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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第四部:未来へ向かって脱出するお話
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第一八一話 釣りキチなお話

 子供を助けたことに後悔している者は誰もいない。だが、彼らを助けたことと引き換えに負うべきこととなった結果から目を背けるわけにもいかなかった。


「…こいつはマズいな」


 埋め立て地の住民の会合場所にもなっているショッピングモールの大広場。机や地図の張られたホワイトボードが並ぶその広場には、住民たちの代表者が集まっての定例会議が開かれている。今は大広間の明かりは落とされ、広間の中心に置かれたプロジェクターが壁に張られたシーツに何やらグラフを投影していた。


「やはり食料の不足は当初の予想以上だな…」

「人数が10人もいきなり増えたんだ、仕方ない」

 

 顔を見合わせ言葉を交わす人々。壁に投影されているのは、備蓄されている各種物資の残量を示した棒グラフだった。


「現在の食糧配分を維持した場合の消費ペースを教えてくれ」


 佐藤がそう言うと、亜樹の同級生である女子学生の一人がパソコンを操作した。すると、投影されるグラフに折れ線が加わる。折れ線は右肩下がりを続け、最後にはX軸と完全に接していた。


「もって一か月、ってところか…」

 

 食料配給を今の三分の二程度にまで引き下げても、せいぜい二か月で食料は底をつく。そもそも現在の食糧配給だってカロリーベースでほとんど最低の分量しか行き渡っていないのだから、これ以上量を少なくするというのは現実的ではない。釣りをしたり畑を耕したりで少しでも糊口を凌ごうと努力はしているものの、所詮は素人のやることなので、全員の食い扶持を稼げるほどの収穫が得られるわけでもなかった。


 子供を助けたことを誰も後悔はしていないし、人数が増えることで物資の消費ペースが格段に速くなることも覚悟していた。だがその結果をこうして目の当たりにすると、誰もが言葉を失うしかなかった。

 元々埋立地の住民の数が多いこともあり、壊滅した同胞団から物資を確保しても、なお余裕があるとまでは言えない状況だった。それでも消費量を上手く調節すれば、3か月程度は保つだろう。その前にどこかへ遠征するなり何なりして食料を確保すればいい。そんな雰囲気が住民たちの間にはあった。


 だが感染者に襲われ、殺されかけていた子供たちを助けるという決断を下した瞬間から状況は変わった。埋立地の住民たちも、子供たちも、毎日食事をしなければ飢えて死んでしまう。助けた子供たちは成長期の小学生ということもあり、十分な食事が必要だった。

 当然、物資の消費ペースは加速する。当初の三か月という予想はあっさりと崩れ去り、一か月過ごせるかどうかという計算結果が後には残された。


「選択肢はそう多くはないな」


 誰かが呟く。

 助けた子供たちを追い出すなんていうのは論外だ。そんな真似をするのであれば、最初から助けない方がマシというもの。同様に姥捨て山なんて選択肢もNGだった。中高年の世代が多い埋立地の住民たちだが、それをやってしまったら人ではなくなってしまう。

 たとえ働けない人であっても、共に支え合って生きる。それが今の住民たちの総意であり、かつて彼らを苦しめていた同胞団とは違うという自負の現れでもあった。


 となると、危険を冒して感染者の多い場所まで出向いて物資を確保するしかない。いつかこうなる事態を見越して物資を確保できそうな場所をいくつか選定しておいたが、どこもパンデミック初期に感染者の群れで溢れかえった場所ばかりだ。人々は逃げるのに必死で、物資を持ち出したり略奪する余裕もなかった。

 そういった場所には今でも物資が残されているだろうが、感染者も多く残っているだろう。危険は大きいが、やるしかなかった。


「目的地は後で追って連絡する。メンバーはいつも通りで」


 佐藤がそう締めくくり、会合が終わる。物資調達の遠征に出るのは、佐藤と少年、そして他数名と相場が決まっている。危険な仕事だから、戦闘に慣れた者でなければ足手まといになるどころか、下手をすれば仲間の命まで奪いかねないからだ。危険な仕事ばかり引き受けることになるが、その分食料配給などは量も多いし嗜好品だって自由に貰える。


 会合が終わり、出席者たちがそれぞれの生活区画へ戻り始める中、何人かの子供が両手でバケツを抱えて走ってくる。後ろの子供が釣竿を持っているので、きっと食料調達の釣りから戻ってきたのだろう。子供とはいえ出来ることはやってもらわなければならない状況であり、岸壁から糸を垂らすだけの釣りは危険もなく子供でも出来る仕事なので、空いた時間は大人と共に釣りで少しでも食料を調達するのが子供たちの仕事になっていた。


