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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第四部:未来へ向かって脱出するお話
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第一七七話 俺はお前が俺を見たのを見たお話

 百貨店の中に入った救助隊は、佐藤を先頭に暗い店内を進んでいく。建物の中にはついさっき殺されたばかりらしい感染者の死体がいくつか転がっていて、生存者たちが逃げていった方向を指し示しているかのようだった。

 暗視装置を外してフラッシュライトを点灯すると、埃が積もった店内の様子が光の輪の中に浮かび上がる。百貨店らしく途中には宝石売り場や時計店があったが、商品を陳列するショーケースは叩き割られていた。どさくさに紛れ、誰かが略奪していったらしい。

 今じゃ時計があったって待ち合わせをする相手もいないし、宝石なんて光る石ころでしかないだろうに。佐藤はそう思ったが、感染者が全国に拡大し日本中がパニックに陥っていたあの時には、誰もが我を忘れて供覧状態の最中にあった。恐らく略奪していった連中も、何をしたらいいのかわからずに百貨店を襲ったのかもしれない。


 佐藤が階段を上っていくと、上の方から何かを叩く音が響いてくる。恐らく、感染者たちが生存者を追いかけているのだろう。少なくとも、ここには人間がいるようだ。音は最上階から聞こえてくる。


 階段を上り切ると、途端に感染者の後姿が目に入る。佐藤はフラッシュライトを消灯し、左手を掲げて「止まれ」と合図した。背後の千葉が銃を構えかけたが無言でそれを制し、代わりにナイフを引き抜く。

 感染者はどこに仲間がいるのか探しているらしく、首を左右に振っていた。しかし背後への注意はおろそかになっていて、佐藤はあっさりと感染者の背後一メートルまで近づくことが出来た。

 逆手に握ったナイフを構え、一気に距離を詰める。左手で背後から感染者の額を抑え、右手に握ったナイフをその首筋に勢いよく突き立てる。脊髄を絶たれた感染者の身体から力が抜け、その場に崩れ落ちる。

 痙攣する感染者は口をぱくぱくと開閉していたが、身体を動かすことは出来ないらしい。佐藤は倒れた感染者の額にナイフを突き立ててトドメを刺すと、カービン銃を構えて前進を再開する。



 そのまま奥に進んでいくと、従業員用のバックヤードに通じていると思しき扉の前に、大勢の感染者たちが集まっていた。感染者たちは扉をやたらと殴りつけ、何とか中に入ろうとしているらしい。恐らく、あの中に生存者たちが逃げたからだろう。

 金属製の扉は既に激しい殴打を受け、ボコボコに凹んでしまっている。既に蝶番は破損してしまっていて、このまま感染者の群れに殴られ続けていた場合、扉が外れて中への進入を許してしまうだろう。

 

 幸い感染者たちの視線は扉に向いていて、背後から忍び寄る佐藤らに気づいた気配はない。背後から一斉射撃を行えば、近接戦闘を仕掛けるリスクなく感染者たちを倒すことが出来る。至近距離なので消音器付きでも銃声は聞こえるだろうが、その前に全て倒せばいいだけの話だ。


 佐藤は手を振って、千葉たちに散開するように伝えた。そして無言のまま感染者たちを指さすと、そのまま引き金を引く動作をする。「あいつらを撃て」というサインだった。

 千葉たちは頷くと、一列に広がった。端の二人が周囲を警戒し、残りの面々が扉の前に陣取る感染者たちを背後から狙う。

 全員が配置についたことを確認し、佐藤は引き金を引いた。それを合図に他のメンバーも発砲を開始し、消音器越しの鈍い銃声が百貨店のフロアに鳴り響く。




 一方、ビルの屋上に陣取る少年は、百貨店に近づこうとする感染者たちの狙撃を続けていた。既に東の空には太陽が昇り、夜空が西へと追いやられようとしている。

 朝が訪れたせいか、建物の中にいた感染者が道路に出てき始めている。今もまた、近くのビルから数体の感染者がふらふらと外へと出てきた。少年は二脚を立てた狙撃銃を構え、大通りに出てきた感染者を撃つ。

 強力な7.62ミリ弾で胴体を撃ち抜かれた感染者が地面に倒れ、それでもなお立ち上がろうとしていたところに、今度は頭へ銃弾を命中させる。頭がザクロのように弾けた感染者の死体に目もくれることなく次の標的を探す少年だったが、道路に見える感染者の総数は増え続け、いよいよ少年一人では対応が難しくなり始めていた。


『ゴーストよりデッドマン、要救助者を発見、確保した。全員無事、これより脱出する。外の様子はどうか?』


 ライフルの弾倉を交換していると、佐藤からの通信が入った。どうやら生存者たちの救助に成功したらしい。子供がいるというのは本当のことだったようで、佐藤が話している最中、子供の泣き声が無線機のイヤホンから聞こえてきた。


