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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第四部:未来へ向かって脱出するお話
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第二〇〇話 空から男の子がなお話

 空気を震わせる銃声と、空薬莢が床に落ちる金属音。そして銃火とフラッシュライトに照らし出される感染者たちの姿と無数の咆哮。それが今少年の知覚する全てだった。

 船内をさまよう無数の感染者たちから逃れるように階段を上ったが、その先にも銃声や爆発音、そして仲間の咆哮を聞いた感染者たちが待ち構えていた。


「こっちはダメだ!」


 そう叫んだ佐藤が銃を発砲すると、階段の上から感染者が数体転げ落ちてきた。見上げると立派な絨毯が敷かれた階段の踊り場に、数体の感染者の姿があった。さらに上からはどたどたと階段を駆け下りてくる足音がいくつも聞こえる。これ以上この階段を使って上には行けない。


 佐藤と少年は再び通路に出た。立派な絨毯と綺麗な白い壁が続く細い通路の左右にはいくつも客室があり、少年は自分たちが乗客用の区画に出たことに気づく。背後から追ってくる感染者たちに、佐藤がもう一つ手榴弾を投げ込む。最後の手榴弾が爆発し、二人の頭上を血と肉片が舞う。


「うわっ!!」


 他の階段を目指して通路を走っていた少年の眼前に、突如感染者が飛び出してきた。扉が開いたままの客室の中にいたらしい。口を大きく開け黄ばんだ歯を見せつけてきた男の感染者は、少年の姿を見るなりとびかかってくる。

 少年は銃を構えようとしたが、距離が近すぎた。カービン銃の銃口が接近する感染者の身体に当たって弾かれ、少年はとっさに腕を掲げて顔をガードする。直後、感染者がプロテクターに覆われた少年の左腕に食らいついた。


 金属板をウレタンで覆ったプロテクターは感染者の歯こそ通さなかったものの、その強靭な顎力によって嫌な音とともに変形していく。押されるままの勢いで少年は通路の壁に背中から叩きつけられ、その衝撃に肺の奥から息が漏れた。腰のベルトに装着していた無線機が壁と少年にサンドイッチされて嫌な音を立てて変形し、ワイヤレスイヤホンが一瞬変な音を立てたのち雑音しか流さなくなる。


 背後から近づく感染者を前にこのまま立ち止まっているわけにもいかず、少年はカービン銃から手を放して拳銃を引き抜いた。そして腰だめに構えた拳銃の引き金を引き、その胴体に数発撃ちこむ。

 一発撃つごとに眼前の感染者の身体ががくがくと揺れたが、それでも絶命には至らない。少年は拳銃を握った右腕を持ち上げ、下から感染者の顔めがけて発砲した。少年の左腕に食らいついていた感染者の頭が内側から弾け飛び、鼻と上唇が吹き飛んだグロテスクな顔になる。

 顔を弾丸が貫いてもまだ感染者は少年のことを食い殺そうとしていた。さらに数発を発砲し、そのうち一発が顎の下から口蓋を貫き、頭蓋骨の中で銃弾が脳味噌をぐちゃぐちゃにかき回す。ぱっと頭蓋骨の破片が飛び散り、綺麗な廊下の天井を血しぶきが赤く染める。


「大丈夫か!?」


 佐藤が銃を撃ちながら少年を抱え起こした。少年はプロテクターに覆われた腕を見て、感染者の歯が通っていないことに安堵した。プロテクターには感染者の歯型がくっきりと刻まれていたが、貫通はしていない。


「大丈夫です!」


 少年はそう返して背後から追ってくる感染者たちに向けて銃弾を放った。持ってきていたカービン銃の銃弾はあと少ししか残っていない。


「あと少しだ! もう少しで外に出られる!」


 佐藤が弾切れ寸前のカービン銃から拳銃に持ち替え、再び先に立って走り出す。少年も通路の脇に置かれていた枯れた観葉植物の大きな鉢植えを倒し、少しでも感染者たちを足止めしようとした。倒れた鉢植えに足を引っかけて先頭の感染者が転倒し、後に続く何体かがそれに躓いてバタバタと倒れた。しかしそれは感染者たちの勢いを多少鈍らせる程度の効果しかなく、必死に逃げるしかなかった。


