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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第四部:未来へ向かって脱出するお話
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第一八四話 ジョニー・マッド・ドッグなお話


 亜樹との連絡が取れなくなったことで、佐藤と少年は即座に警戒態勢を敷いていた。亜樹が物音がしたので外の様子を見ると通信を寄こしてから2分が経過したが、続報もこちらからの呼びかけに対する返事もない。何かあったとみて間違いないと思った二人は、すぐさま銃を手に裏門へと向かう。


 もしこちらに連絡を寄こした直後にやられてしまったのなら、既に敵は署内に侵入している可能性がある。だが少年は自分の身の安全よりも、亜樹が無事であるかどうかの方が気にかかっていた。

 同じことを佐藤も考えているらしい。元々「外で見張りをする」と言い出したのは亜樹の方だったが、それを承認したのは佐藤だ。きっと彼も、人手が足りないとはいえ一人で見張りをさせるべきではなかったと考えているのだろう。


 念のため佐藤がもう一度無線で呼びかけたが、やはり返事はない。銃を構えた二人が裏口から駐車場へ出ると、人影が駐車場の真ん中に立っていた。

 亜樹か? 一瞬そう思ったが、すぐに違うとわかった。人影が小さい。ボロボロの服を身に纏った、中学生かそこらの女の子だった。


「子供…?」


 思わず少年はそう呟いていた。その隣で佐藤が怪訝な顔で、周囲に銃を向ける。


「助けて…」


 涙を流し、震える声でそう懇願する少女に、少年は思わず一歩足を前に出しかける。助けてやらねば。そう考えかけたところで、ふと抱いた違和感で少年は我に返った。


 ボロボロの服を身に纏った女の子が、こんなところで一人っきりとは。普通に考えれば、感染者の目を逃れてこの街で暮らしていた生存者、という結論に辿り着くだろう。だが色々なことを経験した今となっては、少年は普通の考え方が出来なくなっていた。

 そもそも彼女は何故、少年たちがこの警察署にいることを知っていた? 感染者がどこにいるかわからない中、散歩してましたなんてことはありえない。つまり彼女は少年たちがこの警察署にやって来たのを見ていた、あるいは見張っていたに違いなかった。


 少年と同じ思考に至ったようで、佐藤もほとんど少年と同じタイミングで銃を構えていた。


「止まれ!」


 子供相手に銃を向けるのはご法度、軍人としては許されない行為だろうが、今は常識的な考えをしてはいけない世の中だ。少年だって飢えた子供に何度か襲われた経験もある。そのことを考えると、相手がか弱い女の子であっても、誰だかわからないうちは警戒するに越したことはない。


「助けて…」

「そこで止まるんだ、止まらないと撃つ!」


 感染者を警戒して声量は抑え気味だったが、はっきりとした声で佐藤が警告する。銃口を向けられた少女の目には戸惑いと恐怖の色が浮かんでいたが、だからと言って銃を下ろすことはできない。

 その場に立ち止まった少女に、「両手を上げろ」と佐藤が告げる。女の子は恐る恐るといった感じで両手を上げた。目に見える範囲では、武器は持っていない。


「ボディチェックしますか?」

「当然だ」

「僕が行きます。佐藤さんは援護を」


 別に女の子の身体を触りたいとかいうスケベ心からの行動ではなかった。もしも少女が何か武器を隠し持っていたり、あるいは遠くから仲間が狙っているということがあった場合、佐藤に援護してもらわなければならない。銃の腕から考えると、援護役は佐藤が適任だったというだけのことだ。


 佐藤が警察署の裏口の壁に身を隠し、銃だけを外に突き出す。少年はカービン銃を拳銃に持ち替えて、ゆっくりと女の子に近づいていく。片手が塞がったままではボディチェックなど出来ない。


「両手を上げろ」


 ゆっくりと、だがしかしはっきりと言うと、女の子は怯えた顔で言う通りにした。銃などは持っていない。が、だからと言って彼女が敵ではないという確証も無い。


 少年が拳銃を構えて女の子にゆっくりと近づき、その距離が後10メートルを切ろうかという時だった。背後の佐藤が「敵襲!」と叫び、消音器を付けた小銃の銃声が響く。直後、放物線を描いて少年の頭上から何かが降ってきた。