「こちらデッドマン、状況はかなりマズイです。道路に感染者が出てき始めています。このままだと外に出た瞬間に襲われますよ」

『…そのようだな、こちらからも確認した。窓から外を見ているが、数が多いな』


 生存者は子供を含めて10名以上。そんなのがぞろぞろと出てきたら、当然感染者に見つかってしまうだろう。かといって子供に恐怖をこらえてずっと黙ってろ、と言ったところで、耐え切れずに泣き出してしまう子もいるかもしれない。

 それに、人数も多い。ぞろぞろと外に出てきたら、あっという間に見つかってしまうだろう。それだけ数が多ければ、絶対にトラブルが発生する。


 となると、感染者に見つからないように彼らが逃げ出すのは難しい。感染者の目を他に逸らすことが出来ればいいのだが…と考えたところで、少年は自分の持つ自動小銃に目を留めた。

 まるで休日の歩行者天国の如く、大通りのあちこちに感染者が出てきてしまっている。彼らの目を引くもの…例えば銃声を鳴らせば、感染者はあっという間にそちらに向かって走り出すだろう。


「デッドマンよりゴーストへ、こちらで銃声を鳴らして感染者を引きつけます。その間に脱出を」

『無謀だ、第一周囲を感染者に囲まれてみろ、どうやって脱出する?』

「裏通りには感染者の姿が少ない。大通りの感染者は階段を上って屋上に殺到してくるでしょう。連中を引き付けるだけ引き付けてから、ロープで一気に下まで降下、裏通りへ脱出します」


 少年の提案に、佐藤は黙ったままだった。だが今取れる最善の策が他にないことも理解しているのだろう。しばらくして、『合流地点を教えろ、どうぞ』と返事が返ってくる。


「近くに運動公園がある。そこで合流を」

『時間はどれくらいかかりそうだ?』

「この分だと30分から1時間といったところです。子供たちは先に帰してください」

『わかった。お前が発砲した後、俺たちは裏から脱出する。運動公園で90分待つ、来なかったら置いていくぞ』

「了解、後で合流しましょう」


 少年はそう言って、無線を切った。大通りをうろつく感染者たちは、ビルの屋上にいる少年には気づいていない。だが一度消音器なしで発砲したら最後、あっという間に連中は音源を探り当てて殺到してくるだろう。

 少年はリュックから取り出したロープの一端を屋上の手すりに結びつけると、もう片方を手摺の外に放り投げた。こんなこともあろうかとと重く苦しい思いをして持ってきたロープだったが、持参してきて正解だった。

 長いロープの端は地面についている。これならば、問題なくロープ降下が可能だろう。少年は佐藤と共に生活する中で、非常時に窓や屋上から脱出するための懸垂降下(らぺリング)の方法を学んでいた。練習は何度もやったが、感染者に追いかけながら降下するのは初めてになる。


 先に脱出の準備を整え、少年は自動小銃の銃口に取り付けていた消音器を取り外した。といっても度重なる発砲で既にお手製の消音器は変形を始めており、いずれは破損して使えなくなってしまっていただろう。一応予備も持ってきているが、今は必要ない。


 百貨店の窓の一つから光が発し、少年は双眼鏡でそちらを見る。窓の向こうに、こちらに向かって手を振る佐藤の姿があった。それと共に、『こちらはいつでも行ける』と佐藤から無線で連絡が入る。


「可能な限り大通りの感染者がこっちにやって来てから、外に出てください」

『了解した。頼んだぞ』

「後で会いましょう」


 少年はそう言って無線を切り、消音器を外した自動小銃を構える。手摺に銃身を預け、大通りをふらつく感染者の一体を照準に納めた。


 大きく息を吸って、吐き、引き金を引く。腹に響く銃声と共に、スコープの向こうで感染者が胸を撃ち抜かれ、地面に倒れた。銃声はビル街で木霊し、街の隅々にまで響き渡る。

 スコープの中で、大通りの感染者たちが一斉にこちらを見る様子が見えた。無数の血走った目が自分に向いていると考えるとなんだかゾっとしたが、構わず少年はもう一回、今度は別の感染者に向けて発砲する。銃声と共に、頭の上半分が無くなった感染者が地面に崩れ落ちた。


 大通りに出てきていた感染者たちが、咆哮を上げて一斉に走り出す。その向かう先は、今まさに少年がいる雑居ビルだ。じきに感染者たちはこのビルに殺到してくるだろう。佐藤たちのいる百貨店付近の感染者たちも、皆銃声を上げた少年のいる場所に向かって走り出しているに違いない。


「いいぞ、もっとこっちに来い」


 そう呟き、大通りを走る感染者たちへ向けて次々と銃弾を送り込んでいく。既に佐藤たちも行動を開始したことだろう。救助した生存者たちが無事に逃げられるかは、少年がどれだけ時間を稼げるかにかかっている。

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