「うわっ!?」


 佐藤に追いつこうとしていたまさにその時、二人を分断するようにして横の通路から感染者たちが姿を見せる。その多くは佐藤を追っていったが、数体が少年の方に向かってきた。こうなってはもう佐藤を追う暇はない。少年は自分に向かってくる感染者を突き飛ばすと、今まさに連中が出てきた通路に飛び込んだ。佐藤が何かを叫んでいたが、感染者の咆哮にかき消され聞こえない。


 感染者たちが出てきた通路は階段につながっており、少年は無我夢中で階段を上った。舷側の階段なのか小さな窓が壁にはめ込まれていて、そこから差す光がわずかに周囲を明るく照らしている。窓から外の様子を見たかったが、そんな暇はない。

 背後から追ってくる感染者はいたが、上から感染者が下りてくる気配はない。二段飛ばしで階段を駆け上がり、少年はひたすら上を目指す。途中追いつきそうになった感染者を階下に蹴とばし、銃弾をお見舞いし、その手を躱しながら階段を上がっていくと、ようやく屋上デッキに繋がる扉が見えてきた。


 ここで鍵が閉まっていたら一巻の終わりだな、と思いつつドアノブに手をかけ、体当たりするかのように全身で扉を押す。金属が軋む音とともに勢いよくドアが開き、少年はほとんど転がるように外に出た。


 薄暗い客船内にいたせいで外の光が眩しく、少年は目を細める。だがそんな少年の耳に聞こえてきたのは、連続した激しい銃声だった。銃声は船の中からではなく、外から聞こえてきていた。


「何が…?」


 すぐにドアを閉め、プールやパラソル、ジャグジーが並ぶ屋上を走り、手すりから身を乗り出すようにして外を見る。そこに広がっていた光景に、少年は思わず目を見開いた。


 少年のいる場所から階下にある屋上デッキからぞろぞろと感染者たちが飛び出し、防衛要員たちのいる陣地へ向かって突撃を行っていた。屋上デッキから埠頭の岸壁までの高さは10メートル以上はある。最初に飛び降りた連中は打ち所が悪かったのか、それとも着地した瞬間に銃弾を浴びせられたのか絶命したようだが、その死体をクッション替わりにして続々と感染者たちが船から外へと飛び出していく。


 他にも客室のベランダや座礁の衝撃で窓が割れた通路からも外へと感染者が飛び出してきているらしい。感染者にとっては脱臼しようが骨折しようがお構いなしで、腕が変な方向に折れ曲がったり、骨が突き出した折れた足を引きずって陣地に這い進む者もいる。たまに頭から岸壁に転落してそのまま動かなくなる感染者もいるが、ほとんどは身体機能にさほどダメージを負わないまま上陸することに成功していた。


 対して船から離れた場所に陣地を築いた少年の仲間たちも、感染者が自分たちに近寄らないようにするので精一杯のようだ。機関銃を中心にした陣地が二つあり、陸地に降り立った感染者たちに向けて銃弾を浴びせかけている。だが感染者たちが船から飛び降りる前に銃撃を加えることが出来ている者はわずかで、ほとんどは自分たちに向かってくる感染者を倒すために銃弾を放っていた。船から飛び出した感染者の群れは、陣地から50メートルほどのところまで接近してしまっている。


 なんでこんなことに。少年はそう思わざるを得なかった。少年たちが入ってきた船の破孔は感染者と遭遇するなり封鎖されたはずだから、それ以外のところから感染者が出てきてしまったのだろう。その可能性も考慮して今回船の臨検に臨んだはずだったが、それでも少年はこの事態に焦らざるを得なかった。

 何しろ感染者が数千体もいるのだ。それらが全部陸地に乗り込んで行ってしまったら、こちらの装備でどれだけ対応できるだろうか。それに陣地で感染者を迎撃している警備要員たちの銃には消音器がついていない。この状況では仕方のないことだが、派手に銃をぶっ放して銃声をまき散らしていれば埋立地の外にいる感染者たちもこちらに来てしまう可能性がある。