 白煙の尾を引いて落ちてきたそれは、先端に空き缶のようなものが取り付けられた矢だった。その矢が地面に当たると、途端に缶にいくつも開けられた穴から白い煙が噴き出して周囲を包み込む。


「ガスだ!」


 佐藤が叫び、少年は慌てて首元に巻いていたマフラーで口と鼻を覆った。発煙筒付きの矢がさらに数本降ってきて、駐車場がたちまち白煙に包み込まれる。矢の射手の位置を捕捉し、射点へ向かって銃撃を加えていた佐藤の姿が、煙に遮られ見えなくなった。


 奇襲を受けたことに気を取られ、目の前にいたはずの少女から視線を外してしまったのがまずかった。少年が振り返るとさっきまで怯えた様子で両手を上げていた女の子の姿はそこには無く、代わりに狂気を瞳に孕み、逆手に握ったナイフを振りかぶった彼女が目の前にいた。


「こいつ…!」


 奇声と共に振り下ろされたナイフを、辛うじて構えていた拳銃で受け止める。折り畳み式で、光を反射しないよう刃まで黒く塗られたナイフ。あんなもので刺されたら、怪我どころでは済まない。

 ナイフの刃を受け止めた拳銃が衝撃で吹っ飛び、再び女の子がとびかかってくる。とっさにその身体に前蹴りを放つと、腹でその靴底を受け止めた女の子が、汚い悲鳴を上げて吹っ飛んだ。


「無事か!?」


 佐藤の声は聞こえるものの、白煙のせいで姿は見えない。ガスを吸っても喉や鼻が痛くならないので、恐らくは殺傷を目的としたものではなく、煙幕のための発煙弾なのだろう。街に出るからには襲撃を受けることは想定していたものの、予想よりも遥かにダイナミックで大規模なものだった。


 突然、煙の中から人影が飛び出してきた。さっき少年が蹴り飛ばした女の子だ。取り落とした拳銃を拾うのを諦め、カービン銃を構えかける。だがそれより早く女の子は、ナイフを振りかざして少年に向かって突進してくる。

 そしてもう一人、誰かが煙の中から姿を現した。鉄パイプの先端にナイフと斧を結び付けたハルバードを振り回して突っ込んできたのは、女の子とさほど変わらない年頃の男子だった。ただ彼女と違い、こちらはずいぶんといい身なりをしている。


 女の子が奇声と共にナイフを下ろし、間一髪少年がそれを避けたところにハルバードの刃が襲い掛かってくる。後ろに飛びのいて何とかその刃も交わしたが、再び女の子が突っ込んできて銃を構える余裕もない。もはや佐藤は煙の向こうでどこにいるのか、まだ生きているのかすらもわからなかった。


 どうやら彼らは偶然ここにやってきたというわけではなく、あらかじめ少年と佐藤を攻撃しようと準備していたようだった。しかも連携が取れている。銃こそ持っていないようだが、そのハンデを覆すべく発煙弾で視界を奪ったうえで接近戦に持ち込むなど、戦い慣れもしているようだった。


 少年も銃から手を離し、使い慣れた斧を手に取った。そして振り下ろされた女の子のナイフを斧筋で受け止めると、空いた片手でその腹へパンチを見舞う。呻き声を上げて身体をくの字に折った彼女へ斧を振り下ろそうとしたが、ハルバードを持った男子が乱入してきた。武器を使い慣れているのか、手捌きがスムーズだった。


 さらに人が増える。手に手に日本刀やら斧やら鉄パイプを持った子供が数名、少年に向かって突進してくる。こちらは銃を持っているというのに、何も怖くないようだった。

 少年は意を決して前進し、敢えてハルバードを振り回す男子に近づいた。間合いを詰めたことで先端の斧や突き出したナイフの刃に斬られる恐れは無くなったが、代わりに長い鉄パイプの柄が少年を襲う。

