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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第四部:未来へ向かって脱出するお話
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第一七八話 スカイフォールなお話

 少年は屋上の手すりにライフルを委託し、そこから地上の感染者たちへ向かって銃撃を続けていた。引き金を引くたびに、スコープの中で感染者が血を流して地面に倒れる。距離も詰まってきている今、走っていたとしても感染者に銃弾を命中させるのは、それほど難しいことではなかった。


 感染者たちをこのビルに引き付けるのが少年の役割なので、一体残らず倒す必要はない。だがここから脱出する際に、ビルの周りをぐるっと感染者が取り囲んでいては逃げ出すことも出来ない。だから可能な限り、ビルに乗り込んで来ようとする感染者の数は事前に減らしておく必要があった。


「これはキツイな…」


 空になった弾倉をポーチに放り込み、少年は地上を見つめて呟く。血走らせた目を光らせ、少年を殺そうと何十体もの感染者たちが雑居ビルに向かって走ってくる。

 スコープの倍率を下げ、少年は次のターゲットを探す。ボロボロになったセーラー服を着た、少女の感染者に狙いを定める。

 引き金を引くと、放たれた銃弾が彼女の上腕部に命中した。強力な7.62ミリ弾の直撃を食らった細い腕が、命中個所から千切れて地面に転がった。だが少女の感染者の少女は痛がる素振りも見せずに、血の混じった唾液を口の端から垂れ流しながらなおも走り続ける。

 少年は少し照準を下げて、再び発砲した。千切れたスカートの端から伸びる足が、ライフル弾の直撃を食らって太腿の肉が弾け飛ぶ。傷口からは折れた骨が覗いており、少女の感染者はなおも走ろうとしていた。だが足が折れていてはどうしようもなく、倒れた感染者は無事な片腕で地面を這い、少年のいるマンションを目指している。


 人間だったら激痛で泣き叫び、動けなくなるどころか、失血性のショックを起こして意識を失っているだろう。だが感染者にはそれがない。頭を撃ち抜くか、ハンバーグになるまで銃弾を撃ち込まない限り、彼らは動きを止めない。



 少年は柵から身を乗り出して下を覗いた。マンションの入り口に到達した感染者たちが、次々とドアの壊れた正面玄関に吸い込まれていく。何体かは非常階段のある方向に向かい、直後爆発音が轟いた。少年が仕掛けておいた手榴弾のトラップに引っかかったのだ。


 だがトラップはいくつもあるわけではないし、ビルの内部には仕掛けていない。ビル内部から屋上へ上がる扉は塞がれていて、そこへさらに屋上にあったガラクタなどでバリケードを築いているが、感染者の馬鹿力の前にどれだけ耐えられるだろうか。

 非常階段に仕掛けてあるトラップだって、恐怖を感じない感染者相手には時間稼ぎ程度の役にしか立たない。感染者たちは目の前で同胞が吹き飛ばされようが、足がすくむことなく前へと進み続ける。ブービートラップは人間相手には恐怖で足止めするのに絶大な効果を発揮するが、相手が理性のない感染者相手では、どれだけ殺して数を減らせるかという点でしか役に立たない。


 それでも少年は屋上に踏みとどまり、なおも発砲を続けた。ギリギリまで引き付けておいた方が、地上に降りた際に出くわす感染者の数も減る。この辺りに残っていた感染者は銃声を聞いてあらかたビルに突撃してきたのか、周辺の道路を走る感染者の姿はかなり少なくなっている。


「そろそろかな」

 

 潮時だった。少年は自動小銃をその場に置くと、手榴弾を一つ、非常階段の出入り口前に紐で結び付けておく。そして先ほど手摺に結びつけ、外へ放り投げたロープを手に取った。ハーネスがあればよかったのだが、流石にないのでベルトにカラビナを通してハーネス替わりにした。そして自動小銃を拾い上げると、少年は手摺から身を乗り出し、ロープを掴む。


 そんなに階層のないビルのはずだが、上から見ると結構な高さがあった。しかし今の少年にとっては、唯一の脱出路であることに変わりはない。ビルの中は感染者だらけ、非常階段も感染者が上がってきているとあれば、逃げ道は外にしかない。

 幸い、ビルの間にある路地には感染者の姿はない。銃声を聞いてやって来た感染者たちは、今頃必死こいて階段を上がっている頃だろう。誰もいない路地など、見向きもしない。


 再び、非常階段の方から爆発音が轟いた。階段の途中に仕掛けた手榴弾は、今爆発したので最後だ。後は屋上の出入り口にたった今設置してきたものしか残っていない。

 少年は大きく息を吸うと、ロープを握りしめた。もしもロープを手放せば、その瞬間地面へ真っ逆さまだ。ロープを強く引っ張って強度に問題が無いことを確認すると、少年は屋上の淵を蹴って、宙へ身を躍らせた。