 とはいえ、今少年がやるべきことはこの船の外に出て警備要員たちと合流し、感染者の数を減らすことだ。彼らに連絡を取ろうと無線機に手をやった少年は、先ほどの感染者との戦いで無線機が壊れてしまったことを思い出す。仕方がないので少年は大声で叫び、手を振って自分の存在に気付いてもらおうとした。


「おーい!!こっちだ!!」


 感染者たちが詰めかけているのか背後のドアから嫌な打撃音がするが、かといって自分の存在に気付いてもらえないまま下りてしまっては感染者と間違われて撃ち殺されてしまう可能性もある。しばらく叫んで手を振っていると、陣地で銃を構えていた者の一人が少年に気づいたようだった。亜樹だ。

 目を見開いた彼女が何を言っているのかは聞こえなかったが、「なんでそんなところに?」とでも言っていたのだろう。無線機を手に取った彼女に、少年はジェスチャーで自分の無線機が壊れたことを伝える。


 続いて少年は今まで背負っていたリュックからロープを取り出した。片方の先端についているフックをデッキの手すりに引っ掛け、束ねたロープを手すりの外に放り投げる。宙に揺れるロープを見て亜樹も少年の意図に気づいたらしい。周りの仲間に声を掛け、ロープが垂れた場所周辺への銃撃を控えるのがわかった。このような事態に備えてとても重たいロープの束をずっと背負っていたのだ。


 背後から破壊音とともに、枠ごと外れたドアが甲板上を吹っ飛ぶ。殺到した感染者たちの馬鹿力でドアが破られてしまったらしい。続々と屋上デッキへと飛び出してくる感染者たちを見て、慌てて少年はベルトに取り付けてあったカラビナにロープを通し、手すりから身を乗り出す。

 下をのぞき込むと、今いるデッキから岸壁まで40メートルはありそうだった。地上すれすれのところをロープの先端がゆらゆらと揺れていて、地上までギリギリの長さしかないことがわかる。ここから落ちたら間違いなく死ぬだろう。


 少年は残り少ない銃弾を感染者たちに叩き込んでから、両手でロープを掴み手すりを乗り越える。船の外壁を足場にして、ロープを掴む力を弱めて少しずつ下へと降りていく。殺到した感染者たちが手すりから身を乗り出して少年に手を伸ばすが、既に少年は感染者たちの手が届かない場所まで下りていた。


 このままなら無事に地上まで下りられる。そう思った矢先、少年の頭上から何かが降ってきた。少年を襲うことしか頭にない感染者が手すりを超え、空中に身を投げたのだ。恐怖心がない感染者にとって地面に落ちたらどうなるかなんてことは関係ない。目の前の人間を襲って食う。それしか考えられない。


 とっさに少年は身をよじって上から落ちてくる感染者を何とか避けた。少年を捕まえることが出来なかった感染者はそのまま落下していき、地面にぶつかって真っ赤な血の花を岸壁に咲かせた。

 だが落ちてくる感染者は一体だけではなかった。二体、三体と続いて空中に身を躍らせ、落下しながら少年に向かって手を伸ばしてくる。転落しないようロープを掴むことに必死だった少年は落ちてくる感染者たちを避けきることが出来ずに、そのうちの一体にぶつかってロープを手放してしまった。


 あっと思った時には遅かった。衝撃と共に視界が二転三転し、灰色の空と灰色の岸壁、戦う亜樹たちの姿が遠くにぐるぐると回転しながら見えた。そして目の前には少年の身体を掴み、大きな口を開けて今まさに食らいつこうとしている感染者。手放してしまったロープが宙に揺れ、地面がどんどん近づいてくる。何もできず、何も考えられないまま少年は近づいてくるコンクリートの地面を見ることしかできない。


 再び大きな衝撃。体がバラバラになるのではないかと思うほどの強い痛みが全身に走り、少年は意識を失った。

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[良い点] エキサイティング‼️いつも楽しみにしています。ありがとう!!! [気になる点] うーむ 今のままでも十二分楽しく読めているよ [一言] 重機?ダンプカー、シャベルカー、ブルドーザーとか。…
[気になる点] 主人公死にそうだが佐藤も死にそう
[気になる点] これは流石に、しかし生き残るんだろうな主人公だし!! ……ほんとにい??
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