「見て見て、こんなに釣れたよ!」


 男の子が自慢げに突き出したバケツの中には、大人の手のひらほどの長さのハゼが数匹泳いでいる。他の子供も同じような釣果だったらしい。


「これで皆もお腹いっぱいになるかなぁ?」

「すっごい大きい魚だから皆お腹いっぱいになるよ、ありがとう」


 魚が数匹程度では、到底全員には行き渡らない。だが子供たちにそれを言うのは野暮ってものだろう。老夫婦が子供の頭を撫でると、彼らは嬉しそうに笑う。

 ここに来た時は恐怖と飢えで怯えた目をしていたのに、今の子供たちには活気がある。子供たちも何かを手伝いたいようで、暇があれば大人たちの仕事を手伝っていた。


「ほら、そろそろ授業の時間だ。その魚は食事当番の人に渡してこよう」


 眼鏡をかけた老人がそう言うと、子供たちは素直に頷き、老人の後についていく。

 彼は昔教師だったらしく、定年退職後この埋立地での生活を始めたらしい。彼は少年たちが助けた子供たちが埋め立て地にやって来た時、彼らに学校で行うような授業を行うことを強く主張した。もしも感染者の脅威がなくなったとしても、後に残されたのがロクに知識もない若者たちばかりでは、世界の復興などとてもできないからだ。

 それに子供たちには出来るだけ、子供らしく過ごしてもらいたい。彼のその言葉に反対する者はいなかった。今や子供たちは埋立地の人々全ての子供でもあり、そして彼らの生きる希望となっている。そんな子供たちに暗い顔で辛い仕事をしてもらいたいと思う者は誰もいない。


 無論、生き延びるためには子供にも働いてもらう必要がある。だが埋立地の住民たちは互いに協力して、なるべく子供たちが働かなくてもいいように互いに仕事を分担していた。子供たちは大人たちが働いている間に、学校でそうしていたように授業を受けている。埋立地には学校が無く、教材なども揃っているとは言い難かったが、それでも授業を受けている時の子供たちの顔は楽しそうだった。


 出来るだけ彼らには、以前のような辛い思いはしてほしくないものだ。そのためならば自分が苦労することだって文句は言わない。




 数時間後、少年は佐藤が集合場所に指定した警備室に足を踏み入れた。室内にいるのは各所に設置された監視カメラをモニターする警備部隊の数名と、佐藤と亜樹。「来たか」と佐藤が口を開き、作戦会議が始まる。


「今回の仕事はあくまでも偵察だ。目標の地域に物資が残っているか、少人数で潜入し確認する。物資が残っているようならば後日人数を増やして確保に向かい、なければ撤退。二度と近づかない」

「シンプルですね」

「死人は出したくないからな。今回出るのは俺とお前たちだ」


 そう言って佐藤が少年と亜樹を指さす。亜樹は意外と運転が上手いことがここ最近の遠征で判明し、運転手として重宝されていた。今回指名されたのもそれが原因だろう。今回の偵察任務は佐藤と亜樹、そして少年の3名で臨むことになる。


「場所は?」

「ここだ」


 佐藤がそう言って地図の一点を指さす。日本有数の大都市として知られている港湾都市だった。人口が多く交通機関も発達していたせいで、ウイルスの流行初期にあっという間に感染者で溢れかえった街だ。


「この街は物流の拠点でもある。港湾沿いの工場や倉庫には、まだ食料が残っているだろう。だがまずは市街地の偵察だ。感染者が大勢残っているのかそうでないのか、確かめなくちゃならない」


 この埋立地からその都市までは少し距離があるため、いきなり工場や倉庫に乗りつけて物資を運び込む、なんて真似は出来ない。行き当たりばったりでは確実に死者が出る。感染者の数が問題ないと判断できる程度であれば、物資収集のための前進基地を設ける予定だ。

 今回はその前進基地の構築も含めての可否を探る偵察任務だ。感染者とのドンパチが主目的ではないが、だからといって安心はできない。


「今回も武器には消音器をつけてもらう。順調にいけば一発も撃つことなく帰還できるはずだが、まあ念のためだ」


 銃の消音器については同胞団で働いていた職人たちが、今も手作業で製造を続けている。だが作れる数にも限度はあるし、性能も劣る。軍用の消音器は佐藤が持っていた二挺のカービン銃と拳銃に取り付けられていたものしかない。

 発砲音が全くないクロスボウなども武器として使うことが考えられたが、複数の感染者を相手にする場合、とても対抗できないことがわかった。一々重い弦を力いっぱい引いて弓を装填し、照準を定めて引き金を引く、なんてことをしている間に接近してきた感染者にやられてしまう。クロスボウについてはパトロール部隊が消音武器として持ち歩くに留まっていた。


「出発は明日の朝8時。天候は曇りの予定だ」

「雨になったら嫌ですね」

「雨天決行だ。楽しい遠足に備えて今日は身体を休めておいてくれ」


 佐藤がそう締めくくり、作戦会議を終える。少年と亜樹が警備室を出て行くと、入れ替わりに小銃を肩に担いだハンがやって来て、部屋の中で佐藤と何事か打ち合わせを始めた。埋立地の面々の実質的なリーダーである佐藤は休む間もなく働いている。そのことが心配だが、かといって少年が代わることは出来ない。


「佐藤さん、ちゃんと寝てるのかな?」

「休んでる…とは思う」

「私たちでちゃんと支えてあげないとね」


 亜樹が呟く。

 ここにいるメンバーで一番の戦力と見なされているのは佐藤だが、彼に負けず劣らず少年も戦闘力の要として見られているようだった。もっと強くなれば、さらに皆の役に立つことが出来る。これまでは助けられなかった人たちだって助けられる。


「そのためにも、まずは飯を確保しないとな」


 腹が減っては戦が出来ぬ。これから先戦い続けるためにも、少年たちには食料が必要だった。



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