 だが間合いを外した攻撃のためか、少年の左腕に直撃したハルバードの柄だったが、さほど痛みは感じなかった。少年は左腕でその柄を掴むと、右手でカービン銃のグリップを握り、片手で腰だめに構えて引き金を引く。獲物を掴まれ身動きが出来なくなった男子に、至近距離から銃弾を浴びせると、発射炎が肉を焦がす嫌な臭いが漂った。


 引き金を引くたび、目と鼻の先にいる男子の身体ががくがくと揺れる。胴体に5発撃ちこんで確実に仕留めたという手応えを感じた少年が掴んでいたハルバードの柄を手放すと、男子の身体が地面に崩れ落ちた。

 

「この野郎・・・!」


 なおも向かって来る子供たち。年頃は小学生高学年から、高校生といったところか。大人は誰もいないし、銃を持っている者もいない。なぜ子供しかいない?

 だがそんな疑問を抱くのは後回しだった。そして今は目の前にいる、武器を構えて少年たちを殺そうとする子供たちを倒さなければならない。相手が子供だから、という理由で何もしないわけにはいかない。仮に少年が武器を捨てるように呼び掛けても、彼らは意にも介さず少年たちを殺そうとするだろう。


 だから今は撃つしかなかった。自分が生き残るためには相手を殺すしかない。今の世界を支配する単純明快なルールだ。

 少年だって誰かを積極的に殺したいとは思わないし、仲良くできるのならそうするのが一番だと考えている。だがそれはあくまでも理想論であって、相手にその意思が無いのであれば戦うしかない。

 数々の出来事を経てまっとうな人間に戻ろうと足掻いている少年であっても、今の状況を乗り切るにはたとえ子供とはいえ襲って来る連中は殺すしかないことを理解していた。生き延びなければ、行方不明になった亜樹を探すことも出来ない。


 白煙の中、腰だめに短刀を構えて突っ込んでくる男の子を撃った。威力が弱いと言われる5.56ミリのライフル弾ですら、柔らかい子供の身体には凶悪な破壊力を発揮する。撃たれた男の子の腹が裂け、彼が内臓を零しながら地面に倒れた。


 金属バットを手にした中学生くらいの女の子を撃った。少年が放った銃弾は彼女の頭部に命中し、額から上が砕けて消失した。ピンク色の脳漿が飛び散り、力を失った身体がなおも前進を続けていたが、数歩進んだところで倒れる。


「嘘だろ…?」


 だが少年は、目の前の光景に目を疑った。先ほど腹を撃たれて倒れたはずの男の子が、立ち上がって再び少年に向かってきたのだ。裂けた腹から内臓をロープの如く引きずりながら、取り落とした短刀を拾い上げ、少年に向かって振りかざす。

 とっさに放ったライフル弾が、彼の短刀を握った右腕の肘から先を吹き飛ばした。だが男の子はまるで痛みを感じていないかの如く、千切れて地面に転がった自分の右腕から短刀を引きはがすと、無事な左手に持ち帰る。右腕の切断面からは大量出血しているにも関わらず、そんなことも気にならないようだった。


 少年を睨みつける彼の眼は異様に血走り、唇の端からは涎を垂らしている。わけのわからない呻き声と共に、重傷を負いつつも突進してくる男の子の姿は、まるで感染者そのものだった。

 

 弾切れのライフルから手を放し、先ほど取り落とした拳銃を拾い上げる。そして突っ込んでくる男の子の頭に照準を合わせた少年は、弾倉内の弾が無くなるまで引金を引いた。首や胸を撃たれ、再び地面に倒れた彼の頭に、拳銃の弾倉を交換して再度発砲する。その身体が一度大きく揺れ、今度こそ動かなくなった。

 

「何なんだこいつらは…」


 咆哮と共に武器を構え突っ込んでくる子供たち。少年は考えるのを止め、銃を構えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 二百話、おめでとうございます。 銃なしでこれまで生き残れた子供達、地味に凄いですね。と言うか、麻薬でハイになってたやつらより強敵なのでは? 今回も面白かったです、ありがとうございました!…
[一言] 面白くなってきた
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