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ただひたすら走って逃げ回るお話  作者: 残念無念
第四部:未来へ向かって脱出するお話
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第一七六話 山猫は眠らないお話

「よし、ここでいい。停めてくれ」


 助手席の佐藤の言葉で、ハンドルを握る礼がブレーキを踏む。ゆっくりと停車したミニバンのスライドドアが開き、中から数人の男たちが降りてくる。


「運転手はここで待機だ、いつでも車を出せるように準備しておいてくれ」

「了解」

「それと、俺たちとの通信が途絶えて10分が経ったら、二人だけで脱出しろ。その時は俺たちは死んでる」

「…わかりました」


 今回ミニバンの運転手として同行している亜樹が、少し不満げな顔ながらも佐藤の指示に従う。まさか直接車で生存者たちが避難しているビルまで乗りつけるわけにもいかず、車両部隊は少し離れた安全な場所で待機することとなっていた。生存者がいるビルの付近には多数の感染者がいることが予想され、そこへ車で乗りつけたらあっという間に囲まれてしまうのは目に見えている。


「気を付けて」


 目的地に向かおうとする少年に、背中から亜樹が声をかける。片手を挙げて無言で答えると、少年は佐藤らと別れて別の方へと走り出した。消音器を取り付けた自動小銃を両手で保持し、中身が詰まったリュックを背負った少年は、地図と周囲の地形を見比べながら暗闇に包まれている街を走る。あと一時間もしないうちに、夜が明ける。


 少年が向かっているのは、生存者たちが避難したビルから数百メートル離れた場所にある、雑居ビルの屋上だった。そこからならば通りとビルが一望でき、佐藤率いる救助部隊を支援できる。

 目当ての雑居ビルは当然ながら停電のため、真っ暗でエレベーターも動いていない。だが、ビルの中に人の気配はなかった。無論、感染者がいる様子もない。


 普段は侵入防止のために閉まっているのであろう非常階段の扉は、老朽化のせいかドア枠ごと外れて地面に転がっていた。万が一感染者に見つかった際にドアが閉まっていればある程度逃げる時間は稼げるのだが、ないものねだりをしても仕方ない。


 少年はベストのポーチから手榴弾を取り出すと、ワイヤーを安全ピンに結んだ。そしてガムテープで手榴弾を手摺に固定すると、安全ピンから伸びるワイヤーを反対側の手すりに結びつける。これで感染者たちが少年に気づいて階段を上ってきたとしても、少しは時間が稼げるだろう。



 9階分の非常階段をひいこら言いながら駆け上がり、屋上へたどり着く。屋上への入り口は南京錠でロックされていたので、斧で破壊し進入した。屋上には外壁清掃に用いるゴンドラやクレーンが放置されていたが、少年以外に誰もいない。見通しはよく、目的地であるビルとその正面の通りが一望できる。


「こちらデッドマン、屋上に着きました」

『よし、こちらが見えるか?』


 少年は持ってきた毛布を地面に敷き、その上に二脚を立てた自動小銃を置く。双眼鏡を取り出して下を見ると、車の陰に隠れている佐藤たちの姿が見えた。大通りには、路上を彷徨ういくつもの人影。感染者だ。

 

「はい」

『目標のビルは見えるか?』


 少年はその言葉で、数百メートル離れた場所にあるビルを探した。自動小銃のレールに、スコープとタンデムで搭載された暗視装置を起動する。暗闇の中、それまで見えなかったところまでが緑色の視界の中ではっきりとわかるようになった。

 生存者たちが逃げ込んだというビルは、以前は百貨店などが入っていたらしく、大通りに立ち並ぶ建物の中では最も大きいものだった。正面玄関には数台の乗用車が放置され、そのうち一台はビルの入り口に突っ込んでしまっている。どうやらあそこで車を乗り捨てて、中に避難したらしい。


「正面玄関に車が何台か捨てられてます。あのビルに逃げ込んだというのは本当みたいですね」

『感染者はいるか?』

「何体かが玄関前をふらついてます。恐らく、逃げた連中を追ってビルの中に入っていったかと」

『わかった、これより移動を開始する。俺たちが前進する間に、ビルの付近にいる感染者たちを排除してくれ』


 夜間の戦闘に備え、当然佐藤たちも暗視装置を携行している。しかし暗視装置は装着すると視野が狭くなってしまうので、感染者が接近してきた時に対処が困難になるというデメリットもある。

 また彼らの銃には全て消音器が装着されているが、佐藤と千葉が持っているカービン銃を除けば、装着されているのは全てハンドメイドの消音器だ。当然、軍用品に比べると静粛性と耐久性に劣る。また至近距離では銃声が聞こえてしまうので、感染者の近くで発砲したら見つかってしまう可能性もある。


 少年の役割は、佐藤たちがビルに到達するまで、彼らがなるべく発砲せずに済むよう援護することだった。少年のいる位置からだと、たとえ手製の消音器とはいえ、地上の感染者に銃声は聞こえない。


「了解しました」


 少年はそう答えて、自動小銃のスコープを覗く。街路樹や路肩の車の陰から陰へと移動する佐藤たちに近い感染者をスコープのレティクルに納め、引き金を引く。ドン、と腹に響くややくぐもった銃声が響き、スコープの中で感染者が頭の上半分を吹き飛ばされて地面に倒れた。もう一体ふらついている感染者がいたので、そいつも狙う。額から上が無くなった感染者が、脳味噌を撒き散らして廃車の陰に倒れて見えなくなった。


