第一八五話 踊る大捜査線なお話
「こいつら、いったい何なんですかね?」
先ほどまで駐車場にたちこめていた白煙は晴れ、その後にはいくつもの新鮮な死体が転がる凄惨な光景が残された。少年は血塗れの斧を振ってこびり付いた血と肉片を払い、鞘に戻す。その背後では佐藤が倒れた子供たちの身体を爪先で蹴り、きちんと死んでいるか確認していた。
そう、子供。少年たちに襲い掛かって来たのは皆子供だった。歳は年長者でも20歳を超えていないだろう。中には小学校高学年ではないかと思しき者もいる。そいつらが手に手にナイフや有刺鉄線を巻いたバット、自作の斧や槍を携えて少年たちに突っ込んできたのだ。
この戦闘が始まる直前に発煙筒を矢で撃ち込んできた奴らは佐藤が反撃を食らわせて射殺していたが、そいつらも中学生くらいの子供だった。子供で構成された盗賊――――――その結論で片づけるには、彼らの様子はあまりにもおかしかった。
「単純に物資を奪いにきたってわけじゃなさそうだ。だったら亜樹も死んでるはずだ」
しかし亜樹の死体はどこにも見当たらない。あの子供たちが何が狙いで少年たちを殺そうとしたのかはわからないが、少年たちを殺そうとして襲ってきたのなら、見張りに立っていた亜樹が真っ先に殺されているだろう。
だが亜樹は血痕も物資も何も残さず消えている。死体を持ち去るなんて面倒な真似はしないだろうし、この短時間でそんなことが出来るとも思えない。
「ちょっと手を貸せ。なるべく綺麗な死体を探して、そいつの服を脱がせろ」
「何をするんです?」
「こいつらの様子がおかしかった。銃で片腕を吹っ飛ばされようが、ナイフを腹に刺されようがこれっぽっちも痛がる素振りを見せなかった。ただの子供じゃない」
内臓を引き摺ったまま、千切れた片手から武器を拾い上げてなおも少年を殺そうと突っ込んでくる子供たち。飢えに苦しんでいるとか恐怖や戦闘の高揚といった言葉では片づけられない、異様な光景だった。
「注射痕が無いか、あるいは咬まれたような痕が無いか探すんだ。人間なら身体のどこかを撃てば痛みや恐怖で戦闘続行が不能になるが、それが出来ないんじゃこの先の戦いが苦しくなる。時間が無いから1分でやれ」
「了解」
「あと、こいつらがどこを拠点にしてるかわかりそうな手がかりがあれば確保しろ。もっとも俺が相手の指揮官なら、そんな居場所がバレそうなものは持たせないだろうが」
亜樹を探すのも大事だが、その前に敵を知らなければ今度の戦い方も決められない。さっそく手近な死体をひっくり返した佐藤を見習い、少年も比較的綺麗な死体を探そうとした。だが銃を撃ちまくったせいでどの死体も風穴だらけで、身体が無事な死体は少ない。
額から上が吹っ飛ばされ、身体への被弾は一発も無い少女の死体があった。女の子の死体の服を剥ぐことに若干の抵抗を感じつつも、仕方ないことだと少年は自分に言い訳してナイフを手に取り、その上着を切り裂く。死体が力なく揺れ、上半分が消失した頭蓋から、べちゃっという音と共にピンク色の脳みそが地面に零れ落ちた。
上着を切り裂き、少女の死体を上半身裸にしたが、薬物を使っているような痕跡は見当たらなかった。感染者に咬まれた痕も無い。もっとも今死体となって転がっている子供たちが全員感染者であったのなら、あの異様な耐久力と武器を軽々と振り回す馬鹿力には説明がつくが、そもそも合図に合わせて一斉に襲い掛かったり、武器を使うといった知能なんか残っていないだろう。
下も脱がす。少し迷い、下着だけ残してズボンを脱がせた。こちらにも咬まれたり、覚醒剤などの注射痕は特に見当たらなかった。
何なんだこいつらは。改めてそう思ったその時、死体の目が少しおかしいことに気づく。頭部に被弾した時の衝撃で半分外に飛び出していた死体の目は、真っ赤に充血していた。
「佐藤さん、こいつら目が…」
「ああ、感染者の目に似てる。だがどこにも咬まれた痕が無い、どうなってるんだ?」
結局なんでこの子供たちが異様な耐久力と攻撃力を有しているかはわからないが、戦闘の際は感染者と同じく頭を狙わなければならない。
それよりも今は亜樹の捜索を行わなければならなかった。状況から見て彼女は連れ去られたのだろうが、その目的がわからないし、彼女を拉致した連中がいつまでも亜樹を生かしておくとも限らない。
「それで、どうやって探します?」
「こいつを使う」
そう言って佐藤が取り出したのは無線機だった。といっても少年らと交信で使っている端末ではない。佐藤が無線機のダイヤルを操作すると、備え付けの小さなスピーカーからノイズが流れる。
「それは?」
「エンジニアの連中がビーコンを作ってくれたから、そいつを銃のグリップに仕込んだ。お前の銃にも入ってる」
見ろ、と言われ、少年はカービン銃の握把の底にある蓋を引っ張る。グリップ部分に弾倉が収まる拳銃と違い、長物の銃はグリップ部分が空洞となっていて、兵士はそこにメンテナンス道具や電池、あるいは他国の住民と遭遇した時に備えて煙草や紙幣を納めておくのだという。
少年がカービン銃のグリップの蓋を外すと、中から乾電池とそれに繋がった何かの機械が出てきた。これがビーコンとやらか。
