノイズ交じりの途切れ途切れでしか聞こえない。が、それでも佐藤が焦っていることと、船内に感染者がいるということだけは聞き取れた。


 その言葉を聞いた途端、ハンが全員に持ち場に着くように命じる。亜樹も運んでいた弾薬箱を急いでバリケードの銃座まで運び、機関銃に取りついた銃手が安全装置を外して銃口を船に向ける。

 亜樹も配布された猟銃のボルトハンドルを引き、薬室に銃弾を装填した。直後船の方から微かに銃声のようなものが聞こえてくる。どうやらさっきの無線は船に感染者がいることを警告したものだったらしい、とその場にいた面々は悟った。


「応援を送りますか?」

「いやダメだ、これ以上の人員は割けない」


 浮足立つ面々の中で、軍隊経験のあるハンだけは冷静だった。彼の言う通りで、そもそも埋立地の人員はカツカツなのだ。船内に突入したのは埋立地にいる中でも腕利きの連中ばかりだが、それだって広大な船内を探索するのにたったの数名しか派遣することが出来ていない。

 感染者の上陸に備え、その上避難を進めている非戦闘員の警護や陸側に設けた避難先の前進基地の警備にも人を割いているとなると、今いる場所から一人でも人員が欠けたら途端に防衛態勢が崩れてしまう。むろん突入した佐藤たちは万一の場合でも救助が来ないことを承知の上だが、だからといって何もしないのは見捨てるような気がして後ろめたさがあった。


 そうこうしている内に船内から突入班の面々が飛び出してきた。その数は4人。佐藤と少年の姿はない。

 最後尾の一人が慌てた様子で船の中に向かって銃を乱射しているのが見えた。最後の一人が船体の脇腹に空いた破孔から出てきた瞬間、待機していた警備要員らが急いでコンクリートブロックや土嚢を積み上げて穴を塞ぐ。


「佐藤さんとあいつは!?」

「二人は別ルートで脱出する!」


 引き返してきた突入班から無線で話を聞いていたハンがそう言った直後、「感染者だ!」と誰かが叫んだのが聞こえた。

 見ると客室の窓際をうろつく人影が地上からでも見えた。そして各階層に設けられた屋外通路に、開いたままのドアから人影がいくつかふらふらと出てくる。船内の喧騒に気づいたのか、それとも偶然扉が開いていたから外に出ただけなのか。亜樹が猟銃のスコープでその人影を確認すると、どう見ても普通の人間ではなかった。


 直後、手製の消音器を取り付けたライフルを構えたハンが引き金を引き、周囲にくぐもった銃声が響く。スコープの向こうで人影が頭から血を流して崩れ落ち、視界から消えた。


「外に出てきたやつを撃て」

 

 ハンの指示で消音器を取り付けた銃を持った面々が、船の外に出てきた感染者たちへ向かって発砲する。とはいえ距離がある上に動いている感染者を一発で仕留めることは難しく、放たれた銃弾の半分は船の壁に突き刺さって火花を上げた。それでも何発かは感染者の胴体に命中し、その動きが鈍ったところでさらに殺到した弾丸が感染者の上半身を赤く染まった肉の塊に変えていく。


 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。もっとも、撃つだけの数が無いことが問題だが。それでも最初の内は展望デッキや屋外通路に出てきた感染者を静かに処理することが出来ていた。が、皆で何発も撃っている内に、一際大きな銃声が岸壁に轟いた。


 見ると警備要員が発砲していた猟銃に取り付けられた消音器が完全に破裂し、その役割を果たさなくなっていた。

 銃自体が手に入らない日本では消音器なんてものは売っておらず、亜樹たちが手にしている銃に取り付けられている消音器はオイルフィルターやフラッシュライトの筒を改造して手作りされたものばかりだ。当然、耐久性は本物に比べてはるかに劣り、十数発も撃てば発砲時の熱で壊れてしまう。

 そもそもハンドメイドの代物である以上、耐久性の保証はない。だから10発も撃ったら交換と決めていて、亜樹たちも消音器を取り換えながら発砲を続けていた。が、偶然誰かが不良品を引いてしまったらしい。お手製消音器は撃った瞬間に取り付け部分を残して吹っ飛び、派手な銃声を鳴らしてしまった。


 思わず皆が手を止めていた。船の上に出てきていた感染者たちも動きを止め、岸壁の方を向いていたような気がした。ほんの一瞬の静寂のはずだったのに、亜樹にはそれがまるで何十秒もの出来事のように思えた。


 その静寂を打ち破ったのは展望デッキに出ていた感染者たちの咆哮だった。感染者たちは今、明確に陸地に人間がいると認識してしまった。今の咆哮はきっと船のあちこちにいた感染者にも届いただろう。

 船から二百メートルは離れているはずなのに、亜樹には押し寄せてくる感染者たちの足音が聞こえたような気がした。次の瞬間、屋外の通路や展望デッキなど船内に通じるあらゆる扉から、感染者の群れが飛び出してくるのが見えた。


 感染者たちは陸上にいる人間の姿を視認した途端、デッキや通路から岸壁へと身を躍らせた。かなりの高さがあるというのに、躊躇なく外へと飛び出していく。感染者は死に対する恐怖が無い。だから飛び降りて足を折ったり全身を強く打ち付けて死ぬなんてことも考えず、ただ目の前の獲物に食らいつこうとする。

 最初に船外へ飛び降りた感染者たちはことごとくが着地に失敗して頭から落下したり、全身を打って即死した。死ななかった感染者も着地の際に衝撃で足を折り、その場でもがいている。それだけで数十体の感染者が死んだ。だが感染者は後から後から続々と岸壁へ降りてくる。尚も頭から落下したり全身を強く打って死ぬ感染者は大勢いたが、そのうち先に墜落死したものの死体をクッションにして安全に着地する感染者も出てきた。それに高さがさほどない場所から飛び降りた感染者たちもさほどダメージを受けることもなく、足を引きずりながら岸壁の陣地に迫ってくる。


「撃て、撃ちまくれ!」


 ハンがシンプルかつ、この状況に最適な指示を下した。こうなってはもはや消音器付きの銃で一体ずつ狙撃していっても意味がない。大量の銃弾を浴びせ、とにかく感染者の群れを挽肉に変えていくしかなかった。

 今まで沈黙していた銃座の軽機関銃が火を噴き、船から飛び降りてくる感染者たちに向かって銃弾を浴びせかける。数発ごとのバースト射撃でデッキや通路にいる感染者を撃ち倒し、亜樹たちも猟銃や自衛隊のライフルを使って着地した感染者に向かって引き金を引いた。


 まるで餌を見つけて巣から這い出して来るアリの群れだと亜樹は思った。そしてそんな中でも気になったのは、尚も連絡が取れないまま船内にいる少年と佐藤のことだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんなに更新が早いなんて許されるんだろうか。 ありがとうございます!ありがとうございます!
[一言] 待ってました!! 投稿楽しみにしてます!!
[良い点] 投稿待ってました [一言] 埋め立て地グループにはよくない流れ…佐藤さんともはぐれたままだし 弾(火力)は持つかな…この場を凌いでも消費した物資は戻らない、消費する一方の世界きびしい
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