 振り子の要領でロープが揺れ、目の前に外壁が迫ってくる。少年は下に降りるために緩めていた手に力を入れ、ロープを強く掴んだ。グローブが摩擦で熱を放つ。大きくジャンプし、着地したような衝撃が足に走り、少年はビルの外壁に垂直に立っていた。

 空が目の前に見えた。風で身体が揺れるが、しっかりとロープをホールドした少年はどうにかその場に踏みとどまる。窓からそっとビルの内部を覗いてみたが、見える範囲に感染者はいない。

 

 そのまま再び壁を蹴って数メートル降下した直後、頭上で爆発が起きた。ロープで降下を始める前に仕掛けておいた最後の手榴弾が、押し寄せてきた感染者を巻き込んで爆発したらしい。頭上から血の雨が降ってきて、下からは何か重いものが地面にぶつかる鈍い音が聞こえてくる。

 今頃屋上は感染者だらけだろう。さっきまで確かにそこにいたはずの少年がいなくなっているのを見て、感染者たちはどんな顔をしているだろうか。


 そんな下らない考えは止めて、少年はまたも数メートル降下する。人間であれば手摺に結ばれたロープを見て下に逃げたに違いないと思うところだろうが、感染者たちにそこまでの知能はない。唸り声と共に屋上を走り回り、少年の姿を探し続けているだろう。

 そのまま壁をするすると滑り降りていき、ようやく少年は地上に降り立った。すぐさまホルスターから消音器付きの拳銃を引き抜き、周囲を警戒する。自作の消音器では銃声を殺しきれないので、自動小銃はなるべく使いたくはなかった。



 路地に感染者の姿はなく、通りを走る感染者の姿はあったものの、路地に注意を向けるものはいない。少年は乱雑に置かれたゴミ箱や自転車の陰に隠れて移動しつつ、裏通りに出た。

 裏通りにも感染者が走っていたが、向かう先はさっきまで少年がいたビルだ。しかも周辺にいた感染者の大半はさっきのビルに集まったのか、裏通りを走る感染者はほんの一、二体しかいない。


 車の陰に隠れた少年は、目の前を通り過ぎようとしていた感染者の足を背後から撃ち抜き、倒れたところで頭を撃ってトドメを刺した。そのまま拳銃を構え、合流地点に設定された運動公園の方角へ進む。

 ビルから脱出する前に周辺の地形は地図で覚えておいたつもりだが、それでも初めて来た街で土地勘はない。寄り道したり、他の建物に入って隠れるほどの余裕はなかった。感染者がいたら倒すか、可能な限りやり過ごす。それで進んでいくしかない。



 この街も今まで見てきた場所と同様、あちこちに破壊の痕跡が残っている。だが感染者に襲われたり、パニックで破壊されたのとはどうも様子が違う。道路の真ん中で車が燃やされていたり、宝飾店のシャッターが破られていたり。これは感染者がこの街を襲う前に、人間が起こした暴動の痕跡だろう。


 パンデミックが起きたと言っても、全国で一斉に感染者が出たわけではない。大抵は空港や大きい駅がある都市から感染が広まった。地方都市や田舎では、感染が広がるのはもっと後になってからだった。

 この街も恐らく感染者が発生するまでに時間の余裕があったのだろう。だから人々は逃げるよりも略奪することを優先した。警察が感染者への対応で手いっぱいであるのをいいことに、無法を働いていたのだ。



 だがこの街も、それどころか日本中に感染者は広まってしまった。宝石を盗んだ人たちは、今も生きているのだろうか。

 宝飾店の前に、何か朝陽を受けて輝くものが散らばっている。店の前を通る時に地面に視線をやると、それがいくつかの宝石や、ダイヤモンドの嵌められた指輪であることが分かった。

 おそらく普通のサラリーマンの年収分はある値段の代物だろう。だが今の少年にとって、宝石などタダの石ころでしかなかった。科学に強い人であればこの状況で何か役に立つ使い道を思いつくのかもしれないが、今少年が必要としているのは綺麗なだけの宝石ではなく、一人でも多くの感染者を倒すための道具だ。

 

 これがゲームなら、怪しい商人が出てきて宝石と引き換えに武器をくれるんだろうな。そんなことを頭の片隅で考え、少年は運動公園へと向かう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラペリングによる脱出は痺れました。射撃の上達や格闘戦の成長を考えると本来モブな少年から渋いダークヒーローの青年に成長していきそうで格好良いです。 [気になる点] > 少年は屋上の手すりにラ…
[良い点] こういう変わってしまった日常の描写をカットせずに書いてくれるところが好き 次に起こる事件やイベントが楽しみになりますね [一言] あと最新話でもちゃんと逃げ回ってるしタイトルに忠実な作品だ…
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