「小型だから電波をキャッチできるのは2キロかそこらだし電池も1日しか保たないが、ビーコンから出てる信号の強度でおおよその包囲と距離はわかる。連中が亜樹の装備も一緒に持ち去ってくれて助かったな」
「なんで銃に仕込んだんです?」
「服や荷物に入れておいたんじゃボディチェックの時に見つかって捨てられる。だけど銃なら今のご時世見つけた奴は確実に持って帰るし、弾が入ってて使えるかどうかチェックはするだろうが大抵の奴はグリップの中まで確かめることはない」
なるほど、と少年は納得した。今の世の中で銃は誰もが手に入れたがる強力な武器だ。感染者から身を守るためにも、誰かを脅したり殺して物資を奪うためにも使える。そんな銃を置いていくような連中はいない。現に亜樹は拉致されたが、武器も彼女が持っていた荷物も一緒に持っていかれた。
佐藤が無線機のダイヤルを回すと、スピーカーからザーザーというノイズが流れる。アンテナを伸ばし、その先を左右に振ると、ピッという微かな断続音が流れ始める。それもノイズにかき消されそうなほど小さな音量だが、これがビーコンが発している信号だろうか。
「こっちだ、援護してくれ」
佐藤がそう言って、先ほどまで無線機のアンテナを向けていた方向へと進んでいく。この信号が飛んでくる方向が、亜樹と一緒に持ち去られたビーコンがある方向なのだろう。
「追いつけますかね?」
「車のエンジン音は聞こえなかったし、この街中で車を使うわけにも行かないだろう。奴らは徒歩だ。それにまだ信号を受信できているってことは、それほど遠くまで行っていない」
佐藤は時折立ち止まり、無線機のアンテナを向けて電波が受信できているか確認している。電波の強度は先ほどから徐々に強くなってきている。ということは、ビーコンの位置がだんだん近づいてきているということか。
無事でいてくれよ。少年は声に出さずそう願った。
「痛ったぁ…」
その頃亜樹は、鈍い頭痛と共に目を覚ました。上半身を起こし、痛む頭をさすろうとしたその時、自分の両手がロープで縛られていることに気づく。
「え、なにこれ?」
そして自分が意識を失う前のことを思い出す。警察署の裏門から外を見張っていて、そしたら物音が聞こえたので外に出たら女の子を見つけて、それから…。
そこから先の記憶はない。ただ、気絶する時に頭に何か強い衝撃を受けたのを覚えている。恐る恐る頭を触ると、埃まみれの髪の毛のザラザラした感触の中、ぬるっとした何かが手に触れた。途端に頭に鋭い痛みが走る。きっと何かをぶつけられたのだろう。
「ここ、どこ…?」
自分が誰かに捕まったらしいことはわかった。身体を探ってみると、身に着けていた拳銃やナイフなどすべて没収されてしまっている。無線機も無いから佐藤たちに連絡を取ることも出来ない。
周囲を見回すと、自分がいる場所がとても広い空間であることがわかった。屋根はガラス張りの吹き抜けとなっているが、黒い布―――カーテンか何かだろうか―――が頭上を覆っているため、太陽光はほとんど室内に入ってこない。
立ち上がろうと思ったが足も縛られている。亜樹はもぞもぞと身体を動かしどうにか周囲を見回すと、目の前に枯れた観葉植物の大きな鉢植えとベンチがあった。
ここはショッピングモールか何かなのだろう。そういえば出発前地図を見た時、警察署から数キロほど離れた場所に大きな駅とショッピングモールがあった。他にもいくつか大型の商業施設が駅前にはあったが、今自分がいるのはその一つなのかもしれない。
あとは、何故自分が捕まったかだ。まだ殺されていないということは、単純に武器や物資を奪おうとしたのではないのだろう。いったい何が目的で―――。
そこまで考えて視線を巡らせた時、視線の先にあったものを見て亜樹は思わず悲鳴を上げた。
亜樹の視線の先には無数の白骨死体があった。ただの白骨死体であれば見慣れている。何万男十万という人が死に、その遺体は埋葬もされず放置され、腐りきって未だに無残な姿をさらしている。亜樹も警察署に行くまでに、いくつもの白骨死体を見かけた。
だが亜樹の目の前にあったのはただの死体ではなかった。いくつもの頭蓋骨が器用に積み上げられ、その両脇に腕や足の骨、そして頭蓋骨を重ねて作ったグロテスクなトーテムポールが設置されている。まるで何かの儀式を行う祭壇のように、その間には大きな台座が鎮座していた。
「何なのあれ…」
亜樹は恐怖で震えていた。人の死体を使ってあんなものを作り上げる連中がマトモであるはずがない。そんな連中に何をされるか、怖くてたまらなかった。
「目が覚めましたか」
突然、自分以外の声が聞こえて来た。亜樹は体をよじり、背後を見る。
先ほどまで閉まっていたシャッターが開き、誰かが立っていた。聖職者のような服を着た若い男。そしてその背後には大勢の子供たち。
なんなんだこいつら。亜樹はそのアンバランスな光景に心底恐怖を覚えていた。
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