『前進する』


 その言葉と共に、銃を構えた佐藤らが歩道を進んでいく。銃に取り付けられた赤外線レーザーが、暗視装置の視界の中で乱舞する。


『目標、11時方向。ゴミ収集車の陰』


 佐藤たちが前進を止めた。見ると道路にうち捨てられていたゴミ収集車の陰から、2体の感染者が並んで姿を現した。佐藤たちとの距離は30メートルも離れていない。ゴミ収集車が陰となっていたため、今まで見えなかったのだ。


『俺が右の奴をやる、お前は左をやれ。タイミングはお前に任せる』


 距離が近いので、仮に消音器付きであっても、佐藤のいる位置からでは銃声を感染者に聞かれてしまう可能性がある。銃声をもう一体に聞かれる事態は避けたい、となると二体同時に倒す必要がある。

 佐藤のレーザー照準器の光点が、感染者の一体の頭に重なる。少年はそこから少し離れた左側を歩くもう一体の感染者に狙いを定め、発砲した。少年が狙った感染者が頭を撃ち抜かれると同時に、もう一体も頭から血の筋を宙に引いて地面に崩れ落ちる。少年の銃弾が着弾するタイミングで、佐藤も同時に発砲したのだ。


『ナイスショット。前進する』


 再び隊列が前進を始め、少年はその間に弾倉を交換する。銃の腕には自信があるが、数百メートル離れた目標への狙撃というのはあまり経験がない。しかし何発か外したものの、今のところ上手く地上の救助隊の支援を行えている。

 

 佐藤たちが目標の百貨店に近づいていく間に、その近辺の感染者たちを先に始末していく。百貨店に生存者たちが逃げ込んだ時の騒動のためか、正面玄関付近には感染者が数体屯していた。追ってきたのがたったの数体なわけがないので、他の感染者は生存者たちを追って百貨店の中へ入って行ったのだろう。流石に、建物の中までは支援できない。


「デッドマンよりゴースト、目標付近の感染者はあらかた片づけた。前進して問題ありません」

『了解デッドマン、支援に感謝する。別命あるまでその場で待機、周辺を警戒せよ』


 了解、と返し、少年は双眼鏡で周囲を観察する。東の空が明るくなり始めた。空がだんだんと群青色へと変わっていく。

 この街も、どこにでもあるゴーストタウンになってしまった。破壊の痕跡しか残っていない、白骨死体がいくつも転がる街。そんな街を、今いくつかの命を助けるために走って行く佐藤たち。

 自分の決断は間違っていないと少年は思う。自分の安全を考えるだけならば、あのまま埋め立て地に引きこもって何もしなければいい。だが皆それを選ばなかった。人間としてこれからも生きていくために、今まさに危機に陥っている人々を助けようと決断したのだ。


『これより建物の内部に突入する』

「了解、幸運を」


 ミニバンが突っ込んだ正面玄関に、佐藤らが二手に分かれて近づく。一隊は後方を、もう一隊は前方を警戒しつつ、粉々に砕けたガラス戸からビルの内部を覗き込む様子が双眼鏡越しに見える。


『内部は真っ暗だ。ライトを点けろ』


 佐藤の言葉で、千葉たちがそれぞれ銃に取り付けたフラッシュライトを点灯する。物陰が多い屋内では、暗視装置の視界の悪さは致命的だ。気が付いたら目と鼻の先、なんてこともある。そして感染者に取りつかれてしまったら、その馬鹿力のせいで引きはがすのは難しい。あっという間に距離を詰められて、喉元に食らいつかれれてしまう。

 ライトを点灯すれば感染者に見つかりやすくなる可能性も増えるが、佐藤は見通しのよさを優先したらしい。ライトを点灯し、内部を照らす。一階に感染者はいないらしく、『クリア』との声が聞こえた。


『連中、どこに隠れたんだ?』

『感染者が集まっている場所があれば、そこに避難したってことだろう。とにかく急ぐぞ、いつまで余裕があるかわからん』

『用心しろ。俺たちを襲うための偽の救援要請かもしれないという可能性は頭に残しておけ』


 佐藤が冷静に言う。佐藤は生存者救助を第一で動いているが、やはり最悪の可能性は想定しているらしい。だがこの状況から考えると、確かに百貨店には誰かが逃げ込んだ形跡がある。は本当に生存者がビルの中に避難していて、そしてまだ生きていることを願う。


 朝が近づくにつれて、道路をふらつく感染者の数も増えていく。感染者は夜間は建物や廃墟の中を過ごし、昼間は外に出てくる習性があることは、少年もなんとなくわかっていた。だがそれはあくまでも獲物がいない時だけ。人間がいたら昼も夜も関係なく追いかけてくる。


「早くしてくれよ…」


 無線からはまだ佐藤らが生存者を見つけたという報告は聞こえてこない。少年は道路を彷徨いだした感染者たちの頭に、一発ずつ銃弾を撃ち込んでいく。空になった弾倉を纏めてリュックに放り込み、コンクリートの屋上に転がる空薬莢がぶつかり合って澄んだ金属音を立てる。

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